「やだよー行きたくないよーっ」
「それはこっちの台詞です! なんでよりによって、と神田なんですか!?」
「コムイさんに訊いてよ! わたしのせいじゃないよ!!」

ぎゃいぎゃい騒ぎながら言い合う小柄なふたりに、呆れて声も出なかった。
は元々、与えられた任務を拒否するタイプじゃない。恐らくはこの新人もそうだろう。
意味のない言い合いだ。自覚してやっているのだろうから、余計に。

――神田くん」

静かに呼び止められて、振り返る。
コムイだ。どこか憂いを含む苦笑を浮かべて、そこに立っている。
――言わなくてもわかる。こいつが案じているのはのことだ。

ちゃんを頼むよ」
「…わかっている。あいつは教団に必要だ」

そうだ。がこの半年、教団に隠されていたのは、その特異な能力故。
傷を癒すちから。
鉄壁の防護力を誇る盾。
――イノセンスを感知し、その存在を読み取るちから。

恐らく、あいつのその特殊な能力を知るのは、共に任務に就いた者だけだ。
これから、あの新入りもそのひとりになる。…なんだか気に入らない。

「でもね、その為に君が無茶しちゃダメだからね」
「…誰があいつに命懸けるかよ。要らん心配だ」

そう答えて、俺は鼻で笑った。
そうだ。あいつの為に命を懸けるなんて、冗談じゃない。

――俺が怪我するだけで泣く奴だ。死ぬわけにはいかねぇだろ。

うっかり死んだら、それこそ何を言われるかわかったものじゃない。



File11 マテールの人形




「…いつも思うんだよ。計画性ないな、って!!」

怒鳴って、わたしはとんっ、と軽くそこに降りたった。
――スピードを上げる汽車の上に。

………暴風に髪が煽られました。

「…怖ッ! 怖いこれ!? 助けて神田ーッ!!」
「おまえ、こういう時ばっかり…ッ」

その場に座り込んで必死に呼ぶと、同じように着地した神田がわたしの腕を掴む。
とはいえ、出入り口までは歩かないと辿り着けない。ついでに、このスピードで立つのは無理。

「…邪魔だ、羽根仕舞えッ!」
「無理無理! 落ちたら死んじゃう!」
「助けて欲しいのか、欲しくねぇのか!!」
「はい! 仕舞います!」

怒鳴られて、反射的にわたしは発動を解いた。
それを待って、舌打ちしてから神田はわたしを抱え上げる。
…乙女の永遠の憧れ、お姫様抱っこって奴ですよ。
相手が舌打ちさえしなけりゃ、わたしだってときめいたかもしれないね。ええ、舌打ちさえなければッ。

「………」
「いつものことでございます」
「……そうですか」

後ろでアレンとトマの会話が聞こえるけど、なんの会話かよくわからない。
…わからないけど、なんかアレンが不機嫌だ。そんなに飛び乗り乗車が不満だったのか…。

そんな会話を背に、わたしは神田に抱えられたまま、汽車の中に降りた。
人間ひとり抱えて片手で降りるなんて、神田って見た目より力あるんだなぁ。

「…なんだおまえ、軽くなったな」
「え、ホント? それホント!?」
「…俺に耐性がついただけか」
「おいこらなんだそれ! 喜び損だよ馬鹿!!」

しかも耐性ってなんですか。せめて慣れくらいにしとけよ!

「…ちょっと、。うるさいですよ。騒いでないで退いてください」
「なんでそっちは不機嫌なの!?」

まだ上に残っていたアレンが、冷ややかな声と視線を向けてきた。
どいつもこいつも、ひとをなんだと思ってんだ! この扱いは女の子への扱いじゃないッ!!

