神田が任務でドイツへ発って、しばらくが経った。
その間に、ラビもブックマンと一緒に別任務に就いたので、ここにはいない。
エクソシストのほとんどは出払っている状態だ。と言うか、半年間一度も会ったことがないひともいる。
そして今、教団に残っているエクソシストは、多分わたしとリナリーくらいだった。
「……暇」
談話室のソファーに転がりながら、わたしはそう呟いた。
自分で思っていた以上に、声に不機嫌さが滲み出てしまう。
「どうしたの、…目が据わってるわよ…?」
「暇なの、リナリー」
身を起こして、わたしはリナリーと向かい合った。
当のリナリーは、コムイさんのお手伝いを終えてきたばかりだ。
…ああ、なんて働き者のお嬢さんだろう。見習おうにもわたしにコムイさんの手伝いは出来ない。
「任務もないし神田もラビもいないし。
なんかみんな忙しそうだし…なんでわたしだけ暇なんだーぁッ!!」
怒鳴ってから、わたしはまたパタン…とその場に突っ伏した。
…いや、暇な理由なんてわかりきってるさ。わたしが何も出来ないだけだよ…。
医療班の手伝いに呼ばれることはあるけど、大繁盛ってわけでもないし、そうだったらむしろ困る。
結果、単独任務なんて死にに行くような能力のわたしだ、結局本部に引きこもってるしかない。
……戦士技能を持たない神官が、ひとりで魔物退治なんて自殺行為、ゲームでだってやらないしね。
「も、もう…ったら、子供みたいなこと言って…。
じゃあ、気晴らしに街まで買い物に行く?」
「行く!!」
リナリーの提案に、わたしはガバッ、と跳ね起きた。
…わたしの方がリナリーより3歳も年上だとか、もうこの際自分でも忘れようと思います。
「…よく考えたらさ」
女性もののアクセサリーや衣類を扱う店先。
陳列されている商品を手にとって眺めながら、わたしは隣にいるリナリーに口を開いた。
「うん?」
「普段ずっとコート着てるんだから、私服とかあんま必要ないよね…」
「そんなこともないと思うけど…。あ、これ可愛い。に似合いそうっ」
そう言ってリナリーが手に取った服を見て、わたしは絶句した。
…いや、リナリーが着るなら可愛いと思うよ。でもそれ、わたしが着たら単なる痛い人だ。
――そんなゴスロリっぽいレースやフリルの付いた服は。っていうか、それ、むしろドレスじゃないの?
「リ、リナリーさんっ! わたし結構いい歳なんでもう少しシックな服の方がッ」
「大丈夫よ、日本人は幼く見えるから!」
「いやいやいや! だからと言ってそんなゴシック・ロリータは…ッ」
外人さんから見れば、確かに日本人は幼く見えるとか聞いたことあるけどさ!
でもそれって似合う人と似合わない人いるよね!? あれ? わたしの思い込み!?
「試着してみてっ」
「無理! リナリーが着れば良いよ、絶対可愛いよ!」
「自分で着ちゃ意味がないじゃない! 私はに着て欲しいの!」
「無理です勘弁して下さいリナリー様ッ」
ゴスロリ衣装片手に迫ってくるリナリーに、わたしは必死になって抵抗した。
リナリーのことだ、もしうっかり着て気に入られちゃったら、そのままお買い上げされる。
そして教団内で無理矢理着せられて、自慢気に連れ回されるんだ。
更に、通りがかりの神田とかラビとかに指さされて笑われるんだよ! 最悪だ!!
