不可思議な空気を漂わせたそこを、ひとりの少女が歩いていた。
少女の姿をしてはいるが、彼女は正確には「少女」ではない。
永い、永い時間を存在し続ける、守り神の欠片。
――黒の教団アジア支部の番人,フォー。それが、彼女の役目と名だ。
「(死人の臭いだ)」
薄暗い竹林の中、ざくざくと土を踏み締める音だけが響いた。
フォーの表情は、どこか複雑なものだった。
あまりにも、霧が濃い。悪しき意思は感じられないが、異常現象であることは否めなかった。
「(でも、なんも見えねーぞ。ちくしょー。何なんだよ、この霧)…りッ!?」
何かにつまづいて、フォーはその勢いのまま前のめりに転がった。
如何に人ではないとは言え、その構造は人のそれに近しい彼女である。
無論、痛覚はあるし反射神経というものもある。
「痛っ」
アジア支部を守る番人にしては、なんとも無様な転びっぷりだった。
勢い良く跳ね起きて、フォーは強かに打ちつけた鼻を抑える。
「(はっ、鼻! 鼻打った! はが!! 何なんだよ一体よ~っ!!)」
痛む鼻をさすりながら、フォーは足元に落ちていたそれを拾い上げた。
それは中国に住む彼女達には、あまり馴染みの無いものであり、彼女は首を傾げる。
「ん? 何だこりゃ? 西洋カルタ?」
まず、道端に落ちているものにしては不自然過ぎた。
他の国ではどうだか知らないが、この国では一般的な娯楽用品でもない。
「なんでこんなもん…」
フォーが視線を移すと、そこには子供がふたりいた。
十代半ばの少年と、それより年かさの少女。
少女の方は、浅いが規則正しい呼吸をしている。
しかし、少年の方は――
「あちゃぱー」
徐々に弱まっていく呼吸と、ぼんやりと虚空を見つめる瞳。
もはやそれは、死を目前に控えた死に体だ。
「こりゃ、手遅れだ」
ラビの槌に乗り、ラビとリナリーのふたりは上空を移動していた。
AKUMAの残党がいないとも限らない。
だが、疲弊しきった身体を引きずってまで戻って来たのは、湧き上がる不安を拭う為だった。
「大丈夫か、リナリー!?」
自力で立つことすらも危うい状態のリナリーを気遣い、ラビは彼女に声を掛ける。
リナリーはラビに寄りかかってなんとか立っているが、その顔色からして酷い状態だ。
「ヘロヘロさ! そんなんで…」
「大丈夫…それより早く…っ…早く三人を…っ」
悲痛な訴えは、徐々に悲鳴に近いものに変わっていく。
彼女を突き動かしているのは、今や気力と、悲痛な願いだけだ。
「空で強い光が見えた。どれだけ探しても、見つけられないの…!!」
リナリーの脳裏に浮かぶのは、大切な仲間達の姿だ。
約束をした。必ず戻るという約束。
それを信じたいのに、嫌な予感が消えてくれない。
傍を離れなければ良かった、と。自責の念が押し寄せて、リナリーの心を傷つけ続けている。
堪えきれずに泣き出すリナリーを見下ろして、ラビは強く唇を噛んだ。
「みつかるさ」
リナリーに告げたその言葉は、ラビ自身にも言い聞かせられた言葉だった。
自責の念、というのなら、ラビとて抱えている。
自分達は最善と思った選択をし、闘った。
だがそれでも、他に出来ることがあったのではないかと、思わずにはいられない。
――その時、ドンッと衝撃音が、響いた。
「!?」
槌の動きを停止させて、ラビは上空を仰ぐ。
――AKUMAの残党の姿が、目に映った。
今の爆発音は、彼らの攻撃か。
そう思って目を凝らすと、爆煙の中から金と銀の光が飛び出してくるのが、見えた。
『待てゴラ金のゴーレムー!!!』
『止まらんと撃つぞー!!』
風を切って飛ぶのは、金と銀のゴーレム。
ティムキャンピーと、それに追従するソルトレージュだ。
AKUMA達はその二色のゴーレムを追いかけていた。
『速っえーな、あんニャロ! レロと肩並べんじゃねェの?』
『だがオレの追尾型ミサイルからは逃れられーん!!』
AKUMAの言葉どおりに、ティムキャンピーとソルトレージュに弾丸が迫る。
その驚異的なスピードで回避し続けた攻撃も、追尾されては避けきれるものではない。
『当たれぇ!!!』
だが、それは寸でのところで届かない。
風が衝撃となって、弾丸を破壊する。
ハッと、二匹のゴーレムは振り返った。
弾丸を破壊した爆煙の中から、ふわりと重力を感じさせない軽さで現れたのは、リナリーだ。
「ティムキャンピー!! ソルトレージュ!」
ようやく見つけた手掛かりに、リナリーの表情に笑顔が戻る。
二匹もすぐにリナリーの傍に近寄っていった。
『あちゃー! エクソシストだ』
『惜しかったね』
『オレのミサイルゥゥー!!』
口々に騒ぐAKUMA達は、気づいていない。
足元に刻まれたそれに。
『!』
『何だ!?』
『ひ?』
カッ…と輝いたそれに、彼らが気づいた時にはもう遅い。
大地に刻まれたそれは、『火』という一音。
『ギャアアアアア!!!』
ラビの火判の炎に、一瞬にしてAKUMA達は燃え尽きた。
断末魔の声が、こだまする。
.
