神田が任務でドイツへ発って、しばらくが経った。
その間に、ラビもブックマンと一緒に別任務に就いたので、ここにはいない。
エクソシストのほとんどは出払っている状態だ。と言うか、半年間一度も会ったことがないひともいる。
そして今、教団に残っているエクソシストは、多分わたしとリナリーくらいだった。

「……暇」

談話室のソファーに転がりながら、わたしはそう呟いた。
自分で思っていた以上に、声に不機嫌さが滲み出てしまう。

「どうしたの、…目が据わってるわよ…?」
「暇なの、リナリー」

身を起こして、わたしはリナリーと向かい合った。
当のリナリーは、コムイさんのお手伝いを終えてきたばかりだ。
…ああ、なんて働き者のお嬢さんだろう。見習おうにもわたしにコムイさんの手伝いは出来ない。

「任務もないし神田もラビもいないし。
 なんかみんな忙しそうだし…なんでわたしだけ暇なんだーぁッ!!」

怒鳴ってから、わたしはまたパタン…とその場に突っ伏した。
…いや、暇な理由なんてわかりきってるさ。わたしが何も出来ないだけだよ…。
医療班の手伝いに呼ばれることはあるけど、大繁盛ってわけでもないし、そうだったらむしろ困る。
結果、単独任務なんて死にに行くような能力のわたしだ、結局本部に引きこもってるしかない。
……戦士技能を持たない神官が、ひとりで魔物退治なんて自殺行為、ゲームでだってやらないしね。

「も、もう…ったら、子供みたいなこと言って…。
 じゃあ、気晴らしに街まで買い物に行く?」
「行く!!」

リナリーの提案に、わたしはガバッ、と跳ね起きた。
…わたしの方がリナリーより3歳も年上だとか、もうこの際自分でも忘れようと思います。



File07 ペンタクル




「…よく考えたらさ」

女性もののアクセサリーや衣類を扱う店先。
陳列されている商品を手にとって眺めながら、わたしは隣にいるリナリーに口を開いた。

「うん?」
「普段ずっとコート着てるんだから、私服とかあんま必要ないよね…」
「そんなこともないと思うけど…。あ、これ可愛い。に似合いそうっ」

そう言ってリナリーが手に取った服を見て、わたしは絶句した。
…いや、リナリーが着るなら可愛いと思うよ。でもそれ、わたしが着たら単なる痛い人だ。
――そんなゴスロリっぽいレースやフリルの付いた服は。っていうか、それ、むしろドレスじゃないの?

「リ、リナリーさんっ! わたし結構いい歳なんでもう少しシックな服の方がッ」
「大丈夫よ、日本人は幼く見えるから!」
「いやいやいや! だからと言ってそんなゴシック・ロリータは…ッ」

外人さんから見れば、確かに日本人は幼く見えるとか聞いたことあるけどさ!
でもそれって似合う人と似合わない人いるよね!? あれ? わたしの思い込み!?

「試着してみてっ」
「無理! リナリーが着れば良いよ、絶対可愛いよ!」
「自分で着ちゃ意味がないじゃない! 私はに着て欲しいの!」
「無理です勘弁して下さいリナリー様ッ」

ゴスロリ衣装片手に迫ってくるリナリーに、わたしは必死になって抵抗した。
リナリーのことだ、もしうっかり着て気に入られちゃったら、そのままお買い上げされる。
そして教団内で無理矢理着せられて、自慢気に連れ回されるんだ。
更に、通りがかりの神田とかラビとかに指さされて笑われるんだよ! 最悪だ!!

