…こんなはずじゃなかった。
そんなことを今更思いながら、わたしはため息を吐いた。
「なんですか、ため息なんて吐いて」
「そりゃ、無理矢理拉致られればため息のひとつも吐くよ」
「心外ですね。ご招待したんですよ」
白々しい笑顔で何を言う。
目の前の、笑顔だけは天使のように優しい人物に、わたしは引きつった笑みを向けた。
「…わたしの記憶が正しければ、校門をくぐった瞬間に有無を言わせず腕を引っ張られ、
そのままここまで連れて来られたと思うのだけどどうよ、生徒会長?」
「それこそ気のせいですよ。一緒にここまで仲良く歩いてきたじゃないですか、先輩?」
…この腹黒少年めッ!!
何か言えば倍になって返ってくる相手に、思わず舌打ちした。
「…もーいいよ、わかったよ。で、今日は何の用なの、アレン…」
「相変わらずつれないですね。と僕の仲じゃないですか」
「どんな仲だよ」
「初対面でバケツを投げつけられた仲ですかね」
「……………」
…
……
………目が笑ってません、生徒会長。
「…その節は大変失礼を致しマシタ」
「いえいえ、その縁があったおかげでタダでをこき使えるので、僕としてはプラマイゼロです」
「……………」
いや、誰も、無償奉仕なんて承諾してないんですけども。
「ん? なんですか、何か言いたそうですね?
どうぞなんでも言ってください、一般生徒の意見を聞くのは生徒会長の役目です」
「…おまえがいつわたしの意見を聞いた」
「聞いてますよ、いつも。聞き入れてないだけで」
「おまえ最低だなァ、おい!?」
あ、頭が痛い…。
不本意ながら、これがわたしの日課だった。
――、19歳。
黒の学園高等部3年所属。
委員会・部活共に無所属。無認可の『何でも屋』。
…わたしの毎日は、腹黒生徒会長に意味も無くいびられることから始まる。
「…あー…疲れたーーー…!」
「お疲れ、。朝からバテバテだなぁ」
「ラビーーー…」
挨拶もそこそこに、わたしは目の前の鮮やかな赤毛を見上げた。
「あー…今日はどっち? 風紀委員? 生徒会?」
「生徒会…」
「…ごくろーさん」
ぼそりと呟くように答えると、ラビに頭を撫でられた。
腐れ縁か、ダブってからの2年間、同じクラスに所属するこの赤毛兎、もといラビ。
彼は、わたしの苦労を唯一慰めてくれる貴重な人物である。
「…なんであの鬼と悪魔はわたしばっかり集中攻撃するのかなー…!
わたしってばこんなに目立たない、ごく平凡な一生徒なのに」
ちなみに、悪魔というのは今朝の腹黒生徒会長に他ならず。
鬼とは、この学園の秩序たる風紀委員長のことだ。
一般的な生徒であるわたしにとって、本来ならどちらもお近づきになりたくない役職である。
「…気づかないおまえも大概凄いけどな」
「何が」
「いや、別に?」
随分含みのある言い方しますね、ちょっと。
面白そうに笑うラビに、わたしはむぅ、とむくれて見せた。
「あ。さーん!」
「んー?」
後ろから声を掛けられ、わたしは緩慢な動作で振り返った。
そこにはひとりの女子生徒の姿が。
「あのね、この間頼んでた奴なんだけど…」
「ああ、あれね。はいはーい」
笑顔で応じて、わたしは鞄の中から紙袋を取り出す。
それをそのまま、彼女に手渡した。
「ありがとう! 全然手に入らなくて困ってたの」
「いえいえ、それがわたしの仕事ですから!」
にっこり笑顔で応対すれば、その女子生徒も嬉しそうに笑った。
そして、「これは少ないけど…」と言って、わたしに封筒を差し出す。
「ちょ、多いし」
「ほんの気持ちだから」
「いや、でも」
「本当にありがとう。また何かあったらよろしくね!」
そのまま彼女は、笑顔で手を振って教室を出て行った。
そういえば隣のクラスの子だったっけ…。
「…あれってこの間の? 購買の人気商品?」
「そ。通常の値段で良いって言ってんのに倍の値段払うから困ってんだけどね」
「駄賃だと思えば? 別に取り過ぎてるわけじゃねぇし」
「いや、それはそうなんだけどね?」
確かに、そうなのだけど。
別にお金欲しくてやってるわけじゃないし。
「まぁ、そういう無欲なところものイイトコロなんだろうけどねぇ」
「あはは、ありがとう。でも誉めても何も出ないよ」
ああ、もう、ホントにこいつ良い奴だ!
周囲に理不尽極まりない人種が…多くはないけど強烈なので、ラビみたいな人は貴重だ。
可愛い奴ですよ、本当にもうっ!
「――邪魔ですよ、食用ウサギ」
絶対零度の台詞とほぼ同時に、わたしの前に座っていたラビが横に吹っ飛んだ。
「うぎゅ」
「うわーっ!? ラビがーーーッ!?」
思わず椅子を蹴って立ち上がり、床に伸びてるラビに駆け寄る。
うわ、白目剥いてる!
