※注意※ 甘さの欠片もございません。歪んでますから。閲覧の際にはご注意を。



ああ、今日の池袋は平和だったなぁ、と。
赤く染まる空を見上げながら、平和島静雄はしみじみと思った。

今日の取立てはスムーズに済んだし。
キレなかったし。つまり街を壊していない。
ノミ蟲もとい折原臨也も、池袋に現れていない。
今日以上の平穏な一日があるだろうか。良いことだ。


そんなわけで、彼は非常に機嫌が良かった。
だが、しかし。
嵐の種は、彼目掛けて今まさに驀進中だった。



幸福論議




「シズちゃんみーつけたっ!」
「は? ぅあ?!」

いきなり、何かが降って来た。
結構な高さから落ちて来たらしいそれを、反射的に静雄は受け止める。

普通の人間なら、怪我は免れない…と言うより生死に関わるような状態だが、
幸か不幸か静雄は普通ではない。多少の痛みは感じつつも、それだけだった。
勢い良く人の上に降って来て、尚且つその上に鎮座している不届き者は何だ、と。
静雄が鋭く睨めつけると、彼に馬乗りになっているのは小柄な少女だった。

長い黒茶の髪を背に流した、酷く可憐な『少女』。
一見すれば、それはよくある少女小説の出会いのシーンかもしれない。
…が、しかし。事実は小説より奇なりだ。
普通の少女なら上から降って来たりしないし、
普通の人間ならそれを受け止めて怪我ひとつしないわけがない。

そもそも、静雄は自分に馬乗りになっている少女が、
実際には『少女』ではないことを知っている。

「……お前……、か?」
「3年も会ってないのにわかるなんて愛かしら!
 そもそもあの高さから飛び降りたのにそれを受け止めて尚且つ無傷って何?
 どうやりゃ死ぬのよあんたの身体は! ああもうシズちゃんわけわかんない大好き愛してる!」
「だぁぁぁぁッ、うるせぇ!
 相変わらずうぜぇな、お前は! 降って来たのがお前だとわかってりゃ避けてたわ!!」
「やーん、ひどぉーい。幼気な女の子になんて暴言」
「幼気? 今年幾つだお前。言葉の使い方間違ってるぞ」
「何言ってんのシズちゃん! 私は永遠の18歳だよ!!」
「…俺はたまにお前とノミ蟲野郎が印象被って殴り殺したくなるんだが。少しは自重しろ」
「臨也と一緒かー。微妙な気分になるねぇ」

私、あそこまでうっかりさんかなぁ、と。
割と真剣にため息を吐くに、いやお前、それは違うだろうと内心で突っ込みを入れる静雄だった。
昔から、このという外見だけは可憐な女は、話の論点がズレまくる変な奴だ。

「…で。いつまで乗ってんだ、降りろ」
「えー? 可愛い女の子に乗られるなら男としては本望でしょ?
 大丈夫だよ、外見10代だけど私はシズちゃんと同じ歳だから犯罪じゃないよ!」
「アホか。…昔から思ってたんだがな、

のほほんと笑うにため息を吐いて、静雄は上に乗った彼女の華奢な体を横に下ろした。
そして、本当に軽く、撫でるくらいの力で彼女の頭を小突く。

「お前はもっと自分を大事にしろ」
「ほぇ…」

一瞬呆けたように静雄を眺めてから、は満面の笑顔になった。
そして、押し倒すかのような勢いで静雄の首に抱きつく。
といっても、相手が静雄なので押し倒すことはなかったが。

「うっかりときめいちゃったわよもうっ、この天然タラシめ!
 大好きだよ愛してるよシズちゃん! 今すぐ殺したい!!」
「お前は本っ当に言動が不安定な奴だな、昔から」

「好き」「愛してる」、そういう言葉と「殺したい」「死んで」が一緒に飛び出してくるその感性。
これで折原双子姉妹のように狂ってるのかといえばそんなこともないので、本当に不安定な言動だ。
だがキラキラと目を輝かせながら言ってくるので、悪意を感じないのもなんだか厄介だった。

「シズちゃんも「うるせぇ、うぜぇ」って言う割には、
 私にこうやってぶら下がられても文句言わないとこ、変わらないねぇ」
「…まぁ、お前はちっせぇから、そこまで邪魔でもねぇしな」
「おおい! 私そんな小動物サイズじゃないですヨ! シズちゃんがデカイだけだって!!」
「いや、確かに俺は身長高い方だが、お前は確実にちっせぇだろ」
「いやいやいや! 平均的だと自負してるよ!」
「…なぁ。平均的って、小さいんじゃねぇのか?」
「……………おお」

ぽむ、とは手を打った。
平均以下より大きいとしても、平均とは可もなく不可もなく。
つまり結果的に収まるポジションは「小さい」だ。何も変わらない。

「しっかし…お前、全然学生の頃と変わらねぇな。
 ここ3年くらい音信不通だったが、何やってたんだ?」
「樹海で迷子になってた」
「…………」
「…………」
「…お前、よく無事で」
「いやあの、ごめん、マジで受け取らないで私が悪かった」

