「入れ替わりの泉?」
「はい。この辺り一帯の言い伝えでございます」

車内に用意された個室。
ヴァルさんの言葉に、わたし達は顔を見合わせた。

「どういう曰くがあるものなんだ、それは」
「昔、件の泉の畔に建つ館に、ひとりの女性が住んでいたそうです。女性はとある貴族の娘でしたが母親の身分が低く、この小さな村に使用人達と住んでいたとか」

童話なんかによくある話だ。要するに愛人の子で、正妻に疎まれて追いやられたのだろう。
大抵、そういう人は幸運に恵まれシンデレラストーリーの主人公となるか、復讐に生きるか、父親の死後に正妻に殺されるか、そんな辺りがセオリーだろう。

「美しい女性だったそうですが…不治の病に侵されていたようです。ひとり寂しく死んで往くのを嘆いた彼女は、若く健康な肉体を欲しました」
「…なに、村の若い娘の生き血風呂にでも入ってたの?」

胡乱げに、わたしはとある吸血鬼の伝説を思い出しながら言った。
血の伯爵夫人,エリザベート=バートリー。永遠の若さと美を求めて、若い娘たちを惨殺し続けた狂気の美女。あれの話にちょっと似てる。

…そんな気持ち悪い話、真顔で言わないで欲しいんだけど…」
「え。ごめん、苦手だった?」

顔をしかめるラビに、わたしはきょとんとしながら首を傾げる。
そこでふと、考える。…ああ、世界観的に、リアリティはあるのかもしれない。

「そう言ったわかりやすい残虐さではなかったようですよ。彼女は数々の魔術を扱う魔女で、若い肉体を手に入れる為の魔術を泉に掛けたのだとか。以来――泉の水を浴びた者は、精神が入れ替わってしまうそうです」

そんなベタな。
そう思わず言いかけて、わたしは口を押さえた。
健康な体を手に入れるために首を挿げ替える、とかじゃないだけ幾らかマシだとは思うが、精神を入れ替えるなんてファンタジー過ぎる。…あ、ファンタジーか一応。

「精神が入れ替わる水、ねぇ…」
「何故今になってそんな話が出てきた?」
「以前から調査はしていましたが、可能性が低いと考え様子を見ておりました。しかし、最近になって泉の周辺にアクマが現れるようになったとのことです」

そう言うと、ヴァルさんは地図を広げた。
どうやら、泉周辺の地図らしい。覗き込むと、あちこちにバツ印が書き込まれていた。

「アクマの出現確認位置は、このバツ印の地点です」
「…これは」
「泉を囲んでる…?」
「その通りです。泉には近づけないかのようにも見えます」

ヴァルさんは、この調査を任せられていた探索部隊の人達が、現れ始めたAKUMAに殺されていることも語った。
AKUMAの弱点はイノセンスだ。発動中のイノセンスには近づけないから、取り囲んで様子を見ている――という可能性もある。

「…イノセンスかもしれない、ということか。もしかしたら、当時その女は適合者だったという可能性もあるな」
「適合者亡き後も、泉の中で発動し続けてる、ってことかぁ…」
「可能性としては否定出来ないさ。アクマも倒さなきゃいけないし」

わたし達は互いに顔を見合わせ、小さく頷いた。
恐らく、この時のわたし達の考えは同じだっただろう。
つまり――物を見ないことには、なんとも言えない。

「現物を調べる。ヴァル、目的地に着き次第、泉まで案内してくれ」
「はい、もちろんです。ご案内いたします」

ヴァルさんが応えたのとほぼ同時に、汽車は目的地へと到着した。
…と言っても…目的の泉まではここからが長いんだろうなぁ…車が欲しい、せめて自転車でもいい。

「…徒歩ですかね?」
「徒歩だろうなぁ」
「…どのくらいの距離だろう…」
「飛べば良いだろ。アクマの的になるかもしれねぇけどな」
「…喧嘩売ってる?」
「なんでいちいち喧嘩するんかな…」

もはや仲裁する気も起きないのか、疲れたようにラビはため息を吐く。
ヴァルさんすら、困ったように苦笑する始末だ。

「「………」」

もう一度睨み合ってから、わたしと神田は同時に顔を逸らした。
…ああ、もう、ホントに。初任務は前途多難です。



File04 災厄を招く者 ~ The 1st Night




「……着いたーーーーーっ!」

どさっ、と。わたしは手荷物を草の上に落とした。
手荷物と言っても、大したものが入っているわけじゃない。
任務先での衣食住は教団に管理されているらしく、旅行用の荷物なんてそれほど必要ないからだ。

「頑張ったなー、。よっぽど途中でおぶってやろうかと思ったさ」
「…そんなに酷かったですかわたし…」
「主に呼吸がヤバかったさ。気管の病気かと思った」
「そ、そこまで酷くないでしょ?! ね、ねぇヴァルさん!?」

