「…で。何度やってもダメなわけね」

発動が強制解除された勢いで吹っ飛ばされたアレンを横目に、わたしは口を開いた。
まるで武器化することを拒むかのように、イノセンスが粒子に戻るスピードが早くなっている。

「…シンクロは出来てるのに、なんで固定出来ないんだろう…」
「うーん…なんで、って言われてもねぇ…」

わたしはスッと、周囲を漂う粒子に戻ったイノセンスに手を翳す。
脈動が聞こえる。イノセンスは生きている。
だけど、《声》がしない。というより、だんまりを決め込んでる感じだ。

「っていうか少し休もうよ、アレン」
は先に寝てて良いですよ」
「アレンが寝ないならわたしも寝ない」
「……良い子だから我が儘言わないで」
「オイコラ、わたしはむずかって泣いてるお子様ですか。
 むしろ我が儘言ってんのはアレンでしょ」

苦い表情で言われて、わたしは笑みを引きつらせた。
なんでこうも人を子供扱いするのか、この子は。
少し悔しいので、反撃に出ることにする。

「よし、わかった。お姉さんが添い寝してあげるから、少し休もう」
「……………………」

言った瞬間、アレンは思いっきり顔をしかめた。
しかも無言で。
…なんですか、その反応。地味に傷つくんだけど。

「…ちょっと。その嫌そうな顔はなに!」
「…嫌そうな顔に見えますか…それは何よりですよ…」

そんなしかめっ面で言うほど嫌か!?
冗談とはいえ、この反応は納得いかない。

「…って物凄く鈍いんですか? それともわかっててやってますか」
「何がだよ。鈍いって失礼だな」
「……ああ、やっぱり鈍いんですね、わかりました」
「だから何がー!?」

疲れたように言われて、思わず詰め寄る。
至近距離で睨み合ってると、不意にアレンが口を開いた。

「…とりあえず、添い寝って冗談ですよね?」
「うん」
「…なら良いです。さっさとひとりで寝て下さい」
「うっわ、なにそれ冷たくない!?」
「そっちこそなんですか、人の気も知らないで!」
「だから気を紛らわせてあげようとしたのに!」

言った瞬間、アレンは心底呆れたような、やるせないような表情になった。
…そんな呆れられるようなことを言った覚えは無いんだけど。

「…そっちじゃないですよ」
「じゃあどっちだよ」
「いつから2択になったんですか」
「……喧嘩売ってる?」
「……そっくりそのまま返します、その言葉」
「「…………」」

売り言葉に買い言葉。
一瞬睨み合ってから、わたし達は同時に立ち上がった。

「上等だ表出ろこの怪我人ッ!!」
「望むところですよッ!!」
「ぶっ!!」

ごんっ、と。
鈍い音と同時に、頭に衝撃が来た。
…ついでに誰かの呻き声も。

「あっ?」
「あれ?」

何かに打ち付けた頭を抑えながら、わたしとアレンは後ろを振り返る。
…バクさんが倒れていた。ファイルを豪快にばら撒いて。

「「…バクさん何してんですか!?」」

思わず声を揃えたわたし達を、ゆっくりと起き上がったバクさんが非難がましい視線を向けてきた。
…顔面血だらけで。

「…痛いじゃないか」
「す、すみませんっ。バクさんが入ってきたことに気付きませんでした…」
「すっかり白熱し過ぎましたーごめんなさーい」
「随分気のない謝罪だな特にッ!!」

そんな、名指しにしなくても。
アレンの方が石頭だったのに、なんでわたしの方が怒られるんだ?

「そんなことより少し休め、ウォーカー!
 キミ、この二日まともに寝てないだろう!! もだ!」
「いや、でも…。
 あ。すみません、バクさんのファイルの資料バラバラにしちゃいまし…」

拾い上げたものを見た瞬間、わたしとアレンは言葉を失った。
…どれを見てもリナリーばっかり。リナリーの写真集にしか見えません。

「わあああああああッ!!!」

悲鳴を上げて、バクさんはアレンからその写真集を奪い返した。
冷や汗を流しながら、耳まで真っ赤に染めてバクさんは必死に口を開いた。

「盗撮じゃない…これは断じて盗撮じゃない」
「…でもこの写真のリナリー、全然カメラ目線じゃな」
「盗撮じゃない」


……
………いや、別に盗撮とは言ってないんだけど。

胡乱げに見るわたしとは違い、アレンはきょとんと目を瞬かせた。

「リナリーのこと、好きなんですか?」
「うっ…」
「アレン、ダメだよそんな直球で…って、」
「バクさん!?」

耳まで赤く染めたバクさんの顔に、ぶつぶつと何かが浮かび上がってきた。
ええと…あー…蕁麻疹…?