そこは突っ込むところだよ、シズちゃん。
少し困ったような表情でそう返して、は気を取り直すように咳払いをする。

「うん、まぁ、色々あって東京からは離れてた。
 連絡しなかったのはごめん、電波届かなかったんだわ」
「海外にでも行ってたのか?」
「あー…海外っちゃ海外かなぁあそこ…」

海の外と言えば外だよねぇ、と。
よくわからないことを言いながら、は首を傾げる。

「…また妙なことに首突っ込んでるんじゃねぇだろうな」
「あれ。私ってば信用無い??」
「無い」
「即答した!」
「あると思ってんのか。学生時代の自分を振り返れ」

言われて、は自分の胸に手を当てて思案するそぶりを見せた。

「…至って善良な可愛い女子高生でしたが何か!」
「本気かよ。臨也は会う度に殺したくなるが、お前は10回に1回は殴りたくなるな」
「え。それ、結構多いよね?」

だいいち、静雄に殴られたらどっちにしろ死ぬだろう。
もちろん、簡単に殴られるような奴ではないのが、このという女なのだが。

「…お前は素直なのか馬鹿なのか、あるいはその逆なのかわからねぇよな」
「え、至って素直よ? 単に普通の人間に興味ないだけで」
「…………」

さらりと返された言葉に、静雄は渋面を通り越して、嫌そうに顔をしかめた。
なんとも素直なその表情変化に、はケタケタと笑う。

「うわぁ、シズちゃん嫌そうな顔! まるで物凄く遠くから臨也を見つけたときみたい!」
「あのノミ蟲と思考が同じ自覚はあるんだなお前」
「正確には同じではないけどね、近い自覚はあるよ!
 どっちかが影響受けたのか、もとからなのかはわからないけれど」

静雄と臨也の関係が非常に険悪であることを知りながら、それでも彼女は気を使う素振りを見せない。
むしろ、嬉々として怒りを煽るであろう言葉を吐き出す。

「感情的な意味なら、シズちゃんと臨也も似た者同士だと思うけどねぇ」
。俺が笑ってる間に謝っとけ」
「やーね、怖いこと言わないでシズちゃん」

そこで笑うのもどうかと思うが。
『決して喧嘩を売ってはいけない、池袋最強の男。』
静雄がそう呼ばれる理由を正確に理解しつつも、平気で彼を怒らせるのは、臨也とくらいだ。
しかし何故かのそれは憎めない。殴りたくはなるが、殺意は沸かない。
悪気があるように見えないせいだろうか。実際には悪意の塊だが。

「それはあれだ、シズちゃんが私のこと大好きだからだよ!」
「…心の声と会話すんなよ」
「否定しないところにシズちゃんの愛を感じる」
「ねーよ。寝言言うな」
「酷いなぁ」

いったい、どういうときにこいつは表情を変えるのだろうか。
何を言っても、種類は多種多様に変化するとはいえ、笑顔しか浮かべない女。
昔から寸分違わない、その容姿だけは恐ろしく端麗な彼女に、静雄は苦い表情を作る。

「シズちゃんには、私くらいがちょうど良いと思うよ?」
「なんでだよ」
「だって壊れにくいもの」

酷く歪な、それでいて慈愛に溢れた微笑を前に、静雄は一瞬、動きを止めた。
そんな彼の変化を受けて、は唄うように言葉を続ける。

「シズちゃんと、遠慮無く本音で言いたい放題言い合えるのも。
 シズちゃんと本気で喧嘩出来るのも。
 本当はシズちゃんが暴力嫌いで、女子供にはすごく優しいのを知ってるのも、私だけ」

そして、にやりと、口角を持ち上げて嗤う。
正反対に位置するはずの、悪意と好意を足したような、器用な笑み。

「ホラ、シズちゃんが安心して傍に居られるのは、私だけだ」
「…だから、それは」

それを彼女に言われたのは、実際、初めてではなかった。
高校時代に出会って、その頃から既に、は幾度と無く同じような言葉をぶつけてきている。
本人曰く「愛の告白」である、慈愛と悪意に彩られた、感情を抉る残酷な言葉。

「わかってますって。シズちゃんってば奥手で硬派だもんね!
 あーあ、どうしたらシズちゃんは私のモノになってくれるのかなぁ。こーんなに愛してるのにねぇ」
「…知るかよ」

