「いい加減にしやがれ、この馬鹿共」
呆れたようにその一言を吐き出したのはリボーンで。
彼の前には、と獄寺が正座させられていた。
「まったく、寄ると触ると喧嘩しやがって」
「…リボーンが許可出すからだろ」
「うっせーな、ツナは黙ってろ」
「いてっ!? なんでいちいち蹴るんだよ!!」
容赦なく蹴飛ばされて床を転がりながら、ツナが抗議の声を上げるが当然のようにリボーンは意に介さない。
転がったツナを助け起こしながら、獄寺はリボーンへと向き直った。
「お言葉ですがリボーンさん! 喧嘩じゃありません!」
「じゃあなんだ」
「仲違いです!」
「同じだアホ」
間髪入れずにリボーンの蹴りが飛び、獄寺もツナと同じく床に転がった。
それを横目に眺めるは静かなものだが、表情があまり動かないため何を考えているのか、ツナには未だによくわからない。
「だいたい、今のおまえじゃには勝てねーって言ってるだろ」
「ぅぐ…そ、そんなことは」
「戦歴を記録するのも面倒だわ」
「黙ってろ爆弾女!」
「爆弾小僧に言われたくない」
「くだらねぇ喧嘩すんな」
主に喧嘩腰なのは獄寺ではあるのだが、挑発するにも問題がある。
は大雑把に分類すると雲雀と同タイプの言いたいことを基本飲み込まない上にオブラートにも包まない人間なので、超直情型の獄寺とはとことん相性が悪かった。
「ったく、しょうがねーな」
呆れたようにため息を吐くと、リボーンは睨み合っているふたりの手首に何かを装着した。
その気配の殺し方からして全く反応出来なかったふたりは、急に重みを増した自身の手首に驚いて視線を向ける。
「「?!」」
「おまえら今日一日、それ付けて生活しろ」
当たり前のように言い放ったリボーンと、呆然としているふたりの手首を交互に見て、ツナはいっそ落ち着いた声音で問いを投げた。
「…リボーン。あれ何」
「手錠だぞ。見たまんまだ」
見間違いを期待したツナだったが、本当に見たままだった。
「平然と言うなよ!? ご、ごめんふたりとも! 今外すから!」
「勝手なことすんな」
未だ状況が飲み込めていないふたりに近づくツナの手の甲を、リボーンがペチッと叩く。
間抜けな音の割に意外と痛い。
「未来のボンゴレ10代目夫人と、ボスの右腕が不仲なんていい笑い者だぞ。
手錠で繋いで共同生活でもさせれば、少しは仲良くなんだろ」
「ならねーよ! どこのマンガに影響されてんだよ最悪だよ!」
オモチャの手錠くらいなら、今のツナであれば簡単に外せるはずだった。が、触れた瞬間その頑丈さがオモチャなどではないことに気付いて渋面を作る。
リボーンが鍵を素直に渡すわけもない。となれば、鎖だけでも焼き切るか――
「言っておくが、それはツナの死ぬ気の炎でも焼き切れねーからな」
「え」
「。手首の関節外すとかベタなことすんなよ」
「う…っ」
獄寺より先に我に返ったの動きを察知して、リボーンが釘を刺す。
彼女にしては渋い表情で、は反射で動きを止めた。関節外しを躊躇いなく実践しようとする感性が色々おかしいが、生まれながらのマフィアなので今更でもある。
「ツナ。おまえはふたりの監督しろ」
「え。オ、オレが?!」
「あたりまえだ。おまえの部下と嫁だろーが」
「ちょ!? 違うよ友達だよ!!」
必死に説得しようとするツナだが、リボーンが折れることは絶対ない。
図らずしもまったく同時に、と獄寺は重いため息を吐き出した。
「…仕方ないわね。不本意ではあるけど、リボーンの指示なら従うわ…」
「…甚だ不本意ではありますが、これもリボーンさんの指示…。右腕として、10代目のお手を煩わせるわけにはいきません…」
「あんた失礼よ」
「オメーがな」
睨み合うふたりが仲良くなる気配は微塵もない。
というか、なんで受け入れているのか。
「ちょっと待って簡単に受け入れないで!?
