『みんなが帰ってきたら』
言いたい言葉がたくさんあった。
だけどきっと、考えていた言葉は何一つ、口に出来ないんだろうなとも、思った。
この扉をくぐって、みんなの無事な姿を見たら。
きっとわたしは、抱きついて泣くくらいしか、出来ないんだろう。
「みんなーっ!」
扉をくぐった瞬間、みんなの姿を見つけて、わたしは駆け出した。
怪我は痛むしなんだか体は気怠いけど、そんなことは二の次だ。
その勢いのまま、ちょうど前に並んでいた神田とラビに思いっきり抱きつく。
「!」
「無事だったか…」
幻じゃない、本物だ。
触れられる。体のあちこちに傷が残ってるけど、ちゃんと生きてる…!
「それはこっちの台詞だよ、心配させて…ッ」
「…ああ」
苦笑混じりに、神田が頷く気配が、した。
抱きついてるわたしには、その表情は見えない。
だけど、多分だけど――微笑ってるんじゃないかな、と思った。
だってどこかぎこちない所作で、わたしの頭を撫でた手が、優しかったから。
「……悪かったな」
「ホントにね…ッ」
反則だ、いつも神田はこういう時、所作が優しい。
普段は荒い扱いしかしないくせに、口も悪いくせに、こういうときばっかり…ッ!
「…ハイ、感動の再会はオシマイです」
「あれ?」
しがみついて泣いていたわたしは、ひょいっと襟首を掴まれて後ろに引っ張られた。
目を白黒させるわたしを、そのまま自分の腕に抱き込んだのは当然アレンで、なんか引きつった笑顔を浮かべている。
「……無事でなによりでした心配したんですよ神田」
「あ? いたのか、モヤシ」
「アレンですって何回言わせんですかこのバ神田」
「誰がバカだ」
え。何。早速喧嘩ですかこのふたり。
少しは再会に感動を織り込めないものか。それともこれがふたり流の感動の再会?
殴り合いで生まれる友情って奴なのか? このふたりの場合、言葉の刃物だけど。
「っていうかに触るのやめてください」
「なんでテメェにそんなこと言われなきゃいけねェんだよ。俺の勝手だ」
「『なんで』? 当然でしょう、は僕の恋人です」
「「は!?」」
アレンがさらりと言い放った瞬間、クロス元帥以外の全員の視線が、わたしに集中した。
なんだか急に恥ずかしくなって、わたしは耳まで真っ赤になる。…なんだろう、この居たたまれなさ!!
「え、ナニソレ! 聞いてないぞオイ!?」
「どういう意味だ、モヤシ…!」
「どうもこうもないですよ。と僕は心を通わせ合う仲です、他の誰かが入る余地はありません」
食ってかかるラビと神田をさらりとあしらいながら、アレンはわたしを抱え込む腕に力を込めた。
恥ずかしい。恥ずかしくて死ぬ。今なら死ねる、わたし。
「…あのー…3人とも? そんなこと今はどうでもいいからさ…」
「「「どうでもよくないッ!!」」」
「あ、そ、そう…」
即答で怒鳴られました。
アレンに抱えられているので避難も出来ず、わたしは三人の怒鳴り合いを傍で聞かされるハメになる。
…い、いっそ殺してください…恥ずかしい…なんか妙に恥ずかしい…!!
「…いーーーかげんにしなさーーーいッ!!
言葉すら発せられなくなりつつあったわたしは、裂帛の声にびくっと飛び上がった。
それは言い合っていた三人も同じだったようで。
恐る恐る視線を向けると、リナリーが足取りも荒くわたし達の方へ近づいてくる。
…あれ? リナリー、脚は…?
「くだらない言い合いでを困らせないで!
クロウリーだって酷い怪我なのよ、馬鹿を言ってないでやるべきことをやってッ」
3人をそう怒鳴りつけると、リナリーはアレンの腕からわたしを引き剥がした。
わたしはようやく解放され、リナリーに手を引かれて元来た道を引き返す彼女に引きずられることになる。
「行きましょ、! あ、チャオジー。悪いんだけど、クロウリーを運ぶのを手伝ってくれる?」
「は、はいっス!」
うわぁ、早速チャオジーがリナリーに逆らえない立場に!