「見るなっ! オ、オレ様は極度に興奮するとジンマシンが出るんだ! 見るなぁああああッ!!!!」
「ちょっ…誰か来てーーーッ!!」

アレンが悲鳴に近い声を上げると、どこからかウォンさんが駆けつけてきた。
…息の合った主従だよね。なんか方向性変だけど。



File32 束の間の平穏 ~ The 1st Night




「装備型と寄生型の発動の違い? そんなのあるんですか?」

何故か敷かれた布団に横たわったバクさんの横に、わたしとアレンは並んで座っていた。
で、イノセンス講座を受けていたわけですが…
――なんで蕁麻疹でこんなことに。むしろこの布団はどこから。

「ああ。まぁ、感覚的なものらしいが。
 寄生型はイノセンス自体が体内に宿って、対アクマ武器になるだろう?」
「はい」
「多分」
は少し黙れ。
 …だが、装備型は適合者とイノセンスに身体的な繋がりはない」

黙れと言われて不承不承口を噤む。
その間に、バクさんは装備型と寄生型の違いを語った。
わたしもアレンも寄生型だし、体内にあるものだから、発動に危険が伴うなんて思いもしなかった。
それが顔に出たのだろう、バクさんは「こう言うと失礼かもしれないが」と話を切り出す。

「寄生型の適合者は、その体自体がイノセンスを拘束する武器のようなもの。
 ――存在自体が『対アクマ武器』なんだ」
「…僕が武器…?」
「わかりやすく言うと、だ。キミ達は確かに人間なんだが…」

…武器、か。
AKUMAを壊す為だけに存在し、AKUMAの為だけに生きる、モノ。
ふと浮かんだそんな言葉を、わたしは頭の中から無理矢理追い出した。
…なんだ、今のは。

「我々がイノセンスを対アクマ武器にする時は、まずそのイノセンスを知ることから始める。
 その能力に最も合った形状・性質・機能性…『スタイル』を導き出すんだ。
 ――…キミはまだ、自分のイノセンスをよく知れていないのではないのかな」

バクさんの話を、アレンは真剣に聞いている。
イノセンスを知る――なんだか、ぴんとこない。
わたしにとってイノセンスは相棒であり、道具であり、自分の一部だから。

「キミがイノセンスの能力に合わせた『スタイル』になってないことが、
 発動できない原因ではないかとボクは考えたんだが…げほっ、げほっ」
「バク様しっかり!」

咳き込むバクさんに、横でりんごを剥いていたウォンさんがすがりついて涙を流した。
…まるで不治の病のようだけど、ただの蕁麻疹だよね…?

「僕が…イノセンスを知れてない…か」
「だが、のんびり知っていく時間もキミには惜しいんだろ」
「!」

深刻な表情で呟いたアレンに応えるように、バクさんが身を起こした。
そして、少し躊躇いがちに、口を開く。

「少し荒療治だが…」











――で、バクさんに連れて来られたのは例の開かない扉の前だった。
ついでに、アレンのイノセンスもこっちに移動してきた。
何が起こるかを知っている身としては、ひとりで首を傾げているアレンに掛ける言葉が浮かばなくて困る。

「ここは前に来た封印の扉の間じゃ…ここで何するんですか?」
「キミにはこれから、本気の戦闘をしてもらう」
「……」

一瞬きょとんと目を瞠ってから、アレンは視線を巡らせた。
何故かわたしの方に。

「いや、わたし無理だから」
じゃなくてだな、ウォーカー」
「あ、そうですか。良かった」

心底安堵したように、そう言ってアレンは息を吐いた。
…何が良かったのかを問い詰めたい。

「折角助かったのに死にたくないですから」
「どういう意味かなァ、ねぇちょっと!?」

なんでこいつはいちいち一言多いのかなぁもう!?
変な火花を散らしているわたし達を見て、バクさんが呆れたように息を吐いた。
そして、扉に向かって呼びかける。

「フォー」
「!?」

目を瞠るアレンの背後で、バチ…ッと、静電気のような音が響く。

『面倒くせェな』

バチバチッ…と響く音に混じって聞こえる、少女の声。

『あたしの役目は小僧のお守りじゃねェんだっつの、バカバク』

扉から現れたのは、フォーだった。
それは、コードに繋がれた機械人形のような姿。
目を瞠るアレンに、バクさんもフォーも微かに笑った。

「あれは人ではなく、曾祖父の造った『守り神』から派生した結晶体でね」
「ここを守る戦士ってワケ。あたしは強いぜ、ウォーカー?」

扉から抜け出してきたフォーの両腕が、武器の形状を取った。
鎌のようなその武器は、彼女の身の丈よりも大きい。

たんっ、と地を蹴ってフォーが飛び出す。
――速い!

