※注意※ 不健全です。でも相変わらずらぶがないです。閲覧の際にはご注意を。



正常か異常かに分類するなら、彼女は間違いなく『異常』だった。
見た目だけは普通なのだから、相当性質が悪い。
…いや、こういうのは、異常な奴ほど見た目は普通なのかもしれないが。

見た目、というには御幣があったか。
表面上は、という表現の方が恐らく正しい。

実に無害な少女のような表面上。
人好きのする笑顔と、小動物のような可愛らしい仕草。
紡がれる言葉は愛に満ち溢れ、喩えるなら爽やかな青空のよう。

しかし、だ。
彼女――が、そんな人物ではないことを、平和島静雄はよく知っている。


人好きのする笑顔? 胡散臭いの間違いだ。
小動物? 冗談ではない。食虫花の方が似合ってる。
愛に満ち溢れた言葉? あいつの愛は歪んでいるし、何より言葉は薄っぺらい。
爽やかな青空のような? どこがだ。あいつに青なんて似合わない。そう、紫だな。毒々しい感じの。


…ああ、毒、か。似合ってるな。
しかも劇薬じゃなくて、徐々に侵食していくタイプの毒だ。

そうだ。
臨也の野郎は反吐が出るって表現が合っているが、こいつの場合は


「…イラっとする」
「酷いシズちゃん! 渋面で人の顔凝視した挙句にそれ!?」


そしてうるさい。
…本当に、学生時代からミリ刻みにも変わらない女だ。



正常境界




「シズちゃんが顔の割にモテないのはだね、単純にその人外魔境な力のせいだけじゃないと思うのよ。
 わかるかい? その性格に問題があるんだよ。よく言えば素直だけど無遠慮な言動とかね。
 仮にも、そう仮にもですよ?
 自分を愛していると公言して止まない見た目美少女な同級生をですよ、言うに事欠いてイラっとするって何事ですか」
「ちょっと黙れ。自分を自分で美少女とか言うな」
「え、だって美少女でしょ!」
「黙れっつったろ23歳」
「現実的な突っ込みは厳しいよシズちゃん!!」

確かに、見た目は未だ十代後半にしか見えないだが、中身は立派な成人女子である。
まだ若いと言えば、若いのだが。

「うっせぇな。…俺は仕事中なんだよ。仕事してねぇ遊び人は家に引きこもってろ」
「酷いなシズちゃん!! 世の中にはアグレッシブな遊び人だって山のようにいるのにさ!
 あと一応言うけど私は無職じゃないよちゃんと仕事してるって!」
「…そういや聞いたことなかったけど、お前、何の仕事してるんだ」
「……………………」
「なんで黙る」
「……………………」
「なんで視線逸らした今」

視線を逸らすと言うよりは顔を背けたの頭を、静雄は軽く掴んで向き直らせた。

「……またテメェは人様に言えねぇようなことやってんじゃねぇだろうなぁ…?」
「いやーっ! シズちゃん怖いよぅ! まだ何もしてないよただ実家の家業の手伝いやってるだけだよぅ!」
「あ? 実家の家業だ?」

記憶を辿るが、の実家が何か商売をしていたと言う記憶はない。

「お前、親は普通のサラリーマンと専業主婦じゃなかったか」
「うっ…あ、いや、その、祖父様と兄貴がね、うん…」
「兄貴なんていたのか」
「…はい」

何故か歯切れ悪く返してから、はとってつけたように笑った。

「…いやー、うん…あはは、シズちゃんに紹介するような兄貴じゃないです、はい」
「ま、いいけどよ。紹介されても困るし」
「それはそれで複雑な心境に成らざるを得ない一言デスネ」

