腕が重い。
脚が、重い。
――もう無理だと、何度も思った。

――早く逃げて! わたしが保っている間に!!」

声を張り上げて、わたしは文字通り村人達の盾となってイノセンスを発動し続ける。

手足の感覚がない。
目の前が霞む。

見境無しに降り注ぐスーマンの攻撃に、舌打ちする気力も無かった。
確かな予感が、躙り寄ってくる。







――このままだと、多分、わたしは死ぬ。



File28 《守護者》




「ぎゃあああっ!!!!」

バリバリ…ッと、電撃にも似たそれが発生する。
それは確実にスーマンを蝕み、激痛を伴わせているのか。その口から迸る悲鳴が耳を劈く。

「やめろ…この、くそエクソシストめ! 死んじまえッ」
「ごめんなさい。でも、このままじゃあなたはあの村を破壊する…!!」

白い巨体は、村に向かって徐々に落下していっている。
落ちるだけならまだ良い。だけど、あのエネルギー波が直撃したら――

「そんなことダメだ。僕らは人を守るために戦ってきたんじゃないんですか!」

叫ぶように言った瞬間、その言葉を振り切るように右手に噛み付かれた。
はしる激痛に、思わず顔をしかめる。

「!!? 痛っ…」
「だまれ……」
「目を、覚ましてください!!」

スーマンは我を失っている。
彼の記憶の中で見た彼は、決してこんな破壊と殺戮を望む人ではなかった。

「スーマン! 僕が必ずあなたをイノセンスから助けます。
 だから止まってくださいっ! 犠牲を出しちゃダメだ。頑張って!!」
「死ね」
「……っ」

返された怨嗟の声。
ビキ、と軋む骨。

「破壊すればする程、あなたの命は食い潰される…」
「死 ね」

ビキビキ、と軋み続ける骨の音に、意識が引きずられそうになる。
それでも必死に言葉を紡いだ。

「がんばってください、スーマン…っ」

ここで諦めて堪るか。
約束したんだ。
必ず助けると、約束――したんだ。

「死んじゃダメだ!!!」

ボキッ、と。

砕ける音がした。

「だまれぇえええええぇーーーーーーーーー!!」

怒号。
悲鳴。

異なるその音が、空気を振動させた。
白い巨体が、山を削りながら落下していく。

「!! ぐあ…っ」

あまりの勢いに、身体が宙に放り投げられた。

「スーマン!」

そのままの勢いで、近くの湖に落下する。
叩きつけられたのが水の中だったことを、幸運と思うべきか。
だけど今は、そんな幸運を神に感謝する気分にはなれない。

スーマンから、あのエネルギー波が無差別に放出されている。
このままでは、村が。

「…ッ」

左手を使って、湖から上がる。
行かせるものか。護らなければ。

――あそこには、が。

「発動最大限…」
 
 
 
――開放!!!
 
 
 
僕の感情に応えるように、左腕が形を変えた。
腕を伸ばす。…まだ足りない。あの白い巨体を捕らえるには、まだ!!


左腕が、広い光を放った。
肥大化した左腕が、白い巨体を捕らえる。

「くっ…」

それが動くたびに、ずるずると後ろへ下がってしまう。
まだだ。まだ足りない。

「くっそ…行かせるもんか…死なせるもんか!!!」

必ず助ける。
――助けるんだ。


彼女に約束をした。
自分に誓った。


――だから、絶対に、諦めない。


+++


――攻撃が、止んだ。


「…っ…は…ッ…はぁ…ッ」


息が切れる。
目の前が霞んで、よく見えない。

ズキズキと頭の奥が痛む。
喉が痛い。体中が痛い。

腕が上がらない。
羽根の一枚だって動かせない。

――ダメだ、もう、何も…出来ない…。


…思えば。
自分が《異世界》から来た人間だからと言って、《特別》ではないことを、失念していた。
《物語》の《未来》を変える?
《傍観者》に何が出来る。《舞台》を眺める《観客》に何が出来る。
例えば、何度も読んで結末を知っている本の結末を、変えることが出来るか?

