「…き…気まずい…」
自分にも非があるとは言え、重い空気に耐え切れない。
リナリーとアレンも余所余所しいし――いや、これはすぐに解消するのは知ってるんだけど。
なにより、わたしとアレンだ。お互いに目も合わせなければ口も利かない。
気分的に、ラビと馬鹿騒ぎする気力も無くて、結果的に空気は重苦しくなった。
…気が滅入る。
「…なんでこんなことになるかなぁ…」
呟いて、ため息を吐き出した。
ふと視線を上げると、直してもらったばかりのソルトレージュが寄って来る。
と、思った瞬間、けたたましい音が鳴り響いた。
「うわわっ?! え、なに? 誰??」
慌てて、わたしはソルトレージュを引っ掴む。
無線ゴーレムでの連絡。誰だ、コムイさんか。
『…なんだよ。元気じゃねぇか』
「…神田?!」
予想外の人間の声に、わたしは思わず目を瞠った。
任務時以外で連絡なんか寄越しはしない神田が。珍しい。
「ど、どうしたの!?」
『別に。怪我したって聞いたから、生きてるかどうか確認してみただけだ』
「生死の確認かよ! そらもう元気に生きてるよ満足か!」
言い返すと、無線ゴーレムの向こうで微かに笑った気配がした。
…なんだ。どうしたんだ神田。妙に気恥ずかしくなるのはなんでだろう。
『…そっちはどうだ。ラビが合流したんだろ』
「え? あ、うん。東に向かってる。今のところ、アクマの襲撃もないよ」
『怪我の方はもう良いのか』
「大丈夫。リナリーも元気になったし」
『モヤシはどうした』
普段だったらアレンのことなんて聞かないだろうに、なんでこのタイミングで訊くかな。
苦い気分を味わいつつ、わたしはなんとか言葉を返す。
「…あー…うん、元気」
『何かあっただろ』
「………喧嘩した」
『あ? いつものことじゃねぇか』
「いつものじゃない喧嘩」
『……』
呆れたように、「くだらねぇことやってんじゃねぇ」とでも言ってくれるのを、待つ。
だけど予想に反して、神田から戻って来た返事は、幾分優しいものだった。
『…辛いなら配属部隊を変えてもらえ。どこも人手不足だからな』
「神田?」
『おまえとあいつは合わない』
「……」
言い切られた。
合わない、か。確かにそうなのかもしれない。
神田から見てそう思われるなら、相当だ。
でも、神田がそこまで見てくれているとは、思いもよらなかった。
「…神田…あんた、まるで娘の交際に口出すお父さんのようよ?」
『誰が父親だ! …待て、交際ってなんだ。おまえ、まさか何かされたのか』
「……」
『なんで黙る!?』
「お、落ち着こうよ神田。どうしたの、クールダウンしようよ」
元々短気なのは知ってるけど、ちょっといきなり熱くなり過ぎだよ。
本当にどうしたんだろう。今日の神田はちょっと変だ。
「ええと、神田の方はどうなの? 」
『…別にどうもしねぇよ。アクマの襲撃が若干多いくらいだ』
「大丈夫?」
『そっちに比べりゃ、戦力は安定してる』
「…悪かったわねーっ」
そりゃ、ティエドール護衛部隊は、長年同じ師の元で修行を重ねた同門3人組。
片やクロス護衛部隊は、思いっきり足並みの揃わない、悪い言い方をすれば寄せ集めだ。
…しかも気まずくなってるのがいるしね。片方わたしだけどさ。
『…』
「なにさ!」
『無茶すんじゃねぇぞ。おまえは怪我したって自分の傷は治せねぇんだからな』
「……」
…心配、されてる?
神田が? こんなにわかりやすく??
