…聞いてない。
聞いてないよ。
こんなの聞いてない!!
ずるずると引きずられながら、わたしは必死に頭を働かせる。
さっきまで、わたしはベッドの上にいた。
初任務の緊張と疲労で熱を出したわたしは、この3日間寝込んでいて。
そして今日は、ようやく起き上がれるようになった4日目の昼過ぎ。
リナリーに世話を焼かれながら昼食を食べていたわたしが、なんで廊下を引きずられなきゃならんのか。
いや、そもそも、人の意思をまるっきり無視したこの扱いは何事か!!
「ちょっと、神田!
はようやく起き上がれるようになったばかりなのよ、何する気!?」
「そうだぜ、ユウ! 楽しいことするんならオレも混ぜろ!」
「ラビはちょっと黙っててッ!!」
ああ、ラビが黙らされた。
リナリーって強いなぁ。誰ひとり頭が上がらないんじゃないか、彼女には。
「てめぇらには関係ねぇよ。だいたい、リナリーはこいつを甘やかし過ぎだ」
「は病人で、女の子なのよ。優しくするのは当然じゃない!」
「コレが病人か!? 顔色見ろ、血色良いだろうが!」
え、そう? 血色良い??
思わずわたしは、自分の両頬に手を当ててみる。
…触っただけじゃわかんないや。
「…ま、ごはん食べれば血色も良くなるさ!」
「黙れ根性無し。3日も寝込みやがって、この軟弱者が」
「酷ッ!? ちょっとは労わってよ、わたし女の子なんだしさぁ!?」
「役にも立たねェ部分を主張するな」
役に立たない!?
それ凄い暴言じゃない!?
「ユウってばわかってねェさ。女の子は国宝だぜ、国宝。役に立たないなんて暴言さ!」
「ラビ、あんた良い事言う!」
拳を握り締めるラビに、わたしの腕を掴んだまま、神田が呆れたように目を眇めた。
「あ? 役に立たないのは事実だろうが」
「少なくともは、このむさくるしい教団においてみんなの目の保養に役立ってるさ!」
…
……
………目の保養って。
「…ラビ、一瞬でもあんたを見直したわたしが馬鹿だったわ」
「…うん。最低」
「あ、酷!?」
酷くない。ラビの方が断然酷い。
目の保養ですか、そうですか。
…………マスコットかわたしは! 仮にもエクソシストなのに!
「だいたい、神田? どこ行く気なの?」
「あ? 修練場に決まってんだろ」
…決まってたっけ?
っていうか、修練場?
「…ええと…わたしは何をされるんでしょうか、神田さん」
「おまえのその腐った根性、鍛え直してやるよ。この軟弱者」
「いや、遠慮します」
「おまえの意見は訊いてない」
「なんでだよ!?」
え、わたしを鍛え直すんだよね?
なんでわたしの意見は無視なんだよ!
「ちんたらしてねェでさっさと歩け! 日が暮れる!!」
「いーーーやーーーっ! 誘拐魔ーッ、人攫いーっ!!」
「人聞きの悪いことを叫ぶなッ!!」
問答無用で引きずられながら、藻掻いて騒ぐわたしを、何度も神田は怒鳴りつける。
それをリナリーが怒りながらついて来て、ラビが笑いながら彼女に続く。
そんなわたし達には、周囲のなんとも言えない、変なものでも見るような視線が向けられている。
…あれ? わたし、完全に見せ物状態?
「…もー帰るー。眠いーお腹空いたー…」
「………おまえ、本っっ当にやる気ねぇな」
無理矢理連れて来られて、やる気もなにもあるわけない。
…わたし、お昼ご飯途中だったんですけど。どうしてくれんの、このパッツン男児。
「…そもそも、なんで神田はそんなやる気満々なの?」
「あまりにもおまえが軟弱でムカついたんだよ」
「酷ッ!?」
それ言い掛かりじゃない!?
え、なにこのひと。なんでこんな無駄に偉そうなの?