「…出来、ないよ…」

苦しい。
痛い。
気が狂いそう。

指先ひとつ、満足に動かせない。
錆び付いた機械のように、イノセンスを繰ることが出来ない。

役立たず。
役立たずだ、わたしは。
非力で無力で、無能で、滑稽な――道化。

「…なにも、できない…ッ」

吐き捨てるように呟いた瞬間。


――何かが切れるような音が、聞こえた。


「…ッ!?」


―― 世 界 が 軋 む 音 が す る 。


「あ…あああぁああぁああああッ!?」


唐突にはしる激痛に、悲鳴が上がった。
どこが痛いのかもわからない。
ただ、響く激痛にわたしは蹲った。


再び、エネルギー波が無差別に村に降り注ぐ。
逃げ遅れた村人が、それに貫かれて絶命していく。

「…やめて…」

呟く声に、力が入らない。

「…もう、やめて…おねがい、やめて…!」

守れない。
わたしの力は届かない。
もう、叫ぶことしか、できない――
 
 
 
 
「おとうさん」
 
 
 
 

妙に鮮明な音になって、その声が届いた。
霞む目で、無意識にその声を追う。

「おとうさん、おとうさん…」

視界の端に、小さな子供が映った。
まだ十歳にも満たないであろう、男の子。

「おとうさぁん…」

既に息絶えた父親の身体を、泣きながら揺すっている。

「やだよぅ…おとうさぁぁん…やだよぅぅ…っ」

泣き叫ぶ子供に、わたしは手を伸ばす。
この子だけでも、守らなきゃ――



動かすたびに、腕が激痛を訴える。
だけどそれを無視して、わたしは泣き叫ぶ子供を腕に抱き込んだ。

――発、動…ッ」

最後の力を振り絞って、わたしはイノセンスを発動させる。
エネルギー波が、わたしの盾に当たって、霧散した。

安堵の息が、洩れる。
…ああ、もう限界だ。




子供を抱いたまま、地面に倒れた。
――見上げた彼方の方で、『咎落ち』の白い巨体が崩れていくのが…見えた。


+++


意識を失っていたのは、どれくらいの間だっただろう。
そんなに長い時間では無かったのかも知れない。
気が付いたら、どこともわからない竹林の中に倒れていて。
傍でティムキャンピーが、心配そうに羽根を動かしている。