少しばかりつまらなそうにが返すのと、掛けられた声のタイミングはほぼ同時だった。

「おーい、静雄。次のとこ行くぞー…って」
「トムさん」
「お。良い男」

何故か静雄にぶら下がっていると、平然としている静雄とを交互に見遣り、
トムはたっぷり考えてから躊躇いつつ口を開いた。

「…ええと…静雄、…あー…
 俺は確かに「いつか可愛い彼女が出来る」とは言ったが、女子高生に手を出せと言ったわけじゃ…」
「……………トムさん、違います。コレは彼女なんかじゃないです。
 そもそも女子高生でもないです。高校時代の俺の同級生ですから、こいつ」
「は?」

言われて、トムはまじまじとを見た。
小柄な体躯は良いとしても、その顔立ちは十代の少女のそれだ。

「シーズーちゃーん。このイケメン誰だよ紹介しろー!」
「うっせぇ!! うぜぇからぶら下るな!!
 …俺の中学のときの先輩で、今は上司のトムさんだよ」
「おお! 先輩! 上司! ときめきワードだねっ!!」

よくわからない返事を返すと、は静雄から離れてトムの前に出る。
そして、ひどく洗練された仕種で頭を下げた。

「はじめまして、と申します。
 シズちゃんがいつもお世話になってます。多分たくさんご迷惑かけてると思いますが」
「てめぇは俺の母ちゃんか」
「あだっ!? 何も撲つ事無いと思うよ!」

叩かれたは即座に抗議の声を上げたが、そんな彼女の反応にこそトムは驚いた。
静雄が如何に手加減したとしても、今のは結構痛かったはずである。
だというのに、一見小柄でか弱そうなは、割と平然としていた。

「だからねー! シズちゃんは暴力嫌いとか言いながら、すぐ人のこと撲つのが良くないんだよ!
 殴ったり蹴ったり半殺しにしたりするのは無機物か臨也だけにしなさい!
 というかフェミニストなくせになんで私のことは殴るかなッ」
「あ? テメェが女のは身体だけで中身はただの毒物だろうが」
「毒物とか言った!? しかも女なのは身体だけってなにそれシズちゃんのえっち!」
「あぁ!? 今の流れでなんでそうなった!?」

まるで子供の喧嘩である。
しかし驚くべきはそこではない。
売り言葉に買い言葉の要領で言い合ってはいるが、静雄は別にキレてはいない。

「………」
「? どうしたんすか、トムさん」
「あ、いや…珍しいもんを見たな、と」

それなりに長い付き合いのつもりだったが、案外知らない一面があるものだ。

「…静雄と喧嘩出来る女は初めて見た」
「あはは! 正直ですねトムさん!
 まー、お互いに手加減してコレなんで、酷いときはホントに酷いですヨ?」
「…ええと…静雄、いくら親しくても、女に暴力はダメだぞ…?」
「………少なくともこいつを本気でぶん殴ったり、自販機投げつけたりした覚えはねぇっすよ」

まあ、どう見たっての方がか弱い。
静雄の場合、手加減したデコピンであってもそれなりに威力がある。
トムの冗談と本気の入り混じった発言は仕方がないが、事実は少し異なる。

「ってか、酷いのはこいつの方っす。薬盛ってくるわスタンガン押し付けてくるわ…」
「どっちもほとんど効かないくせに! どうやりゃ死ぬんだマジ死ねシズちゃんの馬鹿!」
「誰が馬鹿だ。お前が死んで来い」
「シズちゃんが死んだら悦びで死んであげる。そしたら臨也の一人勝ちだねッ」
「俺の前でノミ蟲の名前を出すな」

まったく同じ会話をは臨也ともしていたが、知らない方が心の平穏の為である。

「酷いのはシズちゃんですー。いくら愛してるって言っても「うるせぇ」「うぜぇ」の二言ですよ?
 報われない愛の果てに心中しようにも、ナイフは刺さらないわ薬盛っても1時間で復帰するわ…」
「何が心中だ。お前のやってることはな、犯罪なんだぞわかってんのか?」
「シズちゃん相手なら犯罪に成りようがない。被害者が被害に遭ってないから」
「上手いこと言ったつもりか。ホントにイラッとする…」
「酷いヒドイ!」

