『ー。聞こえてるー?』
「え?」
懐かしい声に、わたしはきょろきょろと辺りを見回した。
だけどどこにも、あの目立つ赤い頭は見当たらない。
「…ラビ?」
『こっちこっち。無線ゴーレム』
「ああ、そうか」
いるわけない。当たり前だ。
納得して、わたしは転がっているソルトレージュを拾い上げた。
パカリと開いたソルトレージュの口から聞こえたのは、軽い調子のラビの声。
『久しぶりさ、』
「ホント。何ヶ月ぶりだろ?」
『んー…半年近く?』
「もうそんなに経つんだ…。元気にやってた?」
『もちろん。オレもジジイも元気さー』
まったく変わらないラビの様子に、わたしは思わず微笑う。
アレンが入団してから、もう3ヶ月は経つ。その前から任務に出ているラビとは、半年近く会ってない。
一度帰って来たらしいとは聞いたけれど、マテールへ行っていて入れ違いになったのだ。
『…は、あんま元気ないな』
「………」
『辛い任務でもあった?』
「…ちょっとね」
一緒にいなかったからこそ、ラビの気遣いが嬉しい。
だけど心配を掛けさせるわけにはいかなかった。愚痴なんて聞かせたくない。
「大丈夫。こうして心配してくれる友達がいるからねッ」
『そっか。リナリーとユウは元気にやってる?』
詮索してこないのが、彼の良いところだと思う。
ラビ自身も、『ブックマンの継承者』として抱えた秘密がある。
そのせいかもしれないけれど、今のわたしには、そんな態度の方が楽だった。
「うん。この間も神田に斬られそうになった」
『うわー、相変わらずさー…あ、そういや新人が入ったって聞いたけど』
そこで言葉を切ると、無線ゴーレムの向こうで、ラビが笑う気配がした。
…む。この気配は、わたしをからかう時に出る独特の雰囲気。
『初対面で派手にやり合ったらしいじゃん』
「…思い出させないで、ソレ…」
やっぱりそれか…。
すっかり有名なエピソードになってしまっているらしい。…情けない。
『オレ、もうすぐそっち戻れるから』
「え、そうなの?」
『おう。一時的に立ち寄るだけだろうけど』
その言葉を聞いて、ふと気づく。
ラビがアレンと接触するのは、『巻き戻しの街』の後だ。
「…そっか。でも多分、また入れ違いになるね」
『え?』
「いや? ラビに会うのはまだまだ先になるなーって」
『ひっで! 帰るって言ってんのに!
こういう時は、「待ってるわ」の一言でも言っとくべきさ!』
「ごめーん、わたしにそういう機微を求めないでー?」
『おまえなーっ!』
怒鳴り返してくるラビに、わたしは笑って応えた。
本気で怒ってるわけじゃない。証拠に、声には笑いが含まれている。
「はいはい、悪かったって。待ってるよ、ラビ。早く帰っておいで」
『そうそう、それで良いんさ。はもう少し、言葉選んで会話することを覚えろよー』
「肝に銘じておきますとも、悪友殿」
『じゃ、そろそろ切るさ。続きは会ってからな』
「うん。じゃ、またね――」
通信が切れ、ソルトレージュはパタンと口を閉めた。
…本当にどういう構造になってるんだろうね、この子。気になる。
「――ラビが戻ってくる前に、こっちは出ることになるね」
呟いて、わたしは軽く身体を伸ばした。
もう9時だ。そろそろ起きないと。
そう思ってベッドから出るのと、扉がノックされたのはほぼ同時だった。
「? 起きてる??」
「うん、起きてるよ。どうぞ?」
来たのがリナリーなら、別に寝巻き姿を見られても気にならない。
促すと、少し遠慮がちにドアが開いた。多分、他の通行人に見えないようにという配慮だろう。
…なんていい子なんだろう! どっかの誰かさん達とは大違い!