「何度も呼んでるのに気付かないそっちが悪いんです」
「だからっておまえ一応先輩を足蹴にするとは何事ですか生徒会長ぉ!?」
見上げれば、腕を組んでわたしを見下ろしている、端正な顔と視線がぶつかった。
紛うことなき、この黒の学園創立以来始めての1年生生徒会長,アレン=ウォーカー。
朝見たばかりなので忘れるわけもない。
「以外は割とどうでも良いです」
「サラリと何を言いやがりますかあんたは!!」
聞きようによっては甘い台詞だけど、実際はそういう類ではない。
こんな誤解を招く台詞の数々で、この腹黒魔王はわたしを追い詰めていくのだ。
――こいつと出会って以来、わたしの周囲に男が寄り付かなくなったからね!!
わたしの青春ライフを返せーーーっ!
「だいたい、僕だって何度も呼んだんですよ?
それなのに呑気に別の男と喋ってたら、腹立つじゃないですか!!」
「…なんでだよ…」
もう、いい加減にして欲しいです生徒会長。
この魔王様相手ではラビなんか何の役にも立たず、対抗出来そうな風紀委員長は現在不在だ。
…いや、居たところでただの喧嘩になって、倍以上にうるさくなるだけか…。
「…で? さっきの今でいったい何の用?」
「さっき渡し忘れたものがあったんですよ。はい、コレ」
そう言って、アレンは分厚い紙束をわたしに押し付けた。
「……ナニコレ」
「見ればわかるじゃないですか」
「生徒会資料に見えるんだけど。ついでに思いっきり風紀委員って書いてあるんだけど」
「読んだままのものですけど?」
いや、なに当然のように言ってんだよこいつ。
「…わたし、風紀委員じゃないよ?」
「当たり前ですよ。が風紀委員だったら速攻潰してます、あの委員会」
「そんなにわたしが気に入りませんかこの腹黒会長。で、なんでわたしにコレを渡すの?」
冗談はさておき、これが本来誰宛のものであるかは、充分わかっている。
――神田ユウ。この黒の学園の秩序たる風紀委員長。
ついでに、わたしとは家がお隣のご近所さんだ。幼馴染とも言う。
「直接渡せば良いじゃない、委員長に」
「僕は神田と喋りたくありません」
「をいこら生徒会長」
「は『何でも屋』でしょ。それくらいやってくださいよ」
「…この横着者…!」
未だかつて、こんな下らない依頼を受けたことはない。
しかもなんですか、その当然のような顔。
ホント、腹立たしい。顔が可愛いから余計に腹立たしい。…あ、最後のあんま関係ないや。
「報酬がないと動かないよ」
「学校で商売しないでください」
「それを有効利用してるあんたが言うのか」
「じゃあ何が欲しいんですか。お金?」
「自由」
「なんですかその頭の悪い答えは。首輪をつけた覚えはありませんけど」
「ンなモン付けられて堪るかぁ!!」
しかもなんか洒落にならないから嫌なんだよ、こいつ!
その気になったら、本気で首輪渡されそうで怖いからッ!
「あのねぇ、生徒会長。世の中はギブアンドテイクよ!」
「嫌ですね、金の亡者は」
「賭けポーカーに興じてた奴が言う台詞か!」
「賭け事はお互いに金を賭ける意思があるから良いんですよ」
良くない。
良くないのになんででしょう、こっちが悪いような言い方されてませんか。
「…むしろその『何でも屋』、見逃してあげてるんですから協力してください」
「うわぁ、何様だこのモヤシっ子」
「誰がモヤシですか。よくもまぁ、それだけの罵詈雑言が休み無く出てきますよね…」
「毒舌黒モヤシに言われたくないわーッ!」
「モヤシから離れてくださいよいい加減」
どうしようもないものを見るかのように目を眇めて、アレンはこれ見よがしにため息を吐いた。
うっわ、ムカつく。本気でムカつくこの子。
「ホント、黙ってればモテるのに。一種の詐欺ですよ」
「あはははは、アリガトウでもアンタに言われると腹立つのなんでかなッ」
「の心が歪んでるんじゃないですか」
「テメェが言うか!?」
「言葉遣いも汚いですしね」
「上等だこのヤロウ。喧嘩なら買うぞ」
言った瞬間、気の抜けるチャイムが鳴り響いた。
予鈴だ。そろそろ朝のHRが始まる。
さすがに生徒会長が遅刻は出来ないのだろう。
アレンはちらりと時計を見てから、わたしの手の中の紙束を指差した。
「喧嘩はいいですから、それ、届けておいてくださいね」
「あんた人の話聞いてんの?」
「ああ、報酬でしたっけ?」
「あれ? 話戻ってない?」
「良いですよ。じゃ、前金代わりに…」
「へ?」
なに、いきなり気前良いこと言い出して。
そう言おうとした瞬間、ネクタイを掴まれて引っ張られる。
「ちょ、何す」
最後まで言うより先に、無理矢理唇を塞がれた。
いや、手じゃなくて。
口で。
「~~~ッ!!?」
「残りはまた後で?」
「こッ」
平然と微笑って言い放ったアレンに、一瞬、言葉が出てこない。
なんだ。なんなんだ。
嫌がらせにしたって度が過ぎるだろ!!
「…こンのエロ魔王ーーーーッ! 当然のような顔して舌入れんなーーーーーーぁッ!!」
怒鳴るわたしを振り返らず、アレンはひらひらと手を振って教室を出て行った。
その後、廊下に出たアレンがようやく振り返る。
そして返してきた言葉に、今日もこいつは絶好調に嫌な奴だと再認識した。
「本当に馬鹿ですね、は。
そういう反応するから、苛めたくなるんじゃないですか」
すべての非日常は、その出逢いから始まった。
To be continued?
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