や、やっぱりこの子は最強だと思う…!
だってアレン達が完全に硬直してるもの!
クロウリーを担いでリナリーに続くチャオジー。
リナリーに引きずられて歩くわたし。
その光景を愉快そうに眺めながら、黙っていたクロス元帥が口を開いた。
ただし、にやりと唇の端を持ち上げて笑いながら。
「…勝者はリナリーだな。まぁ、自業自得だ。空気を読まないお前らが悪い」
「「「……………」」」
真っ当じゃない人から至極真っ当な説教を受けて、三人とも複雑そうに顔をしかめている。
『空気を読まない』って…クロス元帥に言われたらショックだろうなぁ、うん。
「しかしモテるな、。ちんちくりんのくせに」
「誰がちんちくりんですかッ!! アジア系美人を前にしてなんて言い草!」
「厚かましい奴だな。鏡見ろ」
「酷ォ!?」
なんか手鏡差し出してきてるんですけど、なにこの人!
凄い失礼!!
「良いじゃないですかそんなこと!
が師匠に目をつけられるような絶世の美女なんかじゃなくて、僕は良かったと思います」
眦を吊り上げるわたしの片手を取って、アレンが至極真面目な顔でそんなことを言った。
当然、わたしが返したのは引きつった笑みだ。
「…ねぇ、アレン。それ、何のフォローにもなってないっていうかむしろ失礼だよね…」
「まー、は美人ってより可愛い系だしなぁ」
「悪かったわね悪かったわね! どうせ男の神田にも劣りますよあーもー腹立つなァ!!」
「そこでなんで俺が引き合いに出されんだよ」
「顔の良いあんたらにはわたしの劣等感なんてわかんねぇわよーーっ!! いいから放っといてッ」
どいつもこいつも、水準以上に顔が良いから、わたしの悔しさなんてわかるわけないよ!
ああもう、なんでこう酷い扱いなの、わたしは!
「うわーんっ、りなりーーーーっ!」
「あ、ちょっと、泣かないで、? …もう…元帥が苛めるからですよ」
「反応する方が悪いんだろうが」
「ちょっとクロス元帥ッ!?」
リナリーに優しく慰められて落ち着きかけたのに、クロス元帥の余計な一言で台無しだ。
キッと睨み付けると、元帥は面倒くさそうにパタパタと手を振った。
「あー、うるせ。わかったから、お前らは方舟の中見回って来い。
怪我人は俺とリナリーが看てる。さっさと行け」
「怪我人の治療なら、わたし…」
「もう発動する気力も体力も無ェんだろうが。
お前が居るとうるせぇから、野郎共のまとめ役でもやってろ」
「元帥~~~~ッ!!!」
なんですか! 何なんですか、もうッ!
わたしだって一応女の子なんだから、もうちょっと優しくしてくれても良いと思う!!
+++
「あ~~~……噂通りの人だねぇクロス元帥はさぁ…ッ!!」
荒い足取りで方舟内部を歩きながら、わたしは何度目かの台詞を口にした。
ああ、もう。考えただけでイライラする…!!
