「そう言えばさ、セルティは覚えてるかな?
って女の子」
『確か…新羅の高校時代の同級生じゃなかったか?
よく静雄や臨也と…えーと…じゃれていたから、覚えてる』
精一杯のオブラートに包んで表現したであろう返答に、新羅は苦笑した。
じゃれていたと言えば微笑ましいが、あの3人の間に飛び交っていたのは「死ね」「殺す」若干1名「愛してる」、だ。
静雄と臨也の喧嘩に喜々として飛び込んでいくという女は、相当飛んでいたというか物好きだった。
しかし怪我こそすれ病院送りにならなかったあたり、頑丈なのか要領が良いのか。
『それで、彼女がどうかしたのか? ここ数年程、姿を見ていないが』
「ああ、うん。なんか帰ってきたらしいよ。さっき本人から連絡がきた」
『そうなのか? どこに居たんだ?』
「さあ…? 相変わらず馬鹿みたいなテンションで一方的に喋って電話切りやがったからね彼女」
新羅にしては、随分と毒の含まれた言い方である。
『仲が悪かったようには見えなかったが?』
「ああ、別に仲が悪いわけじゃないよ。ただ彼女は面倒くさいだけさ」
『面倒くさい?』
「うーん…なんて言えば良いかな…。まあ僕に直接被害があるわけじゃないんだけどさ」
少しばかり思案すると、新羅は何かを思いついたのか両手を打った。
「簡単に言えば、女版折原臨也?」
『ごめん、気持ち悪い』
「いや、そういう意味じゃなくね。
臨也と違って質が悪いのは、どこまでも悪気が無いことかなぁ…」
まあ、静雄と臨也に対しては悪意ありそうだけど、と。
なんとも曖昧に、新羅は苦笑する。
しかしセルティの記憶では、なる人物は、小さくて可愛らしい少女だったと思うのだが。
「見た目だけは無害なんだけどね、ラフレシアみたいな子だよホントに」
『ラフレシア?』
「食虫花のこと」
食虫花って。
女性に対する形容詞としては、あまりに可愛くない。
「あの子、ホントに質悪いんだよなぁ…
あの妙な実験やめてくれたかな…いや、それなら今更戻ってこないよなぁ…」
『実験?』
「人の感情を意図的に操作出来るかの実験。主に恋愛感情」
『…それはまた』
なんと言って良いかわからなくなって、セルティはそれだけしか返せなかった。
「おかげで彼女がいると、臨也と静雄の間に妙な緊迫感がはしるから勘弁して欲しいよ」
ただでさえ犬猿の仲なのに、と。
そうため息混じりに呟くが、実際、新羅は彼等に対して傍観者であることを徹底している。
怪我の治療はするが、それはそれだ。止めようという気は毛頭ない。
だがしかし、彼女――が絡むと、それがシャレにならない方向に向かっていきそうで、
さすがの事なかれ主義な新羅であっても、友人達を心配せざるを得なくなってくる。
高校時代のとある光景をまざまざと思い出し、新羅はため息を吐き出した。
「…月並みだけど、彼女みたいなのを「悪女」って言うんだろうねぇ…」
「は? 池袋に部屋を借りる?」
唐突な訪問者の、これもまた唐突な報告に、臨也は携帯を操作しながら返した。
「君は秋葉原に家があるだろ。って言うか降りてくれないかな邪魔だよ」
「いやだって遠いんだよ、秋葉原から池袋はさぁ」
「知らないよ、昔は通ってただろ。
あといい加減に俺の話聞いてくれないかな。邪魔だから降りろ」
「じゃあとりあえず臨也は携帯弄るのやめようか」
臨也の持つ携帯に、は手を伸ばす。
単に押しやるだけなら可愛いものだが、
油断すると叩き折ったりするような女なので、臨也は自分から携帯を閉じた。
「……だからさ。
1Rの狭いアパートじゃないんだから、なんで俺の上に座るかなちゃんは」
「この室内で最高級の椅子だからだよ!」
「それ褒めてるの? 馬鹿にしてるの?」
じとりと睨まれ、は口角を持ち上げてにやりと嗤う。
その笑顔に、「ああ、今日もこいつは絶好調に嫌な奴だな」と臨也は実感した。
「…ねぇ、私もう帰って良いかしら。
バカップルの馬鹿な会話聞いてるとさすがにイライラしてきたわ」
「いやちょっと待て波江。今の発言には色々訂正を要求する特にバカップルとか」
「…膝に女の子を座らせながら言えた台詞かしら。端から見たらあなた危ない人よ」
「違うから! これは座らせてるじゃなくて乗られてる、が正しい!
