――ああ、嫌な奴に会った。

睨み合うふたりの心中は、実はまったく同じものだった。



散々で遊んだ後、教室に戻る途中でアレンが鉢合わせたのは、ひとりの男子生徒。
…顔だけは良いが、…いや、むしろ良いのは顔だけだ――
アレンがそう評価しているのは、鬼の風紀委員長と恐れられる神田ユウその人だ。

「…一年坊主が3階で何してやがる」
「別に。生徒会室は3階ですから」

出会い頭に睨み合い、互いに不機嫌さを隠しもしないで言い合う。
挨拶のひとつもないのは、いつものことだ。

「チッ。…てめぇ、まだにつきまとってんのか」
「つきまとう? 人聞きが悪いですよ。
 神田こそ、幼馴染だからって登下校が一緒っていうのは、そろそろ卒業したらどうですか」

神田が不機嫌そうに言い捨てれば、アレンは挑発するように言い返す。
殺気にも似た空気が、ふたりの間に漂った。

「「……」」

無言の睨み合いは、ほんの数秒。
互いに目を細め、嘲るように口角を持ち上げ、にやりと嗤う。

「…おまえはいつか俺が潰してやるよ」
「…あなたはいつか僕が潰してあげますよ」

まったく同時に言い放って、ふたりは廊下をすれ違い、何事もなかったかのように進む。





――世の中には。
本当に相容れない人種というものが存在するのだと、お互いに思いながら。



BOYS & GIRLS ----- File01 ジーザス・クライスト




「ラビ、大丈夫?」
「うぅ…な、なんとか…」

白目を剥いて転がっていたラビを助け起こし、わたしは大仰に溜め息を吐いた。
ラビは運動神経においては、そんじょそこらの運動部部員とは鍛え方が違う。
そんな彼を一撃で昏倒させるのだから、やっぱりアレンは危険人物だ。いや、いっそ危険物だ。

「しっかし今日のアレンは強烈だったさー…」
「問答無用で蹴飛ばすのはどうかと思うんだよね! ホント、性根がひん曲がってるよ!」
「…おまえもいい加減気づいてやれば良いのに」
「へ?」
「なんでもないさー…」

何故か疲れたように言われて、わたしは首を傾げる。
…気付くって何にだ。

しきりに首を傾げていると、教室のドアが無造作に開かれた。
そこから姿を現したよく見知った姿に、わたしとラビは「あ」と小さく声を上げる。

「お。おはよー、ユウ」
「遅かったね、神田」
「…ああ」

一応、応えはしたものの。
入ってきた男子生徒――神田ユウは、不機嫌そうな表情で眉間に皺を寄せていた。
そして、やや乱暴な足取りで自分の席に着く。
ちなみに、わたしの隣だ。

「…あれ? なんかユウ、不機嫌じゃねぇ?」
「え、そう? 神田っていつも不機嫌じゃない?」
「それが幼馴染の言う言葉かよ。ユウが可哀相さ」
「ラビに可哀相とか言われる方が可哀相なんだけど」
「どういう意味ソレ」
「てめぇら本人前にして堂々とする話かそれは」

本人をちらちらと横目で見ながらされているわたしとラビの会話に、神田が表情を引きつらせた。
無論、わざとだ。根が単純な彼のこと、これ見よがしに話していれば乗ってくると思ってました。

「じゃ、直球で聞くけどなんかあったん?」
「…チッ。モヤシに会ったんだよ、朝から胸くそ悪ィ」
「あー…」

…戻る途中のアレンと鉢合わせたか。
要らないことまで思い出しかけて、わたしはぶんぶんっと思いっきり頭を振った。

「アレンなら朝っぱらからオレを蹴倒してにセクハラして戻って行ったさ」
「うわああああっ! 思い出させるなぁ!!」

咄嗟に、持っていた教科書でラビの頭を張り飛ばす。
ラビが頭を押さえて「何するんさ横暴なッ!」とか涙目で言ってるけど、わたしも謝る余裕がない。

「…痴漢撃退用防犯アラームでも買おうかな…」
「鳴らしたところでが悪いことになると思うけど」
「なんで!?」

それ酷くない!?
わたしだって女の子なのに!!

「よっく考えてみろ? 相手はあのアレンだぜ?」
「…それはわたしよりアレンの方が可愛いから、逆にわたしがセクハラしてるように見えると?」
「違くて。なんでそう卑屈なのこの子。
 だからさ、アレン相手ならどーせオトナは上手く言いくるめられるんさ。
 んで、翌日からは学校中の女子に総スカン食らうと」
「ああああっ! 浮かぶ! 目に浮かぶその光景ッ!!」

恐ろしい! 天使のように可愛い女の子達まで魔王の手先になってしまうなんて!!
天使の皮を被った魔王だなんて詐欺だ。そんなもんにどうやって対抗すれば良いの!

「いっそ恋人作るとかどうだろう!」
「それだけはやめとけ」
「カレシに任命された奴が可哀相さ」
「どういう意味だァ!!」

即答でふたりに突っ込まれ、わたしはバシバシッと机を叩いた。
納得いかない! 納得いかないです!
…そ、そりゃあ男にアテなんかないけどさ! なんだよ、くそー…!

「まぁ、諦めて上手く折り合いつけながら付き合ってくしかねぇさ?」
「わたしの青春はどうなるんだよぅ…」
「いっそアレンと付き合うとか?」
「わたしに死ねと? 毎日いびられてるのに、これ以上苛められて来いと??」

アレンが恋人? 始終笑顔の中身ドSが恋人?
ちょっと想像してみよう。


……
………身体も精神も保たねぇ!!