「!?」

一瞬でアレンの懐に飛び込んだフォーが、アレンの首に刃を押し当てた。
不意打ちとは言え、まったく反応できなかったアレンが目を瞠る。

「首獲った」
「………っ!!」

息を呑むアレンに、フォーが嗤った。
そして、その華奢な外見に似合わない凄まじい蹴りがアレンに叩き込まれる。

「が…っ」

バァンッ!…と轟音を立てて、アレンの体が壁に激突する。
バクさんとウォンさんが咄嗟に目を覆った。

「「ひっ」」
「アレンッ?!」
「って…!」

ずる…と、壁に激突したアレンが滑り落ちてきた。
…あれ、傷開いちゃうんじゃないか…?

顔を引きつらせるわたしの背後で、腕を鎌の形状にしたまま、フォーが静かに告げる。

「本気出して来な、小僧。イノセンス発動しねェ限り、マジでお前殺すぜ?」

殺気すら感じさせるその雰囲気に、ぞわりと総毛立つ。
――さすが、戦うために生み出された戦士。戦闘モードに入ると目が爛々としてて怖い。

「イイ…イノセンスを知る近道は実戦だ!
 そして危機感は人を急速に進化させる、追い込めば何かしら活路が開けるかもしれん!!」

自分で促しておいて怖かったのか、青い顔でバクさんが叫んだ。

「と、思ったがやはり止めておくかウォーカー! この作戦はちょっとやっぱり危ないかもしれん!」

その言葉を聞いて、アレンは血の混じる唾を吐き捨てる。
緩い動作で口元を拭い、顔を上げた瞬間のアレンの表情を見て、わたしは思わずため息を吐いた。

――やりますよ。『追い込んで活路』作戦、いいかもしれない」


そう告げて、アレンはにやりと薄く嗤う。
――あの、負けず嫌い。
フォーに吹っ飛ばされたのが、よっぽど癪に障ったらしい。


+++


「ぁふ…よく寝た…」

邪魔だからと追い出されたわたしは、ついさっきまで惰眠を貪っていた。
アレンと違って、わたしのイノセンスはわたしの身体から離れていない。
なので、やっぱりお腹は減るわ眠くなるわで、実は結構きつかった。
…ああ、生き返ったような気分…。

「アレンとフォーはまだやってんのかなぁ…」

寝ぼけ眼を擦りながら、わたしはアレンとフォーがいる部屋へと向かう。
扉を開けようとした瞬間、逆に扉が開かれた。
――開けたのは、白衣を着た三人組だ。

「…あれ。三人とも…」
「あ、さん」
「ごめんなさい、ちょっと通してください! ウォーカーさん倒れちゃって…!」
「あ、うん……」

わたしは押し退けられるようにして、扉から離れた。
李佳に担がれ、蝋花に支えられたアレンは、そのまま三人に連れて行かれた。
…最後にシィフに頭を下げられたけど、気分的には『置き去り』だ。

「…なんだこの疎外感」
『妬きもちかよ。青いねぇ』

扉の向こうから聞こえた声に、わたしは振り返る。
小さく息を吐いて、わたしは部屋に入った。

「…眠いんじゃないの、フォー?」
『眠いけどな。情けない声が聞こえたからからかってやろうと思って』
「…わかってたけど性格悪いねぇ、フォー」
『お前に言われたかねェが、誉め言葉と受け取っておくよ』

顔は見えないのに、あの独特の笑みを向けられたような気がした。
…リナリーにも思ったことだけど、この世界の女の子って強過ぎない?