「…これはアレンに初めて会った頃の気分と同じッ!!」
「お、同じなんですか!? 師匠と同じなんですか、!?」
「…………アレンの時の方が酷かったかも」
「ええええッ?!」
懐かしいなぁ。
あの頃のアレンは…本っ当にムカついた。
「思い出したら腹立ってきた。殴って良い?」
「嫌ですよ!! なんで唐突にそっちに話がいくんですか!?」
「だってもーイライライライラするんだよッ!!」
「僕関係ないじゃないですか!?」
「あんた弟子じゃないのよ!」
「までそういうこと言います!?」
食ってかかってくるアレンを手で押し止めて、わたしは小さく息を吐く。
似てないと思ってたけど、割と色んなものが似てる気がする。この師弟。
「ー、あんまイライラしてると胃に来るぞー」
「もう充分来てますよッ!! …いてっ?!」
「あ」
怒鳴り返したわたしの頭の上に、何かが落っこちてきた。
…重い。首が痛い。
「お、重い…」
「…ティムキャンピー? なんでの頭の上に」
そう言いながら、アレンがわたしの頭の上から重たいものを持ち上げる。
あー…ティムキャンピーだったのか。随分重くなったなぁ…。
「…ティムキャンピーとは、中国で別れたっきりだったよな。あの夜に…」
「あー。そういえば、そうだったねぇ…」
あの時――アレンが左腕を失った、あの時。
スーマンのイノセンスを持って、ティムキャンピーはリナリー達の所へ飛んで…。
「…そういえばあんた居なかったよね。ずっと元帥と一緒にいたの?」
アレンの手の上のティムキャンピーをつつきながら訊くと、ティムキャンピーは僅かに体を傾がせた。
これは、人間で言う「首を傾げた」動作になるんだろうか…器用な子…。
「…ところで、わたしのソルトレージュってどうしたの?」
「あー、ソルト? 壊れてた」
「え」
ラビからあっさり返ってきた言葉に、わたしは思わず硬直した。
いや、覚悟はしてた。あの状況だ、普通のゴーレムであるソルトレージュが壊れる可能性は高い。
「ま、まさか、す、捨て…?」
「捨ててねぇよ? ミランダに預けてあるから、ちゃんと持っててくれてると思うけど」
「あ、そ、そうなんだ…!」
よ、良かった…ミランダさんが預かってくれてるなら、安心だ…。
本部に戻ったら、コムイさんに直してもらわないと。
「…」
『…』
静かだな、と思って振り返ると、アレンとティムキャンピーが見つめ合っていた。
…そもそも、ティムキャンピーには目があるんだろうか。
「ドタバタで忘れてたけど…」
…ええと。
アレンもティムキャンピーも、目が潤んでるけど。…何?
「会いたかったよティムキャンピィィィィ!!
また大きくなったんじゃないかお前ーっ!!
なんでだぁあぁぁあっ」
「ぅおっ!?」
唐突にひしっ、と引っ付くと、ふたり同時に泣き出した。
ここに来て一番の『感動の再会』じゃないだろうか。
…それよりわたしは、アレンが片手に持ってる定規の出所が気になります。
「…すんませーん、そこのふたりー」
「…どこから出したのかな、あの定規」
「っていうか突然過ぎません…?」
ああ、チャオジーの中でエクソシストの株が大暴落してる感じがします。
折角出逢った、貴重な新しいエクソシストなのに…!
…いや、今更か…。でもね、まともなエクソシストだってちゃんと居るんだよ、うん…。
「しっかし静かだなあ。あのピンチは何だったんさ…。
ホントにお前が舟を元に戻したんか、アレン?
あ、鳥」
「ええまあ…釈然としない所はありますが…」
「……」
難しい表情をするアレンとは対照的に、ラビががっかりしたようにため息を吐く。
そんなラビに、わたしは苦笑しつつ、こそっと耳打ちした。
「…大事な場面で退場しちゃったもんねぇ、〝Jr〟?」
「う…、最近アレンに似てきたさ…」
「どういう意味よ」
神田に似てきたって言われたり、アレンに似てきたって言われたり。
…いったい、わたしってどんなキャラ?
短気で凶暴で口が悪くて、腹黒くてドSで似非笑顔?
…………最っ悪のキャラじゃないかソレ!!
