「………」
きょろきょろ、とわたしは周囲を警戒しつつ、周囲に見知った姿が無いことに安堵の息を吐く。
…ああ、良かった。今日は無事に帰られそうだ。
「久々に平和な帰宅時間…!!」
「…何やってんですか、。空に向かって拳振り上げるとかどこの漫画?」
「ぅおう!?」
背後からいきなり掛けられた声に、わたしは拳を振り上げた姿勢で硬直した。
恐る恐る振り返ると、校門の塀に背中を預け、無駄に穏やかな笑顔でこっちを見ている生徒会長の姿が。
「ア、アレン…」
「お疲れ様。とっても挙動不審で怪しいですけど、何やってるんですか?」
…ああ、おまえがそれを訊きやがりますか。
わたしは振り上げたままの拳をゆっくりと降ろして、渋々振り返る。
どう頑張っても家に帰る為にはアレンの眼前を通過しなければいけない。
リナリーや神田程ではないにしても、アレンの脚力にわたし如きが敵うわけもなく、逃げるのは不可能だ。
「…うん。良い気分で帰宅しようとしてた。ついさっきまでは」
「露骨に嫌そうな顔しないでくださいよ腹立ちますね」
「こっちの台詞だーーーっ!!」
…ああ、神様。
わたしに安息の時間は無いんでしょうか。
「なんで家の方向逆のくせに、アレンがわたしを待ち伏せしてんのよー!?」
「失礼な。待ち伏せなんてしてませんよ、人をストーカー扱いしないでください」
「似たようなもんでしょうが!」
勢いで言った瞬間、私は慌てて口を手で覆った。…もっとも、もう遅いだろうが。
笑みを深くした目の前の見た目天使中身魔王に、冷や汗をかく。
…しまった、墓穴掘って勢い良く飛び込んだ気分…。
「…どの口がそれを言いますか。この口ですか?」
「いだだだだっ?!」
笑顔で頬を引っ張られ、わたしは手をばたつかせて抵抗する。
なんとか振り払った…と言いたいけど、これは放してもらった、だろうなぁ…。
「顔が伸びたらどうしてくれんのよ!」
「箔が付いて良いんじゃないですか?」
「どういう箔の付き方!? っていうかあんたは常に謝る気ゼロだなおい!?」
「謝る。どうして僕がに」
「おいぃぃぃぃっ!?」
その、心底不思議そうな言い方と表情は何!?
まるで無機物に挨拶しろ、って言われて首傾げてるような反応なんですけど。
わたしって人間扱いすらされてないんですかちょっと。
「…で、何の用ですか、生徒会長サマ…」
「ああ、忘れるところでした。さっきの話…夏祭りの件なんですけど」
夏祭り。
もちろん遊びのお誘いではない。
生徒会でもましてや風紀委員でもないわたしには、はっきり言って何の関係もない見回り仕事。
…愛する可愛い妹分のリナリーが居なければ、絶対引き受けたりしなかった。
そしてこの腹黒笑顔の生徒会長サマは、それをよーく理解した上で、
リナリーという最終兵器でもってわたしに無償奉仕を強要してくるわけだ。…最悪です。
「浴衣着て下さい」
「真顔でいきなり何言いやがるんですか会長サマ」
女にコスプレさせて喜ぶ趣味があったとは知りませんでした。
「違いますよ何考えてるんですか。
リナリーが着たいと言うので、も着なきゃダメです。それだけ」
「うわぁ、卑怯! それ卑怯だよ! わたしがリナリーに弱いの知ってて言う!?」
「何言い出すんですか。今更」
…いま、「今更」とか言ったぞこいつ。
もう誰でも良いから助けてくれないかなこの状況…!
「――、お前まだ帰ってなかったのか」
「神田!」
案外あっさり現れた救世主に、わたしは駆け寄る。
こいつ本当に風紀委員長ですかと訊きたくなる程、纏う雰囲気が刺々しいこの男。
根は真面目なのだが、見た目からは多分わからない。そんな誤解されやすい幼馴染みです。
「あんたタイミング素晴らしい! ありがとう愛してる!」
「ワケわかんねぇよ頭大丈夫か」
相変わらず辛辣だけど許そう。
なにせ、腹黒魔王に唯一対抗出来るのはこの無愛想毒舌サムライボーイだけなのだ…!
…むしろそんなファンタジーみたいな奴らに囲まれてる自分の人生、振り返ってみたくなった。
「…奇遇ですね神田センパイ。のストーキングてすか?」
「あ? それはテメェだろうが黒モヤシ。家の方向逆のくせに」
「アレンです。…僕は生徒会の仕事の話をしていたんですよ。君と一緒にしないでください」
「生徒会役員でもないこいつにか? それで納得しろなんざ無理な話だな」
「別に君に納得してもらわなくても構いませんが?
だいたいなんですか、ただの幼馴染みが偉そうに」
「そういうテメェはなんだ、それこそただの後輩だろ」
「……」
「……」
…なんか雲行きが怪しくなってきたような…。
「えーとえーと…わ、わたしの為に争わないで!」
「「黙れ寝言は寝てから言えよ」」
「なにそのユニゾンアタック!?」
おまえら実は仲良しだろ! なにその息の合い具合?!