一日中手錠で繋がってたら、風呂とかトイレとかどうすんの!?」
「「………」」
生理現象まで想定していなかったのか、ふたりは真顔で顔を見合わせた。
他人と行動を共にするような場面ではない。その上性差もある。さすがに難問だ。
「そんだけ鎖が長けりゃどうとでもなるだろ」
「ならねーよ! さんは女の子なんだぞ、少しは気遣え!!」
「ならおまえが気遣ってやれ」
「は?」
言われた意味を測りかねて、ツナは首を傾げた。
リボーンの表情はあまり変わっていないが、どことなく楽しそうではある。
「着替えの時は天幕張ってやるとかな」
「いや、…オレがやったところで意味ないだろ。オレか獄寺くんかの差でしかないよそれ」
「私はツナなら構わない」
「お願いだからもっと自分を大事にしてください」
「?」
そこで首を傾げる時点で、の価値観もだいぶ明後日の方向を向いている。
このひと情緒大丈夫なのかな、と改めて心配になるツナだったが、当人は本気でわかっていなかった。
「はからかい甲斐がねーな。
とりあえず、獄寺は一泊分の荷物持って来い」
「は、はぁ…」
「ツナ、おまえも一緒に行け」
「いいけど…なんで?」
「一応一人暮らしの男の家だからな。なんか間違いが起こったら困るだろ」
「「「ないない」」」
不仲だという理由で手錠で繋がれたふたりに、一体どんな間違いが起こるというのか。
だが取っ組み合いの喧嘩でも始められたらそれこそ一大事なので、結局、仕方なくツナはふたりに付き添うことになった。
+++
「ったくリボーンの奴…!」
「すみません、10代目…お手を煩わせてしまって」
「獄寺くんが謝ることないよ、どうせリボーンの暇潰しなんだから」
そう。結局は暇潰しなのである。もしくは仕置きだ。
ふたりの不仲はツナにも頭の痛い問題ではあるが、この方法が正しいとは到底思えない。
「…ところでさ」
「はい」
「なに?」
左右ふたりは、心底不思議そうにツナに視線を向けた。
「………オレ、この位置凄く気まずいんですけど」
ふたりに挟まれる形で、センターに置かれたツナは疲れたようにそう告げた。
に至ってはツナの腕に自分の腕を絡めて鎖を隠すように歩いているので、はたから見るとおかしな3人組である。
「だって手錠付けて歩いてるところなんか見られたくない」
「てめっ、! 馴れ馴れしく10代目と腕組んで歩くとは何事だ! 離れろ!!」
「やだ。この方が鎖が目立たない」
「お願いだからオレを間に挟んで喧嘩しないで…余計目立つから…」
頭上を飛び越えて左右が喧嘩を始めると、非常に居た堪れない。
…これ、なんの3人組に見るんだろう。いや、深く考えてはいけない。
何度言っても些細なことで言い合うふたりを都度宥めながら、若干時間をかけて3人は獄寺の住まうマンションに辿り着いた。
「そういえば、獄寺くんの家に来るのは初めてだね」
「そうっスね。すみません、10代目がいらっしゃるとわかっていれば、片づけておいたんですが」
どうぞ、と獄寺が開けた玄関を通ると、シンプルでだだっ広いリビングに到達した。
獄寺のことだからおかしなものをたくさん転がしていそうだと思っていたが、意外にも片付いている。
「…十分片づいてるけどなぁ。っていうか」
「無駄に広いわね」
「そだね」
生活感はあまりない。
獄寺も沢田邸に頻繁に出入りしているひとりなので、ここで生活する時間はあまり多くないのかもしれない。
「お茶煎れますんで、座ってお待ちください10代目!」
「あ、おかまいな」
「きゃっ?!」
「く、ってさん!! 獄寺くん、手錠手錠!!」
引っ張られたが、バランスを崩して転ぶ。珍しい光景に慌ててツナが抱き起こすが、不思議そうに振り返った獄寺は「あ」と小さく声を上げた。
「悪ィ、忘れてた」
「獄寺ぁ…ッ!!」
「お、落ち着いてさん…」
転ばされた屈辱に、目を据わらせ低い声で唸るを宥めながら、ツナは今日はこれが何回繰り返されるのだろうかと気が遠くなる思いで項垂れた。
.
.
.
