――鼻孔を衝く消毒液の臭いで、意識が覚醒する。
何か嫌な夢を見ていたような、感覚が残っていた。

全身が気怠い。
身体が重い。目蓋が重い。

痛い、と。

自覚した瞬間、ハッと目を開けた。
視界に入るのは、どこか薄暗い、病室のような白い天井。

「…僕は、生きてる…」

呆然と呟いた瞬間、体の感覚が徐々に戻ってくる。
ゆっくりと身体を起こした。
全身包帯だらけで、折れていた右手は特に念入りな巻き方をされている。

悪い夢でも見ていたのだろうか。
そう思いながら左腕を見れば、そこにイノセンスは無かった。
――ああ、あれは、現実に起こったことだ。


…どうして生きてるんだろう。

あの時…僕はノアに殺されたはずなのに。
心臓から血が流れて…死に満たされていく感覚を確かに感じた。

逃れたくても、決して抗えない感覚。
僕は確かに感じたんだ。


あれは――――『死』。


『死』、だった。



「…う…っ」

カタカタと手が震えた。
勝手に涙が零れる。
止めようと思っても、どちらも止まってくれない…。


どうして涙が出るんだ。
生きてて嬉しいのか。
…悔しいのか。


――わからない。
ただ、震えが止まらない…


「…マナ…」


いつものように、亡き養父の名前を呟く。
だけど、震えも涙も、胸中を支配する絶望感も、消えてくれなかった。



File31 絶望の先




「いけないいけない!
 そろそろウォーカーくんの包帯を取り替えないと、バク様にどやされてしまうっ」

遥か前方を、そんな声と共に初老の男性が駆けて行った。
あの独特の髪型と台詞。多分、バクさんの補佐役,ウォンさんだろう。

「あ、ウォンさんだ。走ってどこ行くんだろ」
「ああ、例の少年エクソシストの看病じゃないかな。
 女の子の方はそうでもないらしいけど、彼は重症なんだって」
「あー、それ! 聞きましたよ、彼まだ15歳らしいじゃないですかぁ」

階段の横で、若い三人の科学者がそんな話をしている。
…ええと、なんだっけ。名前忘れたけど。

「神の使徒だか知りませんけど、子供にまで戦争させるなんて神様もヒドイですよね――

女の子が何気なく言った言葉に、胸の奥が軋む様な痛みを訴える。
…そう、だよね。アレンはまだ15歳で、リナリーだって16歳だし…ラビと神田だって、まだ18歳で…
――わたしの《世界》だったら、まだみんな…学生をやってる歳、なんだ…。

自分の感覚が、麻痺していることに気づいて愕然とした。
…《物語》に、取り込まれている。そんな言葉が浮かんで、何か薄ら寒いものを感じる。

そんなわたしに構わず、フォーは彼らに声を掛けた。

「よぉ、三人組。何やってんだよ」
「あ。フォーさん」
「資料整理ですよ。…あれ? そちらは?」

細目の青年が、わたしの方を見る。
わたしが口を開くより先に、フォーが適当に説明した。

「ああ、エクソシスト。女の方の」
「なんて紹介の仕方すんの、フォー…」

せめて名前くらい紹介してくれても良いと思う…。

「あーあーあー。なんだっけ、そうそう、さん?
 日本人のエクソシストで、確か19歳。日本人って珍しいから覚えてたんだよな」
「本部の室長を唸らせた、脅威のシンクロ率保持者だっけ?」
「この前来た本部所属の探索部隊の人が、『漆黒の天使』って言ってた人ですね!」
「へ? え? な、なにそれ…」

二人目の情報からしてなんかおかしいんですけど。
身に覚えのないあだ名が増えてる…!

「「「で、確か新人エクソシストと門前で大喧嘩して語り草になった人」」」
「その話はもういいわーーーーーッ!?」

遠く海を越えた国にまで伝わってんのかよ! 誰だよ広めた奴!!