「…チッ…くだらねぇ。おい、帰るぞ」
「え? あ、うん」
「話まだ終わってないんてすけど?」
「あぅ…」
どうあっても見逃す気はないらしい。…心狭い。
「しつこいんだよテメェは」
「別に神田に用はありませんどうぞ帰ってくださいひとりでね!」
「…テメェ…俺が笑ってる間にそのクソムカつく態度を改めやがれ…!」
「は? いつ神田が笑ったんですか? っていうか君、笑えるんですか?」
「…上等だこの黒モヤシ! 表出ろ!!」
「わーっ?! 神田がキレたー!!」
木刀を抜き放った神田に抱きついて、なんとか止めようと試みる。
が。短気な彼を鎮めるのは容易ではない上、わたしは武道は疎かスポーツもからっきしだ。
「なんだなんだ、喧嘩か?」
「生徒会長と風紀委員長じゃん」
「一緒に居るの、先輩?」
『あー、通りで』
一般生徒共、言いたい放題だなおい!
目立ちたくない。目立ちたくないが…うぅ…。
「おいそこの3人。やるなら人目につかない場所でやれ」
背後から掛けられた気怠げな声に、わたし達は同時に振り返った
振り返った先にいたのは、鮮やかな赤毛に端正な顔立ちの、白衣を着た男。
「クロス先生」
「げっ…師匠…」
黒の学園保健教諭、クロス=マリアン。
もともと科学教師だったのに「面倒だから」という理由だけで保健教諭をやっているという、ダメな大人の見本みたいな人だ。
…ちなみにアレンの養い親…養ってないな。保護者…というか身元保証人。
何故かアレンは彼を『師匠』と呼ぶが、いったい何の師匠なのかはわからない。
「おい、。昼休みに保健室来いっつっただろ。何してた」
「聞いてないんですけど…」
「今言った」
「放課後に言われても困る」
…少なくとも、アレンの理不尽さはこの人譲りのような気がする。
「まあ良い。これと同じもん買って来い何でも屋」
「またですか? わたし未成年だからタバコ買えな…い…」
文句を言いつつ差し出した手に、クロス先生は何かを置いた。
…それを見た瞬間に固まったわたしの反応は、年頃の女として正しいと思います。
「………いつもこんなことやらされてるのか?
やめたらどうだ、何でも屋」
長い沈黙の後、ようやく神田がそんなことを呟いた。
…いやいや。さすがにこれは初めてというか普通ナイ。
「いや、普段は違うからね。
………とりあえず訊きますが本気ですか冗談ですか」
「いつ俺が本気を出した」
「「ふざけんなセクハラ保健医ッ!!」」
わたしと神田は同時に怒鳴って、手渡されたものを思いっきり投げつけた。
あろうことか避けやがったので、学び屋にふさわしくないそれが地面に落ちた。ちょ、拾えよ!
「……師匠。このふたりは今時の高校生のくせにそっち方面は古風なんですから、やめてくださいよ。
と言うかで遊ばないでください」
「お前も玩具にしてんだろうが」
「師匠がやったらただの犯罪じゃないですか。一応女子高生ですよ」
「一応とか言うな失礼だからッ!!」
そりゃ年齢的にはもう女子高生じゃないけどさ!
だからって一応とか暴言じゃない!? セクハラの上に苛めかこの師弟!
「…神田ー、黒モヤシとセクハラ保健医が苛めるよぅ」
「お前が19歳なのは本当のことだろ」
「不可抗力! わたしのせいじゃない!」
なんて薄情な幼馴染みか。
わたしだって好きで女子高生やってるわけじゃないよ!
「…わかった、わかった。良いから帰るぞ、それで良いんだろ?」
毛を逆立てた猫のような反応をするわたしに、神田はため息混じりに言った。
言い方は腹立つが内容的に文句はないので、わたしは笑顔で彼の腕をとる。
「いえす! あんたのその面倒くさがりのくせに人が良いとこ大好きよ!」
「…わかったから引っ付くな」
必要以上にぶっきらぼうなのは、照れてるからだってよくわかっていますとも。
無愛想な割に世話焼きなんだからこの幼馴染みは。
とはいえ、帰路に着かんとするわたしを、アレンがそう簡単に見逃してくれるわけもなく。
「ちょっと、!?」
「はいはいはい! ちゃんと当日浴衣着るし見回りも手伝ってあげるから今日は帰らせろ!」
「そんなに神田と帰りたいんですか!?」
「はぁ?」
いきなり何言い出すんだろう、この子。
わたしは帰れればなんでも良いんです。
そう、今日は――
「いや、アニメの再放送始まっちゃうから」
「「「…………は?」」」
クロス先生まで唖然としてるけど、まあわたしは気にしません。
神田も足を止めてしまったので、わたしはひとり悠々と帰路に着くのだった。
忘れがちですが、彼女はちょっぴりオタクです。
To be continued?
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