あと見た目こんなだけどこいつは俺と同じ歳の成人だから!」
「端から見たら、って言ったじゃない」
にこりとも笑わない波江の言う通り、
パソコンの前に座る臨也の膝の上には、当然のような顔をしてが座っていた。
完全に椅子扱いを受けている臨也は、頭を抱えながら重苦しくため息を吐く。
「…ホントいい加減にしてくれないか…色々耐えられない」
「押し倒すのは波江さんが帰ってからにしてね」
「違う。俺と会話しろ」
そもそも、上に乗る意味がわからない。
臨也の事務所兼自宅であるこのマンションは広い。
当然、一応仮にも旧友である彼女は客なのだから、ソファにでも座ればいい。
だというのに、何故当たり前のように人を椅子扱いしているのだろうか。
「まあ波江さんに臨也がどう思われようがどうでも良いのでさっさと池袋の良い物件を教えなさーい」
「俺は情報屋であって不動産屋じゃない。自分で調べろ」
どうせ用件はそんなことじゃないに決まっている。
苛立ちながらも、無意識にが落ちないよう支えている辺り、
相当毒されているが臨也本人は気づいているのかいないのか。
「じゃあシズちゃんの家に住むー」
「なんでだよ」
「ここでも良いなら新宿でも構わないよ近いし」
「…別に良いけど」
「え、良いの?」
話を振っておいてその反応はないだろう。
一拍置いてから、は子供のように喜びながら臨也に抱き着いた。
ますます身動きがとれなくなった彼に突き刺さる、冷たい視線。
「……」
「ちょっと波江、その冷たい視線は何」
「…いいえ? あなたの家だし、好きに使えば良いと思うわこれだから男は」
「最後のが紛れも無く本音だろ!」
確かに、見た目は女子高生中身成人女性のを自宅に住まわせる、というのは知らない奴が聞けば確実に誤解を生む。
だがしかし、そんな侮辱をしかも一応部下から甘んじて受けるわけにはいかない!
「なにやらかすかわからないし、どうせ秋葉原に帰れって言っても聞かないだろうし、
下手に野放しにして色々邪魔されちゃ堪ったものじゃない。だったら目の届く場所に置いておいた方がマシってだけだ」
「「言い訳?」」
「なんで意気投合してるんだよ腹立つな」
言われて、波江とは顔を見合わせた。互いに無自覚だったらしい。
自分は女難の相でも出てるんじゃないだろうか。
そんな馬鹿みたいな結論に至り、臨也は軽く自分が嫌になった。
「…だいたい、もそのつもりでここに住ませろとか言ってるんだろ?」
「話が早い人は好きよ」
満面の笑顔である。
これが純粋な笑顔なら、可愛いのだが。
実際には、悪意と好意を足して割ったような器用な種類だった。
「OK、それで君が俺の邪魔をしないでいてくれるなら、安いもんだ。
好きなだけ居ると良いよ。ただし、宿代代わりに俺の手伝いくらいはしてもらう」
「はい! 掃除・洗濯・炊事に夜のご奉仕まで、臨也の毎日をサポートしまーす!」
「頼んでねーよ。そろそろ馬鹿なことしか言わない口は閉じようかちゃん」
勢い良く返したの頭を、臨也は即座に張り飛ばした。
しかし対するはけろりとしていて、痛がる素振りすら見せない。どうやりゃ堪えるんだこの女。
「だからツンデレはシズちゃんだけで良いって」
「ホントに君は俺の話聞かないよね」
いい加減、返す臨也の声には諦めが滲みはじめている。
「まあ家事全般やるっていうなら止めないよ。俺から見れば才能の無駄遣いだけどね」