「そうそう、自己紹介がまだだった。
 オレは李佳。こっちの糸目はシィフで、おさげは蝋花な」
「あ、これはどうもご丁寧に…でもないな」

ようやく名前を思い出した。
彼らは確か、アジア支部科学班の見習いだ。

「いやー、実はオレ達エクソシスト見るの初めてなんだよね!
 でも思ってたより普通な人っぽいなァ」
「うーん…まぁ、わたしはね。普通っぽくないのも居るよ」

元帥なんか見たら腰抜かすだろうな、多分。
わたしだって直に会ったことないけど。

「ンなことより、さっき走って行ったのウォンだろ? やべ…抜け出してきたのがバレる」
「って、抜け出してきたの!?」
「うるせーな、おまえが凹んでるから、早く会わせてやろうと思ったんだろ!
 ホラ、さっさと行くぞ! 丁度包帯替えるトコだし、もしかしたらそろそろ意識戻るかも」
「え、ホント!?」

わたしはフォーに引っ張られながら、病室に向かって走り出す。
もちろん、半身だけ振り返って三人組に手を振るのも忘れずに。











病室に辿り着くと、そこには呆然と立ち尽くすウォンさんが居た。
…寝台はもぬけの殻だ。

「…あー…ええと…」

ばつが悪そうに、フォーが視線を彷徨わせる。
言葉を探してから、彼女は口を開いた。

「…悪い、ウォン。
 ちょ、ちょっと抜け出してる間に、あいつどっか行っちまったみたいだな…」

…あれ?
ここの展開…変わってないか…?

確か、アレンの傍で見張りのフォーが居眠りをしていて。
それで起きたらアレンがいなくなってた――って展開じゃなかった?

「あんな身体じゃ動けないと思ってさ…油断した」

フォーが言った瞬間、ガシャンッとウォンさんの手から薬や包帯が落ちた。
そしてそのまま、ウォンさんは慌てて部屋を飛び出していく。

「ウォーカーくん…あんな身体で…!」

走り去っていくその後姿を見送りながら、わたしはゆっくりと瞬きする。
そして、そのまま隣に居るフォーに視線を移した。

「…ねぇ、フォー」
「ん?」
「…今、脳裏に『出遅れた』って一言が過ぎったんですけど…」
「あー…」

曖昧に笑って、フォーはぽん、とわたしの肩を叩いた。
そして、最高に無責任な一言を投げてくる。

「ま、気にすんな」

気にするよ。
ここって普通、わたしが駆け出すところじゃない…??


+++


なんとなく歩き出して、立ち止まったのは大きな扉の前だった。
外へ続く扉だろうか。
ほとんど無意識に、扉に向かって腕を伸ばした。

「その扉は押しても開かんぞ」
「!?」

唐突に響いた声に、目を瞠った。
聞き覚えの無い、男の声だ。…敵意は無い。

「ここに何か用か?」
「……どうして開かないんですか」

別段、この場所に用があるわけじゃない。
だけど、外に通じると思われる扉が開かないのは困る。

「その扉の中にはここの守り神がいて、ボクの曾祖父が内から封印しているんだ」

守り神。
普段なら興味を持つかもしれないが、今は『封印』という言葉の方が気になった。
…『封印』…ではやはり、ここは開かないのか…?

「ここに用があったんじゃないのか?」
「別に…ただ、進んできただけだから…」

そっと、扉に触れる。
幾重にも包帯を巻かれた手は、それの感触を伝えてくれない。

「この扉…どうにかして開けられないんですか…」
「開けられない。戻ったらどうだ? そんなところ、進んでどうする」
「ただ進む」

言葉は、自然と吐き出されていた。

「立ち止まりたくないんだ」

立ち止まったら、もう、起き上がれないような気がして。
胸中を支配する絶望感に、耐えられなくなるような気がして、進んできたのに。

「左腕もないのにか?」
「!!」

言われた言葉に、息を呑んだ。
…僕の左腕が無いのは、見ればすぐにわかるだろう。
だけど、そこには『左腕がなければ何も出来ないだろう』と言外に含まれていた。

「別に文句をつけるつもりはない。好奇心から聞いているだけだ」
「………あなた、誰ですか」

ここにきて、ようやく相手が何者かが気になった。
――ノア、ではないだろう。敵意が無い。
だが、一般人であるわけもなかった。

「黒の教団アジア区支部の支部長,バク=チャンだ」

静かに告げられた相手の素性に、目を瞠る。
では、ここは教団の支部なのか。支部の存在など、まったく思い浮かばなかった。

「アレン=ウォーカーくん。キミ、ここの事務員にならないか?」
「え…?」
「これからはサポートする側に回るんだよ」

淡々と語られる言葉を、呆然としながら聞いた。
…「これからは」? 「サポートする側に回る」?