「遅かったな。…なんだ、3人揃って疲れた面しやがって」
「疲れたんだよ!!」
沢田邸に帰り着く頃には、と獄寺は喧嘩疲れでぐったりしていた。
それを仲裁し、宥めるのを繰り返したツナもだいぶ疲れていたが、だからと言ってリボーンにそれが通用するわけもない。
「んじゃ、共同生活開始だぞ。
まずはふたりとも、ツナの勉強を見てやれ」
「え。そういう流れ?」
いったい何をやらせるのかと戦々恐々としていたツナは、予想外の流れに目を瞬かせた。
ふたりも同じだったようで、一瞬間を置いてからほぼ同時に立ち上がる。
「お任せ下さい10代目! オレが苦手教科を克服させて差し上げます!」
「あ、ありがと…そもそも得意教科無いけどね、オレ…」
そして、理論派の獄寺の教え方で自分はわかるだろうか。やっぱり無理かもしれない。
テンションの高い獄寺の横目に、は勝手知ったるとばかりにツナの机から教科書や、リボーンの作成した問題集の束をテキパキと選別して運んできた。
「昨日の続きからで良い?」
「あ、はい。お願いしま…」
ドサッ、と目の前に置かれた教材の山。明らかに過剰である。
普段と変わらないような表情をしているが、もしかして。
「………さんって意外と負けず嫌いだよね」
「なんのこと?」
「あ、自覚ないんだ…」
この勉強会、無事に終わるだろうか。
一抹の不安を感じるツナとは裏腹に、元凶たるリボーンは満足そうに定位置に移動して見学の姿勢をとるのだった。
+++
「……あのさぁ、リボーン…」
「なんだ?」
床に突っ伏すふたりを見下ろしながら、ツナは胡乱げにリボーンに視線を向ける。
「…家庭教師と夕飯だけで、ふたりともぐったりしてるんだけど」
「だらしねーな」
「いや、もう解放してやれよ。充分遊んだろ?」
「まだ一日は終わってねーぞ」
大騒ぎの勉強会を終え、そのまま賑やかな夕飯を終えた時間である。
延々と喧嘩し続けているふたりの様子を見るに、やはり、この手錠作戦は大失敗だ。
「だ、大丈夫です10代目…まだいけます…」
「少し疲れただけよ、まだまだ…」
「ふたりともどんだけ負けず嫌いだよ」
よろよろと起き上がる負けず嫌いふたり。
仲良くしろよ、という話だったはずだ。別に勝負はしていない。
獄寺にしろにしろ、生まれ育ちはマフィアの変人とはいえ根は善良で仲間思いだ。性格的に相性が悪いとはいえ、根本的に相入れない、までいかないはずなのになんでこうなのか。まったく解消しない問題にツナが頭を抱えていると、ノックと共に部屋のドアが開かれた。
「、居るかしら」
「ビアンキ」
「あ、姉貴…ッ」
顔を覗かせたのはビアンキで、計らずしも直視してしまった獄寺はその場に蹲った。
気を失わなかっただけ大きな進歩だが、完全に撃沈した弟にビアンキは呆れたように目を細める。
「…何してるの、ハヤト。いくらママンの手料理が美味しいからって、倒れるほど夕食を食べるのは感心しないわね」
未だに、自分が原因だと理解していない彼女である。
「そっとしておいてあげて。それより、何?」
「お風呂空いたわよ。入っちゃって」
「……お風呂」
言われた言葉を反芻して、一騒動ありそうな事態が残っていたことを思い出し、ツナは頭を抱える。本当に頭痛がしてきた。
「…最大の難関、忘れてた…」
「難関?」
「…これ」
軽く腕を持ち上げるの所作についてくるように、ジャラリと鎖が重い音を立てた。
「そういえば、そうだったわね」
「どーしよ…そうだ、ビアンキ! さんを手伝ってあげてくれない?」
さすがに、これをツナが手伝うわけにはいかない。
当人であるは平然としていそうだが、まずツナのメンタルが保たない。というかそもそも平然としないでほしい。
「構わないわよ。のことはリボーンに頼まれているし、ハヤトの姉としても傍観は出来ないわ」
「良かったビアンキが居て…」
「…でもその前に、ビアンキは何かで顔隠した方が良いわ。獄寺が動けない」
「あ」
未だに蹲ったまま動けずにいる獄寺を一瞥し、「仕方のない子ね」と言いながらビアンキは、いつものゴーグルを取りに自室へ引っ込んで行った。
+++
「…あんた達、覗いたら承知しないわよ」
脱衣所の外で待つことになったふたりに、ビアンキは真顔のままそう忠告した。