酷いと騒ぎつつも、は始終笑顔だ。
よほど仲が良いのだろうと、トムは微笑ましい気分になった。
しかし、いつまでも眺めているわけにもいかない。今はまだ仕事の最中だ。

「静雄。そろそろ仕事に戻るぞ」
「あ。すみません。
 、お前が何しに池袋まで出て来たのか知らねぇが、夜中までふらついてないで帰れよ」
「そうだねぇ、最近は池袋も物騒だからねぇ」
「そっちの心配はしてねぇが」
「ひどい! シズちゃんのバカー! 死んじゃえーっ!」
「大人しく帰れよー」

走り去っていくの背を見送り、静雄は小さくため息を吐いた。
いつものことである。恐らく、大人しく帰らないだろうことも含めて。

「良いのか、あれ?」
「いつものことなんで。まあ、あいつは頭も切れるし喧嘩も強ぇから大丈夫です」
「は? お前でも冗談言うんだなぁ。あんなちっさい女の子が喧嘩するわけな」
「いや、実際強いですよあいつは。30人くらいなら余裕で立ち回るんじゃねぇっすかね」
「……ええと」
「どっちにしろ、俺が道路標識ぶん回してても、平気で背中にくっついてるような奴ですよ。
 よっぽどのことが無い限りは、怪我もしねぇと思います。昔っからそういう奴なんで」

度胸があるというより、既に彼女自身が人間離れしちゃいないか。
思いはしたが、トムがそれを口に出すことはなかった。彼は実に大人である。

「んー…まぁ、でもよ。そのくらいぶっ飛んでる方が、お前には合ってんのかもな」
「…はぁ…そうっすかね…」
「ほら、見た目は相当な美人じゃないか。芸能人レベルだぞ」
「本当に見た目だけっすよ、あいつは」

返しながら、学生時代の頃を振り返る。
初めて会ったときは、まぁ確かに、綺麗な女だなと思ったが。
口を開くと初めっから変人だった。そう、今も昔も変わっていない。容姿も含めて中身も。

「……………………」

余計なことまで思い出して、静雄は渋面を作った。
そして、周囲の雑踏に消される程度の声量で、呟く。
――――ああ、やっぱり、あいつは毒だ。


+++


時間は深夜0時をとっくに過ぎていた。
飲み歩く人間も、もう終電に慌てて乗り込んで一息ついた頃だろう。
だというのに、何故こいつは当たり前の顔で人の部屋の前に座り込んでいるのだろうか。
目の前の小柄な見た目少女中身成人女子を見下ろし、静雄は深々とため息を吐いた。

「おっそーい。女の子を待たせるなんてナマイキだよシズちゃん」
「なんで俺のアパート知ってんだよお前は」
「情報戦で私に勝てる人はいませんよ、っと」

どこかの情報屋のようなことを言う奴である。
一瞬ムカつく顔が頭を過ぎっていったが、とりあえず無視することにした。
そんな静雄に構わず、は腹が立つほど爽やかに微笑んだ。

「2時間待ってた女の子に、まさか帰れとは言わないよね!」
「…………」

ほとんど脅迫である。
本当に2時間待っていたのかは謎だが、意味のわからない行動は彼女の常だ。
見た目が十代の彼女が、2時間もアパートの入り口で待っていたら目立っただろう。
軽く眩暈にも似た頭痛を覚えて、静雄は渋面を作る。
とりあえずを脇に退かして、鍵を開ける。
ドアを開けて、中に入るように促すと、はきょとんと目を瞬かせた。

「あれ?」
「なんだよ。お前が言ったんだろ。入れ」
「…おう」

妙な表情をしながら、は玄関をくぐる。
しかし入ってすぐに、何故か困ったように笑いながら、静雄を振り返った。

「あっさり行き過ぎて怖いですどうしたのシズちゃん。私を家に上げるなんて鬼の霍乱ですか」
「自分をよく理解した言動だな」

さらりと返して、静雄はの横をすり抜ける。
慌てて追いかけて部屋に入ってきたは、珍しく笑顔ではなく渋面だった。
あまりに普通な静雄の反応に興でも殺がれたのか、は低く唸る。