「…どいつもこいつも勝手ばっか」
『お前も結構好き勝手やってんだろ?』
「それなりの苦労もしてますヨ?」
『そりゃ、ウォーカーが相手じゃ苦労もするだろうよ』
「そーなんだよねー…って、違うから。そういうのじゃないから」

さらりと言われた言葉に反射的に応えてしまって、わたしは慌てて頭を振った。

『会いたいってびーびー泣いてたのはどこの誰だよ』
「忘れマシタ」
『都合の良い鳥頭だな』
「鳥頭とは失礼な!」

速攻で怒鳴り返すと、ため息を吐かれたような気がした。
…ちょっと会話し辛いから出てきて欲しいんだけど。無理なのはわかるが。

『…人間じゃないあたしが言うのも変だけど。お前、可愛くねぇなァ』
「うっわ、ヒドイ。フォーまでそういうこと言う?
 …わかってますよー。男はみんな素直で可愛い女の子が好きなんだよねー」
『そうかもなぁ。…良かったなー、ウォーカーが物好きで』
「ねー…って、だから違うってのに!」

どいつもこいつも!!
…いや、そりゃあ…わたしは好き、だけど。
……………って。落ち着け、ここで認めてどうすんの、わたし。

『……』
「……」

流れる沈黙に、耐えられなくなったのはわたしが先だった。
くるっと、わたしは方向転換してフォーが休んでいる扉に背を向ける。

「…わたしもう一眠りしてくる」
『良いのかよ』
「良いんですー!」

もう一度怒鳴り返して、わたしは駆け出した。
…あー、やだやだ。なんだこれ、モヤモヤする!

っていうかアレンがわたしを好きになるわけないじゃん、気の迷いにしとけよ!
必死に自分にそう言い聞かせても、モヤモヤしている胸中が晴れない。

『はー…やっぱガキだ、あいつ』

背後で、呆れたようなフォーの一言が響いた。
ガキで悪かったな、もう!
そんなこと、わたし自身が一番良くわかってる!!


+++


――翌日。
死んだように眠っていた僕は、少し遅めの朝食を取っていた。
…少しというかもう昼なんだけれど。

左腕の復活とかフォーに全然勝てないとか色々あるけれど、今気になっているのはのことだ。
…今日、一度も会ってない。

「………なんか、またに避けられてる気がする」

それとも、ここ二日が特別だったのか。
意識が戻ってから昨日まで、ずっと僕の傍をウロウロして世話を焼いてたのに。

「…何かしたかな…いや、むしろ何もしてないよな…?」
「おーはよー、ウォーカー! 相席良いかー?」
「あ、おはよう。李佳、シィフ」

本部と同じように、アジア支部も広めの共同食堂だ。
昼食を摂りに来たのだろう、科学班見習いだという李佳とシィフが声を掛けてきた。
席に座った瞬間、シィフが首を傾げながら口を開く。

「ん? さんは一緒じゃないの?」
「そう言えば。珍しいな」
「…それを言うなら、ふたりだって。蝋花さんは一緒じゃないんですか?」

いつもふたりと一緒にいる蝋花さんの姿も無い。
そこを指摘すると、李佳は難しい表情で首を傾げた。

「女の子には女の子の用事があるんです!…だと。わけわかんねぇよなー」
「そういうもんなんでしょ、女性は。さんもそういうトコありそうだよね」
「あー…ありますね、多々。基本的に言うこと理不尽なんで、あの人」
「理不尽?」
「しょっちゅう振り回されてます」

機嫌もころころ変わるし、本当に、には常に振り回されている。
人の癇に障るような物言いをするかと思えば、妙にしおらしい態度になったり。
…天然なのか計算なのか、たまに判断に迷う。

「あー、確かにそんな感じ。でもウォーカーは女の扱い方上手そうだよな」
「は? いえ、そんなことないですけど」
「ちょっとした好奇心で訊くんだけど、ウォーカーって彼女とかいるの?」
「は!? なんですかいきなり!?」

さらりと訊かれて、思わず大声を上げた。
途端、注目が集まってきて口を手で覆う。
…ただでさえ目立つのは好きじゃないのに、これは良くない。

「だから、好奇心?」
「っていうか蝋花が…もがっ?!」
「はい、李佳は黙る。…で、どうなの?」
「ど、どうって…恋人は、いませんけど」

李佳の口をぞんざいに塞ぐシィフにちょっと驚きつつ、僕は当たり障りにない言葉で返した。
すると、シィフは何かを考え込むような表情になる。

「恋人『は』。…気になる人か片想いの相手は居ると見た」
「え、マジで。おまえすげぇな、シィフ」
「なんで分析されてんですか、僕…」

思わず頭を抱えてしまった。
…なんだろう、コレ。尋問? 何のだ。

「で、どんな人? 年上? 年下?」
「…え…ええと」

詰め寄られて、必死に頭を働かせる。
どんな人。…どんな人だろう。
ヘタをすると貶すような言葉しか出てこないような気がしてきた…。

「…一応年上で、黒髪のアジア系美人で…気が強くて世話焼きで…」
「きつめの年上美人! 良いねー」
「本部の人?」
「え。ええ、はい、同じエクソシストで…」
「ウォーカーぁあああぁあああっ!!」