そんなことをするように見えているのなら、とんでもなく不名誉である。
「しないよそんなこと!」
「見るなら堂々と見ろ、嫁だしな」
「ちょ、バカ言うな!? さん、真に受けないでね?!」
「大丈夫。覚悟は出来てる」
「だから真に受けんなって言ってるじゃんか!! なんの覚悟だよ!!」
今即答だった。少しでいいから恥じらってほしい。
やっぱり不思議そうに首を傾げるに、「この子、変なところ天然よね」としみじみと言いながら、ビアンキは彼女を伴って脱衣所のドアを閉めた。
「オレはリビングで待ってるぞ。廊下の床は冷たいからな」
「おまえほんと自由だなぁ!?」
当たり前のように去っていくリボーンを見送り、ツナは壁に背を預けて座り込んだ。どっと疲れが全身に来る。
「…つ、疲れた…」
「…ホントすみません10代目…気力があればオレが言い返したんですが…」
「……まあ、ほら、仕方ないよビアンキだし」
これに関しては本人もどうすることも出来ない条件反射で、気を失わなくなっただけでも進歩なのだ。そこを責めるほどツナの心は狭く無い。
とはいえ、ツナに迷惑をかけたという自責の念で頭を抱える獄寺には、その態度も逆に刺さるのだが。
「…あの、聞きたいんだけどさ、獄寺くん」
「はい?」
「なんで獄寺くんは、そんなにさんのこと嫌うの?」
「…嫌いってわけじゃないです。気に入らないだけで」
「なんで?」
「…そう聞かれると言葉に詰まりますが……そうですね……
アイツは基本的には正論しか吐かないんですが、言い方が常に上からなのがムカつきます!」
それは逆恨みと言わないだろうか。
の言い方が直球過ぎて獄寺の自尊心に突き刺さるのもわからなくはないが、遠回しに嫌味のように言われた方が嫌だと思うのだ。
に悪気はない。無いから良いとは言えないが、上手く噛み合えば仲良くなれそうなんだけどなぁと思うツナである。
「…もしも、だよ?
もしもオレがその、マフィアのボス?になって、それで、さんと…け、結婚することになったら、どうするの?」
「…10代目が決めたのなら、オレはあいつをボンゴレ10代目夫人と認めますよ。
実際、代理とはいえ格式あるファミリーを率いるボスの経験を持つあいつは、将来的には10代目のお役に立つのは俺でもわかります」
理論派の獄寺らしい理由だった。
は代理とは言え、ボンゴレの同盟ファミリーを率いる現ボスである。リボーンやディーノの話によると、先代――彼女の父の代よりファミリーの規模も経済状況も上回っており、彼女が如何に規格外なのかはツナでも薄ら理解出来る。そんな彼女が次期ボンゴレボスの妻となれば、ボンゴレの未来は安泰だろう、というマフィア関係者の言葉もまあ、理解できる。
だがツナにとっては、は少し変わり者で厳しくも優しい、少し年上の少女だ。そんな付加価値で判断したくはない。
「…なんかそれってさ、…上手く言えないけど…なんか、違うんじゃないかなぁ…」
「10代目?」
「さんは確かにすごく優秀なひとなんだと思う。
でもオレたちに接してるときは…少し厳しくてちょっと変わってるけど、優しくて、良い人だよ」
マフィアとして生まれ育った彼女は、確かにたまに常識がなくて風変わりではあるが。家庭教師としての顔はときに厳しくもあるが。
それでもツナたちを、彼女にできる最大限で甘やかしているのだということに、ツナはちゃんと気付いている。
そしてそれは、常に喧嘩腰で相対している獄寺も同じだろう。
ツナにとっては既に友人、仲間のひとりだ。嫌な顔一つせずツナの家庭教師を務め、まるで娘のように奈々の手伝いをし、姉のようにランボ達の面倒も見てくれて、面倒くさいと言いながらも守護者の面々の喧嘩友達も務めてくれる。頼りになる存在である。
「…獄寺くんは友達だからさ…少しで良いから、さんとも仲良くして欲しい、かな」
「…10代目」
真剣な表情で考え込んでから、数拍。
獄寺は少し焦るような困惑したような、感情がごちゃ混ぜになった変な表情になった。
「………つまりそれは、あいつを次期10代目夫人に決めたということですか!?」
「え!? いやっ、そういう話じゃなくて!?」
「す、すみません10代目、さすがにオレもまだ心の準備が…っ」