「やっぱ帰ろうかなー…」
「終電もう無ェだろ」
「なんで知ってんの!?」

あっさり言われて、バッと反射的には振り返った。
その反応に何故か苛立ちを覚えて、今度は静雄が渋面を作る。

よぉ…お前、確か実家は秋葉原だよなぁ…?」
「そ、そうですね…っ」
「で? ここ最近頻繁に池袋に来んのはどうしてだ? 結構遅い時間までぶらついてるよな?
 確か学生の時に借りてた部屋はもう引き払ったろ…? そもそも終電に反応したんだ、池袋じゃぁねぇよな?」
「あ、あの、シ、シズちゃ、なんでそんな、お、怒って…ッ」
「怒ってない」
「怒ってます!!」
「怒ってねぇよ」
「怒ってるよ!」

いい加減、付き合いが長いのだ。
ただでさえ感情の起伏が激しい静雄の機嫌は、には簡単にわかる。
怒ってる。キレてるんじゃなくて、怒ってる!
珍しいといえば珍しい状態ではあった。
しかし妙な寒気を感じるのは気のせいだろうかとは思わず後ずさった。

「お前が自分で部屋借りるなら、池袋だろ。新羅のとこに転がり込むほど、お前は野暮じゃねぇ。
 …で、そしたらあとは限られてくるよなぁ…? 当然俺のとこじゃなけりゃ、残ってるのは?」
「……………し、新宿です」
「…なんか抜けてんぞ」
「い、臨也の、マンションです」
「…………」
「言わせといて不機嫌になるとかひどいッ」

一気に不機嫌さが増した静雄の反応に、はちょっと泣きそうになった。
普段はひたすら相手をからかったり、苛めて楽しむのが彼女の常ではあるが。
時折予想外の行動に出る静雄相手には、本当に、たまにではあるが気圧されて言葉が出なくなるときも、ある。

…まずい。
調子に乗り過ぎた。
なにか、とても、まずい状況な気がする。
なんとなくそう思って内心焦るだったが、もちろん表情には出さない。

「…なぁ、
「は、はい…? あのね、シズちゃん? 距離がね、近過ぎると思うんだよね」
「俺は昔言わなかったか? 言ったよな?」
「な、何をかな? っていうか距離感は無視ですか?」

ほとんど零距離である。
時々距離感忘れちゃう人だよねぇ、シズちゃんは。
…とでも言えばいいのだろうか。多分これも無視される。

「臨也と連むな、とは言わねぇ…いや、言いたいがお前絶対言うこと聞かねぇだろ」
「そっ、そうだね? シズちゃんが臨也を殺したいほど嫌いなのは知ってるけど、
 でもね、私と臨也はホラ、トモダチだからさ!」
「ほー…?」

何故、ここでよりによって臨也の話題を出さなければいけないのか。
臨也の名前を聞いただけで不機嫌になる静雄の前で!

「テメェは相変わらず、そのカテゴリ『トモダチ』と馬鹿なことやってるわけだな…?」
「ば、馬鹿なことってなんだろうか…」
「なんっで、テメェはまどろっこしい言い方しか出来ねぇのかなァ…?」
「奥歯にモノが詰まったようなこと言ってんのはシズちゃんだろ!?
 なんで怒ってんの? ねぇ!? 私、シズちゃんの気に障るようなこと何かした!?」

怯えるというよりは狼狽えるに、静雄は苛立ったように息を吐く。
どんな状況でも、自分相手に怯えない女なんて、こいつだけだろう。
そんなことを考えながら、静雄はの小柄な身体を持ち上げてベッドの上に放り投げた。