「別の道を探すんだ。
 エクソシスト以外にも、黒の教団にはたくさんの役職がある。何か出来ることはあるだろう」

突きつけられた事実に、愕然とした。
――そうだ。イノセンスを失った僕は、もう『エクソシスト』じゃない…。

「そうすれば、神もキミを咎めたりはしない」
「…神?」

脳裏に浮かんだのは、スーマンの姿だった。
望まずに教団に所属した、裏切りの神の使徒。
護れなかった。死なせてしまった。
スーマンだけじゃない。――何よりも護りたいと願った存在すら、この腕は護りきることが出来なかった。
――神、なんて。何もしてくれない。

「そんなこと、どうだっていい」

満足に動かない右手を、扉に叩きつけた。
鈍い痛みがはしる。だけどそんなもの、気に留めるほどじゃない。

「僕はッ、僕の意志で誓いを立てた!」

何度も、何度も扉を叩く。
そうすることで、この扉が開くんじゃないかと思いながら。

「アクマを壊すことを自分に…っ!!」

左腕があれば、こんな扉はすぐに開けられたのに。
奇怪な腕でも、誰かを救える力だった。そのはずだった。

「共に戦うことを仲間にッ…救うことを世界に…!
 死ぬまで歩き続けることを、父に誓ったんだ!!」

――そして。
彼女を護り、自らも生きることを、彼女に誓った。

自分は今、生きていて。
なのに彼女は――は、傍に居ない。

「…左腕を失って…護るべき人に逆に庇われて…こんな…ッ」

あの後、がどうなったのかを僕は知らない。
だけど想像はつく。…連れて行かれたんだろう、伯爵のもとへ。
以前会ったロードも、そしてあのノアも、を無傷で連れ帰ろうとしていた。
――身を護る術を失った彼女を、見逃すはずが、ない。