吐き出すように静雄が返した言葉に、しかし彼女は笑う。
楽しそうに、嬉しそうに、それはもう、場違いなほどに美しく。

「シズちゃんは典型的なツンデレだよね! 可愛いなぁ、大好きだよ!」
「はいはい、ありがとよ」
「酷い反応だな!」
「お前の言葉は薄っぺらい」

視線を逸らす静雄に、は何を思ったのか。
小さく、満足そうに微笑んで。
ふわりと軽い足取りで静雄の眼前に近づくと、スッと彼の頬にその小さな両手を添えた。

「そんなことないよ。
 そう聞こえるのは、シズちゃんがそう望んでるからだ」
「……………」

口付けをねだるような、距離。
浮かべる笑みは可憐なのに、酷く歪だ。
そして、吐き出す言葉は、柔らかく、意味深だった。

「じゃ、今日はシズちゃんの顔も見られたし帰ろっかな!」
「…おい、

いきなり静雄から離れると、は軽やかな身のこなしで彼から距離をとる。
長い黒茶の髪が風に踊る。
ふわふわと、まるで踊るように彼女は歩いていく。

「ああ、そうだ。私もしばらく池袋に居るからさ」

不意に振り返った彼女は、満面の笑顔でそう切り出した。
そして、秘密の話をするように、軽く唇に人差し指を当てる仕草をする。

「また、昔みたいに『追いかけっこ』しよーね?」
「………!」
「じゃーねー!」

呼び止める静雄を敢えて無視して、は走り去る。
この状況で追いかけて来るわけがない、というよりも。

が吐き出した言葉の意味を、理解しようと頭を回転させている彼はそれどころではないはずなのだ。

だからこそのタイミングで吐き出した言葉であり、もちろんそれなりに意味もあるが、
は軽やかにステップを踏みながら、日が落ちきった池袋の街を闊歩する。

「あーあ、なんでかなぁ。うまくいかないなぁ。
 臨也もシズちゃんも、なかなか思い通りに動かないや。何が悪いのかな?」

道行く人間は、時折独り言を言っている彼女を振り返るがそれだけだ。
積極的に関わろうとはしない。当たり前だ、他人なのだから。

「空白の3年間が逆効果だったかな?
 長い時間掛けて、少しずつ詰んできたのになぁ。うーん、難しい!」

人気が増え始めるサンシャイン通りを突っ切って、彼女は公園に出た。
通りとは対照的に、日が落ちれば公園は人気が減る。

「…ま、だからこそ楽しいんだけどね。あのふたりはさ」

楽しそうに嗤いながら呟く彼女を、振り返るだけの人間はここにいない。
カラーギャングがたむろするにはまだ時間が早く、後は逢瀬を楽しむ恋人達くらいしか存在しない。

「『人間』全部を愛してる奴が、特定の『誰か』を愛したら。
 結果はただの『ヒト』か、それとも『狂人』か。まぁ、変わらないならそれはそれで面白い」

唄うように独り言を言いながら、は携帯電話を取り出した。
そのディスプレイに写るのは、彼女が先日再会を果たした情報屋。

「本人の願いとは裏腹に、周囲を破壊尽くす破壊の権化。
 周囲に恐れられ、自分自身を嫌って臆病になってる奴が、自分を恐れず怯まずにいられる『誰か』を愛したら?」

もうひとつ、彼女は携帯を取り出す。
そのディスプレイに映し出されるのは、つい先ほど再会したバーテン服の男。

――そして…『人間コンピュータ』が、そのどちらかを愛したら?」

『人間コンピュータ』
それは誰が言い出したのか、今となっては不明だが、に与えられた《称号》だ。
一度に複数台の携帯やパソコンを駆使する姿と、
「正確」で「確実」で、尚且つ「高速」な状況把握能力と計算能力。
それらから付けられた《称号》ではあるが、実際、彼女は自分自身にその名が合っていると思っている。

「楽しいなぁ。これだから生身の人間って面白い。
 特にこの――制止力が極端に弱くなる、『恋愛感情』っていうのはさ」

彼女は人の「感情」すらもデータとして扱い、そう考える。
なればこそ、彼女の「計算」からはじき出される「結果」は、

「現状」「行動」「言動」そして「その結末」

そんな、人間の「感情」を意図的に動かすことに他ならない。
それは酷く非人道的に聞こえるが、彼女に一切の悪気は無い。
対象者への悪意は多少あるものの、その行為自体は、彼女にとって呼吸のように当然のことだった。

「普段は利用されることのない人間が、他人の手のひらで踊るのは面白いよね!
 しかも踊らせてるのは私! それを知ってるのも私だけ! あははははははっ!!」

狂ったように笑う彼女は、しかし理性をしっかり保った人間だった。
それが正常かどうかは、さておいて。

彼女は実に手に余るほどの数の携帯を動かしながら、嗤う。
ディスプレイに映し出されたページはすべてが違うものであり、そこには数多の情報がある。
彼女は眼球だけを動かしてそれらの情報を、実に、「正確に」「高速で」読み取っていく。
その様子はさながら、コンピュータがデータをダウンロードしていく様に近しい。

「うんうん、私が居ない間に、随分と池袋も面白くなったもんだ。
 面白い人材も増えたみたいだし、…でもまぁ、邪魔すると臨也が怒るから…」

愛おしそうに、複数の中の一台に口付ける。
その携帯のディスプレイに映し出されているのは、どこかのチャットルームだ。




――邪魔しない程度に、遊ばせてもらおうかな♪」






それは、歪んだ恋の物語。



END

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