「…い、生きていけない…」
「何もそこまで落ち込まんでも」
言ったのはラビじゃないか。
…ああ…相変わらず、女扱いされてない気がするなぁ…。
「………何の内緒話ですか?」
「内緒話て」
「アレン…事態が落ち着いた瞬間に態度がころっと変わるよね、あんた…」
さりげなく手を握られて、わたしは思わず頭を抱えた。
だというのに、アレンはさも心外そうな表情で首を傾げる。
「が関わってなければ、別に何も変わりませんけど」
「あの、ホントに恥ずかしいんでいい加減にしてくださいアレンさん…」
顔色一つ変えずに言いやがったよ、この人…。
「オイ、そこの色ボケモヤシ。ウゼェから黙ってろ」
「誰が色ボケですかモヤシじゃありませんアレンです!」
呆れきった表情で振り返った神田に言われて、アレンはキッと眦を吊り上げる。
そんなアレンに舌打ちを返してから、神田はぐるりと周囲を見回して、口を開いた。
「大体見回ったぜ。ノア共はどこにも残ってないようだな」
「……」
神田の言う通り、方舟の内部はあらかた見て回った。
予想通りではあったけれど、方舟内にノアもアクマも居ない。
今、この舟は《奏者》――アレンのものだ。
これは既に彼等が捨てた舟。だから伯爵を始め、他のノアが居るわけがない。
本当は見回りなんて、必要なかったんだと思う。
わたしにそう判断出来る状況だということは、クロス元帥には最初からわかっていたことだろう。
…つまり、うるさいから体よく追い払ったてことか。あ、また腹立ってきた…。
「神田…ずっと気になってたんですけど」
しばらく神田を凝視していたアレンが、不意に口を開いた。
ぴたりと足を止めて振り返る神田に、アレンは割と直球で疑問を口にする。
「その胸の模様、どうしたんです。そんな大きいタトゥー、入れてましたっけ?」
「あ、そうそう。わたしも気になってた。前は梵字だけだったよね、ナニソレ?」
「…なんでが見たことあるんですか…」
口を開いた瞬間、背後で妙なオーラが立ち上った。…ような気がした。
ぞわっと背筋に寒気がはしって、わたしはゆっくりと振り返る。
「しかも平然としてますよね。…まるで見慣れてるみたいですよ…?」
「い、いや、だって神田ってしょっちゅう怪我するし…」
怖い。怖いです、アレンさん。
顔は微笑ってるけど、明らかに目が微笑ってない。
「と、と、とりあえずそれは置いておこう、うん!」
「…まぁ、良いですけど。で、神田。それどうしたんですか?」
「…別に」
それだけ短く答えて、神田はプイッと顔を逸らした。
当然、そんな反応にアレンが大人しく引き下がるわけもない。
「会話になってませんね神田。はいっ、言葉のキャッチボール!」
「ウゼェ奴」
切って捨てるような神田の返答を皮切りに、またふたりは睨み合った。
火花が散ってるように見えるのは、錯覚じゃないよなぁ…。
「ナゼいがみ合うの」
「相変わらず仲悪いなぁ…」
「…………」
呆れて良いのか、それとも微笑ましいとでも思えば良いのか。
そんな思いでふたりの喧嘩を眺めていると、ふと妙な視線に気付いた。
それはラビも同じだったようで、一瞬わたし達は顔を見合わせた後、小さく頷き合う。
「……」
「……」
ちらりと、わたしはチャオジーに視線を向けた。
彼の性格は人懐こくて明るく、見知らぬ人間ばかりの教団にも、きっとすぐに馴染むだろう。
何より、彼は正義感が強く真っ直ぐな気性だ。
きっと良いエクソシストになれるだろう。だけど…、
一度出来たわだかまりというものは、尾を引く。
今も、チャオジーがアレンに向ける視線は複雑そうだ。
多分、それは――わたしに対しても、同じだろう。
「それより外に出られねェのかよ、モヤシ!」
「アレンですってばこのヤロウ!」
「喧嘩すんなよ、もーー…」
一応ラビが仲裁に入るけど、まぁ、聞いてないだろうなぁ。
怒鳴り合いの勢いのまま、苛立ちを隠しもしないでふたりは手近なドアを開けた。
「出られるか今確かめま…」
…あれ? 部屋の中、暗…――――って!
「…すよっ?」
「「わーーーーっ! アレン、下ぁっ!!」」
床! 床がない!!
悲鳴を上げるわたしとラビの前で、アレンの姿が消えた。
「うわっ」
「!! なっ…このっ」
「んげっ」
アレンが短い悲鳴を上げたかと思うと、神田、ラビと続けて3人の姿が目の前から消えた。
…え。何? 何やってんの、この子達。
……………落ちてる!?
