「…何度言ったらわかるんですか、?」
ため息混じりに、アレンはそう言って額に手をやった。
呆れたように目を眇めて、わたしを見る。
「何度も教えてますよね、僕」
「…だ、だって…出来なくても別に…」
「へぇ…?」
反射的に言い返したわたしに、アレンはゆるりと嗤った。
「僕が、わざわざ、直々に。教えてあげたことを。
…………『出来なくても別に良い?』」
声音が妙に優しくて、逆に背筋に寒気がはしる。
本能的に悟る。これは絶対、優しくない。わたしは騙されない。
「…………ゴメンナサイわたしが悪かったデス」
「よろしい」
棒読みで謝ると、それでもアレンは笑顔でそう言った。
笑顔、ってところがくせ者で、全身から滲み出るオーラみたいなのが、うん…黒い。
「じゃあ、もう一度…一から教えてあげますよ」
「うぅ…」
結構です、遠慮します。
…そう言えればどれほど良いか!!
どうにもわたしはアレンに逆らえず、いつもなし崩しに従わされる。
「まず姿勢。あと手つき。そんな逃げ腰では、ちゃんと出来ませんよ…?」
「し、姿勢とか手つきってなんか意味あんのっ?」
「当然じゃないですか。持ち方ひとつで、全然違います」
耳朶を擽る吐息に、ぞわりと妙な感覚を覚える。
耳元で囁くように言うのはやめて欲しい。っていうか、近い。近いからッ!
「はい、もう一度」
「で、でも…熱くて…」
「。…口答えするんですか」
「…ゴメンナサイ」
反射的に謝ってしまった。
だから、なんで、わたしっていつもこう…。
…良いように遊ばれている自覚はある。確実に玩具扱いだ。
わかっているのに、それでも呼び出しに応じてしまう自分に、ため息しか出てこない。
「そう。ゆっくりと、丁寧に…
――ああ、ダメですね。まだぎこちない」
「ま、まだダメ…?」
「ええ。全然、まだまだですよ。もう少し力を入れて」
そう言いながら、いきなりアレンがわたしの手を掴んだ。
唐突なその行為に驚いて、わたしの手に不用意に力がこもる。
「熱――――ッ」
「熱いッ! 零れたーッ!」
「、まずポットを置いて下さい。二次被害が出ます」
「おま…っ、他に掛ける言葉があるだろーがッ!!」
慌てて布巾で机を拭きながら、わたしはお湯のかかった指を口に咥える。
火傷したかもしれない。こんな下らないことで!
「もーーーッ、やだ! 紅茶なんてどんな煎れ方しても同じじゃんか!!」
「なんてこと言うんですか。イギリスに土下座してください」
「なんでだよッ!!」
ちょっと、そこは一応思ってなくても「大丈夫ですか」の一言くらいあっても良くない?
それが言うに事欠いてイギリスに土下座しろとは何事か!!
「だいたい、職権乱用もいいところだよ?!
なんで生徒会室にこんな本格的な紅茶セットが置いてあるんだぁッ!!」
「今が言ったじゃないですか。職権乱用って」
「そこ認めちゃうんだ!?」
職権乱用を認める生徒会長ってどうなんだろう…。
いや、そもそも、なんでわたしは、生徒会室でお茶汲み指導を受けなきゃいけないわけ…?
「…っていうか、おまえらいちいち会話がイヤラシイ」
「なんてこと言うんだぁぁぁぁッ!!」
反射的に、わたしは手に引っ掴んだ布巾をラビの顔めがけてぶん投げた。
ラビはあっさりそれを避け、いやキャッチする。腹立たしい。
「いやですね、ラビ。イヤラシイのはだけですよ」
「ちょっとちょっと生徒会長さん何言っちゃってんの!?」
「いつものことじゃないですか。何を今更」
「あー、そうなのー? ってば大胆さー」
「ちっがーーーーうッ! ラビッ、あんたいったいどっちの味方ッ?」
「え? そりゃあモチロン――」
そこで言葉を切ると、ラビは人好きのする笑顔を浮かべた。
…いい加減長い付き合いなので、この笑顔が純粋なそれでないことは知っている。
「楽しい方の味方さ!」
「よーし、歯ァ食いしばれ!」
「。ペットと遊んでないでちゃんと仕事して下さいね」
「え、ペット!? 人間外扱い!?」
「なんでわたしが生徒会の仕事をやらなきゃいけないのよ!」
「ペット発言はスルーかよ!?」
ごめん、ラビ。いまそんな些細な事に構ってる余裕はない。
詰め寄るわたしに、しかしアレンは涼しい顔でさらりと言い放った。
「なんで、って。とラビが頭は優秀だからに決まってるじゃないですか」
「あれ? 今、『頭は』ってところに妙に力入ってたよね?
