自分が間違ったことをしたとは思っていない。
自分に出来る最善を。
そして、自分の願いのままに行動を。

後悔したくないから、迷わず飛び出していた。
それは確かに、愚かな行為なのかもしれない。そう思う彼の言い分も間違いじゃない。
仕方ないことだと思う。それでも、僕はこういう生き方しか出来ないんだから。

「助けないぜ。感情で動いたお前が悪いんだからな。ひとりでなんとかしな」

恐らく、イノセンスを使って創られた人形であろうそれを抱え、神田は冷ややかに告げた。
その隣にはがいて、どこか無理に作ったような無表情で僕を見ている。

似合ってないな、と思った。
彼女はくるくると表情が良く変わる。無表情なんて似合わない。

馬鹿みたいにオーバーリアクションで、うるさいくらい良く喋る。
それが彼女に抱いた印象だから、無理に作った無表情はなんだか気持ち悪かった。

――いいよ。置いてって」

返した瞬間、の手が震えたように、見えた。
気のせいかもしれない。だけど、何故かそう見えたような気がした。

「イノセンスがキミの元にあるなら安心です。僕はこのアクマを破壊してから行きます」

そう告げた時の神田の表情は、やっぱり感情がよく読めない。
だけど、その傍らにいた彼女の表情の方が、ずっと不可解だった。

僕は自分の感情に任せて飛び出した。
後悔なんてしていない。間違っていたとも思わない。
これは僕の意思であり、この状況は自分自身の行動の結果だ。


なのに、どうして。


――どうして彼女は、痛みを堪えるような表情をしていたんだろう。



File12 闇に響く歌声




「地下通路?」

立ち並ぶ廃虚の中。
グゾルとララを抱えた神田は、ララの言葉を聞き返した。

「この街には、強い日差しから逃れるための地下住居があるの。
 迷路みたいに入り組んでて、知らずに入ると迷うけれど…
 出口のひとつに谷を抜けて海岸線に出られるのがある」

対するララは、無理な体勢で抱えられているにも関わらず、平然と会話している。

「あのアクマという化物は空を飛ぶ…地下に隠れた方がいいよ」
「……」

ララの言葉を疑っているわけじゃないだろうけど、神田は沈黙を保った。
先行するわたしは、一旦下へ降りる。神田もそれに続いた。

?」
「神田、無線が」

示すと、神田の無線ゴーレムが音を立てた。

「トマか。そっちはどうなった?」
『別の廃屋から伺っておりましたが、
 先ほど激しい衝撃があって、ウォーカー殿の安否は不明です』

無線ゴーレムの向こうから、トマの声がする。
良く知る台詞だと言うのに、じくりと胸が痛んだ。

『あ。今、アクマだけ屋内から出てきました。ゴーレムを襲っています』
「わかった。今、俺のゴーレムを案内役に向かわせるから、ティムだけ連れてこっちへ来い。長居は危険だ」

そこで一旦言葉を切ると、神田はふとわたしの方を見る。
わたしは慌てて表情を引き締めた。

「今は、ティムキャンピーの特殊機能が必要だ」
『はい』

そこで無線を切ると、神田はグゾルとララに向き直る。
わたしも発動を一旦解いて、ふたりに視線を向けた。

「…さて。それじゃ地下に入るが、道は知ってるんだろうな?」
「知って…いる」

くぐもった声で返事をしたのは、グゾルの方だった。
気遣わしげに、ララがグゾルに寄り添う。

「グゾル…」
「私は…ここに500年居る。知らぬ道は無い」

そう言いながら、グゾルは被っていた帽子を取った。
下から現れたのは、酷く爛れた顔。
医学の知識なんてないから、よくわからないけれど…かなり酷い皮膚病なのだろう、神田すら絶句する程だ。