「わぁぁぁっ、巻き添えかよっっ」
「ふんっ」
「チャオジー!」
頭から落ちていくラビの足を、最後尾にいたチャオジーががしっと掴んだ。
一瞬言葉を失ってから、わたしは慌てて下を覗き込む。
「…外にはつながってないみたいですね……」
「テメェ、モヤシッ! 落ちるならひとりで落ちろ!!
ブッた斬るぞっ」
「アレンです」
「し、絞まってるっ、首!!」
「うおぉぉぉおぉおおっっ」
…ええと。
まず、落っこちたアレンが神田の団服を掴んで。
巻き添え食った神田は咄嗟にラビの服を掴み、で、頭から落ちたラビの足をチャオジーが掴んだ、と。
「あわわ…大惨事だ…」
「いっ、今引き上げるッス!」
渾身の力を込めて、チャオジーが3人を引き上げる。
さすがに、イノセンスの発動を維持出来る体力が尽きたわたしじゃあ、男3人を引き上げるのは無理だ。
出来ることもなく、ハラハラしながらその光景を見守るしかない。
「ごっ、ごめんチャオジー…!」
「急いで、マジ意識が……っっ!!」
ひとり、本気で死にかけてるラビが可哀想なので早く助けてあげて下さい。
…やっぱり、わたしが下から支えた方が良いだろうか…。さすがに、チャオジーひとりじゃ辛そうだし。
「……っ」
「!」
なかなか引き上げられないので、わたしは再び下を覗き込む。
チャオジーを見て表情を強ばらせたアレンの様子に、わたしは思わずチャオジーの方を見た。
…やっぱり、わだかまりは――尾を引いている。
その気持ちはわからないわけじゃない。でも…。
苦い気分で、わたしは俯いた。
瞬間、耳の奥に響く《音》に、わたしは弾かれたように顔を上げる。
「…ッ…あ、あれ…? この《音》…?」
それは、微かな《音》。否、《声》だった。
ぐるりと周囲を見回す。
強い気配を感じて、空を見上げた。
「!? 何だ」
その光は、チャオジーの方へと迷わず飛び込んでくる。
強い、薄緑色の光。
目を瞠るわたしの前で、その光はチャオジーの手首に引っ付いた。
「!!」
腕輪の形を成した光を見て、息を飲む。
その瞬間、実に軽々とチャオジーは3人を引き上げた。
半ば勢いで投げ飛ばされた形になった3人が、それぞれ身を起こす。
「え? あっ、そっか! お前、適合者だったよなっ! 怪力ぃ~~♪」
「なに!? イノセンスか!?」
「手首にひっついた…」
「チャオジー、ちょっといい?」
一言断って、わたしはチャオジーの手首に引っ付いたそれに触れた。
瞬間、耳の奥に響く《声》が強くなる。――間違いない。
「…うん…間違いなく、イノセンスだね…」
「は、方舟が落ち着いて、チャオジーのもとにこれたのかも…」
「これがイノセンス…アクマを倒す力…」
自らの手に、形となって現れたイノセンス。
それを見下ろし、チャオジーは半ば無意識にだろう、呟いた。
「アニタ様達がくれたんだ、きっと…」
強く拳を握り締め、何かを決意するかのように呟かれた言葉。
わたしは、唇を噛んで俯いた。
――アニタさん。マホジャさん。…船員のみんな。
わたしは、彼女達がどんな形で命を落としたのかを、『知っている』。
どんなに、わたし達エクソシストに、希望を見ていてくれたのかも、『知っている』。
だから、チャオジーの悔しい思いも、やるせない気持ちも、理解出来る。
それでも、わたしはアレンのあの時の行動を、否定は出来ない。
理解なんてされなくても良いと、思った。
