…今頃、クロウリーとエリアーデは、決死の覚悟で戦っているんだろうなぁ。
互いに愛した者を殺す宿命か…神様って、本当に残酷だ。
「…なのに、わたし達はその悲恋の結末すら見届けられずにお花と戯れてるんだね」
「なにワケのわからないこと言ってるんですか!」
そうは言うけどね、アレン。
巨大な花に絡まれて身動き取れないってのは、情けないと思うよ。
「痛い痛いッ! なんでさっきからオレばっか噛まれてるんさ!?」
「ラビが美味しそうだからじゃないですか?
良かったですね、モテモテですよ!」
「嬉しくねーッ!?」
…モテモテだからじゃなくて、暴れるからだと思うよ、ラビ。
わたしやアレンに比べて、ラビはひたすら藻掻いてるから花に怒られるんだろう。
「…っていうか、なんでさっきからアレンは顔逸らしてるの」
「…自分の格好を自覚して下さいッ! ラビもの方を見ないッ!!」
「オレにそんな余裕あるわけねぇさ! アレンってばずーるーいー」
「ひ、ひとの気も知らないで勝手なことを…ッ」
…
……
………なんなんだ、いったい。
わたしの格好がなんだって…? 普通に団服着てるだけじゃな…い…
――団服?
「……あ」
なんで気付かなかったんだろうか。
わたしの団服は、リナリーのものに比べれば裾は短くない。
――だけど、スリットの入ったスカートである。
「………っきゃーーーーーーっ!?」
「~~~ッ…、ちょっと…大きな声で花を刺激しないでください…っ」
「だ、だってだって! 見える中身見えるッ!
いやーーっ!」
「ダイジョブ、は脚キレーさ!」
「ラビッ! を視姦しないでくださいッ!!」
「サラリと問題発言かますなーーー!?」
咄嗟に視姦とか出てくるってどういう15歳だよ!
余計に恥ずかしくなるだろ!
…腕が使えないから、隠せないんだけどね!
逆さ吊りじゃないから下着は見えないけど、脚剥き出しは問題です!
「なんとかしてよーッ」
「出来るならとっくに…」
言いかけたラビの声が途切れた。
嫌な予感がして、わたしとアレンは視線をラビに向ける。
「「!!!」」
「ウギャアアアアア!!」
遅れて聞こえた悲鳴に、わたしは顔を引きつらせる。
喰われた。頭から喰われた。むしろ全身花の中に飲み込まれた。
「…喰われた…」
「ラビーーーー!! 落ち着いて僕の言うとおりにしてください!」
「アホか! 落ち着いたら喰われる!!」
手と足を使って一生懸命花の口を押し開けたラビが、悲鳴に近い調子で怒鳴り返す。
それに対するアレンの様子は、口調こそ強いが冷静そのものだ。
「最初に花に襲われた時、思い出したんですけど!
師匠といた頃、僕、これと同種の花を世話してたことがあるんです!!
ちっさいベビーでしたが…」
「マジで!? じゃあこいつら止められるん?」
「はい。だから言うこと聞け」
…命令口調だ。敬語もない。
ラビはそれどころじゃないから気付いてないけど。
「この花は、好意を持つ人間には噛み付きません。
だから、心を込めて花達に愛情表現してください」
「わかった!!」
花の口をなんとかこじ開けながら、涙目になりながらラビは必死にこくこくと頷いた。
そして、それはもうこっちが恥ずかしくなるほどの大声で、叫ぶ。
「I LOVE YOUーーーーーーー!!」
…それで良いのか、あんたの『愛情表現』は…。
「愛してる愛してる愛してる……なぁ、オレらイタくねェ?」
「でもホラ、花が噛み付いてこなくなりましたよ!