「くく…醜いだろう…」
「おまえが人形か? 話せるとは驚きだな」
「そうだ…お前達は、私の心臓を奪いに来たのだろう」
「出来れば今すぐ頂きたい」

率直な神田の言葉に、ララが顔色を変えた。
…まるで人間だな、と思う。

「デカイ人形のまま運ぶのは手間が掛かる」
「ち、地下への道はグゾルしか知らない! グゾルがいないと迷うだけだよ!!」

慌てたように、ララが神田とグゾルの間に割って入る。
先ほどから気になっていたんだろう、神田はララをじっと見据えた。

「お前は何なんだ?」
「私は…グゾルの…」
「人間に捨てられていた…子供だ!!」

ララの言葉を遮って、グゾルが声を上げる。
声を張り上げたせいか、グゾルは激しく咳き込んだ。

「グ、グゾル…!」
「ゲホ…私が…拾ったから、側に…置いていだ…!!」
「……」

軽く、わたしは神田の団服の裾を引いた。
わたしを振り返る神田に、わたしは緩く頭を振る。
それをどう受け取ったのか、神田は小さく息を吐いた。

「神田殿」

神田を呼ぶ声に、わたしは身を硬くした。
顔から血の気が引いていくのがわかる。
…違う。違う。あれはトマじゃない。
ああ、でもそれを告げてはいけないのだ。

「悪いがこちらも引き下がれん。あのアクマにお前の心臓を奪われるワケにはいかないんだ。
 今は良いが、最後には必ず心臓をもらう。…巻き込んですまない」

短く告げた神田の言葉に、ふたりは不思議そうな顔をした。
それ以上ふたりには構わず、神田は現れたトマに歩み寄る。
逆に、わたしは距離を取った。コレは反射的な行動だ。

「ティムキャンピーです」

スッと、トマが粉々に砕けたそれを差し出す。
ティムキャンピーだ。だけどこの子は、この状態からでも蘇生する。
事実、ティムキャンピーは徐々に元の形を取り戻しつつあった。

「お前が見たアクマの情報を見せてくれ、ティム」

神田が促すと、ティムキャンピーはカパッと口を開けた。
ティムキャンピーの映像記録機能って、どういう原理になっているのか、よくわからないけど…
――そこにアレンの姿が映った瞬間、呼吸が止まりそうになった。

「…、どうした。顔色が悪いぞ」
「……え?」

弾かれたように、わたしは顔を上げた。
わたしを見下ろす神田の表情には、気遣うような色はない。
だけどなんとなく、気遣われているのを肌で感じる。本当、表に出せないだけで世話焼きだよ、こいつは。

「…後先見ずの馬鹿でも、あいつもエクソシストだ。
 寄生型は装備型よりも身体が頑丈に出来てる、そうそう簡単にくたばりゃしねぇだろ」
「…そう、だね…」

死にはしない。そんなことは知ってる。
だけど怪我をする。わたしはそれを知っていた。
「置いてって」、と。そう言ったアレンの言葉は、わかっていたはずなのに胸を抉った。

「……」

じっと映像を見ていた神田が、不意に呟く。
その一言一句、わたしの記憶する台詞と変わらない。

「鏡のようだ…」
「はい?」
「逆さまなんだよ、このアクマ」

神田がAKUMAの映像から、その能力を解析している中。
視界の隅で、何かが動くのをわたしは感じた。
…グゾルとララだ。神田が目を離した隙に逃げるんだっけ、このふたり。

「……」

わたしの中に、卑怯な考えが浮かんだ。
見たくないなら、見なければ良いんだと。…逃げてしまえ、と。

わたしは物音を立てないように、逃げるグゾルとララを追いかけた。
逃げたふたりを追いかけたなら、後で言い訳にもなると、そう思って。


この後に起こることを知りながら…その場から、逃げ出した。
ごめんなさい、と。
――謝ることすら、偽善だ。


+++


ララが自身の腕を潰してまで、落下スピードを緩めながら地下へ落ちた。
それを上から眺めながら、わたしはふたりを追って砂の上に降り立つ。

「あ…ッ」
「!!」

身構えるふたりを前に、わたしは苦笑する。
悪者になった気分だ。…ああ、でも、わたしも充分悪者かな。

「…大丈夫。連れ戻したりなんてしない。今はここの方が安全だから」
「………」

警戒した面持ちで、ララが自分を盾にするようにグゾルの前に立つ。
人形が心を持つ――所有者を愛する――まるで、コッペリアのようだと、思った。

「ねぇ、ララ」

わたしが呼びかけると、ララは大きな硝子玉のような瞳を瞠る。
そんな彼女に、わたしは微笑った。多分、泣きそうになっていたと、思う。

「歌を、聴かせて?」
「え…」
「グゾルさんの為に歌ってくれるので良いわ。
 わたしにも一緒に聴かせて? …ダメかな、グゾルさん?」
「…お前は…気づいて、いたのか…」
――…ええ」