「…優しい神田は気持ち悪いなぁ」
『おい』
「うそうそ、冗談。…ありがと」
『……もう切るぞ』
「うん。…気をつけて」
『…ああ』
そんな言葉を最後に、ソルトレージュは沈黙した。
いったいなんだったんだ、と思ったけど。
…心配してくれる友達が居るって良いなぁ、とわたしはしみじみと思った。
すっかり失念していたのだけど。
さっき一時停車した駅で、リナリーとアレンが仲直りした後…
――アレンってば、どっかの村の村長さんに拉致られるんだっけ。
気がついた時には、汽車の中にアレンの姿はなくなっていた。
みんな必死に探し回ったけど、居るわけない。
…多分今頃、武装した村人達に出迎えられていることだろう。
「…で、オレっすか」
「お願い、ラビ! アレンくん、きっとさっきの駅で乗りそびれちゃったんだわ。戻って探して来て!」
多少の責任を感じているのか、リナリーはラビの手を掴んで必死に懇願した。
頼まれたラビの方は、なんとも間抜けな展開に、呆れたように呟く。
「ガキか、あいつは…」
「行け。今ならお前の如意棒でひとっ飛びだろ」
「槌だよパンダ
押すなボケ」
押し出そうとするブックマンの足を、ラビは引きつった笑顔を浮かべながら掴んだ。
なんとか耐えてるけど、…うん、ブックマンは歳の割に力が強いな。
「いいけどさぁ~。なぁんかヤな予感すんなぁ~…」
…大当たりだよ、ラビ。
ため息を吐くラビの肩を、わたしは軽く叩いた。
「ラビ。わたしも行くよ」
「。…良いのか?」
念を押すように確認されて、わたしは苦笑する。
揃いも揃って心配性な奴らばっかりだ。嬉しいけど。
「うん」
「そうね…仲直り、してらっしゃい?」
「あ、あのねぇリナリー…」
慈愛に満ちた微笑で言われて、わたしは頭を抱えたくなった。
ホントにさ、この子は凄い人だよ…色んな意味で。
「言ったじゃない。私は、ふたりが一緒に居るところを見るが好きだって」
「……いいけど、さぁ」
はいはい、どう頑張ってもリナリーの笑顔には敵いませんとも。
小さく息を吐いてから、わたしはラビの方を向き直る。
「ラビ、如意棒」
「だから槌だっての」
割とどっちでも良い。
差し出された槌の柄を掴んで、わたしはリナリーを振り返る。
そして、自分を奮い立たせる意味で、わざと軽い口調で言った。
「じゃ、お姫様救出に行ってきまーす」
「アレンが姫かよ!」
「うん。ラビが王子でわたしは魔法使い」
「やめれ鳥肌立つから!」
せっかく王子役にしてあげたのに、我が侭な。
そんなラビを横目に、わたしは月の昇る夜空を見上げる。
…目指す先には、「孤城の吸血鬼」の《物語》が待っている。
そこでわたしが成すべきことなんて、あるのかどうかもわからない。
だけど、このままではいけないと思ったから。だから、アレンと話をしないといけない。
ラビの槌に引っ張られるようにして、わたし達は夜空を飛んだ。
――ほんの少しの憂鬱と、不安を抱えながら。
+++
――吸血鬼、か。
確かにやってることは吸血鬼だし、実際、あの牙は人間の血も吸えるわけで。
しかしその正体を知っているわたしとしては、ちょっとこの村人共うるさい、って言うか。
…………いや、むしろ言いたいことはそこじゃなくて。
「…ラビ。あんたいったいどこに入ってんの」
「ホントですよ! なんてところから出て来るんですかッ!?」
「も人のこと言えねぇさ」
ラビの言葉に、アレンを始め村人達まで頷いた。
…ちょっと窓蹴破って入ってきただけなのに、酷い反応だ。
少し話を巻き戻そう。
アレンを探しに来たわたしとラビは、それぞれの方法でアレンがとっ捕まっている家に侵入した。
ラビはどうやってかはわからないけど、室内の樽に。そしてわたしは、窓を蹴破って。
…そして結局、仲良く椅子に縛られてるわけですが。
「修道士様と修道女様が3人も…主は我々をお見捨てにならなかった!」
「あのー、盛り上がってるとこ悪いんだけどこの縄解いてくれませんかねー。