「おはよう、リナリー」
「おはよう、。朝早くからで悪いけど、コムイ兄さんが呼んでるの。新しい任務だと思うわ」
「…うん、行くよ」
ああ、来たか…と。
そんな気分で、わたしは頷く。
――《物語》が動き出す音を、感じた。
「ここが『巻き戻しの街』かぁ…」
何の変哲もない城門を前にして、わたしは感慨深く呟いた。
《物語》として知っているとは言え、現物を見ることはもちろん初めてだ。
…この先を知る身としては、忠告なりなんなりしたいのが本音なんだけど…。
――ダメだ。《物語》の改変は許されない。
「探索部隊の人達も入れないんでしょう? 僕達が入れるかどうか…」
「まぁ、やってみるしかないわよ。行きましょう」
促され、わたし達3人は並んで城門をくぐった。
なんの違和感も抵抗もなく、街はわたし達を受け入れる。…実に、あっさりと。
「…入れましたね…」
「…拍子抜けするくらい、あっさり…」
目を瞬くふたりに反して、わたしは胡乱げな視線を街に向ける。
イノセンスを持つエクソシストしか入れない、奇怪の街。
だけどこの中に、AKUMAが潜んでいるのは確か。…彼らは、いつからここに居たんだろう?
「んー…とりあえず、手分けして探しましょうか。お昼に、あそこのパブで落ち合いましょ」
「はい」
「りょーかい」
頷くわたし達を見てから、ふと気づいたようにリナリーは手を打った。
唐突な行動に首を傾げると、リナリーはにっこりと微笑んで、爆弾発言を投下する。
「ティムキャンピーには通信機能がないから、アレンくんはと一緒に行動してね」
「「え?」」
思わず、わたしとアレンは顔を見合わせた。
そしてもう一度、ゆっくりとリナリーの方へ視線を戻す。
「どうしたの?」
「いや、あの…なんで…?」
「だから、通信手段が」
「そ、そうじゃなくて…」
だって、その理屈だったらリナリーでも良いはずだ。
言外にそう含ませると、しかし返ってきたのは有無を言わせない笑顔。
「ああ。だって、とアレンくんはパートナーでしょ?」
「「……………」」
そう来たか。反論の余地も無い。
わたしとしては、ここで下手にアレンと一緒に行動して、
《物語》を改変してしまうリスクを背負いたくはないんだけど…。
…まぁ、リナリーとアレンが一緒に行動するよりは、正常に事が運ぶか。
「じゃあ、よろしくね?」
「「はーい…」」
笑顔のリナリーに念を押されて、わたし達は仲良く返事を返した。
…しかし。わたしはともかく、なんでアレンまで不満そうなんだ。納得いかん。
+++
「アレーン。はぐれないでよー? おねーさん、手ェ繋いであげようか?」
「…。それ、明らかに喧嘩売ってますよね?」
「親切なのに」
「どこがですか」
雑踏の中、フードを目深に被ったアレンは、不機嫌そうにそう応えた。
どうにも、最近のアレンはよくわからない。
優しいかと思えばすぐに不機嫌になるし。しかもわたし限定。
「…だって、アレンは教団内でも迷子になるほど方向音痴じゃない」
「うッ…そ、それは…そうですけど…」
ため息混じりに言うと、アレンは言葉を詰まらせてたじろいだ。
…アレンはまさしく極度の方向音痴であり、教団内ですら迷子になる。
教団は複雑な造りをしているのだから仕方ないとも言えるが、それにしたって迷子って。
「うん。だからはぐれないように手を繋いであげるよ」
「要りません」
「即答!?」
「当たり前でしょう!? そんな恥ずかしいこと出来ませんよ!!」
恥ずかしい?