.
.
竹林の中を、ふたりは歩いていた。
その足取りは重い。
必死にここまで駆けてきた勢いは、既に無くなっていた。
――そこには、何も無い。
「ティムの映像記録だと、ここでアレン達と別れたみたいさ…」
疲弊しているのか、ティムキャンピーはくったりと羽根を下ろしている。
それを手に乗せて、ラビはどこか感情を抑えるように呟いた。
「ノアと遭遇して左腕を壊されたアレンと、もう戦う力が残って無かったは…」
ティムキャンピーが持ち帰った映像記録は、あまりにも凄惨な記録だった。
音声が記録されなかったのは、ある意味幸運だったのかもしれない。
「スーマンのイノセンスだけでも、守ろうとしたんだ」
アレンが左腕を破壊され、が既に形すら保てなくなったイノセンスを発動した辺りで、映像は終わる。
のソルトレージュはところどころ壊れてしまっていたし、
ティムキャンピーも無傷とは言えない状態で、それでも二匹は主の望みを叶えたのだ。
――それが、どれほど切羽詰った状況だったか、考えるまでも無い。
まだ乾き切っていない血の跡。
そこに膝を着いて、リナリーは穢れを厭わずそれに触れた。
「血の跡…ここにいたんだ…」
呟いたリナリーの瞳から、涙が溢れて落ちた。
そのまま耐えるように顔を覆い、俯く。
「――でも、いない。どこにもふたりがいない…!」
抑え切れない悲痛な嗚咽が、閑散とした竹林に響く。
その声を聞きながら、ラビは落ちていた見覚えのあるものを拾い上げた。
――トランプ。アレンが持っていたものだと、ラビは記憶している。
それを黙って見下ろす彼の隣。
黒いゴーレムから、聞き慣れた声が聞こえた。
『聞こえるか、ラビ』
「…何?」
なんとか声だけは平静を保ち、ラビは相手に返事を返す。
彼自身が驚くほどに、平坦な声だった。
『港へ戻れ。使者が来た』
「使者?」
予想外の一言に、ラビは思わず目を瞠る。
彼はトランプを懐に押し込み、リナリーの手を引いて元来た道を引き返した。
.
.
.
――凄惨と言うなら、こちらも負けていないかもしれない。
破壊された船の前。
命に関わるものではないとはいえ、傷を負った面々は座り込んでいた。
そんな彼らの傍に、見慣れない初老の男性が立っている。
それが誰かは、リナリーもラビも知っていた。
黒の教団アジア支部の支部長補佐,サモ=ハン=ウォンだ。
「お久しぶりでございます、リナリー様」
「! あなたは、アジア支部員の…」
微かに、リナリーは目を瞠る。
アジア支部は、室長のコムイが中国出身ということもあってか、交流が多かった支部だ。
リナリーも幼い頃から、彼――ウォンをよく見知っている。
「ウォンにございます。
取り急ぎ、我ら支部長の伝言をお伝えに参りました」
「伝言?」
もしや、教団からの伝達だろうか、と。
どこか不思議そうに首を傾げる面々に、ウォンは静かな口調で切り出した。
「こちらの部隊のアレン=ウォーカー、の両名は我らが発見し、引き取らせて頂きました」
――一瞬。
止まった時間が動き出したような錯覚を、覚えた。
力なく沈んでいたリナリーの瞳に、元来の力が戻る。
彼女はウォンに駆け寄り、その腕に縋りついた。
「本当に…!?」
「はい」
「ふたりは…アレンくんとは無事なの?