「僕がもっと強ければ護れたのに! スーマンも…も!!」

その面影すら残らないほどに、壊されたスーマン。
傷だらけの身体を引きずって、ひとりでノアと対峙した

リナリーに約束したのに。必ずスーマンを救うと。
約束したのに――必ず、を護ると。
――最後に眼裏に刻まれた記憶は、あまりにもその約束とは真逆だ。

「開けよ…ちくしょお…っ」

包帯から血が滲み、扉を汚した。
そのまま、扉に凭れかかる様に僕はその場に膝を着く。

「僕が生きていられるのは、この道だけなんだ…ッ」
「…わかったよ、アレン=ウォーカー」

不意に。
バクさんが背後で立ち上がる気配が、した。

「キミのイノセンスは死んではいない」

それがどういう意味なのか、よくわからない。
ただ、僕は静かに語るバクさんを振り返った。

「だがそれを告げる前に、どうしてもキミの気持ちを確かめておきたかった。
 咎落ちを知り、死の苦しみを味わったキミが、再び自ら戦場に戻る気があるのかどうか」

ゆっくりと、バクさんが近づいてくる。
暗がりから出て来たそのひとは、鋭い、真っ直ぐな目をしていた。

「新たな咎落ちを防ぐためにも、ボクとコムイは知っておかなくちゃならなかったんだ」

そこで言葉を切ると、バクさんは片目を瞑った。
どこかおどけたような仕草で、笑いを含む言葉が向けられる。

「ま、「どうだっていい」はちょっと言い過ぎだがな」

その仕草が、どことなくコムイさんに似ていて、僕は思わず笑う。
本部にいた時間はとても短かったのに、なんだかその頃が懐かしい。

「あと、のことだが」
「え…」
「彼女は無事だ。我々がキミと共に保護した。
 数日前に意識が戻って、今は日常生活に支障がない程度には回復している」
「!!」

その時の感情を、どう表現したら良いだろうか。
彼女が無事で、すぐに会える場所にいる。
どうして、とか考えるより先に、今はただ、に会いたかった。

…ッ…彼女は無事なんですね!?
 お願いします、バクさん! 今すぐに会わせてください!!」
「………」

座り込んだまま詰め寄ると、バクさんが妙な反応をした。
苦笑と言うか、…微笑ましいものでも見るかのような。

「あ、あの。バクさん?」
「…いや、…キミらはまったく同じことを言うんだな、と」
「は?」

目を瞬かせると、バクさんは笑う。
次に彼の口から飛び出してきた言葉は、はっきり言って予想外だ。

「彼女も同じことをボクに言ったよ。
 顔を見るだけでもいいから、キミに会わせてくれと。泣きながらね」
「………」

一瞬、思考が停止した。
が。…泣きながら? 僕に会いたいって言った?
…なんだろう。嬉しいかもしれない、それ。

「彼女にはすぐに会える。今頃キミを探しているだろうから、直にここまで来るだろう。
 とりあえずキミは包帯を取り替えて、その開いてしまった傷をなんとかしないとな」

指で示されて視線を移せば、確かに、右手は悲惨なことになっている。
折角巻いてもらった包帯なのに、もう血でドロドロだ。

「それが済んだら、左腕を復活させる話をしよう」

何気なく言われた言葉に、今度こそ僕は硬直した。
…いま、いったい、なにを、言われた?

「復活…? 左腕を、取り戻すことが出来るんですか…!?」
「ああ」
「ホントに…っ!?」
「とりあえずここは冷えるから…」
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
「「!?」」

甲高い少女の声が響いて、僕とバクさんは反射的に振り返った。
…次の瞬間に起こったことは、きっと忘れられない光景になるだろう。
色んな意味で。


+++


「見つけたぞテメェ!! 何勝手に病室抜け出してやがる!!」

そんな罵声とほぼ同時に、フォーの華麗な飛び蹴りがバクさんを吹っ飛ばした。
扉にぶち当たったバクさんの身体は、軽やかに弾んでからぽてっと石畳の上に落ちる。
…いや、あれ、死んだんじゃ…? てか普通死ぬよな?

「エクソシストだろうがウチにいる以上勝手な行動は慎みな!
 大体テメェ、起きたんならまず、あたしに挨拶だろ!」

仁王立ちで立つフォーは、小さい身体を目いっぱい逸らしてふんぞり返る。
さっきの凄まじい蹴りに驚いて、アレンは完全に硬直していた。

「あたしはお前を竹林からここまで運んでやったんだぜ!」
「バク様ーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「オレ様を蹴飛ばす意味がわからんぞ!」
「『オレ様』?」

ああ、バクさんの口調が壊れた。
頭から血を流しながら怒るバクさんを軽やかに無視して、フォーはビシッとアレンを指差した。

「ホラ、テメェ挨拶しろよ!」
「貴様無視かぁーーーっ!!!」
「バク様落ち着いてください!」

暴れるバクさんを、ウォンさんが必死に押さえ込む。
…ひ、悲惨な状況だなぁ…しかしバクさん、頑丈…。

「たっ、助けてくれてありがとうございました。えっと…?」
「フォーです。彼女の名前は『フォー』。このアジア支部の番人です」

困惑気味にフォーを見るアレンに、ウォンさんがフォローを入れた。
紹介されたフォーはフォーで、値踏みでもするかのように、じっとアレンを見ている。

「私はバク様の補佐役のウォンでございます。
 お元気になられて本当に良かった、ウォーカーくん」

優しいウォンさんの言葉に、アレンはゆっくりと目を瞬かせた。
ああ、あの表情は知ってる。
初任務で帰って来た日に、リーバーさんに「おかえり」って言われた時と、同じだ。

「ありがとうございます」

噛み締めるように言われた、その言葉。
騒いでいたバクさん達が動きを止めて、アレンを見た。

「僕を助けてくれて、本当に…ありがとう」

涙を隠すように、俯いて口にされた言葉。
それを受けて、フォーが笑った。

「お前にはもう一個感謝して貰わねーといけないな」
「え?」

きょとんを目を瞠ったアレンを満足そうに見やると、フォーは振り返った。
…部屋の隅っこで一部始終を見守っていた、わたしを。

! てめ、何隅っこに隠れてんだ! 今更恥ずかしがる歳じゃねーだろ!」
「ちょ!? それどういう意味だよ、フォー!?」

今更とか歳とか、なんかよくわかんないけど暴言だ、絶対そうだ!
思わず反射的に怒鳴り返してしまって、はたと気づく。
アレンが、呆然とわたしを見ていた。
…おお。感動の再会を自分で台無しにしてしまったんじゃないか、わたし…。