気のせい??」
「他の役員も優秀な方々ですけど、人手が全然足りてませんからね」
「スルーか。スルーなのか」
本当、話聞かないのなこいつ…ッ!
思わず握った拳を震わせるわたしを横目に、ラビが首を傾げながら口を開いた。
「…それとさっきの紅茶の煎れ方講座は何の繋がりがあるんさ?」
「ああ、あれは単に僕の趣味です」
「オイコラ」
わたしはあんたの玩具ですか、ちょっと。
…と、聞いて「何を今更」とか言われたら困るから、黙っておこう。
「ま、最初の頃よりはマシになりましたよ。
紅茶の葉を急須に注がれたときは、さすがの僕も言葉を失いましたね」
「…それはちょっとどうだよ、」
「や、だって別にポットでも急須でも一緒じゃない!?」
同じお茶汲み用の食器なんだし!
そう思って言ったのに、アレンどころかラビまで、可哀想なものを見るようにわたしを見た。
「違うだろ」
「違いますよ」
「声を揃えて言わないで頂きたい。
…っていうか、なんですか。アレンはわたしに嫌がらせする為に呼びつけたのか」
「ああ、わかりました?」
「おおい!?」
「冗談です」
嘘だ。絶対嘘だ。
だって今、物凄く楽しそうに言ってた。
「依頼ですよ、『何でも屋』さん?」
「断る」
「即答ですか」
「即答ですとも」
頑なに言い放つと、何故かアレンはにっこりと微笑んだ。
…え、なんで笑顔。っていうか怖いんですけどその笑顔。
「…に拒否権があると思います?」
「え、なにその笑顔。黒っ…っていうか顔近いよ!!」
至近距離に詰め寄られ、わたしは身動きが取れなくなった。
この場でラビが助けてくれるはずもなく、軽くピンチです。
変な汗が流れた。
こ、このまま魔王モードに入られたら、ヤバイ。怖い…!
「ごめんなさい、遅くなって!」
慌てたような声と共に、生徒会室のドアが思いっきり勢い良く開かれた。
入ってきたのは、ツインテールの美少女――1年生徒会役員のリナリーだ。
「おー、リナリー。お邪魔してるさー」
「ラビ。それにも?」
きょとんとしながら部屋を見回したリナリーが、不意にわたしとアレンに視線を止める。
アレンに詰め寄られているわたしを見て、彼女は小さく首を傾げた。
「…アレンくん、何してるの? の顔色がおかしいけど」
「大したことじゃないですよ、ちょっと怖い話をしてたらが怯えちゃって」
「は?!」
「あら、そうなの? ったら恐がりね」
「えっ? ええ!?」
「そうですね。可愛いですよね」
「あぁ!?」
「うふふ、アレンくんとは仲良しね」
「えーーー!?」
わたしが言葉を挟む間もなく、アレンとリナリーの間で状況説明が終わってしまった。
しかも、綺麗な形で勘違いされたままに。
慌ててアレンの方を見れば、胡散臭いほどにっこり微笑まれた。うわ、性格悪い!
「で、とラビはどうしてここに?」
「ああ。ふたりには夏祭りの件を手伝ってもらうんです」
「そうなの? 嬉しいわ、と一緒に仕事できるのね」
にっこりと、リナリーが嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔を見て、わたしは自分がハメられたことに、気付く。
「あーー…うん、わたしも嬉しいよ、リナリー…」
…そう言う以外に、何の選択肢があったでしょうか。
+++
リナリーとふたり、仲睦まじく机に向かうを見やり、ラビは苦笑した。
隣を見れば、涼しい顔をして机上の仕事にペンを走らせる生徒会長の姿。
「…このタイミングも策の内?」
「さぁ、どうでしょうね?」
「オレまでダシに使いやがってコノヤロウ」
「それは被害妄想ですよ、ラビ?」
いけしゃあしゃあとそう言って、アレンは完璧な微笑みを向ける。
それを見てラビは、「ああ、これは女だったら誤解する。以外は」と妙に納得した。
「…っていうか、そもそもこういう回りくどいことやるから、気付いてもらえないんさー」
「放っといてください、わかってますから…」
ため息混じりに返され、ラビは呆れたように目を眇める。
そして、顔立ちだけは可愛い年下の生徒会長の顔を覗き込み、口角を持ち上げて笑った。
「おまえも大変だねぇ。同情するさー、生徒会長さま?」
「うわ、心にもないことよく平気で言えますねぇ」
「あ、わかる?」
「わかりますよ」
そこで一旦ペンを止めると、アレンは紙面から視線を上げる。
そして、どこか不機嫌そうに目を眇めて、ため息と共に告げた。
「同じ人に惚れた者同士ですからね」
君は僕の可愛い玩具。
To be continued?
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