違うよ、グゾル。
気づいたんじゃない。知っていたんだ。

「…ララの心臓を…奪いに来たのだろう?
 何故…仲間に何も言わなかった…」
「必要なかったから」

呟いたわたしの声は、自分でも驚くほど硬い。
必要なかった。むしろ言えなかった。…言えたらどれほど、楽だっただろう。

「…《運命》はもう、決められているから。
 今更…あなた達のどっちが人形かなんて、些細なことでしかないのよ」

そう。どっちが人形だってわたしにはどうでも良かった。
だって、わたしは「知っていた」んだから。

「……」
「…お願い、歌って。歌を聴かせて」

わたしの声が、悲痛な響きを含む。
自分でも、無意識だった。卑怯なくせに、救いを求めるなんて馬鹿だ、わたしは。
ララが、じっとわたしを見つめてから、グゾルの方へ視線を向ける。

「…歌ってくれ、ララ…」
「はい、グゾル」

ララは素直に頷き、旋律を奏で始めた。
それは、酷く温かく心に染み込む声で――わたしは、倒れた石柱の上に座り込む。

「…優しい歌ね、グゾルさん」
「…ああ…」

そう頷いたグゾルの声は、とても穏やかだった。
…もう少し。あとほんの数日。
それまでAKUMAに見つからなければ、彼らは望む最期を迎えられたのに…。
そう思うと、あまりに哀しかった。

「…あなたは、これを護りたかったのよね」
「…そうじゃない…私は…もっと醜い人間だ…。…ララを…他人に、壊されたくなかった…」
――その感情は、決して醜くなんかないわ」

誰かを愛する感情が、醜いわけがない。
愚かでも、それはきっと、純粋で綺麗なものだ。

「…わたしの方が…ずっと、醜い…」

呟いた声は、きっとグゾル達には届かなかっただろう。
わたしのそれは、ララの綺麗な歌声に掻き消されていった。


零れ落ちた涙の一滴すら、今のわたしは醜い。


+++


――あそこで合流出来たのは、ある意味不幸中の幸いだっただろう。

「痛ッ…」
「ウォーカー殿…私は置いていってください。あなたも怪我を負っているのでしょう…」
「なんてこと無いですよ!」

傷だらけの神田とトマを背負いながら、僕はただ歩いた。
自分がどこにいるかわからない。ただ、どこかで手当てをしなければ。

――そういえば、はどこへ行ったんだろう。


――わたしには、単独でアクマを破壊するちからはないから』


「…ッ!」

脳裏に浮かんだ言葉に、思わず呼吸が止まりそうになった。
呟いた言葉は、ほとんど無意識だ。

「…どう、しよう…」

ひとりにしちゃいけなかったんだ。
神田だって言っていたじゃないか。彼女には戦うちからがないと。

「…ティム、――

探して、と。
言いかけて、聞こえてきた声に動きを止めた。
そんなに遠くじゃない。どこかからか聞こえる、これは――

「…歌…?」

そう、歌だ。
どこか温かく、物悲しい旋律。

「歌が、聴こえる…」

歌声に導かれるように、僕は再び歩き出す。
不思議な感覚がした。
この歌声は彼女のものじゃない。
だけど、この声を辿れば、逢えるような気がして。


砂にまみれたその部屋に、足を踏み入れた。


――そこには、歌う少女が居た。
ひとりの老人の傍で、どこか物悲しい旋律を奏でる少女。
その傍らに、彼女が居た。

歌に聴き入っているのだろうか。
静かに瞳を閉じた姿は、普段の彼女よりも大人びて見えた。

「…」

スッと、瞳が開く。
双黒の瞳が、こっちを見た。

確かに目が合った。
なのに彼女は、傷だらけの僕達を見ても、別に驚きはしていなかった。

ただ、どこか哀しそうに表情を歪ませて。
――確かにその唇は、音のない言葉を発していた。

ご め ん な さ い 。

それは、そんな謝罪の言葉。


+++


――覚悟していたことだった。
彼らが傷を負うのは、決められた《物語》の《運命》。
わたしは、それを《改変》しないように慎重に、《物語》を進めて行けば良かった。
それは決して難しいことじゃない。だって、『何もしなければ』良かったんだから。

