「…なんであんたの部屋には監視カメラが付いてるわけ? 最悪だよ」
「仕方ないだろ、自宅兼事務所なんだから。
寝室には付いてないんだから文句言うな居候」
居候にしては態度のでかい相手に、臨也は面倒くさそうに返した。
対するは、あくまでもマイペースにごろりとシーツの上を転がる。
「いいけどさぁ、臨也の家だしー。
まあ臨也はいつ刺されてもおかしくないから、仕方ないよね」
「…確かに俺もそれは自覚してるけどさ」
職業柄、あるいは性格的に臨也には敵が多い。
言われるまでもなく、セキュリティには念を入れている。しかし、だ。
「男女が寝室でするような話かな、これ」
自分の隣で、当然のような顔をして寝転がっているを一瞥して、臨也はため息を吐き出した。
『口さえ開かなければ。』
誉めているのか貶しているのかわかりづらい、そんな評価を受ける人間がたまにいる。
いま、同じベッドの上でじゃれ合っていたふたりは、まさしくそれだった。
互いに顔は良い。
端から見れば『良過ぎる』。
月並みな言い方をすれば『美男美女』だ。腕でも組んで街中を歩けば、羨望の眼差しを向けられるだろう。
だが口を開けば、その印象はがらりと変わる。
もちろん、マイナス面において。
「は本当に、顔に似合わず貞操概念無いよね」
「あんたが言いますか!
あるよあるよ、臨也としかしてないよ!」
「ホントかよ…シズちゃんは?」
「や、来神時代に怒られたからそれ以来は何も」
「…なんかそれ聞くと俺ってばロクデナシみたいだねぇ」
「臨也は来るもの拒まずじゃないの」
「一応好みはあるよ?」
「ほほう? じゃあ私は臨也の好みなわけだ」
悪意を隠そうともしない、声音と笑みである。
そんな彼女を見下ろしながら、臨也は少しばかり思案し、口を開いた。
「…勃つもん勃つんだからそうなんじゃない?」
「最低だなあんたは」
「君が言うなよ」
最低具合では、実にお互い様なふたりである。
自覚がないのか、或いは自覚を持って言っているのか、は首を傾げながら言い返した。
「私の何が悪いわけ?」
「悪いとは言わないさ。っていうか、俺が言えた義理じゃないだろ?」
細く白い、の首に口付けを落しながら臨也は会話を続ける。
「俺は人間が好きだから、セックスに関してあらゆる意味で偏見はないよ。
確かに来るもの拒まずだった時期もある。
でも飽きちゃったんだよね…2、3回目までは何かしらあってもそれ以降は変わり映えしないから」
相当酷いことを言っているが、自覚はあるのだろうか?
相変わらず腐った思考回路だな、と呑気に思いながら、は両腕を臨也の首に絡めて彼を引き寄せる。
「でもは、する度に違う顔を見せるから面白い。
君のことは嫌いだけど、君とするのは嫌いじゃ無いよ。むしろ好きだ」
「最低な口説き文句だなぁ」
「口説いてないからねぇ」
至近距離で喋られると、吐息がくすぐったい。
それ以前に、赤く花を散らせているのは想像に難くない自分の上半身に、
明日は外出られないかなぁなどと彼女は考えていた。
「…あのさぁ臨也くん。よく嫌いな相手に痕なんて付けるよね。嫌がらせ?」
「そうだよ。噛み痕付ける女に言われたくないな」
確かに、噛み痕を付けたのはが先だ。先なのだが。
負けず嫌いにも程がある。
ああ、こいつ面倒臭いなぁと思いながら、は少しばかり腹が立って彼の髪を引っ張った。
「痛い。たまにで良いから大人しくしててよ」
「うるさい。大人しくしてると好き放題やるから嫌だ」
「君に言われたくないなぁ…」
「っていうかあんた実は私のこと好きだろ」
「だから、君は嫌いだけど君とするのは好きなんだってば」
「2回も言った!」
「そもそも、好き嫌いと性欲は別物だよ、ちゃん」
「む。確かにそうだ。特に男は本能の生き物だからねぇ」
「そういう意味では、の感性は男寄りだね」
「あー」
確かに、と頷いて彼女は真顔でさらりと言い放つ。
「私、されるよりする方が好きだしねぇ」
「それが女の台詞かよ」
一応そう返しはしたが、あまりにも心当たりがあり過ぎて、臨也は僅かに頭痛を覚えた。
「ホント、君は変な奴だよね。
見た目だけなら綺麗なのに、中身は変人だ。面白いけど」
「臨也に言われたくないな。見た目綺麗なのに中身は真っ黒。面白いけど」
言い合って、ふたりは見つめ合う。
というより、睨み合っているという方が正しい。
「…お互い様か」