力もだんだん弛んで…」
ひたすら連発される「愛してる」に、わたしは苦笑いをする。
ちなみに、わたしは早々に解放されていた。最初から敵意がなかったからだろうか。
「…安い愛だなぁ」
「人聞き悪いこと言わないでください」
「はそのおかげでさっさと解放されたんだから、文句言うんじゃねぇさ」
「じゃあ、わたしも手伝おうか。愛し」
「「言わなくて良い!!」」
そんな、声を揃えて言わなくても。
言葉を中断させられたわたしは、小さく肩を竦めてため息を吐いた。
その時、頬に冷たい雫が当たる。
「! ちべてっ」
「えっ…雨!? 城の中なのに!?」
降り注ぐ雨を見上げて。
――わたしは、ひとつの《物語》が終わったことを、理解した。
「…終わった、ね」
「え?」
ようやく花から解放されたふたりが、わたしの傍に駆け寄ってくる。
わたしは、応えの代わりにスッと腕を上げた。
わたしの指が指し示した先には、食人花の上で項垂れている、クロウリーの姿がある。
わたし達は頷き合って、クロウリーに近づく。
雨に打たれながら項垂れる彼の瞳からは、涙が静かに流れていた。
「クロウリーさん?」
躊躇いがちに、アレンがそっと声を掛けた。
彼の足下に散らばる、エリアーデが来ていた服に、わたし達は何があったのかを理解する。
「このアホ花…」
ぼそりと、クロウリーが呟いた。
…あ、ヤバイ。
スッとわたしは後ずさり、羽根を広げ宙に体を浮かせる。
「ブス花クソ花グロ花ウンコ花ーーーー!!」
貴族にあるまじき暴言が、クロウリーの口から吐き出された。
ぎょっと身を引くアレンとラビを巻き込んで、ぱかっと口を開けた花が3人に噛み付く。
…うわー、でっかい口。
「うわぁあああ!!」
「クロちゃん何やってんだーーー!!! 花がお怒りになったさー!!」
「うるさいである!!」
「!?」
怒鳴られて、ふたりは反射的に口を噤んだ。
それに対し、クロウリーが返したのは涙混じりの独り言だ。
「私はエリアーデを壊した…もう…生きる気力もないである…」
「「「(自殺かいーーーッ! しかも巻き添え…)」」」
はた迷惑な自殺方法である。
しかし、食人花って本当に人間食べるんだ…うっかり食べられなくて良かった。
「さあ、私を殺せである、ドアホ花ー!!」
「「ぎゃああああ! やめろボケー!!」」
花の噛む力が強くなったようで、ふたりが悲鳴を上げた。
痛そう、というより苦しそう、アレ。
「落ち着いてください!!」
ガッ、とアレンがクロウリーの口を左手で塞いだ。
あの乱暴な所作、背後から苛立ちオーラが立ち上ってます。
ふわりと花の上に腰を下ろして、わたしは宥めるように花びらを撫でた。
「! 右腕、負傷してるじゃないですか」
「こんなもの…また、アクマの血を飲めば治るであろう…」
自分の乾涸らびた右腕を見てから、クロウリーは小さく頭を振った。
「はは…はっ…とんだ化け物になったものだ、私は…
…愛したものを、手に掛けてしまった。死にたい…」
呟き、項垂れるクロウリーに、わたしもラビも掛ける言葉が浮かばない。
ただ一人、アレンがきつく唇を噛んだ後、ぐいっとクロウリーの胸倉を掴んだ。
「――そんなに辛いなら、エクソシストになればいい」
呟くように、だけど強い意志を孕むアレンの声が、大広間に響く。
クロウリーが、呆然とアレンを見る。
「エクソシストはアクマを壊すんですよ。あなたはエリアーデというアクマを壊したんです。
そして、これからもアクマを壊し続ければ、それがエリアーデを壊した『理由』になる」
――その言葉に、わたしは初めて気付いた。
アレンとクロウリーは、似ているんだ。
愛する養父を壊したアレン。
愛する女性を壊したクロウリー。
その胸に去来する思いは、きっと同じ種類のモノだったんじゃないだろうか。
「理由があれば生きられる…
理由の為に生きればいいじゃないですか」
わたしは俯き、唇を噛み締める。
気付いてしまった事実に、胸が苦しい。
破壊される瞬間、「愛している」と告げたマナ=ウォーカー。
破壊されながら、「愛したかった」と囁いたエリアーデ。
――ああ、どうしてこんなにも、この《物語》は哀しい。
降り注ぐ雨の音だけが、今、この空間を支配する音。
「あなたもまた、神の使徒なんだ…」
その言葉が、まるでアレン自身に言われた言葉のような気がして。
――わたしはただ、唇を噛んで言葉のすべてを飲み込んだ。
+++
「こら、ちゃんと髪拭きなさいよ。風邪引くわよ!」
「いたたッ! 引っ張らないでください、痛い…!」
「アレンが適当に拭くから、わたしが世話してやってんでしょー!」
「だったらもうちょっと優しく出来ないんですか!?