お願い、ウォンさん。今すぐふたりに会わせて!」
「…あなた方は、今すぐ出航なさってください。彼らとは、ここでお別れです」
俯きながら告げられた言葉に、リナリーの表情が凍りついた。
それが意味することを、最悪な結果を、彼女の頭が弾き出す。
「辛いと存じますが、お察し下さい」
気遣うような、固い口調。
ふらりと、リナリーの身体が傾ぐ。
「…うそ、よ」
呆然と、彼女は呟いた。
その声には、まったくと言って良いほどに覇気がない。
「だって…が約束してくれたわ…アレンくんと一緒に、戻ってくるって…」
彼女の脳裏に浮かぶのは、優しく諭すように告げて、微笑んでくれた年上の少女の笑顔。
時間に換算するなら、彼女と過ごした時間は短い。
だけど、リナリーが兄以外で初めて、誰よりも頼り、信頼している少女だった。
誰よりも優しく、リナリーを大切にしてくれる、姉のような…かけがえのない仲間。
――彼女との約束が果たされない瞬間などないと、無邪気に信じていた。
「約束したもの…ッ…は、約束を破ったりしない…しないんだから…ッ!」
血を吐くように、リナリーは感情を吐露した。
握り締めた拳に爪が食い込み、肌を傷つける。
その痛みすら、今のリナリーには感じられない。
その胸に降りた喪失感と痛みに比べれば、他のどんな痛みだって感じられないだろうと、思った。
「そんなの…嘘よ…ッ」
「…」
…守れなかった。
大切な仲間を。
傍に、いたのに。
そんな自責の念が、悔しさが、渦巻いて平静さを奪い去る。
イノセンスを破壊されたアレンと、それを眼前で見せられた。
ふたりがどれほど辛かっただろうかと、想像しただけで胸が引き裂かれそうだった。
「…リナリー」
崩れ落ちるように膝を着き、顔を覆うリナリーにラビは声を掛ける。
その声はどこか平坦で、必死に何かを抑えているかのような気配がした。
「お前もティムのメモリーを見ただろ。あいつは左腕を失ったんだ。
あの時点でどのみち、アレンはエクソシストじゃなくなった」
抗いようの無い《事実》に、心が悲鳴を上げた。
涙が、止まらない。
「…だって、…イノセンスを自分の意志でコントロールすることも、出来てなかった」
その言葉を発するのに、ラビがどれほどの気力を使っているのか。
それを思い遣れるほど、今のリナリーには余裕などなかった。
「オレ達は、進まなきゃならないんだ」
――《世界》が欠ける音が、した。
+++
「…」
気配を感じて、わたしはうっすらと目を開けた。
視界の中に、小さな影が映り込む。
「お? 目が覚めたか?」
「…え…?」
聞き覚えの無い、声だった。
女性――いや、少女の声。
どこかその口調は少年のようだ。
「おーい、バク! 女の方が目ぇ覚ました!」
そう言いながら、彼女はパタパタと軽快な足音と共に走り去って行った。
ゆっくりと瞬きをしてから、わたしは身を起こす。
走り去っていく少女の、後姿が見えた。
「…いまのは…」
――黒の教団アジア支部の守り神『フォー』?
わたしの記憶違いじゃなければ、あの不思議な出で立ちの少女はフォーだ。
では、ここは――アジア支部?
「…わたし…?」
…どうして、わたしがここに居るんだろう?
ティキが見逃してくれた? あの状況で?