わたし、緊縛プレイの趣味はないんですけどー」
「「………」」
「…おい、そこのモヤシとウサギ。器用に視線逸らすな」
ふん縛られて不機嫌なわたしが目を眇めながら言うと、アレンがバッと顔を上げた。
普段なら、ここでお決まりの「誰がモヤシですか!」が飛んでくるはずだ。
「誰がッ………」
…あ、黙っちゃった。
しかも目、逸らした。…ムカつくのはわたしがガキだからでしょうか。
「…で。何なんですか、いったい」
「実は、クロウリーが暴れ出す少し前。村にひとりの旅人が訪れたのです」
無理矢理話を戻したアレンと、仏頂面のわたしを交互に見て、ラビがため息を吐いた。
なんだよ、その反応は。小一時間程問い詰めたい。
「旅人は神父と名乗り、クロウリー城への道を聞いてきました。
死ぬかもしれないと必死で止めたのですが、旅人は笑いながら城へ行ってしまったのです…」
…で。3日後、その神父はひょっこり帰って来て言ったわけだ。
もしも古城で何かあったら、自分と同じ十字架を胸に掲げた者を頼れと。
…真相を知る身としては、本当に良い迷惑だ。
「私どもは今夜、決死の覚悟でクロウリーを討ちに行くつもりでした。が」
そこで言葉を切ると、村長さんを筆頭に、全員がその場に膝を着いた。
そして声を揃えて土下座。…思わず、わたし達は嫌そうに顔を合わせてしまった。。
「主は我らをお見捨てにならなかった!
黒の修道士の方! どうかクロウリーを退治してくださいましぃーーー!!!」
「オレらはアクマ専門なんだけどなー…」
「なんと! 悪魔まで退治できるのですか! 心強い!」
「いや、そのアクマじゃねーんだけど」
涙を流しながら喜んでいる村長に、ラビは顔を引きつらせた。
説明しても通じないだろうし、そもそも話を聞いてくれそうにもない。
一方アレンは、先程の話で気になったんだろう。微妙に嫌そうな顔で、質問を投げかける。
「その旅人ってどんなひとでした?」
「こんなひとでした!」
差し出された似顔絵を見て、アレンがぐったりと脱力した。
…いやいや、なかなかの絵心をお持ちでいらっしゃいますね。
――書かれた似顔絵は、どう見てもクロス=マリアン元帥だった。
+++
そしてわたし達は、半ば無理矢理、吸血鬼退治に駆り出されることになった。
とはいえ、話の出所にクロス元帥が関わっているとなれば、どっちにしても無視出来ない。
そんな話を、わたし達は無線ゴーレムを介してリナリーに話していた。
『そっか…クロス元帥が残した伝言なら、従った方がいいわね』
「リナリーとブックマンは、ティムと先行っててください」
『わかった。…3人とも気を付けてね。その…吸血鬼の人に噛まれると、吸血鬼になっちゃうらしいから』
必死なリナリーの言葉に、わたし達は思わず顔を見合わせた。
返事が返ってこなかったことに不安になったのか、なおもリナリーは言い募る。
『童話で読んだの。…ならないでね!!』
「「「うん…」」」
童話の吸血鬼信じてるんだ…可愛いなぁ、リナリー…。
「大丈夫よ、リナリー。吸血鬼に噛まれただけなら吸血鬼にならないわ」
『そうなの?』
「うん。吸血鬼の血を分け与えられたひとが、吸血鬼になっちゃうんだよ」
『じゃ、じゃあたくさん吸われたひとは…?』
「アンデットになる」
『えええっ!?』
本気で驚いてる。可愛いなぁ、もう。
ついでにこの知識、本当かどうかはわからないんだけど。
「…、そんな話どこから仕入れてきたんさ、おまえ…」
「雑学、雑学。ちょっと興味があって。一説によると、処女・童貞以外はゾンビになるとも言われてて…」
そこで言葉を切って、わたしはアレンとラビに視線を戻した。
そしてもう一度、無線ゴーレムに向き直る。
「…うん、ふたりが噛まれないように祈っててあげてねリナリー」
「「どういう意味だそれは」」
声を揃えて突っ込まれた。
…いや、なんとなく。他意はないよ、多分。