女の子でしょう!」
「はいはいはい、ごめんね女らしくなくて!」
「いたたたっ?! っ、痛い! 痛いです!!」
「はーい、暴れちゃダメですよーーー!」
暴れるアレンを押さえつけながら、わたしはわしわしっとタオルを動かす。
アレンも往生際が悪いよね、大人しくしてれば痛くないのに。暴れるから髪の毛が絡まるんだよ。
「………おーい、そこのバカップル。いい加減にしねぇとオレもキレるぞ」
「バ…!?」
「ラビッ!!」
アレンが、何かを引っ掴んでラビに投げつけた。
…あ、顔面にヒット…って。あれ、わたしのソルトレージュじゃん!
「よ、よ、余計なこと、言わないでください…!」
「…だからって何も顔に向かって投げることねぇだろー!?」
「わたしのソルトレージュがー!」
「おまえもオレの心配くらいしろさ、欠片で良いからッ!!」
一通り怒鳴ってから、ラビは掴んでいたソルトレージュをわたしの方へ放った。
可哀想に、ソルトレージュが怯えてるじゃないの。
「じゃ、じゃあ気ィ取り直して訊くけど!
こんな人なんだけどさ、クロちゃん知らないさ!?」
そう言いながら、ラビは呆然としているクロウリーに一枚の紙を突きつけた。
村長さんの描いた、クロス元帥の似顔絵。
それをまじまじと見ていたクロウリーが、小さく頷く。
「ああ…この男なら、確かにここに来たである」
「おーう!?」
「何しに来たんです、この人?」
少し嫌そうな表情で、アレンが似顔絵を指さす。
クロウリーは至極素直に応えた。
「御祖父様の訃報を聞いてきた友人とかで、預かっていたものを返しに来たと…」
「預かってたモノ?」
「花である。食人花の赤ちゃん」
「食…」
一瞬、アレンの顔色が悪くなった。
多分、クロス元帥との修行時代を思い出しているんだろう。
…………どれだけ凄い人だったんだろう、クロス元帥って。
「…アレか…」
「?」
「気にせんで。辛い過去を思い出してるだけだから。
でも花返しに来たって…そんだけ?」
「うむ。ただ、その花ちょっとおかしくて…
突然私に噛み付いたと思ったら、みるみる枯れてしまったんである」
そしてクロウリーは、その花に噛まれた後、その鋭い牙が生えてきたことを語った。
思わず、と言ったようにアレンとラビは顔を見合わせる。
「今思えば、あの花が君達の言うイノセンスだったのかもしれない。
それ以来、わたしはアクマを襲うようになり、…エリアーデと…」
彼女の名前を口にした時、クロウリーの目に涙が浮かんだ。
その涙に気付かないふりをして、話を続けるのはラビの優しさだ。
「オレらは今、その男を捜してんだ。クロちゃん、何か知らないさ?」
「そういえば、東国へ行きたいから友人の孫のよしみで金を貸せと…」
「(ここでもかーーー!!)」
…ああ、アレンの心の声が聞こえた気がしたよ…。
クロス元帥って、借金人生だなぁ。そのすべてが自分以外にツケてあるんだから、恐ろしい。
………教団にツケれば良いのに。
不意に、クロウリーが立ち上がった。
わたし達は反射的に、立ち上がった彼を見上げる。
「先に…城の外で待っていてくれないか…?