当たり前のように毎日いびられ、セクハラされ、笑顔で脅されて…ッ!
…………あれ? 今とどう違うんだ?
…あ、なんか泣きたくなってきた。

「うぅ…他の子には優しいのに、なんでわたしばっかりー…」
「あれじゃねぇ? 好きな子ほど苛めたいっていう」
「有り得ない!」
「言い切った!?」

なんで驚くのラビ!
そりゃ有り得ませんよ! 有り得ませんとも!!

思わず、わたしは椅子を蹴って立ち上がった。
そして、バンッと思いっきり机を叩く。

「有り得ない有り得ない有り得ない!! いくらなんでもそれは無い!
 人が嫌がることを強要したり度が過ぎたセクハラしたりするのに有り得ない!!」
「…おまえ普段何されてんの? っていうかどこまでされてんの?」
「聞くなァッ!!」

ああ、ほら、恐怖で顔が赤くなってきましたよちょっと!?
…これは照れじゃない。そう、恐怖、恐怖なのッ!

だと言うのに、ラビは非常に胡乱げな視線を向けてくる。
その視線に耐えきれなくなって、わたしは隣で関わりたくないと言わんばかりに視線を逸らしてる神田に抱きついた。

「神田ぁ、助けてよー!」
「引っ付くな暑苦しい! …だったら、呼ばれても無視すりゃ良いだろ。
 毎回毎回、馬鹿正直に呼び出しに応じやがって」

苛立たしげに言われて、わたしはきょとんと目を瞬かせた。

「アレを断れる人間は神田くらいだと思う」
「うん、それはオレも同意見さ」
「………」

じゃあ俺にどうしろって言うんだおまえ。
…と、神田の目が雄弁に語っていた。…ごもっともです。

「なんで目立たないごく平凡な一生徒であるわたしがこんな目にッ」
「…おまえ、本気で自分が目立たないと思ってるのか…?」

呆れと言うより、むしろ可哀想なものでも見るかのような視線が向けられる。
神田からだけじゃなく、ラビからも。

「生徒会長と風紀委員長を前にして物怖じひとつしない女、おまえとリナリーくらいさ」
「更には大層な啖呵切ったり、バケツを投げつけたりするのはおまえだけだ」
「あー、あれ面白かったな。なんでよりによってバケツだよ」
「だな。せめて鞄とか黒板消しとかあるだろ、使いやすいもんが」
「しかも水入ってたんだぜ、水! その上掃除後の水!
 直撃して無傷だったアレンも凄いけど、人に向かって投げたが凄いさ!」
「その後も酷ェもんだったな。投げ返されたバケツを蹴り返す女がいるか、普通?」
「そうそう! サッカー部が「女じゃなかったら勧誘するのに」って悔しがってたさ!
 しかもその後言い放った一言が「バケツが壊れたじゃないどうしてくれんの?!」だぜ?」
「あの場面でバケツの心配するなんておかしいだろ。しかも破壊したの自分だし」
「だよなー。あれはアレンじゃなくても怒るよなー」
「人の古傷を嬉々として抉るなーーーーっ!!」

このまま延々と続きそうな会話に、わたしは悲鳴に近い怒鳴り声でストップを掛ける。
既に充分語りぐさになっているわたしとアレンの出逢いのワンシーンだ。
今更そんなもん聞きたくない!

「悪かったと思ってるよ! それなりに謝ったよ!」
「「それなりかよ」」
「でもさでもさ、だからって会う度にさ、意味も無くいびらなくても良くない!?」

そう、きっとアレンのあれはあの時の報復なのだ。
春の生徒会選挙で、どういうわけか一年のアレンが会長に当選してから数日。
職権乱用でわたしを見つけだしたアレンは、ことあるごとにわたしを呼びつけては嫌がらせを繰り返すようになった。
一見優しそうな笑顔で脅してきたり、毒舌攻撃を浴びせたり、数ヶ月経ったらセクハラにまで発展しやがった。
バケツを投げつけたわたしも悪い。悪かったけど、何もここまでしなくても良いじゃないか!と。
…思いはするものの、怖くてそれだけは言い返せません。

「…なぁ、ユウ。あいつのああいうトコどう思う?」
「…義理はねぇが、まぁ、多少あのモヤシに同情してやってもいい」
「ちょっとなんで同情の矛先がアレンなの!?」

今度はラビと神田がわたしを見ながら、こそこそと、ただしわたしに聞こえるように言い合う。
その内容が、どーーーしても! 納得出来ない!!

「…うん、まぁ、頑張って気づけよ?」
「別に気づかなくても良いが危機感は持てよ」
「どういう意味ーーーーッ?!」

同時にそれぞれ左右の肩をぽん、と叩かれ、ますますわたしは目を白黒させる。
気付け? 危機感? どういうことさ!
困惑するわたしを見やり、ラビが呆れたようにため息を吐いてから言い返してくる。

「男の純情を甘く見んな、っつーことさ」
「あれは純情か? 言葉が泣くぞ」
「じゃ、何? 劣情?」
「殴るぞ」
「…ユウも過保護だねぇ…」

苦笑いを浮かべるラビと、どこか不機嫌そうな神田。
アレンもまったく理解出来ないが、このふたりもたまに理解出来ない。

「…も…なんなんだよ、いったい…」

なんだか、今日は朝からどっと疲れた。
ため息を吐いて、わたしは机の上に突っ伏した。


…もう、涙も出てきやしない。






そんな男心なんてわかって堪るか!!



To be continued?

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