「あれ?」
「するぞ」
「…はい? 今なんでそういう流れになりました?」
「黙れ」

短く告げて、白い首筋に噛み付くように口づける。
いや、ほとんど噛み付いたという表現の方が正しい。

危機感を覚えたというよりは、居心地の悪さを覚えては身じろぎした。
されるよりする方が好きだと豪語するように、は相手に主導権を握られるのは好きではない。
常に優位でありたい彼女にとって、この状態で事に及ぶのは避けたい。なんとしても。

「ちょ、シ、シズちゃん! するのは良い、別に構わない!
 でもなんていうか、怖いよ? どうした!? 表現するなら喰われるって感じ!?」
「あー、そうかもなー」
「え、マジで喰われる!? ちょっと落ち着こうよ、なんで勝手にスイッチ入っちゃったのシズちゃん!!」

悪あがきとわかりつつ、じたばたと藻掻くがこの体制ではあまり意味がない抵抗だった。
藻掻いている間に、徐々に衣服は剥がされていく。
しばらく会わない間に、何があったら唐突にこんな展開を引き起こすようになるんでしょうか。
なんだこの展開。予想外過ぎる。

無駄に体力を浪費してから、はようやく抵抗を諦めた。
なんだかよくわからないが、性欲は感情ではなく本能だ。スイッチが入ったら止めようがない。
そもそも、こんな時間に部屋に上げさせたのは自身だ。
状況は気に入らないが、すること自体は構わないのである。なのでまず、彼女がやるべきはひとつだった。

「ま、待って…待って、ちょっと待って!」
「あ?」
「生はダメ! ゴム付けろ!!」

いったい、この局面でこんなことを言い返す女がいるか。

「………」
「………」

しばしの沈黙を破ったのは、心の底から吐き出されたため息だった。

「…萎えること言う女だよな、ホントに…」
「いや、萎えないでしょソレ…っていうか重要なことじゃないか。
 シズちゃんの精子強力そうじゃん、絶対生でやったら一回でも孕む」
「真顔で言うな」
「重要だよ。冗談じゃないって!! ご利用は計画的にが鉄則だよ!」
「あー、わかった。わかったよ」

差し出された手を見下ろし、は渋面を作った。

「…何、その手」
「持ってんだろ。出せ」
「………………………はぁ?」
「だから、持ち歩いてんだろ。俺は使わねぇから持ってねぇよ」
「………」
「………」

相手が何を言わんとしているか理解して、は眩暈を覚えて頭を抱えた。
ああ、なるほど。そうですか、そういうことですか。

「…シズちゃんってば最っっ低だな!?」
「結局何言っても怒るのかお前は」
「怒るだろ! これ怒るとこだろ普通に考えてさぁ!?
 ナニソレ、後先考えずに突っ込もうとしたわけ? ホントに孕んだらどうする気だったんだ!」
「責任の取り方くらい知ってる」
「責任より先に私の同意を取れよまずは!!」

一息に怒鳴り返して、は泣きそうになった。
非凡な人間は面白いですね。予想外と言うかむしろ空気読めだよちくしょう。

「ホンットにさぁ…シズちゃんはさぁ…」

あんまりな事態に、思わず空気読めと言おうとしては口をつぐんだ。
それを言ってしまうと、まるで普通の恋人同士のようだ。そんなものは互いに求めちゃいない。
なので、は代わりに詰めていた息を吐き出しつつ、
床に放り投げられていた手荷物の中から目当てのものを取り出しながら、ある意味彼女らしい言葉を返した。

「…も、いいよ。さっさと付けてちゃきちゃきヤんぞ」
「……。お前、全然成長しねぇな」
「なにっ……んッ!?」

失礼な言葉に眦を吊り上げて視線を向けると、顎を掴まれて強引に口づけられる。
一瞬完全に言葉を失い、は固まった。
必死に言葉を探すが、なかなか気の利いた台詞が出て来ない。