いきなり、背後から地響きのような声で名前を呼ばれた。
驚いて振り返ると、物凄い形相をしたバクさんが立っていた。

「うわっ!? バクさん!?」
「どっから沸いて出たんスか支部長!?」
「ウォーカー! 貴様、リナリーさんに懸想など許さんぞ!」
「は? リナリー? …違いますよリナリーじゃありませんよ!!」

…確かに、さっきの形容だとリナリーも当てはまるかもしれない。
ということは、構成要素はとリナリーって同じ?…いやいや、それは何か違うような。

「何を言う! 今の形容でリナリーさん以外のエクソシストがいるわけがない!」
「いや、居ますから!! むしろそれどういう意味ですかちょっと失礼じゃないですか!?」
「…っていうか、すごく身近にいるじゃないですか、支部長」

お茶を啜りながら、シィフが至極冷静に口を挟んだ。
その言葉に、僕達全員の注目がシィフに集まる。

「年上。黒髪。アジア系美人。気が強くて世話好き。
 それでエクソシストでしょ。…さんじゃないの?」


……
………この人、絶対最初からわかってて言ってる。

「…ああ、なるほど」
「アジア系美人、で思いつかなかった」
「失礼だよ、李佳。性格の印象が強過ぎるだけで、彼女、結構美人だと思うけど」

…貶されるのも腹立つけど、誉められるのも良い気がしないのはどうしてだろう?
確かに、の印象はまずあの性格。そのせいで容姿の印象が残りにくいのはわかる。

「…ということは貴様二股か!?」
「違います。落ち着いて。それ、物凄く失礼ですよ。
 …っていうかいい加減、バクさんはリナリーの話題から離れてください」

どうしてこう、自分の惚れた女は誰もが惚れてもおかしくない、みたいに思えるんだろう。
そりゃあ、確かにリナリーは可愛いだろうけど。そもそも違う人間を比べるのは良くない。

「有り得ん…リナリーさんのような素敵な女性が傍に居るのに、ときめかないなんて」
「…他に目を向けられるほど余裕無いんで」
「ノロケかよ」
「でもウォーカーとさんは既に付き合ってるものだと思ってたんだけどね」

もしそうだったら話は早いんだけど。
残念ながら、は絶対、僕が彼女を好きだということすら気付いてない。

「…少なくとも嫌われてはいないと思います」
「見ればわかる」
「…最初、ものすごく仲悪かったんです」
「「「あー」」」
「…そこ、納得するところなんですか…」

物凄く納得した、と言わんばかりに頷かれて、ちょっと傷付いた。
…どういう風に見られてるんだろう、僕とって。

「…あれか。が門前で乱闘したっていう新人エクソシストってウォーカーか」
「は? 乱闘?? いや、さすがにと乱闘した覚えは…」
「物凄く短気で凶暴だって聞いてたけど、案外普通の女性だよね」
「…それ多分別のエクソシストが混ざってます。短気で凶暴な日本人がいるので。男ですけど」

よりによって神田とを混ぜないで欲しい。

「やっぱウォーカーくらいの歳だと、年上のお姉さんに憧れるもん?」
「『お姉さん』ってがですか。中身子供ですよあの人」

短気だし我が儘だし、理不尽だし。
すぐ疲れるし、どこでも寝るし。警戒心がまるでないし。鈍いし。
………あれ? って本当に年上だっけ?