「困ります、お客様!」

変な所から入ってきたわたし達に、車掌さんが駆け寄ってきた。
…この登場の仕方じゃあ、犯罪者に間違われてもおかしくないんだけど。案外肝の据わったひとだ。

「こちらは上級車両でございまして、
 一般のお客様は二等車両の方に…てゆうかそんな所から…」

十代の子供ばかりのわたし達の中で、誰に訴えれば良いのかわからないらしい。
狼狽える車掌さんの前に、トマが一歩、進み出た。

「黒の教団です。一室用意してください」
「! 黒の…!?」

一瞬絶句すると、車掌さんはわたし達の方を見た。
恐らく、彼の目に留まったのは胸元に輝くローズクロス。
――黒の教団、というよりはヴァチカンの、権力の証だ。

「か、かしこまりました!」

急に畏まり、車掌さんは深々と頭を下げてから走り去っていった。
それを見送ってから、今までぶら下がっていたアレンが軽やかに着地する。

「何です、今の?」
「あなた方の胸にあるローズクロスは、
 ヴァチカンの名においてあらゆる場所の入場が認められているのでございます」
「へえ…」

どこか不思議そうに、アレンは自身のローズクロスを見下ろす。
…しかし思うんだけど、アレンの師匠,クロス元帥って教団の幹部よね?
この子、教団関係のこと知らな過ぎ。

「ところで。
 私は今回、マテールまでお供する探索部隊のトマ。ヨロシクお願いします」

丁寧に挨拶をしてくれたトマに、わたし達とアレンも応えた。
神田は何度か会ったことがあるらしく、特別挨拶は返していない。
それはそれで結構失礼じゃないかと思うけど、まぁ神田だから仕方ないか。

そんなことをしていると、先ほど走り去っていった車掌さんが戻ってきた。
…やれやれ、ようやく落ち着けそうだ。


+++


「で、さっきの質問なんですけど」

ようやく落ち着いた頃。
資料を片手に、アレンは横並びになっているわたしと神田に視線を向けてきた。

「なんでこの奇怪伝説と、イノセンスが関係あるんですか?」
「「……」」

アレンの問いに、わたしと神田は思わず顔を見合わせた。
そしてわたしは、にっこりと微笑んでやる。

「解説お願いします、神田センパイっ」
「てめぇ…こういうときだけそういう…ッ」

神田の眦が吊り上がった。
けど、わたしは笑顔を崩さない。
…やがて根負けして、神田は最後の反抗とばかりに舌打ちする。

「…チッ…イノセンスってのはだな…」
「(今「チッ」って舌打ちした…)」

一瞬、アレンは嫌そうな顔をした。
けど、教えを請う立場であることを思ってか、すぐに表情を引き締める。

「大洪水から現代までの間に、様々な状態に変化している場合が多いんだ。
 初めは地下海底に沈んでたんだろうが…その結晶の不思議な力が導くのか、
 人間に発見され、色んな姿形になって存在していることがある」
「わたしが最初に見つけたイノセンスも、ペンダントの形をしてたんだよ」
「へえ…それで見分けられるものなんですか?」
「ああ、それはね…」
――姿形を変えたそれは、必ず奇怪現象を起こすんだよ。なぜだかな」