「い、いきなり、何すんの…」
「テメェはよ、昔っから…余裕持たせるとクソ生意気で可愛くねぇよなぁ…」
「は、はぁ…?!」
「だから、」

顔の両脇に、手を着かれて閉じ込められる。
ああ、これじゃあ舌先三寸で言いくるめて逃げるのも不可能だ。
おバカ様の癖に、勘だけはとんでもなく良い。野生の勘というものだろうか。
ああ、腹立たしい! と、が内心歯噛みした瞬間、爆弾発言が投下された。

「こういうことしてるときは、余計なこと喋ってねぇで俺の下で啼いてろ」
「い…ッ!?」

なんてシズちゃんらしくない台詞!
照れれば良いのか慄けば良いのか、よくわからない状況だ。

「シ、シズちゃん? なんでそんなにがっついてますか? 高校の時に関係切ったのシズちゃんの方だったよね!?」
「ああ。臨也と女を共有するなんて冗談じゃねぇ。胸糞悪い」
「色んな意味で酷いこと言ってる!」

胸糞悪い、が掛かる言葉が恐らく「臨也と」なのが酷いと思う。
確かに、彼らのどちらかと恋人になろうと思ったことはには無い。
どちらも大好きだが、それが恋愛感情ではないことは、彼女自身がよく理解していた。
仮に。そう、仮に、だ。
彼らがそういう、明確な「恋人」という関係を望んできたとしても、彼女は笑顔で切って捨てただろう。
しかし同時に、彼らが「」という毒薬にも近しい存在に、
そんな甘やかなものを求めるわけがないことも、彼女は理解している。

しかし、だ。
好きだとか愛してるとか、そういうもの以外にも、あるのだ。厄介なものが。
決してそういう甘さを彼女に求めやしない彼らが、恐らく持ち得る唯一と言って良い厄介な感情。
「執着」。
それを向けさせるのは彼女の実験でもあったが、こういう執着を望んだわけではない。

…訊きたくないので言葉には出しませんがね、シズちゃん。
今の発言を鑑みるに、君が執着しているのは「」ではなく「折原臨也」じゃないですか??

この腸が煮えくり返りそうな今の感情を、恐らく友人である新羅に吐き出したとしても、返る言葉は予想がついた。
「自業自得」。…ああ、笑顔で言いそうだあの陰険メガネ。

「それでもな、

死なない程度のギリギリの力加減。
その加減の仕方を教えたのはで、きっと一生彼はそれを引きずるだろうなと彼女は思う。

よく考えれば、可哀想な話だよねぇ。
この先彼が誰かを好きになったとしても、この「毒女」の姿が脳裏にちらつき続けるんだろう。
初めての相手ってのは、それが良い思い出であれ悪い思い出であれ、忘れられないって言うからね。

かくいうも「初めて」はとても面倒くさい人物を指定してしまったので、恐らく一生忘れないだろうが。
その相手は笑顔で「初めて? さぁ、覚えてないね。とりあえず人間だったよ」とのたまう変人だ。
相手が美人か不美人か、年上か同じ歳か年下か、果ては女だったか男だったかも覚えていないらしい。
そういう意味では、静雄は思考回路は常識人だ。時々それが厄介だが。だからこそ、は願う。
…じゃあいっそこいつを彼女にすればいいとか、彼が単純に思ったりしていませんようにと。



――俺はお前と違って、お前としか出来ねぇんだよ」



なんでそんな、傷ついた顔してるんだよ。
怒る気も失せるとは、このことだろう。

「…それは、それは。
 こんな最低な毒女にとっ捕まって災難だね、シズちゃん。ご愁傷様です」

ようやく言葉を返して、小さく息を吐き出す。
自動喧嘩人形に好き勝手やらせるのは、命の危険を伴うのだが。
まぁ、さすがにもう良い歳したオトナだ。理性くらい保てるだろう。
内心の危惧など欠片も見せず、は目を細めて薄く嗤う。



「…ヤり殺さないでね、シズちゃーん?」



傷を抉るように嗤いながら、は冗談めかして言い返した。






異常な日常の中で、正常なんて探すもんじゃない。



END

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