なんとかリナリーの気を逸らそうと、わたしは周囲を見回した。
その時、視界の隅に珍しい色彩が過ぎる。

銀、と言うよりは白。
まだ幼さを残す小柄な少年が、人の波に逆らうようにして疾走していた。

――ッ!!」

思わず、目を瞠る。
白髪の少年。そんな珍しい容姿、《彼》以外にあり得ない。

「どうしたの、?」
「…ごめん、リナリー。ちょっとこの辺りに居てッ」
!?」

リナリーの声を背に、わたしは駆け出していた。

間違いない。
見間違いのわけがない。
あれは、

「…アレン…アレン=ウォーカー…ッ」




――遂にわたしは、わたしが知る《物語》に直面しようとしていた。



+++


…夕暮れ時の墓地。
夜中よりはマシでも、充分気分の悪い場所だ。

うんざりしながら、物音は立てないようにわたしはそこに入り込んだ。
塀の影に隠れながら進むこと、数秒。
話し声が聞こえて、わたしは足を止めた。

「確かこの辺りに…あ、いた」

向けた視線の先にいるのは、イノセンスの輝き。
きっちりとした服装の、品の良さそうな少年。
――そして、人間としてあり得ない程のだるま体型のおっさんだ。
…いわずもがな、千年伯爵である。でもあのひと人間じゃないよな? 耳尖ってるし。

『だーれ?
「こんばんは、千年伯爵。あなたの敵です」
『エクソシストですカ!?

覚えのある会話に、わたしは息を殺す。
ピリピリとした殺気がこっちまで伝わってくるような、緊迫としたシーンだ。

「…あちゃー…千年伯爵までいるんだよなぁ…」

…迂闊だった。もう少し経ってから来れば良かった。
うっかりここで千年伯爵に見つかったら、巻き込まれるよねぇ…。

「…いかんいかん。ここでアレンと出逢ったら、わたしも一緒にあの崖登るハメに…」

…かと言って、地下水路通るわけにはいかないし。
それこそ大幅な《物語》の改変だ。そう言えばリナリーもいるじゃん。ヤバイ。

「…気配殺して隠れてるしかないか…じ、自信ない…」

未だに、背後から近づいても神田を出し抜けないわたしである。
…アレンも伯爵も勘良さそうだし、見つかったらどうしよう…。
いやしかし、ここまで来て戻るなんて冗談じゃないですよ!

「…《物語》を目の当たりにする絶好の機会よ…逃してなるものか…!」

あれ? 台詞回しが悪役っぽいよ、わたし??
ふと我に返って、自分の言動に少し反省。どうも、最近言葉遣いがよろしくない。
…これはアレだね、神田の汚い言葉遣いが感染ったんだ。あ、今の台詞は神田関係ないや。

「十字架よ。アクマを破壊! 魂を――

緊迫した空気に、わたしは固唾を呑む。
…始まる。ううん、もう始まっている。既に開幕ベルは鳴らされた。

「救済せよ!!」

アレンの左腕の十字架が、輝いた。
…なんだろう。
目の前で展開される《物語》に、わたしは何故か、奇妙な高揚感さえ感じていた――

+++

「AKUMAは哀し過ぎる…この世界にあっちゃいけない!
 ――だから、破壊します」
『アレン。――お前はあの時、殺しておくべきでしタ

対峙するふたりの空気は、離れた場所にいても、肌に突き刺さりそうだった。




――その光景は、言うなれば『地獄』だった。




何度見ても、この光景に慣れる日はきっと来ない。
  (AKUMAの群を切り裂く少年を、わたしは黙って見ていた。)

「ウイルスが効かないなら、撃ち殺せば良いとでも?
 ナメないでください。さっきはジャンを庇う為に仕方なく撃たれたけれど、
 その程度のアクマの攻撃じゃ、僕は殺せませんよ」

無数のAKUMAの残骸。
  (屍の山なんて、視界に入らない。)

「対アクマ武器が発動した僕の左手は、怪力と音速を誇る。
 アクマの弾丸もその硬質なボディも、この手の前では無意味」

放っておけば、すぐに灰塵と化すことはわかっている。
  (わたしの目は、その姿に魅入られている。)