思わず、わたしは足を止めた。
そして、思いっきり胡乱げにアレンを見る。
「…今更純情ぶるのやめようよ、魔王様」
「誰が魔王ですか誰が!!」
「客観的に見て…もっと恥ずかしいことしてるじゃん、アレン」
「誤解を招く言い方はやめてください!」
誤解なもんか。2ヶ月前のあの唐突な行動は忘れられないぞ。
…しばらく、恥ずかしくて自分の手首を見られなかったくらい。
「手を繋ぐのが恥ずかしいなら、縄でも付けようか?」
「譲歩するように見せかけて更に悪化してます。それは素ですか、わざとですか」
「わざとだね」
「ッ!!」
さらりと応えると、アレンはキッと眦を吊り上げた。
冗談の通じない子だ、相変わらず。
「ああ、もう、反抗期ですかこの子はー。
わかったよ、じゃあ腕組んで行こうね。まったく我が儘だなぁ」
「ちょ…ッ」
最大の譲歩をして、わたしはアレンの腕を取って歩き出す。
それを引き止めるようにして、アレンは無理やり足を止めた。何事か。
「慎みってもんがないんですかには!?」
「は? 何失礼なこと言ってんの、アレン」
「だ、だから…ッ」
何か言いたそうに、アレンは何度も口を空回りさせる。
言葉が上手く見つからない、そんな様子だった。
…なんですか、いったい。
「~~~ッ…――え…?」
必死に言葉を探して視線を彷徨わせていたアレンが、不意に表情を強張らせた。
瞬間、アレンの左目が、AKUMAを察知して形を変える。
「――アクマ…!?」
呟くと、アレンはいきなり走り出した。
…当然、わたしになんの説明もなく。
「ちょ、ちょっとアレン?!」
一応呼び止めたけど、あっという間にアレンは雑踏の中に消えた。
探すのは骨が折れるし、この後の展開は、まぁ予想がつく。
「…ミランダさんを襲ってるアクマかな…?
じゃあ、放っといても大丈夫か…」
《物語》が正常に動くのなら、それに越したことはない。
しばらく考えてから、わたしはミランダさんの住まいを探すことにする。
一応ね、場所は把握しておかないと。《物語》は知っていても、地理はわからないんだから。
…アレンは…ティムキャンピーが一緒だし、大丈夫だろう。うん。
+++
それからしばらくして、わたし達は指定場所のパブで落ち合った。
アレンが遅れてくること20分。予測はしていたので、怒る気も起こらない。
しかし色んな意味で、リナリーは違っていた。
「…これは何? アレンくん!」
アレンが描いた、前衛的と言えなくもないかもしれない絵を見て、リナリーは顔をしかめた。
対するアレンは盛大にくしゃみしてるし。…緊張感ないな、ここ。
「…すみません」
「すみません、じゃない。どうして見失っちゃったの」
「すごく逃げ足が早くて…このひと。でもホラ、似顔絵!