慌てて話を振ったけど、ヴァルさんは困ったように苦笑するだけだ。
つまり、彼の目から見ても相当酷かった、と。無言はこれ以上ないほどの肯定である。

「おまえら、いつまで漫才やってるつもりだ」
「漫才じゃないしッ! …仲間に入りたいなら言えよ」
「…喧嘩売ってるのか?」
「そのまま返すわ」
「上等だ。買ってやる」
「暴力はんたーい」
「減らず口だけは一人前だな、馬鹿女」
「ぁんだとコノヤロウ」

ジロリ、とわたしは神田の皮肉めいた色を含む双眸を睨め上げた。
間近で見るとこれがまた、女であることを自信喪失しそうな綺麗な顔で余計にムカつく。

「…あーもー…ホントに所構わずになってきてるさー…。
なんでこんなに仲悪いのこのふたり…似たもの同士なんかなぁ」
「あの、ラビ様…止めなくてもよろしいのでしょうか…」
「いーよいーよ。どうせ本気でやり合う気はないだろうし、いつもの喧嘩…」
「神田様が抜刀していますが」
「…ってなにィッ!?」

ヴァルの言葉に、ラビがとんでもない大声を上げた。
で、時既に遅しと言うか、わたしの眼前には六幻を抜刀した神田がいるわけだ。
…なんて短気な。いくら喧嘩に王道はないとはいえ、程度の低い喧嘩に武力行使なんてあり得ない!

「ちょっと神田! あんたさすがに丸腰の女相手にそれはないでしょー!?」
「うるさい。一度切られれば大人しくなるだろ」
「一生しゃべれなくなったらどうすんの!!」

せめてもの情けのつもりなのか、神田の動きは緩慢だ。
とは言え、一般人代表みたいなわたしに神田の攻撃が避けられるわけがない。

「なんでそんな短気で物騒かなこの物騒美人さんめッ! って、うわッ?!」
「ッ?!」

いながら後ずさっていたせいか、注意が逸れていた。
手入れなんてしちゃいない、伸び放題の草に足を取られて、わたしは仰向けに倒れて――
…咄嗟に、神田の服の裾を掴んでいた。

「ちょ、待て、ユウ! には攻撃手段がな――ッ」

慌ててラビが声を上げるのと、高い水音が響いたのはほぼ同時だった。
自分でも馬鹿だと思う。泉の畔でこんな喧嘩をしていれば、そりゃ落ちても文句は言えない。

つまり、だ。
わたしと神田は、勢い余って仲良く泉にダイブしていた。

「「「「………………………」」」」

四人の間に流れる、奇妙な沈黙。
ザバッ、と水を掻き分けるように、わたしは起き上がった。
べったりと顔や腕に絡みつく、水を吸った髪が鬱陶しい。
…ん? 髪が鬱陶しい…?

「…あれ…なんでわたしの髪、こんなに長い…え?」

自分が発したとは思えない低い声に、思わず喉を押さえた。
…え? 喉仏がある??

「…ま、さか…」

恐る恐る、わたしは視線を上げた。
向かい側には、一緒に泉に落ちた神田がいるはず。
いるはず、で…

「うそ、わたしがいる!?」
「…おい…勘弁しろよ…!」

そこには、愕然とした表情でわたしを見ている、「わたし」が居た。
しかも、わたしとは思えないほど目つきが悪い。

「…あー…伝説は本当だったみたいだな…」

ラビが見てはいけないものを見たかのような表情で言って、すーっと視線を逸らした。
ヴァルさんは目を逸らしたくても動けない、みたいな顔で硬直している。

薄暗くて、水面に映っている自分の姿なんて見えない。
団服を見る。…わたしの団服はこんなに裾が長くない。
手を見る。…明らかに女の手じゃない。一見細いけれど、権を握る武骨な手だ。
いや、もう確認する必要も感じられない。だって目の前に「わたし」が居る。

「うそ…入れ替わっちゃった…」

水に浸かったまま、呆然とわたしは呟くことしか出来なかった――

+++

それから、1時間後。
ようやくショックから立ち直ったわたし達は、顔をつき合わせて唸っていた。
精神が入れ替わるとか、ベタな展開だと思っていたけど…ここまで当人達はダメージ受けると思ってなかった。
男同士、女同士ならまだ良かっただろう。男女ってところで、問題は山積みだ。そもそも主戦力の神田が戦えない現状は、非常によろしくない。全員の命の危機である。