「おい、やるぞ。イノセンスを発動しろ」
「ちょ、六幻はやめてよ! スパって切れちゃったらどうすんのよ!」
当然のように六幻を抜いた神田に、わたしは慌ててストップを掛けた。
神田と真剣でやり合えって? 冗談、こっちは平和ボケした平凡な一女子大生だよ!?
「チッ、仕方ねぇな…おい、ラビ。木刀」
「木刀もいやーーっ!! あんたわたしを殺す気!?」
「いちいち注文の多い奴だなおまえはッ! なら何なら良いんだ!?」
「え。ええと…竹刀…は、無いよね…」
いや、竹刀だったとしても、神田相手じゃ絶対痛いに違いない。
当たっても痛くないもの…痛くないもの…でもってこの世界にもありそうなもの…。
「…ゴボウ?」
「…………おまえ、俺に牛蒡で闘えと?」
「…じゃあ、ダイコン?」
「――良い度胸だ。切り捨てる」
「なんでーッ?!」
ギラリ、と六幻の刃が鈍く輝いた。
目が据わってる! なに、いきなりマジギレモード!?
「ご、ごめん! なんかよくわかんないけどごめん!
別に六幻をゴボウやダイコンと同系列に語ったわけじゃないよ!?」
「当たり前だ! むしろそっちじゃねェよ!!」
「じゃあ何に怒ってるのさ!!」
目の前に六幻を突きつけられ、わたしはいつ刃が当たるかと気が気でない。
これ以上余計なことを喋ったら三枚に下ろされそう。短気にも程があるだろ!
「ゴボウって」
「…ダイコン…」
「って発想がオカシイさ」
「少なくとも特殊よね…」
見学組まで、そんなことを言う。
…そんなに、変なこと言ったか? わたし…。
「~~~ッ! いいから始めるぞ! リナリー、ちょっと預かってろ!」
舌打ちすると、神田は六幻を鞘に納めてリナリーの方へ放った。
…え。そんなあっさり他人に預けちゃう程度!?
「…酷い! 遊びだったのね! 六幻ちゃんは本命だと思ってたのに!」
「…………おい。おまえ、うっかり俺に殺されないように気張っとけ」
思いっきり低い声で言って、目を据わらせた神田が木刀を構えた。
………あれ? もしかしなくても、なんか開けちゃいけない扉を開けちゃった…?
+++
――そんな特訓が始まって3日後。
精根尽き果てるという言葉が、まさか我が身に降りかかるなんて思っちゃいなかった。
「………」
談話室のソファーに背を預け、わたしはくったりとへばっていた。
…全身痛い。筋肉痛だけじゃないぞ、これは…。
「うわっ。、なにその青痣!?」
通りがかったラビが、大仰に騒ぎながら近寄ってくる。
わたしは首だけで振り返って、目を眇めながら答えた。
「…鬼教官にやられた」
「って、ユウ? マジで? うわー痛そー」
さすがに、ラビの表情も引きつる。
つまりこれは、わたしより神田とつき合いの長いラビであっても、絶句するレベルだと。
「…もー…やだッ! やだ、あいつ怖い!」
結局獲物は木刀だし! 本気痛いし!!
挙げ句に「急所は外してんだ、ありがたく思え」だよ!?
女の柔肌にこの仕打ち!
「い、いや、でもさ、ユウも手加減してるわけだし…」
「当たり前だよ! じゃなかったら今頃わたしは全身複雑骨折だよ!
でもだからってこんな青痣出来るまでやることないじゃん、これ虐待だよ!?」
言ってから、わたしはここ数日のそれを回想する。
………う。刷り込まれた恐怖に身体が震えてきた。
「き、昨日もリナリーが止めてくれなかったらどうなっていたか…ッ」
「…あちゃー…相当キてるなぁ、これ…」
顔を青くするわたしの頭を、ぽんぽん、とラビは軽く撫でてきた。
「…あー、でもな、。あれだよ」
「なんだよ!」
「ユウはアクマ以外の女子供に手は上げねェさ、だから…」
「…それってわたしは女と認識されてないってことかーーーーーッ!?」
ダンッ、とわたしはテーブルの上に足を叩きつけた。
屈辱だ! 役立たずとかそれ以上に屈辱だよ!!