こんな顔でしたよ」
「「似顔絵…?」」
わたしとリナリーは、思わず声を合わせて呟いた。
…これを「人物画」と言い張るアレンって、凄いと思う。色んな意味で。
「あれ…? 変ですか?」
「うん、変…」
「…えー…」
「ある意味芸術的だよ」
「…明らかに誉めてませんよね、」
なんでリナリーの時とは態度が違うんだ。差別だろ。
…わたしの態度も誉められたもんじゃないけど。
「だいたい、もよ。
迷子になったアレンくんを、あっさり見捨てて戻ってくるなんて」
「見捨てた、って。置いて行かれたのわたしだし…」
リナリーの矛先がこっちにまで向いて、わたしは思わず首を横に振った。
そんなわたしを見て、リナリーは小さく息を吐く。
「こんなことなら、手分けしないで一緒に調査すればよかったね。
アレンくん。そのアクマ…確かにその人に「イノセンス」って言ったの?」
「はい」
答えながら、アレンはがつがつとお昼ご飯を食べている。
…本当に緊張感がないな、ここ。なにこれ。
そう言うわたしも、お昼ご飯のリゾットを頬張ってるんだから良い勝負かもしれないが。
「道に迷って路地に入り込んだら偶然見つけて…。
運が良かったです。多分、今回の核心の人物だと思いますよ」
「…アレン君。今度から絶対一緒に調査しよう。見失ったのも迷ったからでしょ」
リナリー、厳しい。
ひたすら前向きな開き直り方をしているアレンに、リナリーは深々とため息を吐いた。
ゆっくりとスプーンを置いて、わたしはアレンに視線を向ける。
「…あれ? アクマの気配を察知して走って行ったんじゃないの?」
「…そのあと道に迷ったんです」
「…わかったよ。これからはアレンに縄を付けて歩こう」
「やめてくださいッ!! …リナリーの方はどうですか?」
心底嫌そうに返してから、アレンは話題を無理矢理変えた。
だけど話を戻す気はリナリーにはなかったのか、小さく息を吐いてから話し出す。
「んー…コムイ兄さんの推測はアタリみたい。
私はふたりと別れた後、すぐ城門に引き返して街の外に出ようとしたんだけど…」
不思議そうに首を傾げながら、リナリーはマグカップを傾ける。
リナリーは随分小食だなぁ…ちゃんと食べないと、バテてしまいますよ。
「どういうワケか、気づくと街の中に戻ってしまうの。
ちなみに、街を囲む城壁も何箇所か壊して出られないか試してみたけど、ダメね。
穴から外に出たと思ったら、街の中の元の場所に戻されてた」
さらりと言うけど、壁壊して回ったって。
…リナリーって、前から思ってたけど、…結構凶暴なんじゃああるまいか。
「あ。それじゃ、やっぱり…」
「私達、この街に閉じ込められて出られないってこと。イノセンスの奇怪を解かない限りね」
リナリーの言葉に、わたしはここへ来る前のことを思い出していた。
調査の行き詰まったヤマを、わたし達に任せたコムイさん。
もちろん、不安はかなりあったんだろう。最後まで心配そうな顔をしていた。
…同時に、とんでもなく疲れ切った顔をしてた。あれは多分、一日二日の徹夜じゃないな。
「…なんかコムイさん、元気無かったですよね」
「……」
リナリーの表情が、曇る。
ふよふよと寄ってきたティムキャンピーを手の上に載せながら、力無く呟いた。
「なんか兄さん…色々心配して、働き詰めみたい」
「心配? リナリーの?」
「伯爵の!」
的はずれなアレンの問いに、リナリーはアレン曰く『似顔絵』の書かれた紙で彼を軽く叩いた。
別に、コムイさんだってリナリーの心配ばっかしてるわけじゃないと思うよ。
…コムイさんの頭の中身半分が、リナリーのことだったとしてもさ。
「最近、伯爵の動向がまったく掴めなくなったらしいの。
『なんだか嵐の前の静けさみたいで気持ち悪い』って、ピリピリしてるのよ」
「伯爵が…」
「。兄さんから何か聞いてる?」
いきなり、リナリーがそんな話を振ってきた。
当然、身に覚えのないわたしはきょとんと目を瞬く。
「え。なんで?」
「だって、も最近元気が無かったでしょう?」
言われて、一瞬、わたしは言葉を失った。
…ディングレイの任務以降、確かに、わたしは意気消沈していただろう。
でも、悟られないようにしていた。愚痴を呟いたのだって、ラビとの通信だけだ。
「そ、そんなことないよ! アレンと喧嘩するくらい元気!」