なんとかリナリーの気を逸らそうと、わたしは周囲を見回した。
その時、視界の隅に珍しい色彩が過ぎる。
銀、と言うよりは白。
まだ幼さを残す小柄な少年が、人の波に逆らうようにして疾走していた。
「――ッ!!」
思わず、目を瞠る。
白髪の少年。そんな珍しい容姿、《彼》以外にあり得ない。
「どうしたの、?」
「…ごめん、リナリー。ちょっとこの辺りに居てッ」
「!?」
リナリーの声を背に、わたしは駆け出していた。
間違いない。
見間違いのわけがない。
あれは、
「…アレン…アレン=ウォーカー…ッ」
――遂にわたしは、わたしが知る《物語》に直面しようとしていた。
+++
…夕暮れ時の墓地。
夜中よりはマシでも、充分気分の悪い場所だ。
うんざりしながら、物音は立てないようにわたしはそこに入り込んだ。
塀の影に隠れながら進むこと、数秒。
話し声が聞こえて、わたしは足を止めた。
「確かこの辺りに…あ、いた」
向けた視線の先にいるのは、イノセンスの輝き。
きっちりとした服装の、品の良さそうな少年。
――そして、人間としてあり得ない程のだるま体型のおっさんだ。
…いわずもがな、千年伯爵である。でもあのひと人間じゃないよな?
耳尖ってるし。
『だーれ?』
「こんばんは、千年伯爵。あなたの敵です」
『エクソシストですカ!?』
覚えのある会話に、わたしは息を殺す。
ピリピリとした殺気がこっちまで伝わってくるような、緊迫としたシーンだ。
「…あちゃー…千年伯爵までいるんだよなぁ…」
…迂闊だった。もう少し経ってから来れば良かった。
うっかりここで千年伯爵に見つかったら、巻き込まれるよねぇ…。
「…いかんいかん。ここでアレンと出逢ったら、わたしも一緒にあの崖登るハメに…」
…かと言って、地下水路通るわけにはいかないし。
それこそ大幅な《物語》の改変だ。そう言えばリナリーもいるじゃん。ヤバイ。
「…気配殺して隠れてるしかないか…じ、自信ない…」
未だに、背後から近づいても神田を出し抜けないわたしである。
…アレンも伯爵も勘良さそうだし、見つかったらどうしよう…。
いやしかし、ここまで来て戻るなんて冗談じゃないですよ!
「…《物語》を目の当たりにする絶好の機会よ…逃してなるものか…!」
あれ? 台詞回しが悪役っぽいよ、わたし??
ふと我に返って、自分の言動に少し反省。どうも、最近言葉遣いがよろしくない。
…これはアレだね、神田の汚い言葉遣いが感染ったんだ。あ、今の台詞は神田関係ないや。
「十字架よ。アクマを破壊! 魂を――」
緊迫した空気に、わたしは固唾を呑む。
…始まる。ううん、もう始まっている。既に開幕ベルは鳴らされた。
「救済せよ!!」
アレンの左腕の十字架が、輝いた。
…なんだろう。
目の前で展開される《物語》に、わたしは何故か、奇妙な高揚感さえ感じていた――。
+++
「AKUMAは哀し過ぎる…この世界にあっちゃいけない!
――だから、破壊します」
『アレン。――お前はあの時、殺しておくべきでしタ』
対峙するふたりの空気は、離れた場所にいても、肌に突き刺さりそうだった。
――その光景は、言うなれば『地獄』だった。
何度見ても、この光景に慣れる日はきっと来ない。
(AKUMAの群を切り裂く少年を、わたしは黙って見ていた。)
「ウイルスが効かないなら、撃ち殺せば良いとでも?
ナメないでください。さっきはジャンを庇う為に仕方なく撃たれたけれど、
その程度のアクマの攻撃じゃ、僕は殺せませんよ」
無数のAKUMAの残骸。
(屍の山なんて、視界に入らない。)
「対アクマ武器が発動した僕の左手は、怪力と音速を誇る。
アクマの弾丸もその硬質なボディも、この手の前では無意味」
放っておけば、すぐに灰塵と化すことはわかっている。
(わたしの目は、その姿に魅入られている。)
「あなたの兵器を破壊する為に存在する、神の兵器です」
『ムゥ ナマイキ。それでハ』
だけど、どうしても見慣れない。
(純粋な「ちから」は、どこまでも美しい。)
「!?」
『東の国のことわざを知ってまス?