わたし達の《悲劇》は、背負うべき《闇》は、わたし達だけのもので良い。
だけど、でも、その思いは、きっとチャオジーの心を傷つけた。
わたし達に、護りたいものがあるように。
彼にもまた、命を落としていった大切な《仲間》が、居た。
その仇を取りたいと願うことを、その思いを、どうして否定出来るだろう。
――ああ、きっと。この先もずっと、その一点は分かり合えないんだ…。
「…そういやさぁ、オレのイノセンス大破しちまったんだけど、大丈夫かなぁ…」
かき集めた槌の欠片を見下ろしながら、ラビが青い顔をする。
同じ様な表情をしている神田の手にも、砕けた六幻の欠片があって。
「コムイさんが直してくれますよ。装備型はイタくないでしょ」
「「……(問題はアイツなんだよ)」」
…あ。ふたりの考えてること、聞かなくてもわかる気がした。
わたしは一度もコムイさんの『治療』と言う名の『修理』を体験したことはないけど…、
…………装備型のイノセンスだったら、程良く改造されそうだよね。だってコムイさんだもん。
「そんなことより、クロウリーが目を覚まさないのが心配です」
「そんなことって…アレンさん…」
「リナリーと師匠が看てくれてますけどね。ふたりで、」
そこで言葉を切ると、アレンはバッと顔を上げた。
「「「!!!」」」
同じように、神田とラビも顔を上げて、3人はさっきの不仲が嘘のようにまじまじと顔を見合わせる。
「ふたりで?」
「女ったらしとリナリーが…」
「「ふたりで?」」
みるみるうちに、男性陣の顔色が悪くなってきました。
わたしはふよふよと寄ってきたティムキャンピーと顔を見合わせて、苦笑する。
「だ、大丈夫だよ。ほら、元帥はわたしに興味なかったじゃない?
わたしが19で、リナリーなんてまだ16歳だし?」
「何言ってんですか、!」
「それは楽観的過ぎるだろ」
「そうさ! リナリーはちょっとそこらにいないレベルの美少女だぞ!?」
「………ねぇ。泣いていい?」
それってつまり、わたしは美少女じゃないから、対象外ってことだよね。
………わかってはいるけど。なんだろう、この虚しさは。
+++
「もう…元帥、酷いです。だって怪我をしてるのに…」
クロウリーをソファに寝かしつけて、私は椅子の上でくつろぐクロス元帥を見上げた。
確かには、一見すれば元気そうだったけど、怪我は決して軽くはない。
元々体力もないし、女の子なのに、休ませずに見回りに行かせるなんて…。
「あの中じゃあ、マシな方だろ。
さすがに、防護面では現存するエクソシストの中で一番素養が高いだけある」
「………」
…確かに、元帥の言葉には一理ある、けれど。
むしろ元帥は、わざとこの《部屋》からを遠ざけたように、感じた。
「…あの、元帥…は…」
「ああ…」
私の言わんとしたことを汲んでくれたのか、クロス元帥が小さく頷く。
「一度は難を逃れたってのに、こんなところまで乗り込んでくるとはな…。
なかなか根性がある。一途で結構なことだ。あの馬鹿弟子も、女を見る目はあったか」
「そ、そうじゃなくて…」
…これは、わざとなのかしら…。
的はずれな答えに、思わず脱力してしまった私に、クロス元帥は変わらない口調で口を開く。
「…=が『何』であれ、あいつの身に宿るのはイノセンスだ」
その言葉に、私は顔を上げた。
紫煙を吐き出す横顔に浮かぶ表情に、変化はない。
だけど――やっぱり、この人は何かを知っている…?