「ね。腹立つわー、愛してるよ臨也。だから死んで?」
「君が死ねば良いよ」
端から聞けば、酷い会話の応酬である。
学生時代からなんとなくこんな関係を続けてきたふたりだが、俗にいう甘い雰囲気というものになった試しが無い。
性格のせいと言うよりは、会話のせいだろう。
…いや、更に言うならお互いに性癖のせいかもしれない。
「…臨也はさぁ…いつも前回と違うことをするから、正直こっちはドキドキですヨ? 今日は優しーね」
「そう? まあ今日はくだらない恋人ごっこも悪くないかなと思ってね」
「ときめかないなー」
「残念だよ。もしそうなったら指差して笑ってやったのに」
「ああ、うん。意地でもときめかねーわ」
悪意しか見当たらない笑みで言われて、は同種の笑みを返した。
「…私が臨也相手にときめくとしたら、臨也を泣かせてる時かなぁ」
「それはときめくとは言わない。ホントに変態だな君は」
嫌そうに顔をしかめた臨也に、はにやりと口角を持ち上げて嗤う。
「あー、いつだっけ? 臨也がしばらくショックで口利いてくれなくなったやつ」
「ああ…あれね…。
足でやられた時は君が真性の変態だと確信したね。
いつか殺すと決めた瞬間だったよ。あと口利かなかったのは怒りでだショックでじゃない」
あまり変わらないだろう、それは。
そんな感想を内心呟きながら、は愉快な思い出の次に控えた嫌な記憶まで思い出して顔をしかめた。
「…報復にローター突っ込まれた時は殺そうかと思ったね。
あの流れで無機物突っ込むとか有り得ない死ねば良いのにこの陰険野郎」
「お互い様だと思うけど。むしろ君より優しいよ、俺は」
「どの口がそれを言いやがりますかね」
苛立ち紛れに、は力任せに臨也の後頭部を抱き寄せ、うるさいとばかりに彼の口を塞いだ。
今度は呼吸を奪い合う口づけの応酬が始まる。
馬鹿らしいが、ゲーム感覚でしかないふたりにはこれが正常だ。
「…なんでこーゆーことしてるのに、甘い空気の欠片も出ないかねぇ」
「愛がないからだろうねぇ」
「いやー? 逆に愛があるからかもよ?」
呼吸を乱したまま、そう言っては艶然と微笑んだ。
「どういう見解?」
「例えばアダムとイヴの話をしよう」
語る口調は厳かだが、表情は楽しげだった。
まるで歴史の教科書のような言い回しで、彼女は語り出す。
「彼等は人類最初の番いである。
だが彼等には感情も知識も無く、互いに決められたから一緒になっただけである」
「…まあ確かに愛はないな」
「違うよ臨也。この時点では彼等には愛がある。神サマの溢れんばかりの愛がさ」
「神サマねぇ」
「だが彼等は愚かにもその愛を失い、楽園を追放される。
その後は本能に従い、互いに交わり子孫を残していくわけだ」
「そう繋がるわけね。
なに、俺と君とでアダムとイヴとでも言うつもり?」
「まさか!」
とんでもない、とでも言いたいのか、即答で彼女は否定する。
だが次に飛び出してきた言葉は、予想外も良いところだ。
「イヴはあんただよ」
「はぁ?」
「私はね、」
笑いながら、は腕を伸ばした。
白い指先が、臨也の唇をなぞる。
「イヴを誑かす蛇だ」
艶を含む吐息で囁くように、告げられた言葉。
「…は。なるほど」
本当に、面白い。
彼女へ正当な評価を送り、臨也は笑う。
「君らしい」
「アダムは誰だろうねぇ。シズちゃんかな?」
「あんな化け物アダムなんて御免被るよ」
そして恐らく、たぶらかされているのは臨也というよりは静雄の方だろう。
いや、そもそも――蛇というよりも、彼女は禁断の果実そのものの方が、相応しい。
「だからね、私達は愛し合ってるんだよ!」
「はいはい。君の高説はなかなか興味深いけど、俺は愛してないからね」
「またまた」
不意に、は身を起こして臨也の肩を掴む。
そのまま力を込めれば、別段抵抗する気もない彼との位置が入れ替わった。
臨也を見下ろしながら、は彼の顎を指で掬うように持ち上げ上向かせる。
そして、彼女は艶を含んだ笑みを浮かべながら言った。
「――愛してるって言ってごらん?」
まるで脅迫のようだな、と。
可愛らしさの一切を消した微笑を見上げ、そんなことを考えながら彼は口を開く。
「死んでも嫌だ」
組み敷かれたまま、臨也は笑いながらそう返した。
無神論者の戯言。
END
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