わたしの言葉を遮るように、神田は説明を続けた。
面倒そうな顔してたのに、どうしたんだろう。らしくない。

「じゃあこの「マテールの亡霊」は、イノセンスが原因かもしれないってこと?」
「ああ」

頷くと、神田も資料をめくり始めた。
自分でも確認しておこうと思ったんだろう。
…こっちに来て初めて知ったけど、神田って資料を適当に流し読みする癖がある。

「〝奇怪のある場所にイノセンスがある〟。
 だから教団はそういう場所を虱潰しに調べて、可能性が高いと判断したら俺達を回すんだ」
「奇怪…」

自身の左手を見下ろしながら、アレンは思案するように口を噤んだ。
その周囲をひよひよ飛んでるティムキャンピーが可愛くて仕方ない…。

「イノセンスの存在が、奇怪現象を起こしているんだとしたら…
 マテールの亡霊って、いったい何だ…?」
――『人形』よ」

もともと読めない資料を閉じて、わたしは呟いた。
ハッとした表情で、アレンと神田がわたしを見る。

「…そうでございます。
 トマも今回の調査の一員でしたので、この目で見ております」

室外に居たトマが、口を開いた。
…なんで外にいるんだろう。入ってくればいいのに。

「マテールの亡霊の、正体は…」

――ひとりの孤独な老人と、哀しい人形だよ。

トマの補足説明を聴きながら、わたしは目を閉じた。
…わたしはこの《物語》を、直視出来るんだろうか。


+++


「…? なんですか、急に大人しく…」

急に大人しくなったに、僕は視線を戻す。
…目の前にいる彼女は、神田に寄りかかって爆睡中だった。

「………この状況で寝ますか、普通」

しかも、神田に寄りかかって。
…いや、そこに腹を立てるのはおかしい。僕も疲れているんだろうか。

「…これは良い、放って置け」
「は?」
「途中で眠いだの腹減っただのとへたり込まれちゃ困る。
 どっちにしろ、こいつは戦力外だ」

らしくない神田の態度と、その言葉とに、僕は首を傾げた。

「戦力外って…もエクソシストでしょう?」
「当たり前だろ、でなきゃ今、ここにはいねぇよ。…だが、に戦う能力はない」

そう言って、神田は眠り込んでいるに視線を向ける。
僕もそれを追うようにして、彼女に視線を向けた。
――僕と同じ寄生型の適合者だと聞いた。それを戦力外とは、どういうことだろう。

「こいつのイノセンスは、それ単独でアクマを破壊出来るものじゃねぇ。
 挙げ句、身体能力自体は並以下だ。戦力は俺とおまえだけになる」

確かに、は小柄で力も弱そうだ。脚もそんなに速くなかった。
イノセンスで飛行能力を得ているらしいので、それでカバーしているんだろう。

「…じゃあ…は、何のためについてきたんですか」
「それは自分の目で確かめろ。…最も、生き残れたらの話だがな」

硬い口調で言われて、口を噤む。
まるで、生き残る可能性が低いとでも言われた気分だ。

「…神田。ひとつ訊いても?」
「あ?」
とは、つき合いが長いんですか?」

言った瞬間、神田は酷く無防備な表情になった。
…え、なんですか、その反応。

「………別に、そう長くはねぇ。こいつが入団したのは半年前だ。
 半年前のこいつの初任務以来、何度か同じ任務に就いてはいる。
 歳が近いからかこいつがやたらと突っかかってきて、それがそのまま続いてるだけだ」

…それだけだと言いながら、随分饒舌に語るもんだ。
同じ日本人だし、やっぱり同郷の人間には肩入れくらいするだろう。

「…まぁ、相手じゃあ、腐れ縁以外あり得ませんよね」
「それ以外の何がある」
「無いですね」
「無いな」

言い合って、思わずふたりで頷き合ってしまった。
…こんなところで意見が合っても、あんまり嬉しくない。

「…そろそろ時間でございます」
「あ、はい」
「…、起きろ」

トマの言葉に僕が返事を返している間に、神田はを揺すって起こした。
…なんだろう。何か、面白くない。


+++


「イノセンス、発動! 舞え、《黒曜》!!」

汽車から降りた瞬間、わたしはイノセンスを発動した。
皮膚が硬質化して、羽根の形を取る。
たんっ、と地を蹴った。わたしの身体がふわりと浮かび上がる。

「ソルトレージュ。行くよ」

襟元に止まっていた無線ゴーレムに声を掛け、わたしは3人を振り返った。

「わたしが先行する。方向はこっちで良い?」
「…
「大丈夫、無茶しないって。
 どっちにしろ、戦闘になったらわたしに出る幕ないし」

静かな神田の声に、わたしはへらりと笑って応えた。
その後ろに居るアレンと、目が合った。ああ、そういえば、アレンはわたしの能力を知らない。

――わたしには、単独でアクマを破壊するちからはないから」

笑って言うと、アレンの表情が固まった。
何か物言いたそうな顔で、わたしを見つめてくる銀灰色の瞳。

「じゃ、先に行ってるね、アレン」
「…はい。すぐに追いつきますから」
「それじゃ偵察の意味がないんですけどー」

苦笑を返して、わたしはそのままマテールに向かって飛んだ。



心臓が早鐘のように脈打つ。
『土翁と空夜のアリア』――孤独な老人と心を持った人形の、哀しい物語。
ここで多くのひとが死ぬ。
アレンも、神田も、トマも、怪我をする。




――ねぇ、この《物語》を知る《わたし》。
みんなが傷付くのを知っていて、さぁ、どうする?