「…
「あ。えーと…あの、アレン…」
「…ッ」

座り込んでいたアレンが、弾かれたように立ち上がった。
そのままの勢いで駆け出して、そのまま抱き締められた。
…まぁ、でも、片腕無いし右腕も怪我してるから、抱き締められたというよりタックルされた気分なんだが。

微妙な痛みをやり過ごすと、視界に入ったアレンの右腕から血が出ていた。
包帯を染めるその赤に、ぎょっとして目を瞠る。

「い、痛いよアレン!?」
「ごめ…」
「いやわたしが痛いんじゃなくてアレンが! 血! 血が出てる!!」
「こんな傷…ッ」

いやいやいや!
こんな、とかそう言うレベルの傷じゃないから、それ!

しがみついてるアレンの後頭部を、わたしは宥めるように軽く叩く。
濃厚な血の臭いに、頭がクラクラした。

「ダ、ダメだって! ちゃんと治療して…!
 …あ、わたしってば今、イノセンス発動禁止だった…ああもう、せめて普通の手当を」
「…ちょっと黙って」
「いや黙れってあんた何様」
「…うるさい黙って抱かれてろ!」
「は、はいッ!」

強く言われて、わたしは腕を下ろした。
…あれ? アレン、もしかして泣いて…る?

「…無事で、良かった…ッ」

耳元で囁かれるように告げられた、言葉。
…う。やばい。わたしも泣きそうだ。

「…アレンが護ってくれたからね」
「え?」

不思議そうに聞き返されて、わたしは緩く頭を振った。
そのまま、わたしは逆にアレンの背に腕を回して抱き締める。
鼓動が聞こえる。生きてる。そんな当たり前のことが、こんなにも嬉しい。

「…おーい、そこのバカップルよー。
 感動の再会のとこ悪ィんだけど、そろそろ話進めねぇ?」
「「あ」」

掛けられた声に振り返れば、フォーを始めバクさんもウォンさんも、階段に腰を下ろしてわたし達を見ていた。
…え、ナニコレ。何の羞恥プレイですかコレ。

「…フォー。人の恋路を邪魔する者は、馬に蹴られますぞ」
「そりゃ日本の諺だ。っていうか邪魔はしてないだろ、邪魔は」
「感動の再会に水を差すことは邪魔と言わないのか」
「時間がねぇっつーから言ってやったんだろ! なんだよバカバク!」
「誰がバカだ!」

勝手に喧嘩が始まった。
しかも内容はわたしとアレンのことだし。

「「…すみません、恥ずかしいので話進めてください…」」

思わず声を合わせて、消え入りそうに呟いたのは、言うまでもない。


+++


「えっ、地下なんですかここ!?」
「昔、ただの洞窟から先人達が掘り進めて造られた、巨大な隠れ聖堂なんです。
 今現在も拡大していて、総面積は本部よりもありますよ」

高い靴音を立てながら、わたし達はある部屋を目指して歩いていた。
改めて見ると、その広さが伺える。
きょろきょろと周囲を見回すアレンに、フォーが笑いを含んだ一言を投げかけた。

「迷わないように気を付けろよ、ウォーカー。
 昔、二週間迷子になって餓死しかけた奴とかいるから」
「えっ、ウソ!?」

アレンの顔色が悪くなった。
…筋金入りの方向音痴だもんね。どんな脅しより効くよ、それ。

「…アレンは迷子のプロだもんねぇ…」
「プロってなんですか!」

本部で迷ってた奴が何を言う。
何度リナリーとふたりでアレンを探して、本部中を駆け回ったことか。

「おしゃべりは止めにして入りたまえ!」

少し焦ったように、バクさんがそう言ってある部屋の扉を開けた。
…ああ、迷子になったのってバクさんか。そう気付いてフォーに視線を送ると、にやりと笑われた。
…………弄られキャラだなぁ、バクさん。