「じゃあ夜の」
「そういう気遣いも要らないから。…自分から言い出すあたり相変わらず変人だよね、君」
「臨也に変人とか言われた!」
「どういう意味だ」
確かに自分が真っ当ではない自覚がある臨也だが、彼女には言われたくない。
まさにお互い様だ。
「…鬱陶しい感じに仲良しよね、あなた達」
「それ褒めてないよね?」
「ええ、誉める気はないわね」
素っ気ない波江の返答に、は臨也の服の裾を引っ張る。
「どうしよう臨也! 私これ嫌われてるっぽい!」
「波江は大抵、誰に対してもこんなだよ。弟くん以外にはね」
「誠二とその他を同列に扱う道理がないわ」
さらりと言い放たれた言葉に、はきょとんと目を瞬たかせた。
「ああ、なるほど。波江さんはそういうヒトかぁ」
「何よ」
「いやいや、愛って素晴らしいよね!」
場違いな程、満面の笑顔である。
こういう反応が返ってくるとは思わず、一瞬、波江はたじろいだ。
「、妙な癖は出すなよ。
ただでさえどろどろぐちゃぐちゃでキモチワルイ状態なんだから引っ掻き回すな」
「あなたに言われたくないんだけど」
気がつけばまた、のペースに巻き込まれつつある。
自分らしくないわね、とため息と共に吐き出して、波江は退出する旨を雇い主へ告げる。
は気づいていないようだが、臨也は疲れたように軽く手を振って彼女を見送った。
「それ逆に興味をそそられるなぁ」
「ちょっとパソコン見えないからどいてくれ、。あと首にぶら下がるなうざい」
「ウザヤにうざいって言われた!」
「その呼び方やめろ」
言ってから、ああシズちゃんみたいなこと言っちゃったなぁ、と臨也は内心苛立った。
が、そんなことはの知ったことではない。
「あれ。波江さんは?」
「君が騒いでる間に帰ったよ」
「あれれ。これ確実に嫌われてない?」
「はいはい、次会ったらとりあえず謝ってみたら良いよ。
俺は忙しいからちょっと大人しくしててくれないかな」
が来ると、作業が捗らない。
いつものチャットルームに入ろうとして、ふと臨也は手を止める。
にこのチャットルームを晒すのを、一瞬危惧したが――相手は《人間コンピュータ》だ。
ハッキングもクラッシュも自由自在。今更だろうと思い直す。
その手のスキルは臨也にもあるが、のそれとは比べるまでもないことを、彼は実によく理解している。
彼女がその気になれば、このチャットルームは即座に発見されるだろうし、
管理者である臨也の組んだセキュリティなど、それこそ壁にもならないだろう。
「…あんたパソコンが恋人みたいだね! 私とパソコンどっちが大事なのよ!」
「情報」
「わかってたけど斜め上の回答で即答とか酷過ぎる!
少しは悩めよ殺意沸いたわ!」
「俺のことを理解してくれてて嬉しいよ、ちゃん」
「せめてこっち見て言えよ!」
「わかったからどいてよ」
さすがに、いつも笑顔のも、つまらなそうに目を眇めた。
楽しいことをこよなく愛する彼女にとって、退屈は毒だ。
その瞬間には、の笑顔にも不機嫌さが滲み出る。
「あーあー愛を感じないなー! いーざーやーくーん」
「無いものは仕方ないと思うんだよね俺」
「……私がシズちゃんに付いたら、困るのは臨也だと思うんだよね確実に」
「………」
ぼそりと呟かれた不穏な一言に、臨也は一切の動きを止めた。
「………ちゃん?」
「臨也の思考が読めるのは私だけだろうし?