噛まれたところで吸血鬼じゃないんだから、問題ないし。
「…今どき吸血鬼なんてなぁ、アレン」
「ですよね…」
「ところでオレらはなんでまだ縛られてんだろ」
「お三方! 止まって!!」
手を縄を括られた状態のわたし達は、急に村長さんに引っ張られて急停止させられた。
…痛い。このおっさんめ、後で覚えてろ。
「クロウリー男爵の城門です」
「「「(悪趣味ぃ~…)」」」
城門を前にして、わたし達3人の胸に、共通の思いが駆け抜けただろう。
…これならアレスちゃんの方がまだ可愛いです。
「この門をくぐると、先はクロウリーの所有する魔物の庭が広がり…
そのさらに先の湖上の頂が、奴の住む城です」
村長さんの説明が終わる前に、城門の向こうから奇怪な声が響いた。
…例えて言うなら、うん、…断末魔の悲鳴みたいな。
「………」
「………」
「…なんか聞こえるね」
「…ね」
心なしか、アレンとラビの顔色が悪くなる。当然と言えば当然だ。
…真相を知ってるわたしだって、ちょっと不気味過ぎて背筋が寒いもの。
「さあ、前へ!」
「「うっす…」」
前に押し出されたふたりが、びくっと肩を揺らした。
ちなみに、わたしはふたりより少し後ろにいる。村長さんなりの配慮だろうか。
とか思って後に続こうと足を踏み出すと、急にラビが振り返った。
「…!手ェ繋いでやろっか?!」
「なんで」
「だ、だって、女の子はこういうの怖いだろ?
だろ?!」
「……まぁ、暗闇は好きではないけど……」
とは言え、わたしはその『吸血鬼』の正体を知っているわけで。
不気味だとは思うけど、怖いとは思わないんだよなぁ…。
「でも歩きにくいから、いいや」
「いや、そんな、遠慮するなんてらしくねぇさ!?」
「どういう意味だこの赤毛ウサギ」
わたしは縛られていない方の手で、ラビの額をぺちっと叩いた。
人をなんだと思ってるんですかね、まったく。
「……」
そんなお馬鹿なやりとりの最中も、アレンは口を開かない。
ラビとは普通に会話してるから、やっぱり避けられてるのはわたしだ。
…病院で療養してた時、アレンもこんな気分だったんだろうか。
「しかし…クロウリーって奴はすげェ趣味悪いな…」
「オバケ屋敷みたいだねぇ…」
実際、村長さんが『魔物の庭』と呼んだここも、魔物を模した石造が飾られているだけだ。
確か、先々代のクロウリー男爵が変な物をコレクションにするのが好きで。
…これもその一端なんだろうな。多分。
「あれ? アレン、お前なんでもう手袋はずしてんの?
まさか怖いの?」
「は、…はははは…、まさか。そういうラビこそ、右手がずっと武器をつかえてますけど?」
「オレは怖くなんかないさぁー」
そんな言い合いの後、ふたりは引きつった表情で笑い合う。
…明らかに怖がってるだろ、ふたりとも。
「…わたし、先行しようか?」
「いや、ダイジョブ!」
「大丈夫です…ッ」
即答された。
なんだかなぁ、もう。
ため息を吐いた、その瞬間。
――視線を感じて、ハッとわたし達は目を瞠る。
「…、下がって」
「ん…」
言われて、わたしは大人しく下がる。
アレンとラビは背中合わせに立ち、周囲を警戒して表情を険しくした。
「どうしました?」
「シッ! 何かいるぞ」
「――近づいて来る」
――それは、一瞬の出来事だった。
わたし達の横を、何かが風のように駆け抜けていく。
「「「!?」」」
あまりの速さに、わたし達の表情は強張った。
『知っている』はずのわたしでさえ、目を瞠る程の速度。
「速い…!!」
「何か今、一瞬甘い香りが…」
何かが通ったことすら気づかない一般人代表の村長さんが、呑気に呟く。
その次の瞬間、背後で大きな悲鳴が上がった。
「!?」
「フ…フランツが…フランツが殺られたぁぁぁ!!」
上がる悲鳴に、全員の体に緊張がはしる。
「出た…」
「アレイスター=クロウリーだ!!」
呆然と呟かれた声に、『彼』は振り返った。