ヘタな鉄砲…数撃ちゃ当たル。――アクマなんてくさる程いるんですヨ』
――ああ、AKUMAとは、なんて哀しい存在なのだろう。
(この感情を支配するのは、その純粋な美しさへの憧憬。)
「ジャン! ここから離れるんだ。
――全部、破壊する!!」
「!」
――わたしはこの光景を知っている。
この結末を知っている。彼らの心の動きを知っている。
台詞のひとつ、彼らの行動ひとつ、ほぼ知っている通りの再現。
現実なのに、現実味がない。わたしが関わっていないから。
すっと瞼を伏せる。
聞こえてくるのは、AKUMAの悲鳴と、伯爵の笑い声と、ジャンの悲痛な声。
――そして、AKUMAを破壊する、音。
もう一度目を開ける。
街から外れたこの墓地は、この時間に訪れる者は居ない。
――戦いは、まだ続いている。
+++
「…終わった…」
飛び去って行く伯爵を見送り、わたしはアレンとジャンに視線を戻した。
アレンは出血のせいでぶっ倒れ、ジャンと言葉を交わした後、本当に気絶してる。
……いや、あれ、普通死ぬだろ。なんだあの出血量。
「…ああ、もうッ」
さすがに、あれは見てられない!
大丈夫、アレンは気絶してるし! ジャンはゲストキャラだからもう出てこないし!!
「ソルトレージュ。この街のドクターを連れてきて。出来るよね」
コムイさんに貰ったゴーレムに、わたしはそっと告げた。
ゴーレムの名前はソルトレージュ――なんか魔術的な言葉だったような気がするけど、語源は忘れた。
ソルトレージュは、すーっとどこかへ飛んでいった。わたしの言葉を実行してくれるんだろう。
「…さてとっ」
ひょいっと、わたしは塀を飛び越え、墓地に足を踏み入れた。
あちこちの墓石は、アレンとAKUMAとの戦闘で無惨にも壊れ、地面は大きく抉れている。
…ひでぇや、これ。あとでコムイさんに伝えておこう。
「――はぁい、少年。お医者様がご入り用ですか?」
気絶したアレンに寄りかかって泣いているジャンに、わたしはそう声を掛けた。
ぎくりを身を固くして、ジャンは恐る恐る顔を上げる。
「え…」
「初めまして」
「…誰だよ、あんた…」
思いっきり警戒された。ちょっとショック。
まあ、さっきまで怖い目に遭ってたんだから、それも仕方ないだろう。
「神サマじゃないことは確かだね」
「は?」
目を瞬くジャンに少し笑って、わたしは気を失っているアレンの横に膝を着く。
怪我は…右腕。そう言えば、腕吊ってたっけ。これ、骨イッてるんだろうか…。
「…出血だけ止めるよ。あとは医者に任せる」
「ちょ…ッ」
手を伸ばして制止しようとするジャンを無視して、わたしはスッと手をかざした。
「イノセンス、発動」
バサ…ッ、と。
わたしの皮膚が形を変え、漆黒の羽根に変わった。
…しかしこれ、いちいち羽根出てくるのは面倒くさいな。
「――癒せ、《瞬癒結盾》」
血塗れの腕を取って、わたしはその傷口に触れた。
この半年の訓練で、送り込む力を調節出来るようになった。
だから、血が止まったあたりでわたしは手を止める。
「あ、あんた…エクソ…シスト…!?」
「アレンには内緒よ、ジャンくん?」
「! な、なんでオレの名前…」
目を瞠るジャンに、わたしは笑う。
まぁ、それが普通の反応だよね。
「詮索は無し。君は怪我してないかな?」
「え…オ、オレは…」
戸惑うジャンの返事を聞く前に、聞こえた足音にわたしは視線を向けた。
そこには、白衣を着た初老の男がいて、わたしに向かって会釈する。
「様」
「あ、ご苦労様。怪我人はこっちよ」
言うと、彼は駆け寄って来た。
この街に住む、教団の息の掛かったドクターだ。リナリーに聞いておいて良かった。
「ソルトレージュも、ご苦労様」
手を伸ばすと、ソルトレージュはそのまま手の上に降りた。
…ああ、可愛い。無機物でも可愛いッ。
「止血はしておいたわ。骨がイッてるみたいなんで、処置をお願い」
「はい。お任せ下さい」
「あと、こっちの少年に温かい飲み物でも出してあげて」
わたしが言うと、ジャンは弾かれたように顔を上げた。
ドクターは神妙に頷き、アレンの傷の具合を看ている。
…さて、わたしに出来ることは終わりかな?