だけど。

意識を失っている神田を、
上手く動けないほど衰弱しているトマを、
そのふたりを抱えて、怪我を負った身体を引きずるアレンを見て、

――泣きたくなるほど胸が痛んだのは、わたしの我が侭だ。

「!!」

グゾルとララが、ハッと息を呑んだ。
アレンに気づいたんだろう。
――《物語》が動き出す。もう、わたしの出る幕は無い。

「あ、ごめんなさい。立ち聞きするつもりはなかったんですけど…
 …キミが、人形だったんですね」
「……」

ララが確かな敵意を持って、立ち上がった。
そして彼女は、そのたおやかな容姿からは想像も出来ない暴挙に出る。
――身の丈以上の石柱を、持ち上げたのだ。

「……………」

さすがに、アレンが目を点にしている。
そりゃそうだろう。こんなショッキング映像はそうそうないよ。
ついでに、もう投げつける気満々だ。

「…アレン、危ない」
「どわたっ?!!」

あんたなんて声出すのよ…。
急に気が抜けて、わたしはもう一度腰を下ろした。

「ままま待って待って!!
 落ち着いて話しま…わっ!!!」

再び投げつけられた石柱を避けて、アレンは必死に逃げ回る。
神田とトマを抱えたまま、ってところが凄い。アレン、怪我してなかったっけ?

「…アレーン。神田達を下ろしなさいよ、とりあえず」
「なに冷静に見てんですか、助けてくださいよ!?」
「とりあえず、あんたが下ろしたら神田達を助けるわ」
「僕はッ?!」

目を瞠るアレンに、わたしはにっこり微笑んで手を振った。

「頑張れ?」
「鬼ッ!!」

酷いことを言う。
…うーん、でも、鬼とか悪魔とか言われても仕方ないかなぁ…。
――さて、どうしよう?

「…ッ…聞いてくれそうにないな」

サッと、アレンは神田とトマを少し離れた場所に下ろした。
そして走りざまに左手の手袋を外し、イノセンスを発動させた。

「!」

アレンの左腕に捕らえられた石柱を見て、ララが目を瞠る。
それに対して、アレンは小さく笑った。…あ、悪い笑顔だ、あれ。

「それっ!!」

ぶんっ、と大きく空を切り、石柱がブーメランのように宙を舞った。
迫り来る衝撃を覚悟して、ララがぎゅっと目を瞑る。
――だけど、破壊されたのはララではなく。この場にある石柱だ。

「え!? 石柱を…っ」

自分ではなく石柱を狙った攻撃に、ララは不思議そうに周囲を見回した。
…どうでも良いけど、アレン。わたしやグゾルを殺す気か。
周辺に転がる石柱を見下ろしながら、わたしは思わず顔を引きつらせた。…わかってたけど、あいつ怖い。

「もう投げるものは無いですよ。
 お願いです、何か事情があるなら教えてください」

座り込んだララの前に進み出て、アレンは掴んでいた石柱を砂の上に置く。

「可愛い子相手に戦えませんよ」
「…………」

困ったように微笑むアレンに、ララはきょとんと目を瞬かせた。
…その優しさはどっから出てくるんでしょう。わたしはついぞお目に掛かったことがありませんが。

「…………タラシ」
「は?! なんですかいきなり失礼な!?」
「別に? 英国紳士は女の子をたらし込むのが上手ね、って話だヨ」

肩を竦めて息だけで笑ってやると、明らかにアレンの機嫌が悪くなった。
女の子みたいに可愛らしい顔が、大変よろしくない目つきになる。

「なんなんですか藪から棒にッ! だいたい、は今まで何してたんですか?!」
「…ごめん」

反射的に、わたしは謝っていた。途端に、アレンがたじろぐ。
…しまった。相当酷い顔してる、わたし。

「え? い、いえ…別に責めているわけじゃ…」
「…うん、大怪我してても女の子口説けるアレンだもんね! わたしを責めたりしないよねッ」
「…………すみません殴って良いですか左手で」

石柱を握る左手に力が入ったのが見て取れた。あと目が据わってた。
…うんうん、それでこそアレンですよ。
変な気なんか遣うな、わたしにそんな気遣いを受ける資格はない。

「さて、ララ。アレンはこの通り、可愛い女の子には優しい英国紳士です。
 とりあえずお話聞かせてあげてくれる?」

わたしはしゃがみこんで、ララに視線を合わせた。
ララは一瞬アレンを見て、グゾルを見てから、こくりと小さく頷く。

「…グゾルは、もうじき死んでしまうの」

ぽつりと、ララは呟いた。
手元の砂を握りしめる小さな手が、震えている。

「それまで私を彼から離さないで。
 この心臓を、あなた達にあげていいから…!」

悲痛なララの叫びに、わたしとアレンは言葉を失う。
ララの瞳は、必死だった。一縷の望みを託すような、真っ直ぐな瞳。
それは愛するひとを護ろうとする、女の強い目だった。


――どうして、と。呟かずにはいられない。






人形である彼女の方が、わたしよりよっぽど人間らしい。



To be continued?

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