血走った目に、鋭い眼光。その形相は、まさに畏怖を抱かせる象徴。
――童話の吸血鬼そのままの姿が、そこに在った。
「ウソだろ…」
さすがに、アレンとラビも顔色を変える。
クロウリーの姿は、吸血鬼という空想をそのまま具現したようなものだ。
せめてあのマントをなんとかすれば、もうちょっと普通に…
…いや、イノセンス発動状態じゃ、無理か。
「うわ…」
最初に声を上げたのは、誰だったのか。
「うわぁあああ!!」
悲鳴は連鎖的に広がり、蜘蛛の子を散らすように彼らは逃げまどう。
村長さんが必死に宥めようとしてるけど、無理だなあれは。
「――イノセンス、発動…!」
わたし達はそれぞれ、自らのイノセンスを発動させた。
獲物――フランツさんの首に歯を立てたまま、クロウリーが向かってくる。
「…どうします?」
「うーん…どうって、なぁ…噛まれたらリナリーに絶交されるぜ」
「とりあえず…彼にとっては大事な食事でも、村人を殺させるわけにはいかない!」
ガツッ、と。アレンはイノセンスの銃口を地面に着けた。
そして振り向きもせず、わたしに向かって口を開く。
「!」
「――発動! 《天蓋黒盾》!!」
咄嗟の癖だろう。
アレンに呼ばれて、わたしは当たり前のように盾を発動させた。
…無意識ってのは凄いな、おい。
見れば、アレンも一瞬、変な顔をした。
けど、すぐに表情を引き締めて銃器型のイノセンスに力を込める。
「! 村の人達のカバーリング、任せた!」
「あ、ラビ! ちょっと待っ…」
地を蹴り、ラビが槌を使って空へ身を躍らせる。
その手に握る槌は、ラビの声に応じてその大きさを変化させる。
一軒家程の大きさになったそれを、ラビはクロウリーの上に落とした。
普通なら、まず潰されるだろう。
だが、クロウリーはあろうことか、それを歯で受け止めたのだ。
「うそぉ? すげェ歯だな、オイ!」
…そういう問題だろうか…。
非常識だなぁ、と眺めるわたしの前で、ラビの槌はそのままポイッと横へ捨てられる。
当然、上に乗っていたラビも一緒に投げ出された。
「ラビー!?」
「生きてる生きてる!」
呼ぶと、元気な声が戻ってくる。
…見れば、ほぼ無傷。丈夫な奴だ…。
視線を戻せば、クロウリーは地面から生えたアレンの腕に捕獲されていた。
アレンにしろラビにしろ、自由に対アクマ武器の大きさを変えられるのって便利だな。わたしも出来るだろうか。
「捕まえた。おとなしくしてください」
アレンの静かな声に、クロウリーは逆に声高に笑い出す。
まるで壊れたかのようなその笑い声に、アレンは表情に僅かな困惑を滲ませた。
「ぐふっ…ぎゃはははははは! あーははははは!!
奇怪な童共だ。私にムダな時間を使わせるとはなぁ。お前らも化物か!
あぁ?」
「エクソシストです」
「こんばんは、私は忙しいんだ。――放せや」
恐ろしい形相でそう言い放つと、クロウリーはアレンの左腕に歯を立てた。
AKUMAの弾丸でも傷つかない、対アクマ武器に。
「い゛っ!?」
「わーーーっ! アレン!!」
痛みと驚愕とで、アレンは目を瞠った。
それを見ていたラビが、悲鳴を上げる。
…痛そう。すごく痛そう、あれ。可哀相に。
「!!」
音を立ててアレンの血を吸い始めたクロウリーが、不意に動きを止めた。
「げぇぇえぇぇぇえぇっ! 苦い!!」
悲鳴を上げながら、クロウリーは森を抜けて走り去って行く。
…よっぽどマズかったんだろうか…アレンの血…。
「「「………」」」
思わず、わたし達は顔を見合わせる。
アレンはアレンで、すぐに自分の左手を見下ろしていた。
…あ。歯型ついてる。
「…絶交されるな、アレン…」
「大丈夫だよ、なるならきっと吸血鬼じゃなくてゾンビだし!」
「…どういう意味ですか、それ…」
もちろん冗談なんだけど、本人はそれどころじゃないようだ。
こそこそと言い合うわたし達に、遠目から様子を伺っていた村長さんが声を張り上げた。
「黒の修道士様がクロウリーめを退散させたー!!