「違うって! ちょ、落ち着け、!
女の子がスカートでテーブルに足掛けるのは、さすがにはしたねぇさ!」
言われて、わたしは渋々テーブルから足を下ろした。
あ、しまった。テーブルに靴の跡が。
「だ、だから…ユウはを『仲間』として認めてるってこと!」
「…は?」
…
……
………この扱いで、どうやったらそんな答えに行き着くんですか?
「ホラ、またいつ一緒の任務になるかわかんねェし?
少しでも生き残る確率をさ、上げてやろうっていうユウなりの気遣い?」
「………気遣いで女に暴行を加える男がどこにいるーーーー!?」
「うわっ!?」
勢い余って、わたしは八つ当たり気味にラビにタックルした。
当然ラビは構えてなかったので、ふたりでソファーの後ろに転がるハメになる。
ちなみに、転がってもわたしが痛くなかったのは、わたしがラビを下敷きにしたからなんだけど。
「むしろこれこそ暴行だろ!!
、それただのストレスじゃねぇ?! オレの話聞いてねぇだろおまえ!」
「うるせぇ、わたしは落ち着いてるッ!」
「全然落ち着いてないし! 口調がユウみたいになってるさ!!」
「今その名前を口にするな押し倒すぞ馬鹿兎!!」
「もう押し倒されてるから! っていうか馬鹿兎って酷くない!?」
暴れるわたしと、必死に抑え込もうとしているラビ。
これだけ大騒ぎしているのに、誰も止めに来ないってどれだけ薄情なのか。
ストッパーのいないわたしは、半ば意地になっていた。ラビが困り切った表情でわたしを見上げてる。
「…おい」
「ふにゃっ!?」
不意に、襟首を掴まれて引っ張り上げられた。
振り返ると、端正な顔に不機嫌そうな表情を浮かべた男が。
「…何してるんだ」
「げ。神田…」
なんてタイミングで出てくるのこいつ。超能力者ですか?
胡乱気に見ると、そのままぽいっとソファーの上に投げられた。
「痛ッ?!」
「…嫁入り前の女が、公共の場で男の上に乗ってんじゃねぇ!!」
「誤解を招くような言い方すんな!?」
なんてことをなんて大声で言うんですかこいつは!!
しかも冗談言ってる顔じゃないよ? 本気だよこいつ!?
「不名誉だー! オレ、マグロじゃねぇし!? どっちかっていうと上の方が!」
「ンな話してねぇよ!?」
跳ね起きたラビが余計な一言を言ったせいか、好奇の視線があちこちから向けられてる気がする!
ち、違う! わたしは悪くない!
これじゃあ完全に見せ物じゃん、わたし!?
狼狽えながら視線を巡らせたわたしは、離れた場所にリナリーが呆れたような表情で立っているのを見つけた。
視線が合うと、リナリーは完璧に作り笑いを浮かべて首を傾げてくる。
「…三人とも、恥ずかしいからそういう話は外でやって」
「「「………」」」
距離を取りながら言われた…リナリーに冷ややかに見られた…凄いショック…。
「…わ、わたしは違うのに…」
「…どっちかって言うと被害者はオレさ」
悪ノリした奴が言う台詞じゃない。
恨めしげに視線を投げれば、へらりと笑われた。
…こいつ、笑っておけばとりあえずなんとかなるとか思ってない?
「ったく…くだらないことやってねぇで、修練場行くぞ」
ため息混じりに、目を眇めながら神田が言い放つ。
……冗談! 朝から昼までずっと修練場に居たのに、これ以上やってられるか!
「…わたし用事思い出した!」
「逃げるな」
ソファーから立ち上がったわたしの腕を、間髪入れず神田が掴む。
言い返す間もなく、そのままいつものように引きずられた。
――当然、目的地は修練場だ。
「もーっ…こんな生活いやーーーーーーぁッ!!」
…絶叫したわたしを、いったい誰が責められよう。
鬼教官と落ちこぼれ生徒。
To be continued?
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