「…それが答えでは、不服か?」
「いいえ…」
ゆるりと、私は頭を左右に振った。
そうじゃない。私が聞きたいのは、そんなことじゃない。
「が、である限り…彼女は私の大切な人です。
そんなことは良いんです。…ただ、のことが心配で…」
確かに、ロードの言葉は今でも引っかかっている。
をエクソシストではないと告げた、彼女の言葉。
あれは、こちらの動揺を誘う虚言なんていうものでは、なかったように感じた。
だけど、そんなことはどうでも良かった。
はだ。私の、私達の大切な存在。仲間の――家族の、ひとり。
そんなことはもうわかりきっているから、例え彼女がエクソシストじゃなくても、構わない。
そうじゃない。私が知りたいのは、不安なのは、そこじゃない。
「…いつも、ひとりで何かを背負っているのが、わかるから…。
私には何も出来ないのかもしれないけれど、でも…」
「……今は、傷ついた仲間の治療に専念しろ」
「はい…」
話してくれる気は、無いのだろう。
それとも、私はそれに値しない存在なのだろうか。
悔しいとは思うけれど、仕方ないことだった。
いつか。そう、いつか――きっと、は話してくれるはずだ。
が私を大切に思ってくれているのは、知っている。
だからきっと、私も同じ思いだと伝わっていれば、いつか――――…。
「…かなり体を酷使した戦い方をしたようだな。当分昏睡したままだろう」
眠り続けるクロウリーを看ながら、クロス元帥はそう呟いた。
横たわる彼の寝息は穏やかだけど、ぴくりとも動いてくれない。
「私達の中で、傷が一番ひどい…」
「肉体が超人化するイノセンスに救われたな…。
早く目覚めさせたいなら、いい治療を受けさせて体を癒してやることだ」
「クロウリー…ごめんね…」
ひとり、彼を敵の前に置いてきてしまったあの瞬間を、思い出す。
こんな状態になるまで頑張ってくれた。生還してくれた。
なのに私は――彼を癒す力なんて、持っていない。そんな自分が、情けなかった。
「昔より感情が自然に出るようになったな、リナリー。それに美人になった」
「そ、そんなこと」
笑いながら言われた言葉に、思わず顔が赤くなる。
この人は、軽口を言うことで私の沈んだ気持ちを気遣ってくれているんだろう。
やっぱり、色々規格外の人ではあるけれど――アレンくんのお師匠様なんだな、と思った。
「元帥は相変わらず神出鬼没。兄さん、ずっとさがしてたんですよ」
「シスコンは直ったのか、あいつ?」
笑いを含むその言葉に、私は笑う。
直ってなんていない。だけど本当は、同じくらい私だって兄さんが大好きだ。
…早く逢いたいな、と。思うくらいなら、怒られないだろうか。
「元帥は、一体いつからここに?」
「城下でお前達が戦っていた時な。オレもあの場に居た。
マリアの能力で方舟に紛れ込むベストのタイミングが、あの時だった」
そこで言葉を切ると、元帥は椅子から降りて、私の頬に片手を沿えた。
その体勢に、何か既視感のようなものを覚えて私は目を瞠る。
「だが…こんな美人がいるならもっと早く出てくればよかったかな?
髪は惜しい。綺麗だったのに」
「……」
その言葉に――既視感の正体に、気付いた。
脳裏に蘇る、艶やかで優しい、声。
じわりと、涙が滲んだ。
「…アニタさんも、こうして同じことを言ってくれました」
「!」
一瞬。
クロス元帥が、表情を強ばらせた。
「……そうか…」
僅かな沈黙の後、続く言葉を探すようにまた沈黙が流れる。
一瞬だけ瞑目して、クロス元帥は呟いた。
「…何があっても跡を追うなと言ったのに。いい女ってのは、一途すぎるよな……」
「元帥…」
どこか寂しげに映る、その表情。
その表情に、私は思った。
――アニタさん。
あなたの想いは、ちゃんとクロス元帥に届いていました…。
気高い笑顔と、優しい声。
それだけを残して海に消えたアニタさんの姿が、眼裏に浮かんだ。
+++
これはどう受け取るべきなのかなぁ、と。
目の前の光景を眺めながら、わたしは小さく唸った。
リナリーの頬に手を置くクロス元帥と、潤んだ瞳で元帥を見上げるリナリー。
普通に考えればラブ・ハプニングシーンだけど、対象がこの組み合わせじゃあね…。
目にゴミでも入ったとか、そういうオチじゃないだろうか。
だけど、そんなことを考えていたのはわたしだけだったようで。
「犯罪です師匠!!!」
「遅かったかーーーっ!!!」
アレンは怒鳴るしラビは叫ぶし、チャオジーももの凄い表情になってる。
あの神田すらも走って駆けつけたんだから、リナリーってば愛されてるな!