「……」

ゆっくりと起き上がって、視線を巡らせる。
座り込んで項垂れる、人影が見えた。

「スーマン…?」
「……」

返事はなかった。
だけど、確かにあれはスーマンだ。

「……! スーマン…!!」

まともに動かない体を引きずって、スーマンに近づく。
しっかりと目を開いてる。呼吸をしてる。――生きて、いる。

「生きてる…っ、良かった、助かったんだ。これで、もう…」

トン、と肩を叩いた。
途端に、ガクンとスーマンの身体が傾ぐ。

「スーマン…?」

スーマンの様子が、おかしい。
目は開いている。息をしている。
――なのに、ぴくりとも動かない。

「どうしたんですか…? 何か言ってください、スーマ…」

その表情に、愕然とした。

生気が無い。
言葉も反応も無い。
心が無い。


生きてるけど、心が死んでる。


これは、『ヒト』としての『死』だ。
呆然としながら、微かな音に気付いて左手を見た。

震える手を開く。
――その中で輝くのは、スーマンのイノセンスだ。

「…どうして…」

――どうして、イノセンスが。
何故、神の欠片が、ヒトを殺す。

「どうして!!!」

イノセンスを握り締めた手を、地面に叩きつけた。
麻痺した感覚が、痛みを訴えて戻ってくる。
だけど、それがなんだ。この心の痛みに比べれば。

「…ティムキャンピー」

静かに、ティムの名を呼ぶ。
微かにティムキャンピーが反応した。

「みんなを呼んできて。
 彼は死んだわけじゃない。生きてるんだ」

無意識に浮かぶ涙を拭う力も、残っていない。
だけど、それでも。こんな結末は、許せなかった。

「この人を、ホームへ帰そう」

せめて、と。
きっと、暖かな声に迎えられれば、その心が戻ると。
諦めたくなくて、そう口にした、瞬間。


目の前で、スーマンの身体が弾けた。
まるで、空気を入れ過ぎて破裂した、風船のように。



「バイバイ、スーマン」



――背後で、《絶望》を告げる声がした。



+++


「おねえちゃん! おねえちゃん、しっかりして! おねえちゃん、死んじゃヤダよ!」

子供の声が、する。
小さな手に揺すられて、わたしはうっすらと目を開けた。

「…わたし…?」

視線を腕の中に落とせば、そこには泣きじゃくる小さな子供がいる。
辺りは静かになっていて、負傷した人達を、無事だった人達が助けている光景が見えた。

「ああ、君、無事だったんだね…」

腕の中の小さな男の子に、わたしは微笑う。
父親を失ったばかりのこの子にとって、護ってくれる腕は、唯一の拠り所。

こんなの偽善だ。
ずっと傍に居てあげることなんて、出来ないくせに。

だけど、護りたかったんだ。
ひとりでも良い。
誰かを、護りたかった。

ただの自己満足だと、充分理解していたけれど。

「……」

全身が気怠い。
瞼が重い。
このまま眠ってしまえたら、どんなに楽だろう。

痛いのは、嫌。
苦しいのも、嫌い。

だけど、でも、何も出来ないのも――嫌だ。

両手を地に着いて、身を起こす。
力が入らない。自分で認識している以上に、身体にガタがきてる。

「…ッ?!」

ぞわりと、悪寒がした。
気のせいだと思うには、あまりにも明確な予感だった。

「…アレ…ン…?」

ゆっくりと、わたしは目を瞬かせる。
唐突に胸に去来したこの喪失感は、なんだ。


い ま 、 ど こ か で 命 の 終 わ る 音 が し た 。


「…スーマン…?」

今の音はスーマン?
じゃあ、…『今』は、『いつ』?

背筋に、冷たいものがはしった。
脚に力を込める。
今は呼吸をすることすら痛みを伴う。だけど、行かなくては。

「…おねえちゃん…」

心配そうに、不安そうにわたしを見上げる子供に、わたしは無理に微笑って見せた。

「大丈夫…心配ないよ。
 ごめんね、おねえちゃん…大事な人を、助けに行かなきゃいけないんだ…」


――大事な、人。


仲間ではなく。
友達でもなく。

今まで目を逸らし続けた感情が、悲鳴をあげている。

いつだって、後悔ばかりしてきた。
余計なことを言って怒らせたり。
伝える言葉を間違って、すれ違ったり。

どこかで思い込もうとしていた。
ここは《物語の世界》で、彼らは《登場人物》なのだから、と。


馬鹿だ、わたしは。
答えなんて、ずっと前に出ていたのに。


傷付くのが怖くて、逃げ続けていた。
誰を護ろうとして、わたしは《未来》を変えようとなんてしたの?
みんなを護る為だと、その気持ちに嘘なんてない。だけど。


――本当に護りたかったのは、誰?


「…ッ…《黒曜》…ッ」

まともに動かせない羽根を、無理に動かした。
ここに来たばかりのわたしだったら、こんな痛みには耐えられなかっただろう。
痛いのは嫌で、苦しいのも嫌で、すべて《物語》のせいにして、逃げていたに違いない。


だけど、自覚してしまった。
この《世界》で生きている自分。
この《世界》に心を傾ける自分。
藻掻いて足掻いて、それでも必死に掴んだ『何か』に、みんなと笑い合える自分。

――こんなつもりじゃなかった。
こんな《世界》、こんな《物語》を望んでいたわけじゃなかった。

浅ましい身勝手さと傲慢さで、《未来》を変えようとした。
みんなが悲しまない《世界》を望んだ。


『わたし』が望む《世界》を、『創ろう』とした。





――ああ、どうして、






どうしてわたしは、アレンの手を離してしまったんだろう。






誤った選択。



To be continued?

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