有り得ない。今度こそ連れて行かれると思っていた。
わたしがここに居るということは、アレンも無事保護されたんだろう。
どういう奇跡かわからないけど、わたしはアレンの傍を離れずに済んだらしい。
「――目が覚めたか。」
「あ、はい」
いきなり考え事の最中に声を掛けられて、反射的に返事を返した。
顔を上げた先にいたのは、ひとりの男性だ。
その顔にも見覚えがある。――アジア支部の支部長,バク=チャンで間違いないだろう。
「思ったよりも落ち着いているな…」
「いいえ。混乱し過ぎて、冷静に見えるだけですよ」
逆に困惑しながら言われて、わたしは苦笑した。
謙遜でもなんでもなく、もう頭の中はぐちゃぐちゃだ。
「…そうか。まぁ、いい。
ここは教団アジア支部。ボクは支部長のバク=チャンだ」
「はい…はじめまして。そちらは?」
一応、そう訊ねてみる。
わたしが彼女の名前を知っていたらおかしいだろうし、会話の流れ的にも不自然さはない。
「ん? ああ…そうだったな。
彼女はフォー。この支部の番人だ。本部の門番みたいなものだと思えば良い」
アレスちゃんか。なんだか懐かしいな。
ほんの少し前のことのはずなのに、本部でみんなと過ごした時間が懐かしい。
最初にこの世界に来た時、アレスちゃんに門前払いされて神田に斬られかけたっけ。
アレンと初めて会った時のことは、語り草になるほど悲惨だった。衝撃的な出会い方したよなぁ。
…ああ、ダメだ。なんか泣きそう。
「…アレンは、無事ですよね?」
ここがアジア支部である以上、それは《物語》の《決定事項》だ。
だけど、無事だと聞かないと、…顔を見ないと、落ち着かない。
「ああ。酷い怪我だが、生きている」
「…会わせて、ください…ッ」
もう、ダメだな。と
自分の中の感情が暴走するのを、止めるのは諦めた。
わたしは寝かされていた寝台から降りようと、床に足を下ろした。
途端に痛みでバランスを崩して、わたしはその場に崩れ落ちる。
「お、おい! 無茶すんなよ!」
「お願い…ッ」
駆け寄ってきたフォーの手を借りて、わたしは半身を起こす。
自分の声とは思えないほどに掠れて、聞き取りにくい声。
そんなわたしの前に膝を着いて、バクさんは諭すように言った。
「…落ち着くんだ、」
「…ごめんなさい。ごめんなさい…ッ
わかってるの、わかってるけど、ダメなの!
会えないと不安なの…ッ」
自分でも何を言っているのかわからない。
ただ、わたしは必死だった。
『知っている』ことなんて、何も役に立たない。
だって、こんなにも不安だ。心がざわめいて、胸が痛い。
「…今はまだ駄目だ。彼はまだ、意識が戻っていない」
「顔を見るだけでも良いの。お願い。お願いします…ッ」
「駄目だ」
はっきりと、拒否された。
その声はとても静かで、そして絶対の意思を感じさせる。
「辛いとは思うが、今は耐えてくれ。彼もキミも、まともに動かせる状態ではない」
「……ッ」
ギリ…ッ、と唇を強く噛んだ。
――ここまできてなお、わたしは、無力だ。
「フォー」
「ん?」
「アレン=ウォーカーの様子を看てきてくれ」
「そいつの次はあっちかよ。人使いが荒いなァ」
深くため息を吐き出して、フォーはわたしを寝台の上に戻してから、ドアに向かって行った。
不意に、ドアに手を掛けた状態で、彼女は足を止める。
「…おい、」
「え…」
「心配すんな。あたしがわざわざ運んできてやったんだ、死なせねぇよ」
「……」
振り向かずに言われた、言葉。
ゆっくりと目を瞬かせてから、わたしは微笑った。
「…ありがとう、フォー。助けてくれて」
「……ゆっくり休めよ」
それだけ言って、フォーは部屋を出ていった。
…照れてたんだろうか。
足早に去っていく背を見送って、わたしは首を傾げた。
+++
それから3日が経った。
わたしは怪我こそ完治してはいないものの、普通に生活が送れるくらいには回復している。
もともと、わたしの怪我自体は大したことはなかったのだ。
…アレンの意識は未だ戻らず、怪我の具合もわからないままだったけれど。
「…随分、無茶な発動の仕方をしていたみたいだな」
並べられた資料を前に、バクさんはそう言ってため息を吐いた。
わたしの容態が回復して即、行われたのは身体検査。
…で、イノセンスの状態に思いっきりダメ出しされていた。
「…はぁ…そんなに無茶やったでしょうか、わたし…」
「こういうのは、無自覚なのが恐ろしいんだ」
苦い口調で言われて、わたしは苦笑する。
もしかしなくても説教されてますか、わたし。
「過去のデータと示し合わせた結果、キミのシンクロ率の平均値は88%。
これはなかなか素晴らしい数値なんだが…どうにも、ムラがある」
スッと、指で書類の一部が示された。
数値の羅列に、ちょっと眩暈がする。…数学か、苦手だったなぁ…。
「酷く不安定なんだ。
落ち込むときは一気に落ち込み、跳ね上がるときは一気に跳ね上がる」
「はぁ…浮き沈みの激しい性格だとは良く言われます…」
「いや、性格の話ではなくてだな…まぁ、難しい話はやめておこう。
つまりだ。…結論から言うが、しばらくイノセンスの発動を禁止する」
「えっ」
予想外の一言に、思わず椅子を蹴って立ち上がった。
途端、全身にはしった鈍い痛みに呻く。…つ、辛い…。
そんなわたしを呆れたように見やってから、バクさんは重々しく口を開いた。
「…最後に発動した際のシンクロ率を聞いたら、多分卒倒すると思うが、聞くか?」
「…………え、遠慮します」
「なんと18%だ」
「遠慮するって言ったのに!!」
なんていうか、この世界の人って基本的に人の話聞かないよな!?