…っていうより、クロス元帥への信用度の低さが浮き彫りになった瞬間とも言える。
「ちっ、違うの。アレンくん、今のは…」
「なんだ、馬鹿弟子。16なら立派な女だろうが」
「元帥! もうっ!!」
さらりと爆弾発言を投下するクロス元帥に、リナリーが困ったように言い返す。
ああ、リナリーは今日も可愛いです。…って、ちょっと待って。
「………あれ? じゃあわたしは…??」
16で『立派な女』扱いなら、19のわたしは何なんですか?
…え、ここでも女扱いされてない?
「あ? なんだ、遊んで欲しいのか? よし、ならこっち来い」
「……なんでそんな面倒くさそうなんですか?」
どこか面倒くさそうに手招きをしてくるクロス元帥に、思わず顔が引きつる。
だけど、その瞬間のアレンの行動は早かった。
「ダメです! 何考えてんですか師匠ッ!?」
「ぅえっ?」
無理矢理後ろに引っ張られて、アレンの後ろに追いやられた。
わたしを隠すように、ずいっとアレンが一歩前に出る。
…かと思ったら、すぐにわたしの方を振り返った。
「もですよ! なんで師匠を挑発するんですかッ」
「えー…してないよ、そんなこと…」
「してます! 少なくともあの人はそう受け取ります!!」
さすが弟子。師匠の感情の機微まで即座に把握出来るんだね…。
「お願いですから、もう少し自分の立場を考えて下さい。
は僕の大切な女性です。いえ、まどろっこしい言い方はしません、最愛の恋人です」
「…アレン、あの、恥ずかしいんだけど…」
さっきから、なんか白けたような視線が方々から来てるんでやめて欲しいんですが…!
方舟の方が落ち着いた途端にこれか! なんなのこの子はッ!
…うぅ…方々の視線が痛いよぅ…恥ずかしいよぅ…。
「…おい、そこの色ボケ弟子。見回りの成果はどうだった」
「誰が色ボケですかッ!!」
どの口がそれを言うか。
ああ、穴があったら入りたい…。
「…まあまあ、ちっと落ち着くさ。もアレンも」
頭を抱えるわたしの頭を一撫でしてから、ラビが口を開いた。
「元帥。ノアもアクマも見当たらなかったさ。…んで、脱出方法なんだけど……」
「あー…」
気怠そうに椅子に座り直しながら、クロス元帥は視線を上げた。
「アレン」
「え? はい?」
急に話を振られて、アレンはきょとんと目を瞬かせた。
それに構わず、クロス元帥は一方的に告げる。
「ピアノを弾きながらこう言え。『江戸接続を解除』」
「『江戸接続』? なんですか、ソレ」
「いいから言え、タリーな。それで外に出られんだからよ」
首を傾げるアレンに、クロス元帥は言い捨てて紫煙を吐き出した。
一瞬顔を引きつらせてから、アレンは深々とため息を吐く。
「あとでキッチリ説明して下さいよ師匠!」
「オレも聞きたいさ~~~
」
「さっさとしろよ、モヤシ!」
「アレンだって言ってんでしょ」
「「喧嘩しないのっ」」
また喧嘩を始めそうなアレンと神田に、わたしとリナリーは同時に叱りつける。
一応大人しくなったので、わたし達は顔を見合わせて肩を竦めた。
ホント、男ってお馬鹿でガキだね。まったく。
「《ほ、本船の『江戸接続』を解除。方舟よ、ゲートを開いてくれ》」
ピアノの鍵盤を弾きながら、アレンが言われた言葉を口にする。
わたしの右手は、今度は何の反応も示さなかった。
…いったい何だったんだろうかと思うけれど、考えたところで答えはない。
そう言えば、クロス元帥が何か知ってるような口振りだった。…後で、訊いてみよう。
わたしは思考を切り替えて、顔を上げる。
その瞬間と、アレンが方舟への指示を口にしたのは、ほぼ同時だった。
「開くゲートの、行き先は――――…」
たくさんの約束に、伝えたい言葉がある。ただ、ひとつだけ。
To be next continue ...
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