「…う…空気が気持ち悪い…」

ぞくりと、嫌な寒気がする。
ああ、これは、直に感じたら忘れられない感触だ。
――生物が殺された、感覚だ。

「あの中央にいる奴が、あのピエロアクマか…」

…さて。
この後、後先見ずに突っ込んでいったアレンが、あれと対峙する。
そして神田がグゾルとララを連れ出し、地下に潜る。

――そして、ふたりは、トマは、大きな怪我を負うことになるのだ。

「……」

わたしが、これから追いついてくるアレンを止めれば良い。
そうすれば、アレンも神田もトマも、あんな怪我をせずに済む。
だって、わたしのイノセンスは癒しと護り。多少の傷なら治してあげられる。…だけど。

「…《物語》の改変は、許されない行為だよね…」

わたしは祈るように、瞳を伏せた。
――ごめん。ごめんなさい。わたしは、わたしの知るすべての事実に口を噤む。

!」

呼ばれて、わたしは弾かれたように振り返った。
なんてタイミング。罪悪感がまだ表情に残っていたら、どう思われるだろう。

「…遅かったね」

そう言うと、3人の表情に緊張がはしった。
…ああ、そうか。わたしの今の表情は、そういう方向に判断されるわけか。
――探索部隊の全滅。及び、AKUMAの確認。

「ちっ…トマの無線が通じなかったんで急いでみたが…殺られたな」
「………」
「おい、お前」

顔色を青くしているアレンに、硬い声で神田が声を掛ける。
…ああ、この台詞は、聞きたくない。

「始まる前に言っておく。お前が敵に殺されそうになっても、
 任務遂行の邪魔だと判断したら、俺はお前を見殺しにするぜ!」

――見殺し、と。
そのフレーズは、わたしにこそ相応しいんだよね。
ごめんね。ごめんなさい。
だけど大丈夫、《物語》に関わること以外でなら、わたしはみんなの力になるから。

「戦争に犠牲は当然だからな。変な仲間意識持つなよ」
「嫌な言い方」

明らかに、アレンの表情は不機嫌だ。
同じ――否、更に酷いことをわたしがしてると知ったら、この目でわたしを見るんだろうか。
それなら、あの怖い笑顔の方がまだ全然マシだ。

「…。状況を報告しろ」
「あ、うん…アクマの数は、多分10体前後。
 この感じだと、探索部隊の大半は、もう…」

わたしが言い終えるより先に、それは響いた。
轟音。そして爆風。
ハッと、わたし達は音の発生した方向へ視線を向ける。

…ああ、始まった。始まってしまった。

「……」

わたしはただ、黙って自分の手を握り締めた。
この後、アレンが飛び出して行ったら、もう――取り返しはつかない。

「ッ! やめろッ!!」

願いも虚しく、アレンはイノセンスを発動して、AKUMAに向かって行った。
手を伸ばせば、彼の服の裾を掴むなりなんなりして、止められただろう。
だけどわたしは、それをしなかった。


ピエロの姿をしたAKUMAに、アレンが突っ込んでいく。
だけど攻撃を返されて、彼の小柄な体は廃虚に叩きつけられた。思わず、わたしは目を瞑る。
――違う。ダメだ。よく見ろ、自分で決めたことなんだから!

「あの馬鹿…!」
「ダメ、神田。…レベル2がいるの」
「なッ…」

神田の表情に、驚愕が滲む。
それはそうだろう。だって、わたしは言わなかったのだ。
――レベル2のAKUMAがいることを。

「何故あいつを止めなかった!?」

ぐっと、わたしは唇を噛む。
ああ、やっぱり根は優しいんだよ、こいつは。わたしなんかとは違う。

「…考えなしに行動した方が、悪いんでしょう?」
「……」

必死に無表情を保って言い放ったわたしに、一瞬、神田は言葉を失う。
だけど、彼はプロだ。小さく息を吐いてから、六幻を引き抜き、下を見る。
――視線の先には、タリズマンに護られたグゾルとララの姿。

「…。おまえは俺と来い」
「わかってる。…あの結界じゃ、保たない」
「ああ…行くぞ」

神田とふたり、わたしは闇に染められた亡霊の街へと飛び込んだ。
誰にも聞こえない程の声量で、わたしはアレンに小さく「ごめん」と呟く。



――これから起こることを思えば、自分の行為に吐き気がしそうだった。






《物語》の改変は、許されない。



To be continued?

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