「どういう基準ですかそれ…」
呆れたように、アレンがそう言って溜め息を吐く。
だけどその表情はどこか気遣わしげで、アレンにも見抜かれていたのか、と気付く。
…揃いも揃って勘の良い子達だ。結構頑張って隠してたつもりだったのに。
「それなら、良いの。
でも…は、私達の知らない何かを抱えているような気がして…」
哀しそうに言われて、じくりと胸が痛んだ。
――リナリーは、多分、直感的なもので気付いてる。わたしが抱えているものを。
「ごめんなさい。が抱える問題はのものであって、私にはきっと、何も出来ないのよね…。
でも、ひとりで辛いことを抱え込まないでね。私もアレンくんも、神田やラビだって居るんだから」
「リナリー…」
思わず、涙腺が弛みそうになる。
こんなにも心配してくれる友達が居るって、幸せだなぁと思って。
――だけど、そんな彼女達にしているわたしの『隠し事』は、あまりにも大きい。
その重さに、じくじくと胸が痛んだ。
どう応えたものかと思案していると、ガチャンッ、と大きな音が響く。
思わず視線を向けた。…アレンが驚いた表情で固まってる。
「…? アレンくん、フォーク落ちたよ」
テーブルを転がるフォークを見て、リナリーが首を傾げた。
対するアレンは、それどころではない様子だ。多分、フォークを落としたことにも気付いてない。
「あああ!!」
いきなり、アレンが大声を上げて立ち上がった。
リナリーの後ろの方で、誰かがビクッと反応した気配を感じる。
「このひとです、リナリー、!!」
そう言ってアレンが指さしたのは、頭からすっぽりとストールを被った女性。
――ミランダ=ロットー。スタイルの良い美人さんなんだけど、これはまた、随分とやつれていた。
「あ、逃げた」
「ちょ、ちょっと待ってくださいッ!!」
脱兎の如く駆け出したミランダさんを、アレンは慌てて追いかける。
あろうことか、ミランダさんは勢い余って窓から逃げようとしていた。
「ま、待って! 待ってください! 僕達は怪しい者じゃありませんッ!!
く、黒の教団の聖職者…エクソシストで…ッ!」
必死に説明しながら、アレンはなんとかミランダさんを捕まえた。
…必死なのはわかるけど、ご婦人のスカートを掴むのは紳士として如何なものかと思いますよ?
「…エクソ…シスト…?」
肩で息をしながら、スカートを掴まれたミランダさんはようやく振り返った。
…なんかもう、アレンもミランダさんも凄い顔になってるんだけど。
「はい…てか、何で逃げるんですか。しかも窓から…」
「ごめんなさい、何か条件反射で…」
条件反射で窓から出ていくんですか。
思わず、わたしとリナリーは顔を見合わせた。
「…あのぅ。とりあえず中に戻りません?」
わたしが中を指さすと、ミランダさんは緊張した面持ちで頷いた。
…いや、別に取って食うわけじゃないんですけど…そんな緊張しなくても…。
苦笑するわたし達の席へ、ミランダさんが戻ってきた。
窓から。
…このひと、内向的な割に結構肝が座ってる。
「わ、私はミランダ=ロットー。
うれしいわ、この街の異常に気づいた人に会えて…」
おずおずと切り出して、ミランダさんは力無く微笑んだ。
やつれきった今の状態で浮かべられると、それはもう痛々しい。
ひとりだけ、何十回も同じ日を繰り返してるんだ。やつれてしまうのも頷ける。
「誰に話してもバカにされるだけで、ホントもう自殺したいくらい辛かったの。
あ、でもヘビは避けられるようになったんだけどね。ウフフフフ…」
「「「(この人、だいぶキテるっぽい…)」」」
壊れた笑い声を上げたミランダさんに、わたし達は多分、まったく同じ事を思っただろう。
っていうか、ヘビってアニメの方じゃんか。この世界の設定ってどうなってんの。
「ミス・ミランダ。あなたは街が異常になりはじめてからの記憶があるの?」
「ええ。街のみんなは、昨日の10月9日は忘れてしまうみたいだけど」
そこで一旦言葉を切ると、ミランダさんは沈黙した。
どうしたんだろう、と見つめていると、そのまま俯いてしまう。
「私だけなの…」
ポツリと、ミランダさんが力無く呟いた。
かと思った瞬間、彼女は身を乗り出してアレンの手をガシッと掴む。
「ねぇ、助けて。助けてよぉ! 私、このままじゃノイローゼになっちゃうぅ~!