臨也の理屈が通用しないのはシズちゃんとかサイモンとか?
まあサイモンとかは臨也に対してもある程度は温厚だけど、シズちゃんは臨也見て反射でキレるし?」
今、確実には機嫌が悪い。
思わず表情を引き攣らせる臨也に、はゆらりと微笑んだ。
そして彼女は、非情な選択肢を提示する。
「私とシズちゃんが組めば、臨也には最高の嫌がらせよね?」
「……………わかった。好きにしなよ」
「さすが臨也! 計算高いわねっ」
「…俺がこう返すとわかっていて、それを言う君は相当質が悪い」
は普段はただの変人だが、その策士としての頭脳は、臨也も認めるところだ。
静雄の能力は言わずもがな。このふたりを同時に敵に回す程、臨也は自分を過大評価してはいないし、
手を組まれたら確実に勝ち目はない。ふたりが本気ならばそれこそ殺される。
今の流れでわかる通り、は言葉や行動、状況で相手の感情をある程度思うように動かすことに長けている。
自身もそういった行動を好む臨也にとって、は非常に厄介だった。
「そうだね。理解した上で踊らされるのと、
理解する前に踊らされるのは気持ちの面で違うわよね」
そう。確信犯なのだ、彼女は。
臨也なら「気付いた上」で、「踊らされることを選ばざるを得ない」と、わかっていて仕掛けてきている。
だから彼は、精一杯の虚勢で笑みを浮かべ、言葉を吐き捨てた。
「……嫌な奴」
「あんたのそれは同族嫌悪よ?」
「わかってるよ…だから腹が立つんじゃないか」
機嫌を直したのか、は臨也の反応を楽しそうに眺めている。
まったく、実に性格が悪い。
お世辞にも人に好かれるような人格ではない。
人をオモチャにして楽しんでいるのだから、外道と呼んでも良い。
だが何故か、付き合いは未だに続いている。単なる腐れ縁だと思いたい。切に。
「ホント、君は俺かシズちゃんで遊んでる時が一番活き活きしてるよ」
「そりゃあもう。だってふたりとも愛してるもの!」
「……絶対、はろくな死に方しないと思うね」
「あはは! 何言っちゃってんの臨也くん!」
何がそんなに楽しいのか。
きゃらきゃらと笑うに、臨也は胡乱げな視線向ける。
彼女は笑いながら、身を乗り出した。
ちょうど臨也の肩に顔を埋める位置で、はにやりと歪な笑みを浮かべて言い放つ。
「「私達」が、ろくな死に方するわけないじゃない」
「…ごもっとも」
そう笑いながら返すと、臨也は首筋にちくりと僅かな痛みを感じた。
痛みの正体は明白だ。思わず、臨也は今度こそ呆れてため息を吐いた。
…普通、噛み付くか? 恋人でもない相手に。
「…ああ、そうか。君は普通じゃなかったね」
「平然としてるあんたも普通じゃないと思うよ」
「なるほど。じゃあ、お互い様だ」
答えて、臨也は小柄な彼女の身体を自分の首筋から引き離す。
そして、互いに奪い合うように唇を重ねた。
視線を絡める暇さえ無く、どちらが仕掛けたのかすら曖昧な状況。
言葉を紡ぐ唇を互いに戒め、まるでこの瞬間だけは情熱的な恋人同士のように。
だがそんなものになった覚えは互いに無く。
女は非凡な人間を愛し、男は人間すべてを愛している。ただ、それだけ。
指を絡めて、口付けて、舌を絡めて。まるで貪り合うように。
視線が絡まらないのは意図的な行動なのか、はたして。
「…さて。お互い色っぽく仕上がったところで提案です、臨也くん」
「はいはい。俺で良ければ好きに使ってくれ」
じゃれてくる相手に、気紛れを装って触れ合いながら。
臨也は苦く、言葉を吐き出した。
『ああ、こいつ面倒くさい。』
END
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