「や、でも『お姉さん』だろ。黙ってると大人っぽいし。スタイル良いし脚綺麗だし」
「……李佳。僕はのことに関しては物凄く心が狭いと自負してるんですが」
「や、一般論だから! 怒るなよ!?」

一般論だろうがなんだろうが、首から下を他の男に評価されるのは気に入らない。
思わず目を据わらせる僕を見て、バクさんがフォローに入った。

「女性に対して失礼だろう、そういう話は」
「男なら普通見ますよ。支部長だって好きな女性なら気になるでしょ」
「……断じてそんな不埒な視線を送ったりなどしない!」
「じゃあ今の間はなんですか」
「気のせいだ!!」

…なんのフォローにもなってない。
良く理解した。バクさんって弄られキャラだ。

「で、話戻すけど。仲悪かったって言うけど、好きになったきっかけって?」
「…あの、何の話なんですか本当に…」

さっきから質問責めだ。いったいなんなんだろう…。

「ここねー、娯楽少ないのよ。提供してくれ、ウォーカー」
「娯楽って」

人の恋路が娯楽か!!
…いや、確かにこういう傾向は本部でもあった。あったけど。

「…きっかけ、っていうとよくわからないんですけど…
 ある任務で一緒になって、色々ありまして」
「色々ってなんだ」
「その辺り是非詳しく」
「なんで詰め寄って来るんですか!!
 やましいことなんてしてま…せん、多分」
「多分って」

…落ち着け、僕。あれは事故であって何もやましいところはない。
そもそも、あの頃はにそういう感情は持ってなかった。はず。

「…というか、色々納得出来ないと思い始めたのがきっかけかも」
「へ? なにそれ」
「………同じ部屋で寝てても無警戒とか本当に有り得ないと思いませんか」
「…同じ部屋で寝てんの…?」
「任務上止む無く、ですよ! いつも同じ部屋にいるわけじゃありませんッ」

今、あの時と同じ状況に陥ったら確実に何かしでかしそうな気がする。
だと言うのに、あの脳天気な一言は本気で頭痛を覚えた。

「…おまけに、昨日は昨日で冗談で添い寝するとか言うしッ」
「良いんじゃねぇ? してもらえば、添い寝。役得じゃん」
「添い寝だけで済ませられる自信がまるでないんですよッ!!」
「うわー切羽詰ってんなー」
「…もう少し健全な恋愛は出来ないのか15歳」
「写真で満足してるバクさんと一緒にしないでください」

言った瞬間、バクさんは床にのの字を書き始めた。
何か必死に「違う、あれはそういう意味じゃない」とか言ってるけど、とりあえず放っておく。

「…おまけに、なんか朝から避けられてる気がするんですよね…」
「昨日何かしたんじゃないのか。セクハラとか」
「中途半端に手出せる程余裕ないです。だいいち、片腕で何が出来るんですか」
「口使えれば何かしら出来んだろ」
「それはやられたら避けるだろうね」
「してませんってば」
「貴様ら神聖な支部の食堂でなんて話を」
「眺めてるだけで満足なひとは知らなくていい話です」
「!!」

反射的に言い返すと、バクさんはまた蕁麻疹を出して部屋の隅に行ってしまった。
…あ。しまった。ラビや神田相手の時の癖で言い過ぎた。

「あー、支部長泣いちゃったー」
「苛め過ぎたかな。支部長、泣かないでください」
「泣いてなどいないわッ!!」
「泣いてるじゃないっスか」

荒れるバクさんを宥めるふたりを見ながら、思わず苦笑する。
なんだかんだで部下に愛されてるなぁ、バクさん。

――なんだか、色々話をしてたら気付いた。
は考えすぎると一歩後ろに引くタイプだ。避けられている理由を聞かないと。

「ん? どうした、ウォーカー」

ガタ、と椅子を引いて立ち上がると、三人が僕の方を見る。
それに苦笑を返して、口を開いた。

を探してきます。放っておくとご飯食べない人ですから」

この時間まで見当たらないということは、多分朝も昼もまだ食べていないだろう。
放っておくと食べずに延々と眠り続けるから、そろそろ引っ張ってこないといけない。
…多分、十中八九、僕を避けて起きてこないんだろうし。

「ちゃんと言葉にしない僕も悪いって、充分わかりました。
 フォーと再戦する前に、ちょっと話してきます」
「「いってらっしゃーい」」

李佳とシィフに声を揃えて見送られて、僕は食堂を飛び出す。
道に迷うかもしれないけど、…まぁ、なんとかなるだろう。うん。











一方、アレンを見送った李佳とシィフは、その姿が完全に見えなくなった辺りで振っていた手を下ろした。
そして、しみじみと呟く。

「…ありゃ、蝋花の入り込む余地はねぇな」
「…可哀相だから黙っててあげようか」
「…だな」






恋の空騒ぎ、アジア支部編。



To be continued?

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