「だから待ってその話は別! いまは分けて考えて!」
必死に弁解するツナの声も耳に届いていないのか、獄寺は頭を抱えて何か必死に考えている。
思い込んだら何をやらかすかわからないので、なんとか誤解だと伝えようとツナが慌てていると、不意に脱衣所の扉が開かれた。
「ツナ、ちょっと良い?」
「ビアンキ? 何かあったの?」
「悪いんだけど、私の部屋からバスローブを持ってきてくれないかしら。椅子の上に置いてあるわ。
手錠のせいでが上手く着替えられないのよ、湯冷めしたら可哀想でしょ」
「うん、わかった。他には?」
「特に無いわ」
「そんな雑用なら俺が!」
立ち上がろうとする獄寺に、ビアンキは軽く頭を振った。
「あんたは手錠が付いてるでしょ。を引きずって行ったら意味ないじゃない」
「あ」
「すぐ戻るから大丈夫だよ。じゃ、行ってくるね」
パタパタと駆け出していくツナを見送ってから、ビアンキは獄寺に視線を戻した。
「ハヤト。私はタオルをもう一枚貰って来るわ。…すぐ戻るから、中に入るんじゃないわよ?」
「入らねーよ!」
俺をなんだと思ってんだ、と憤慨する彼を残して、ビアンキはリビングの方へ向かっていく。
普通ならタオル類は脱衣所にあるのだろうが、沢田家は生活している人数が多い。溢れた分がリビングに置き去りなのだろう。
ひとり残されて、手持ち無沙汰になった獄寺は再び壁に背を預けるようにして姿勢を崩す。
「……別に、そこまで嫌ってるわけじゃ、ねーんだけどな…」
…考えることはそれなりにある。
獄寺から見たツナは、をだいぶ信頼しているし、実際に彼女が優秀な人間であることは獄寺も認めている。マフィアの世界で彼女は、戦闘センスにおいて100年に1人の天才とまで称されているが、事実だろう。ファミリーの経済分野を拡大させた手腕も併せて、次期ボンゴレ10代目夫人として申し分ない。
その利益を無視してひとりの人間として見ても悪くはない。どちらかと言えば武闘派ではあるが、争いは好まず平時は穏やかだ。ツナの望む環境を理解している獄寺からしてみれば、信用しても良い相手ではある。上から諭してくる態度が気に入らないだけで、好ましい人物であることはわかっていた。
「………ちょっと」
「は?」
予想外の声に、獄寺は反射で振り返る。
脱衣所の扉は開け放たれていて、そこにはバスタオル一枚巻いただけの姿でが仁王立ちになっていた。不機嫌そうに顔を顰めて。
「さっきから鎖がじゃらじゃら動いて鬱陶しいのよ、いい加減にして。少しの間も大人しく出来ないの?」
「お、おまっ…なんて格好で出てきやがるんだ戻れ!! 恥じらいはねぇのか!?」
「失礼ね。そもそも誰のせいで、」
「なんでもいいから脱衣所に戻れ頼むから!」
あまりの事態にしばらく呆然としていた獄寺は、我に返って慌てて言い募るがは自分の言いたいことを言い切るまで引っ込む気がないのか、まったく動こうとしない。
この状況をツナが見たら卒倒する。なんとか脱衣所に戻したいが触るわけにもいかず、四苦八苦しているうちにツナが戻ってきた。
「さん何やってんのそんな格好で!?」
「あ、ツナ」
「なんでこう色んなことに無頓着かなさんは! これ着て! 早く!!」
さすがに卒倒はしなかったが、慌てふためいて駆け寄ってくる。
当然、この状況で周りを正しく認識するのは難しい。
獄寺とが繋がれている鎖は、2人の距離が近いので床に雑に広がっている。駆け寄ってきたツナの足に絡まったのに気付いて、獄寺が声を上げた。
「10代目! 鎖が足に絡まってま、」
「え、ぅわっ!?」
「きゃあ?!」
が、遅かった。
鎖に足を取られたツナは、目の前にいたを巻き込んで盛大にすっ転ぶ。
「いてて…」
「大丈夫ですか10代目!」
「うん、大丈…夫…」
身を起こしたツナは、床に着いたはずの手元が固くないことに気付いて、恐る恐る視線を下に向けた。
「…ツナ、重い…」
「!?」
手錠のせいで受け身を取ることに失敗したが、ツナの下敷きになっていた。
頭はなんとか守ったようだが、その際に無理な動き方をしたのか、適当に巻かれただけのバスタオルははだけてしまっている。
数拍遅れて事態を把握したツナは――混乱極まって、そのまま気絶した。
「…え? ツナ? ツナ??