「あなたの兵器を破壊する為に存在する、神の兵器です」
『ムゥ ナマイキ。それでハ

だけど、どうしても見慣れない。
  (純粋な「ちから」は、どこまでも美しい。)

「!?」
『東の国のことわざを知ってまス?
 ヘタな鉄砲…数撃ちゃ当たル。――アクマなんてくさる程いるんですヨ

――ああ、AKUMAとは、なんて哀しい存在なのだろう。
  (この感情を支配するのは、その純粋な美しさへの憧憬。)

「ジャン! ここから離れるんだ。
 ――全部、破壊する!!」
「!」



――わたしはこの光景を知っている。
この結末を知っている。彼らの心の動きを知っている。
台詞のひとつ、彼らの行動ひとつ、ほぼ知っている通りの再現。
現実なのに、現実味がない。わたしが関わっていないから。

すっと瞼を伏せる。
聞こえてくるのは、AKUMAの悲鳴と、伯爵の笑い声と、ジャンの悲痛な声。
――そして、AKUMAを破壊する、音。

もう一度目を開ける。
街から外れたこの墓地は、この時間に訪れる者は居ない。


――戦いは、まだ続いている。

+++

「…終わった…」

飛び去って行く伯爵を見送り、わたしはアレンとジャンに視線を戻した。
アレンは出血のせいでぶっ倒れ、ジャンと言葉を交わした後、本当に気絶してる。
……いや、あれ、普通死ぬだろ。なんだあの出血量。

「…ああ、もうッ」

さすがに、あれは見てられない!
大丈夫、アレンは気絶してるし! ジャンはゲストキャラだからもう出てこないし!!

「ソルトレージュ。この街のドクターを連れてきて。出来るよね」

コムイさんに貰ったゴーレムに、わたしはそっと告げた。
ゴーレムの名前はソルトレージュ――なんか魔術的な言葉だったような気がするけど、語源は忘れた。
ソルトレージュは、すーっとどこかへ飛んでいった。わたしの言葉を実行してくれるんだろう。

「…さてとっ」

ひょいっと、わたしは塀を飛び越え、墓地に足を踏み入れた。
あちこちの墓石は、アレンとAKUMAとの戦闘で無惨にも壊れ、地面は大きく抉れている。
…ひでぇや、これ。あとでコムイさんに伝えておこう。