促されるまま、わたし達はその部屋に足を踏み入れる。
途端、ボアッと霧のようなものが充満した。

「!? この部屋は…!?」

見上げれば、その霧は部屋中に充満している。
スッと、わたしは手を翳す。――微かな心音のような音が、聞こえた気がした。

「煙…じゃない。何ですかこれ…? 霧!?」
「これがキミの左腕だったイノセンスだよ」
「えっ」

うわー、すっごい驚いてる。
まぁ、その反応も当たり前と言えば当たり前だ。

「ええっ!!? この霧が?」
「霧ではない。形を無くし、粒子化しているんだ」

思わず、と言った表情でアレンがわたしを見た。
わたしはそれに対して、小さく頷く。

「…これが僕の左腕…!?」
「うん…間違いなく、アレンのイノセンスの《音》がする…」
「…が言うなら、そうなんですね…」

そう呟いて、不思議そうにアレンは部屋を漂う霧――粒子を見つめる。
そこに、バクさんの補足説明が入る。

「通常、粒子になるまで破壊されれば、イノセンスであっても消滅する。
 だが、このイノセンスは消滅しなかった。
 それどころかキミを助け、今なお神の結晶としての力を失わずにいる」
「お前らを竹林から運んだときも、この霧がお前らを護るみたいに周囲に満ちてたぜ。
 おかげで前が見えなくてここに帰るの苦労したんだ。そん時にイノセンスだって気付いたんだけどよ」

バクさんの言葉を引き継ぐ形で、フォーがため息混じりに言った。
…そう言えば、わたしとアレンをどうやってひとりで運んだんだろう、フォーは。

「こんな状態になっても生きてたなんて…どうして僕のイノセンスだけ…?」
「残念ながら、我々の科学じゃそこまで分からない。コムイですらこの事は予想の範疇を超えてたらしい。
 珍しくあの男が、非科学的な事を言っていたよ。キミは『神に愛された存在なのかもしれない』、とね」

――神に愛された存在…か。
わたしには、『何か』の為に生かされてる…って感じがする。
もちろん、そのおかげで生きているのなら、わたしに文句なんかないけれど。

「ほんとよかったなー、お前」
「フォーのおかげだねぇ」
「そうそう。敬え、感謝しろガキ共」
「わたしもかよ!」
「お前もだよ」

にやりと笑われた。
…そりゃ、フォーから見りゃバクさんだって子供と同じ様なものかもしれないけど。
………その外見で言われると切なくなる。わたしはそこまで子供ですか。

「バク支部長ぉ~~~」

聞き覚えのある声に、呼ばれたバクを始め全員が振り返った。
そこには、さっき会った三人組がいた。確か、李佳と蝋花とシィフ、だっけ。

「お、良かった。まだやってねェや」
「どーしよ、焦って眼鏡忘れたぁ」
「頭にあるよ」
「あ。アレン=ウォーカーの左腕、今から復活するんですかー?」

呼ばれたアレンが、きょとんと目を瞬かせた。
…うん、まぁ、あれだ。野次馬だよ、あれ。

「何だキミ達。仕事はどうした」
「エヘヘー。見学させてくださいよぉ♪
 オレらまだ入団したばっかでイノセンスちゃんと見たこと無いんス♪」
「科学者としての今後の勉強のためにも、是非」

呆れたようなバクさんに、彼らは悪びれた様子もなく言う。
…ああ、なんだか懐かしいな。科学班のみんな、元気にしてるかなぁ…。

「少年エクソシストはどこですかぁ~」

ひょいっと、眼鏡をかけ直した蝋花がシィフの影から顔を覗かせる。
目が合った。思わず、わたしはアレンの方を見る。

「はじめまして」
「……」


……
………いま、確実に、彼女の背後に花が見えた。


…だからその英国紳士の笑顔をホイホイ向けるな、ってのに。
真っ赤になってぽーっとしてる蝋花を、アレン以外の面々はげんなりと見ていた。

「「「「「「…………」」」」」」
「? あの…?」

で、ひとりわかっていない奴がいるんだよなぁ…。
………なんかムカムカしてきた。何だコレ。

「…馬鹿アレン」
「は? なんでいきなり馬鹿呼ばわりなんですか!?」

そんな抗議の声は、きっぱり無視してやる。
…忘れてたよ。こいつ、天然タラシだったんだ。しかも今回は無自覚ときてる。質悪い。

「しょうがないな。構わないかい、ウォーカー?」
「はい?」

いきなり訊かれたアレンは、きょとんと目を瞠る。
そんな彼に、バクさんは口角を持ち上げて笑った。








「今からこの散乱したイノセンスを発動して対アクマ武器に戻すんだ。
 武器化さえできれば、キミはまた戦えるだろう」






絶望の先に見出された、希望。



To be continued?

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