あなた、さっき私を変なのから助けてくれたでしょ。助けたならもっと助けてよーっ!!」
「うわわっ、怖い! 、リナリー、助けてっ!」
ごめん、無理。
そそくさと、わたしとリナリーは手を取り合って隅っこに移動した。
…精神的に追いつめられた人間って、形相が半端なく怖いよね…ミランダさん、普通にしてれば美人なのに。
「落ち着いて、ミス・ミランダ! 助けるからみんなで原因を探しましょうっ」
「原因ったって、気がついたらずっと10月9日になってたんだものぉ~」
「本当の10月9日に、何かあったハズよ。心当たりは無い?」
リナリーがミランダさんに訊ねると、彼女は必死に記憶を辿っているようだった。
そんな中で、アレンの表情が不意に強張る。
「…アレン」
一応声を掛けると、それをどう解釈したのか、アレンは小さく頷く。
わたしはこの後を『知っている』から、別に驚きはしない。
「――リナリー。ミランダさんを連れて一瞬で店を出て」
静かな口調で言って、アレンは席を立った。
その左目が、AKUMAの気配を察知して形を変える。
「君の《黒い靴(ダークブーツ)》なら、アクマを撒いて彼女の家まで行けますよね?」
「!」
リナリーが僅かに目を瞠り、小さく頷いてミランダさんを立ち上がらせた。
アレンは、スッとイノセンスを宿す左手を構える。
「どうやら彼らも、街の人とは違うミランダさんの様子に目を付け始めたようです」
その声に呼応するように、カウンターに座っていた人達が立ち上がった。
――AKUMA。そしてわたしは知っている。奴らはすべてがレベル2だ。
「なぜミランダさんが他の人達と違い、奇怪の影響を受けないのか。
それはきっと、ミランダさんが原因のイノセンスに接触してる人物だからだ!」
「え?」
ひとり、わけがわからず、促されるままに立ち上がったミランダさんが悲鳴を上げた。
人だと思っていたものが、急にバケモノに変わったのだ。普通の人間なら悲鳴のひとつも上げるだろう。
「は、外に被害が出ないようにカバーリングをお願いします」
「…ひとりで大丈夫?」
「なんとかします。…いざとなったら助けてください、」
「ん」
思ってもないことを、まぁ、いけしゃあしゃあと。
アレンはこと戦闘において、わたしに頼る気なんてない。
攻撃役は自分の役割だと思ってるだろうし、
わたしは戦いの余波から周囲の人間を護ることが役割だと思っているんだろう。
それは多分正しい見解だし、わたしとパートナーを組むということは、そういうことだ。
…少し、傷つくけどねソレ。少しだけ。仕方ないけど。
「――アレンくん、。ひとまず任せたわよ…!」
悲鳴を上げ続けるミランダさんを抱えて、リナリーが店を飛び出す。
それを確認して、わたしは店の壁に両手を着いた。
「――発動! 出力最大、《天蓋黒盾》!!」
わたしの手を通して、盾が店ひとつ分を覆い包む。
色々試してみるものだ。わたし自身が盾の部品になることで、こんな芸当も出来るわけね。
…でも、これだと飛べないし、治癒能力も使えない。わたしが集中を解けば、すぐに盾は解除されるだろう。
「――私の発動停止まで、この空間は外と遮断される。存分に暴れて、アレン」
「言われなくても!」
対アクマ武器を剣型に変形させて、アレンがわたしの前に出た。
対峙するAKUMAは、レベル2が4体。
――戦いの幕が、開く。
だけどわたしは、この戦いの結末を知っている。
迫り来るは、抗えない《物語》の《運命》。
To be continued?
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。