旅支度をしてくるである」
その表情は、確かにまだ元気はなかったけど。
それでも、真っ直ぐに前を見る視線に、迷いはなかった。
「はい」
「おう」
「うん」
わたし達は3人、それぞれに頷く。
それに対して、クロウリーは初めて、微笑みを浮かべた。
たとえそこに、疲労の色が浮かんでいても――彼は、もう決めただろうから。心配なんてない。
+++
「あーー、すっかり夜が明けるさ」
明るみを帯びた空を見上げて、ラビはぐいーっと伸びをする。
通りで眠いはずだ。思わず、わたしは小さく欠伸をする。
「なんか散々な夜だったさぁ」
「ははっ。でも、師匠の手掛かりがつかめました。
あれだけの金額を借りてるなら、中国大陸まで行けますよ」
そう返すアレンの表情は、一応笑顔だけど、どこか冴えない。
どこか哀しそうに白んだ空を見上げるアレンに、ラビは静かに口を開く。
「…そんな、悪いことしたみたいな顔すんなって。
確かにあんま前向きな方法じゃねェかもだけど、今のクロちゃんには『理由』が必要だったと思うぜ」
――『理由』の為に、『生きる』。
前向きではないだろう。だけどそう思うことで、生きていけるなら。
「いつか、楽になれるさ」
ゆっくりと、アレンがラビの方を見る。
そして次に、わたしを。
わたしは微笑んで、頷いて見せた。
「…っつーか、アレンはクロちゃんに罪悪感感じる前に、に言うことがあんだろ」
「う…ッ」
「え? なに?」
呆れたようなラビと、言葉に詰まるアレンを、わたしは交互に見る。
きょろきょろするわたしの頭を、不意にラビがくしゃくしゃと撫でた。
「はこういう奴だから普通に接してくれっけど、ホントならおまえの方から言うべきだったさ!」
「いや、だから、何が? っていうかなんでラビは、わたしの頭を撫でんの??」
1歳しか違わないとは言え、わたしはラビより年上ですよ?なんだよ、この扱い。
そんなことを思いつつラビを見上げていると、今度は横から腕を引っ張られた。
「~~~ッ…ラビ! 不必要ににベタベタしないでください!!」
「あれ??」
わたしの腕を引っ張ったのは、当然アレンだ。
食って掛かられたラビは、小さく肩を竦めて、面白そうにアレンを見てる。
わけがわからず混乱してると、今度はがしっと両肩を掴まれた。
「!」
「は、はい?」
「ごめん!」
「えぇ!?」
いきなり頭を下げられて、わたしは思わず目を瞠った。
な、何? いきなり何?? これは何に対する「ごめん」??
「…八つ当たりじゃ、ないですから!」
「へ!?」
またわけのわからないことを! 主語を使え、主語を!
とは思うものの、アレンの表情が必死なので、わたしは言葉を発することが出来ない。
「あれは、八つ当たりなんかじゃないから…ッ」
「え、ええと…アレン、話が良く飲み込めないんですけど、わたし…」
「だから! 僕は…ッ」
アレンがなおも言いかけた、瞬間。
ドンッ…と。
背後から、爆発音が響いた。
慌てて、わたし達は振り返る。
「!!!」
「城が…っ」
燃え盛るクロウリーの城。
全てを焼き尽くすかのようなそれに、ふたりが息を呑むのを感じた。
「まさか…」
呟き、心配そうに城を見つめるふたり。
炎の中から、ひとつの影がゆっくりと出てきた。
「はは…なんであるか、その顔は。死んだかと思ったであるか?」
そう言って、クロウリーは苦笑する。
そして、しっかりした口調で安心させるように言った。
「大丈夫である」
その声に、迷いなどない。
この日、城を燃やすことによって――彼はすべてに別れを告げたのだろう。
祖父と過ごした、幼い頃の時間を。
――「自分だけの吸血鬼で居て欲しい」と願った、最愛の女性との時間を。
燃え盛る城を仰ぎ見ながら、クロウリーは目を細めた。
彼の脳裏には――穏やかに微笑むエリアーデの思い出が、あるのかもしれない。
「――私は、エクソシストになるのだから、な…」
その痛みが愛のもたらしたものならば、甘んじて受けよう。
To be continued?
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