――はぁい、少年。お医者様がご入り用ですか?」

気絶したアレンに寄りかかって泣いているジャンに、わたしはそう声を掛けた。
ぎくりを身を固くして、ジャンは恐る恐る顔を上げる。

「え…」
「初めまして」
「…誰だよ、あんた…」

思いっきり警戒された。ちょっとショック。
まあ、さっきまで怖い目に遭ってたんだから、それも仕方ないだろう。

「神サマじゃないことは確かだね」
「は?」

目を瞬くジャンに少し笑って、わたしは気を失っているアレンの横に膝を着く。
怪我は…右腕。そう言えば、腕吊ってたっけ。これ、骨イッてるんだろうか…。

「…出血だけ止めるよ。あとは医者に任せる」
「ちょ…ッ」

手を伸ばして制止しようとするジャンを無視して、わたしはスッと手をかざした。

「イノセンス、発動」

バサ…ッ、と。
わたしの皮膚が形を変え、漆黒の羽根に変わった。
…しかしこれ、いちいち羽根出てくるのは面倒くさいな。

――癒せ、《瞬癒結盾》」

血塗れの腕を取って、わたしはその傷口に触れた。
この半年の訓練で、送り込む力を調節出来るようになった。
だから、血が止まったあたりでわたしは手を止める。

「あ、あんた…エクソ…シスト…!?」
「アレンには内緒よ、ジャンくん?」
「! な、なんでオレの名前…」

目を瞠るジャンに、わたしは笑う。
まぁ、それが普通の反応だよね。

「詮索は無し。君は怪我してないかな?」
「え…オ、オレは…」

戸惑うジャンの返事を聞く前に、聞こえた足音にわたしは視線を向けた。
そこには、白衣を着た初老の男がいて、わたしに向かって会釈する。

様」
「あ、ご苦労様。怪我人はこっちよ」

言うと、彼は駆け寄って来た。
この街に住む、教団の息の掛かったドクターだ。リナリーに聞いておいて良かった。

「ソルトレージュも、ご苦労様」

手を伸ばすと、ソルトレージュはそのまま手の上に降りた。
…ああ、可愛い。無機物でも可愛いッ。

「止血はしておいたわ。骨がイッてるみたいなんで、処置をお願い」
「はい。お任せ下さい」
「あと、こっちの少年に温かい飲み物でも出してあげて」

わたしが言うと、ジャンは弾かれたように顔を上げた。
ドクターは神妙に頷き、アレンの傷の具合を看ている。
…さて、わたしに出来ることは終わりかな?

「ま、待ってくれよ!
 ひとりで行くのか?! あんた、アレンの仲間じゃないのかよ!」

立ち去ろうと踵を返したわたしの団服の裾を、ジャンが掴んだ。
不安なのはわかるけど、わたしはここでアレンと出逢うわけにはいかない。

「ううん、初対面だよ」
「じゃあ、なんでアレンを知ってるんだ!」

なんで、って言われてもなぁ。

「知ってるもんは知ってるんですヨ」
「ふざけんな! あんた、伯爵の仲間じゃないのかッ!?」
「うわ、ムカつくなー。アレスちゃんと同じ事言いやがってこのガキ」

あ、ちなみにアレスちゃんって門番のことね。アレスティーナだからアレスちゃん。
小さく息を吐いて、わたしは団服の左胸にあるローズクロスを示した。

「この十字架で証拠にならない?」
「あ…!」
「…ドクター」

もう一度声を掛けると、ドクターは心得たとばかりに頷いた。

「はい。腕の骨にヒビが入っているようですが、命に別状はありません」
「そう。…ジャン」
「え」

今度はジャンに話を振る。
ジャンはきょとんと目を瞬かせてわたしを見上げた。
…可愛いなぁ、子供は。

「あんた、アレンの面倒看てやんなさいよ。3日くらい」
「は?!」
「わたしを伯爵の仲間と間違えた罰。っていうか命の恩人に恩を返すのは当然でしょ?」

ピッ、と指を鼻先に突きつけて言ってやる。
すると、ジャンがなんとも複雑な表情になった。

「…見てたのか」
「ん?」
「見てたのに…助けなかったのか…?」

それは、小さいけれど確かに、非難を含んだ声だった。
…ああ、これじゃあわたし、悪者だなぁ。

――ええ、そうよ」
「……ッ!!」

言った瞬間、ジャンは目を瞠り、ギリッ、と唇を噛んだ。
…まぁ、責められないだろうな。自分のせいでもあるんだから。
…別に苛める気はないんだけどなぁ…困ったなぁ、これ。

「だって、わたしはここでアレンに会うわけには、いかないんだもの」
「え…」
「だからアレンには内緒にしててね。
 医者を呼んできたのは君で、傷は思ったより大したことなかったの。OK?」
「…なんで…」

まだ何か言いたげなジャンに、わたしは緩く首を振った。
そして、ドクターを振り返る。

「それじゃ、ドクター。あとお願い」
「はい、様」

呆然と突っ立ってるジャンと、軽く会釈をしてからアレンを担ぎ上げたドクターを残して、わたしはその場を後にした。
近道知らないんだから、アレンが教団に着くまでまだ、一週間はかかるだろう。
…ん? ティムキャンピーって道知らないのか? それともわざと??
………うん、まぁ、わからないことは別に良いか。










…で、その後。


「こんな時間まで何やってたのよーーーっ!!」
「ごめんなさいごめんなさい許してリナリーーーッ!」

…リナリーに怒られたのは、言うまでもない。






出来ることから、始めましょう。



To be continued?

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