今宵、勝利は我らにありーーーーー!!」
ああ、もう、うっさい!
だいたい、あんたら何もしとらんだろうが。
「その調子でクロウリーめを退治してくださいまし! 黒の修道士様!!」
「あの…」
声を揃えてエールを送る村人達に、アレンは覇気のない調子で口を開く。
「なーんで皆、そんなに離れてるんですか?」
「お気になさらずーーー!!」
気にするだろ。
声を揃えて返してきた村人達に、アレンは顔を引きつらせた。
「クロウリーに噛まれたお前が、吸血鬼になると思ってるんさ」
「ラビ」
「気にすんな、アレン」
「………」
いったい、いつ用意したのか。
ラビの首にはにんにくがぶら下がり、片手には杭が握られている。
その表情から見るに、冗談なのは明白だけど。…気分は悪いよなぁ。
「さっさと城に行きますよ!!」
「冗談だーーって。あれ何? 急にやる気満々?」
「村人がひとり、連れて行かれたじゃないですか。
あの状況じゃ死んだかわからないし、もしまだ生きてるなら助けないと」
フードを被り直して、アレンが憮然としながらそう言った。
そんなアレンのお人好しな発言に、遠くから村長さんの声が届く。
「クロウリーは獲物を城に持ち帰ってゆっくり食うのです!
犠牲者の8人もみんなそうでしたーーー!!」
「う゛ぇぇー? 食べられんのかぁ~…」
「村長さん達はここで待っていてください。城へは僕達が行きます」
アレンの言葉に、村長さんは「何を当たり前なことを」と言わんばかりに頷いた。
「もちろんです!! あんな化け物同士の戦いの中にいたら、人間の我々は死んじゃいますからー!」
「「「「いってらっしゃーーーいっ」」」」
声を揃える村人達。
噛まれたから、っていうのもあるんだろうけど、イノセンスを目の当たりにして恐怖を抱いたんだろう。
不思議な力、っていうのは、善し悪しに関わらず一般人には畏怖の対象だ。
「え。オレらも化け物!?」
「あれ? なんか虚しい気分…」
ホントにね…。
まぁ、一般人なんてこんなもんさ。
元一般人代表のわたしが保証する。間違いないよ。
.
.
.
「まったく、なんでエクソシストが吸血鬼退治なんてやってるんさー」
「でも、何かおかしくないですか?
この吸血鬼事件と師匠と、何の関係があるんだろう…」
しきりに首を傾げながら、アレンは難しい表情で階段を上って行く。
しかし、ここまで堂々と侵入してるのに、気づかれてないってのもどうかと思う。
「師匠はいったい、何をしにここへ…?」
「考えてても、答えなんて今出るもんじゃないでしょ」
そう答えて、わたしはイノセンスを発動させる。
どうにも、この空気は耐え難い。少し気分を落ち着かせてこよう。
「じゃ、小回りの利くわたしが先行するよ。
何かヤバイものでもあったらソルトレージュを飛ばすから」
「いくら小回り利くっつっても、危ねぇさ」
「平気平気」
「ッ!!」
引き止めるように、アレンがわたしの手首を掴んだ。
反射的に身を固くしてしまって、ああしまった、とわたしは後悔する。
「…すみません」
「………………」
…だから。あんたがそんな、傷付いたような顔すんなっての。
不自然なほど素早く手を離されて、ホッとしつつも、なんだか釈然としない。
「…馬鹿アレン」
「は?」
言い逃げるように、わたしは軽く地を蹴って飛んだ。
建物内で飛ぶ必要はないけど、歩いたり走ったりするより速いからだ。
「先に行く。早く来てね」
短く告げて、わたしはふたりに背を向けた。
…わたしは《傍観者》。そう、《創造主》の側の人間。
《傍観者》のわたしは、《物語》が正常に運べばそれで良いの。だから、
――こんな苦しい想いは、きっと錯覚だ。
視線が重ならないことが、こんなにも苦痛だなんて。
To be continued?
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。