「…要するに、もう一回泉に入れば良いんだろ?」

憮然とした表情で、神田がそう言って苛立たしげにため息を吐いた。
非常に感じの悪い自分の姿に、わたしはすーっと顔を逸らす。神田は最初から逸らしてたけど。

「…神田。わたしの顔でその無愛想な喋り方やめて」
「おまえも俺の顔で女言葉を使うな」

お互い顔を逸らしつつ会話してるのは、何か直視し難いものがあるからだ。
たかだか1時間程度で、この状況に慣れるわけもない。

「浸かり続けても現状維持のままだった、ってことはだ。多分、奇怪の効力が安定するまでに時間が掛かるんだろうな。それを過ぎれば、またあの泉の水で元に戻る…はず」
「んー…まァ、結局イノセンスの回収の為には、中に入らなきゃいけなかっただろうし…。仕方ないか。一晩経ったらもう一回試してみよう? 多分、こういうのって一晩経過ってのがベタだし」

どちらにしろ、誰かは泉に入らなければいけなかったのだ。
不慮の事故ではあるけど、別に元に戻る方法がないわけじゃない。
…一度入れ替わったもの同士は入れ替われない、なんて法則があったらお手上げだけど。無いと思いたい。

「…ちょっと、ラビ。なに距離保ってんのあんた」
「………おまえらにはわかんねぇだろうけど、この状況、それはそれは精神的に大ダメージなんさ。普通に接する自信が無い」

引きつった顔で、ぼそぼそと呟くようにラビがそう言って項垂れた。
普段の軽口も叩けないほどダメージを受けてるのか、明らかに覇気がない。
だけど、はっきり言って入れ替わってる当人達の方がダメージは大きい!

「入れ替わってる当人の方が何倍も大ダメージだよ! 何が悲しくて嫁入り前の女の子が、同世代の男と中身交換されなきゃなんないのよ!?」
、頼むからその女言葉やめてくれッ! 鳥肌立ってきたッ」
「仕方ないでしょう、中身はわたしなんだから! 慣れろ!!」
「無理! それだけは無理! の外見で中身ユウならまだ耐えられるけど逆は無理ーーーッ!」
「わたしはどっちも嫌だよ!!」

自分の顔が目の前にあるという非現実感が、言葉に言い表せないくらい恐ろしい。
かもその自分の肉体が、自分の意志の及ばない行動を取ることが気持ち悪い。

「おまえらいい加減にしろ…騒いだところでどうしようもねぇだろコレ…」
「なにその投げやりな言い方は!! 諦めたら試合終了ですよ!?」

疲れたように投げやりな発言をする神田に、わたしはビシッと人差し指を突きつけた。

「どうにもならなくても騒ぐでしょ、普通! どうでもいいことで不満吐いてたくせに、変なとこで聞き分けの良い子にならないでよ!」
「だからその言葉遣いなんとかしてくれ…」

そう言って、ラビ同様に項垂れる神田。
…わかっている。にこりとも笑わない物騒美人の神田の体で、正反対の性格をしているわたしが動いてしゃべっているなんて想像するだけで耐えがたい。
かと言って喋らないわけにもいかない。現実は小説より奇なり、現実逃避したところで現状は変わらないのだ。

「落ち着いてください、皆さん。言い合っていても解決しません」

一向に話の進まないわたし達に業を煮やしたのか、ヴァルさんが取り成すように口を開いた。

「宿を取ってありますので、とりあえず今晩はお休み下さい。部屋ももう用意されているでしょう…し…………」
「…どうしたさ、ヴァル?」
「いえ…あの、様がいらっしゃるということで、様はお部屋を分けてお取りしていたのですが…」
「「「あ」」」

確かにそうだ。エクソシストとは言え、わたしだって仮にも年頃の女の子。
切羽詰った状況でもない限り、同世代の男と同じ部屋に放り込まれたらそりゃあ困る。
でも、今は中身が入れ替わってるわけで…この場合はどうなるんだろうか…。

「……」

少しだけ、思案する。
慣れない他人の体、しかも性別まで違う。この状況下で、一晩とはいえ普通に過ごすことは出来るのか。
……いや、さすがにこれを受け入れられるほど、わたしは人間が出来ていない。
着替えや入浴はどうしたらいい。男の裸なんか見たくもないし、なにより自分の裸を見られるのも嫌だ。

「…ヴァルさん。今からふたり部屋取れますか」
「は? はい、取れると思いますが…」
「…ラビ、あんたヴァルさんと同室」
「へ?」
「わたし、神田と同じ部屋で寝るから」

言った瞬間、場の空気が凍りついた。ような気がした。

「「「……………………」」」

男三人が、緩慢な動きで顔を見合わせる。
しばらくの沈黙を経てから、ガッと肩を掴まれた。神田に。

「おまえ今さっき自分で嫁入り前云々言ってただろうが!」
「だからでしょうが! 着替えとかどうすんのよ、見られるのも見るのも嫌だよ」
「だからってなんで一緒に寝なきゃならねぇんだよ?!」
「別に同じベッドで寝るわけじゃないんだから一晩くらい我慢しなさいよ!」