「ま、待ってくれよ!
ひとりで行くのか?! あんた、アレンの仲間じゃないのかよ!」
立ち去ろうと踵を返したわたしの団服の裾を、ジャンが掴んだ。
不安なのはわかるけど、わたしはここでアレンと出逢うわけにはいかない。
「ううん、初対面だよ」
「じゃあ、なんでアレンを知ってるんだ!」
なんで、って言われてもなぁ。
「知ってるもんは知ってるんですヨ」
「ふざけんな! あんた、伯爵の仲間じゃないのかッ!?」
「うわ、ムカつくなー。アレスちゃんと同じ事言いやがってこのガキ」
あ、ちなみにアレスちゃんって門番のことね。アレスティーナだからアレスちゃん。
小さく息を吐いて、わたしは団服の左胸にあるローズクロスを示した。
「この十字架で証拠にならない?」
「あ…!」
「…ドクター」
もう一度声を掛けると、ドクターは心得たとばかりに頷いた。
「はい。腕の骨にヒビが入っているようですが、命に別状はありません」
「そう。…ジャン」
「え」
今度はジャンに話を振る。
ジャンはきょとんと目を瞬かせてわたしを見上げた。
…可愛いなぁ、子供は。
「あんた、アレンの面倒看てやんなさいよ。3日くらい」
「は?!」
「わたしを伯爵の仲間と間違えた罰。っていうか命の恩人に恩を返すのは当然でしょ?」
ピッ、と指を鼻先に突きつけて言ってやる。
すると、ジャンがなんとも複雑な表情になった。
「…見てたのか」
「ん?」
「見てたのに…助けなかったのか…?」
それは、小さいけれど確かに、非難を含んだ声だった。
…ああ、これじゃあわたし、悪者だなぁ。
「――ええ、そうよ」
「……ッ!!」
言った瞬間、ジャンは目を瞠り、ギリッ、と唇を噛んだ。
…まぁ、責められないだろうな。自分のせいでもあるんだから。
…別に苛める気はないんだけどなぁ…困ったなぁ、これ。
「だって、わたしはここでアレンに会うわけには、いかないんだもの」
「え…」
「だからアレンには内緒にしててね。
医者を呼んできたのは君で、傷は思ったより大したことなかったの。OK?」
「…なんで…」
まだ何か言いたげなジャンに、わたしは緩く首を振った。
そして、ドクターを振り返る。
「それじゃ、ドクター。あとお願い」
「はい、様」
呆然と突っ立ってるジャンと、軽く会釈をしてからアレンを担ぎ上げたドクターを残して、わたしはその場を後にした。
近道知らないんだから、アレンが教団に着くまでまだ、一週間はかかるだろう。
…ん? ティムキャンピーって道知らないのか?
それともわざと??
………うん、まぁ、わからないことは別に良いか。
…で、その後。
「こんな時間まで何やってたのよーーーっ!!」
「ごめんなさいごめんなさい許してリナリーーーッ!」
…リナリーに怒られたのは、言うまでもない。
出来ることから、始めましょう。
To be continued?
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