訊いておきながら、その意見を全く考慮しないってどういうことだ!
だけど、わたしの主張はあっさり無視された。
「それこそ、命を落としてもおかしくない数値だぞ!
ことの重大さがわかっているのか!」
「ごめんなさいごめんなさい! よくわかんないけどごめんなさい!」
怒鳴られて、反射的に謝った。
だって、今まであんまり気にしたこともなかったんだよ、シンクロ率なんて!!
そういえば、ヘブラスカが言ってたっけ…わたしのシンクロ率が不安定だ、って。
「…そんなわけだ。わかったな?」
「ハイ…」
返事を返して、椅子に座り直す。
要約すると、危ないから安定するまでイノセンスを発動するな、ってことだよね。
もちろん、何事もなければ使うこともないだろうけど…。
「バクーー」
不意に掛けられた声に、バクさんとわたしは声の方を振り返った。
この支部の中で、これほど気軽にバクさんを呼び捨てるのはひとりしか居ない。
「フォーか」
「アレン=ウォーカーな。まだ意識は戻ってないけど、だいぶ容態は安定したぜ。
……顔見るくらいなら、もう良いんじゃねーか?」
そう言って、フォーがちらりとわたしに視線を向ける。
思わず、わたしは立ち上がっていた。
そんなわたしを見て、バクさんが苦笑を洩らす。
「…そうだな。も、ここ3日間ずっと落ち込んでるし」
「う…顔に出てました…?」
「「思いっきりな」」
…声を合わせて言われた…。
恥ずかしながら、相当顔に出ていたらしい。
「…え、ええと…フォー、連れてってくれる?」
「おう。ついてきな」
手招きされて、わたしは素直に彼女に続いた。
小さなその背を追いかけるわたしに、不意にバクさんが声を掛けてきた。
「…ああ、そうだ。」
「はい?」
わたしは足を止めて、バクさんを振り返る。
フォーも合わせて立ち止まってくれた。
「ウォーカーのイノセンスの話はしたな?」
「え? あ、はい…聞きましたけど…」
思わず、わたしは首を傾げた。
アレンのイノセンスが、砕かれて粒子になってなお、宿主を生かそうとしたこと。
死は免れない穴が空いた心臓を、再生させたのがアレンのイノセンスだ、という話だろう。
「彼のイノセンスが護っていたのは、宿主であるウォーカーだけではない」
「…?」
首を傾げるわたしに、バクさんは笑った。
その笑顔は優しく、まるで微笑ましいものでも見るかのようだ。
「キミだよ、。
彼のイノセンスは、形を失ってなお…キミのことを護ろうとしていたんだ」
その、言葉に。
呆然とそれを聞いていた私の目から、涙が零れた。
その涙の意味なんて、わたし自身にもわからない。
ただ、哀しかったからではないと、なんとなく思った。
「おーい、泣き虫。早く来い」
「な!? 泣き虫じゃないやいッ」
「あー、はいはい」
「フォーッ!!」
笑いながら歩いていくフォーを追って、わたしは置いて行かれまいと駆け出す。
――わたしは、身勝手で我が儘だ。
たくさんの人が傷付いて、命を落として、守れなくて。
だけど、今、生きていることが嬉しい。
仲間との別れと盟友との出会い。
To be continued?
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