なんで男にここまで嫌がられなきゃいけないのか!!
そりゃあ、わたしはお世辞にも『美少女』なんて形容詞の当てはまらない容姿だろうけど、だからと言って同室を拒否されるほど見苦しい容姿もしちゃいない。
これが教団内であればあらぬ噂のひとつやふたつ立てられそうだが、今この場に居るのは現状を把握している面々だけだ。

「っていうかコレわたしが言うのおかしくない!? わたし、滅茶苦茶譲歩してると思うんだけど!!」
「…いや、外見上は、それで正しいんじゃあ…?」

フォローにもなっていないラビの一言に、わたしはキッと眦を吊り上げる。
言いたいことはわかる。わかるけどそういう問題じゃない。

「ふざけんな! わたしの心は乙女よッ」
「俺の顔で変なこと言うな! おまえわざとやってるだろ!?」

青い顔で言われて、さすがにわたしは口を噤んだ。
……うん。言ってはいけない単語だったような気はする。乙女とか。
だけど言わせたのはそっちだし、こいつらひとの話を聞かないにも程がある。

――うるさい。ガタガタ抜かしてないで従え」
「「「は、はい…」」」

三人が声を揃えて返事を返したのを認めて、わたしは小さく息を吐いた。
ここで短気を起こしてはいけない、落ち着こう自分。まずは現状をなんとかするのが先決だ。

「…とりあえず。わたしのせいで神田がオカマのレッテルを貼られるのはさすがに忍びないので、」
「おい。その単語出すな」
「一般人の前では神田語で喋ります」
「なんだ神田語って。喧嘩売ってんのかてめぇは」
「なので神田も、一般人の前では汚い言葉を使うんじゃねぇぞコノヤロウ。次やったらこのポニテ切り落とすからな」
「……………」

笑顔で言ってやると、神田は複雑な表情で押し黙った。
見ると、ラビもヴァルさんも似たような表情をしている。何だって言うんだいったい。

「…え、大丈夫なのかソレで…」
「任せて。わたし、演技にはちょっと自信があるよ!」
「うわー、すっげ良い笑顔ー…ユウの何年分かの笑顔を見せられた気分さー…」

どれだけ笑わないんだ神田って。
と、思ってから神田を見ると、疲れたようにぐったり座り込んでいる。
…なまじ外見がわたしなものだから、なんだかとっても痛々しい。可哀そうなわたし。中身神田だけど。
まあ、この状況で普段どおりに振舞える奴の方が稀か。神田の反応は、たぶんとても普通だ。
わたしは小さく息を吐いて、立ち上がった。…神田の団服は裾が長くて動き辛い。

「よし、方針は決まった。…さっさと宿に行くか。ヴァル、案内してくれ」
「は。はいっ」

弾かれたようにヴァルさんは返事を返して立ち上がった。
わたしが歩き出すと、慌ててついて来る。
…うん、神田ってこういう感じだよね。伊達に観察してないよ、わたし。

「…すげぇ…、ユウのことよく見てんだなぁ…」
「おい、さり気なく変なこと言うんじゃねぇよ馬鹿兎」
「ダメダメ、はちゃんとオレのこと名前で呼んでくれるさ~?」
「~~~ッ」

後ろの方では、そんなラビと神田の遣り取りが聞こえてくる。
ラビがいち早く現状に慣れてきたようだ。わたしが口調を変えたからだろうか。

「おい! てめぇらなにちんたら歩いてんだ。置いてくぞ!」
ー、そこまでなりきならくてもまだ良いんじゃないー?」
「どこで誰が聞いてるかわかんねぇだろうが。念には念を入れないとな。
  …で、神田はさっきまでの勢いはどこいった? 口数が極端に減ってんぞ」
「………………不用意に喋って文句言われんのが億劫なだけだ」
「懸命な判断だな。せいぜい俺を怒らせねぇ程度に大人しくしてろ」

皮肉を込めて、神田の口調そのままに返してやる。少しは自分の口がどれだけ相手に心労を与えているか、身を持って知ると良い。
ひらひらと軽く手を振ってやってから、わたしは先を急ぐヴァルさんを追いかける。
でも、残されたふたりの会話は、意外とよく聞こえるものだ。

「…ユウ、あれが普段のおまえさ。の演技、完璧な」
「………俺が言うのは良いんだ、俺が言うのは」
「あれ、ユウじゃん」
「中身はあの馬鹿だろうがッ」

おい、誰が馬鹿ですか。
外見が変わったくらいじゃ変化のない毒舌に、わたしが小さく息を吐くのと、神田が呟いたのはほぼ同時だった。

「…災厄だ、あの女…」






ハプニングは待ってなくてもやってくる。



To be continued?

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