…どうしよう、獄寺。ツナが動かない」
「まずおまえは服を着ろ!! なんで平然としてるんだよおかしいだろ!?」
視線を器用に逸らしながら、獄寺は落ちていたバスローブをずいっと差し出す。
気絶した人間を乗せたまま着替えるのも難しいのよ、などとズレた愚痴を言いながらがもそもそとバスローブを羽織っていると、騒ぎを聞いて駆けつけてきたビアンキとリボーンが呆れたように目を細めていた。
「なんの騒ぎかと思ったら…」
「ラッキースケベイベントで気絶する奴初めて見たぞ。どこまでいってもダメツナだな」
「仕方ないわ、あの子にはまだ刺激が強過ぎたのよ」
ツナの意識があれば「勝手なことばっか言うな!」とでも返しただろうが。
は小首を傾げ、獄寺は疲れ切って項垂れるだけだった。
+++
「で。見たのか?」
「見っ!? ………見てない!」
「見たんだな」
「………」
嘘のつけない性格である。
自室に運ばれて、先ほど意識を取り戻したばかりのツナは、リボーンの尋問めいた質問に口をつぐんで視線を逸らした。
「責任取って結婚するしかねーな」
「いやあの、…ご、ごめんなさい…」
純然たる不可抗力である。
しかし悪気も下心も一切無かったとは言え、被害を受けたのはだ。謝る以外にどうすれば良いと言うのか。
「責任って?」
「無頓着過ぎるだろおまえ」
少し思案してから、は「ああ、」と気付いたように手を打った。
「別に減るもんじゃないし、ツナは気にしなくていいよ」
「恥じらい持ちやがれ仮にも女だろ!! 10代目のお気持ちも考えろ!」
「仮にも、ってなによ。あんた本当に今日一日中失礼なやつね」
これに関しては獄寺の方が正しいのだが、価値観の違いというかのツナに対する甘さが浮き彫りになった瞬間である。案外似た者同士なのかもしれない。
「なんだ、案外仲良くなってるじゃねーか」
「「なってません!!」」
息もぴったりである。
リボーンはどこか満足そうだが、さすがにも疲れたのか嫌そうに鎖を持ち上げる。
「リボーン、もう良いでしょ? いい加減に外して、これ」
「何言ってんだ。0時過ぎるまで一日は終わらねーぞ」
「「!?」」
予想外である。
今日やるべきイベントはこなしたはずなので、もう解放されるつもりでいたふたりはぎょっとたじろいだ。
「…一緒に寝なきゃいけないの? 獄寺と?」
「おい、嫌そうに言うな。オレだって嫌なんだからな!」
「男のあんたが嫌がるとか失礼だから。これだからお子さまは」
「てめ、今なんて言った?!」
「いちいち喧嘩しないでふたりとも!
リボーン! さすがに寝るときには外してやれよ!!」
「だって今日一日って決めたんだもん!」
「キャラ変えて誤魔化すな!! ふたりはおまえのオモチャじゃないんだぞ! オレと同じに扱うなよ!」
その言い方だと自分はオモチャ扱いに甘んじているように聞こえるが、ツナは気付いていない。
「あの、リボーンさん…さすがにオレも、コイツの部屋に入るのは抵抗が…」
「さすがにそれはダメだろ、リボーン!」
「ツナも同じ部屋で寝れば問題ねーだろ。ここで仲良く寝ろ」
「男がひとり増えるだけでなんも解決してないし! 何回も言ってるけどさんは女の子なんだぞ!!」
さっきの脱衣所ハプニングの後で、同じ部屋で寝ろと言うのか。もはやツナにとっても拷問である。
「ツナの部屋で寝ればオレも居るし問題ねぇだろ。ま、オレはおまえがに夜這いかけても止める気ねーけどな」
「しないしない! そんなことしないよ何言ってんだバカ!!」
さっきの今でその手の発言は困る。しかも本人の前だ。
ツナの過剰とも取れる反応に、リボーンはこれ見よがしなため息を吐いた。
「据え膳食わぬは男の恥という言葉があるんだぞ。ダメツナめ」
「なんで非難されるんだ、むしろここはオレの自制心を褒めるところだぞ!」
「自制心というよりヘタレなだけだろ」
「うっ…」
間違ってはいない。間違ってはいないが、そもそも恋人ですらない、『婚約者になるかもしれない』という曖昧な立場の女性に、夜這いをかけるような男は絶対ダメな奴だろう。間違いなく犯罪である。
「…よばい? 何?」
「意味は聞かないで知らないならそのままで良いから!!」
「。夜這いってのはイタリア語で言うと『Io striscio di notte』、だ」
「………なるほど。ツナ、私は覚悟は出来てる」
「だからなんの覚悟!? リボーンも余計なこと教えんな!!
…ちょっと正座してくださいさん」
「はい」
言われて、は素直にツナの前に正座した。
このひと、普段は普通なのになんでオレの前だと微妙にポンコツなんだろう…と軽い頭痛を覚えながら、ツナは噛んで含むように言った。
「さんはあくまで他所から預かっている同居人です」
「?」
「違う、みたいな顔しないで。オレの感覚ではそうなの。
……なので、間違いが起こっても大丈夫みたいな顔するの本当にやめて下さい。オレの精神が保たないので……」
「? 私はツナに従う」
「うん、だからオレの言うこと聞いてください」
「……わかった」
たぶんわかってない。
不思議そうに首傾げてる時点で、ツナが言いたいことは恐らく伝わっていない。
「…あーもー…どうしようかなぁ…」
「…待ってください10代目! リミットが今日一日、ということはつまり0時まで起きていれば問題ないんじゃあ…」
「あ。それ! それだよ獄寺くん!」
日付が変わってから、手錠を外して就寝すれば良いのだ。それならは自分の部屋に戻れる。
単純でありベストな案だ。しかし、はゆるゆると頭を左右に振った。
「何言ってるの? 夜更かしなんてしたら、ツナも獄寺も絶対明日遅刻するわ。家庭教師として見過ごせないわね」
「はァ!? オレがそんなポカやるかよ!」
「さんって、そういうところ本当に真面目だよね…」
少しばかり夜更かししたところで、そこまで起床に影響は出ない。
ツナとしては、このまま同じ部屋で寝る方が眠れない夜を過ごすことになりそうで明日に影響しそうなのだが、はわかっていないしリボーンはわかっているくせにそこに言及しなかった。
「いいからガキどもはさっさと仲良く寝ろ。遅刻はオレも許さねーからな」
それだけ言うと、ナイトキャップをかぶってそのまま自分の寝床に上がる。
そして、秒で聞こえてくる寝息。早い。
「って、早っ!? おまえが真っ先に寝るのかよ!」
「さすがリボーンさん、寝つきも早いぜ…」
「仕方ないわね…」
どうあってもリボーンが譲らないことを悟り、意識を切り替えたのはやはりが一番早かった。
「獄寺はドア側、私は窓側、ツナが真ん中」
「仕方ねぇな…変な疑いかけられるのも癪だし、それで手を打つか」
テキパキと指示を出すに対して、獄寺は渋々という体ではあるが納得はしたのか頷いた。
当たり前のように寝床の準備をし始めたふたりに、さすがにツナが声を上げる。
「いや待って? さすがに順応早過ぎない? しかもオレが真ん中なの? 川の字なの?? 結果的にオレの苦行になってるよねこれ?」
「大丈夫。私、寝相は悪くないと思う。蹴飛ばしたりしない」
「そういう話じゃないんだよさん…」
「違うの…?」
本気で寝相の心配をしていると思っていたのか。
ツナの反応に、は困ったように顔を顰めて、ぐぐっと首を傾ける。
「ツナはそんなに私と寝るのが嫌なの?」
「言い方!!! どう答えても問題になるやつだよそれは!」
ふたりきりじゃなければ良いという話ではない。
たとえ自身が気にしていなくても、一応、思春期の男女なのである。同世代の女子が隣で寝る、というだけでも普通は発生しないイベントだ。いっそ警戒して「この仕切りから先に入ってきたら殴る」くらい言って欲しい。
「でも獄寺と私が隣り合って寝るのも変でしょ」
「それはダメだよ」
「『変』じゃなくて『ダメ』なのね…」
「そりゃオメーは一応、10代目夫人候補なんだからダメに決まってるだろ」
「そ、れは、ええと、うーん…」
肯定するのも若干抵抗があるが、じゃあどうしてダメと即答したのか、という理由を説明するのは、ツナには難しかった。反射で出てきた言葉なので理路整然と説明できる自信はない。
「じゃあさっきの配置で良いよね」
「良いって言ってもダメって言っても問題があるんだよなぁ!」
「話が元に戻っちゃったじゃない。どうしたら良いの?」
「……やっぱり0時まで起きてて良いかな……」
「それはダメって言ったじゃない。それに鍵を持ってるリボーンはもう寝ちゃったわよ」
「そうだったーっ!」
ツナの声に重なるように、突然、ダァンッと響く銃声。
思わず口をつぐんだ3人は、恐る恐るリボーンの方を見た。
「うるせーぞ、ガキ共。いいから寝ろ」
「「「……はい……」」」
安眠を妨害すれば命はない――というのは、冗談でもないかもしれない。
黙々と寝床を整えて、3人は無言のまま就寝した。
+++
「10代目の健康的な生活に必要なもんは、ただ栄養素の高いお食事を摂るだけじゃダメだ」
「同感だわ。適度な運動、適度な頭の疲労、そして質の高い睡眠も不可欠。それには、適度にストレスをかけるのも必要なことね」
顔を合わせたら10秒で喧嘩するふたりが、珍しく額を集めて何かしていた。
お互いに真剣な表情である。獄寺はノートに何かを一生懸命書いているし、はそれに対してアドバイスをしているようだった。
「適度なストレスか。例えば?」
「そうね…遊ぶ時間を減らして勉強時間を伸ばす日を設けるとか」
「なるほど…」
「家庭教師として心を鬼にする必要がありそうね」
「ああ。オレも右腕として、ときに恨まれ役を務めることも辞さねぇぜ」
「なんでそこで意気投合してんの!?」
真剣な表情で何を話し合っているのかと思えば、ツナからしてみたらどうでも良い内容だった。
耳に届いた会話に思わずツッコミを入れると、ふたりは同時に振り返る。息ぴったりだった。
「先日の一件で、10代目の私生活は健康的とはいえないと感じまして。寝つきも悪いようでしたし」
「食事に関しては菜々さんに口出すわけにはいかないから、別のところで改善しようと思って。やたら落ち着きないし」
「誰のせいだと思ってんの? だいたい、普段適当な生活してるひとたちに言われたくないよ!」
一人暮らしの獄寺は言わずもがな、も集中し過ぎて飲食を忘れることも意外とある。先日それがバレて奈々に叱られたばかりだ。
「…そうね。獄寺も健康的な生活が必要よ。あんた、仮にも右腕志望でしょう」
「いや、それを言うならおまえもだろうが。仮にも10代目夫人候補だろ」
普段ならここで喧嘩になるが、今日は少し睨み合った程度だった。
それも変なところで意気投合した効果なのかと思うと、じゃああの手錠はなんだったんだという気持ちになる。
「なんか獄寺と、少し仲良くなったな」
「…できればオレと関係ない分野で仲良くして欲しかったよ…」
「いやー、それは無理だろ。あいつら、ツナのこと大好きだもんな」
「う、…それは、ちょっと、違うような…」
獄寺は確かにツナをボスとして慕っているが、はどうだろう。手のかかる弟分、くらいにしか思っていない気もするツナであるが、じゃあどう思っているのかなどと聞けるわけもないので謎のままだ。
「10代目! 見てくださいこの完璧な計画書!」
「一応ツナの意見も聞くわ、取り入れるかどうかは別だけど」
「あー、もう! はいはい、わかったから!」
仲良くしたらしたで、揃って問題児化するふたり。
リボーンの思いつきの結果は、ツナにとってはまた新しい悩みが増えただけだったような気もするが、喧嘩が減るならまあ良いかと、ツナは苦笑しながらふたりに駆け寄った。
似た者同士はよくケンカする。
END
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