――翌日。
それぞれ情報収集に出ていたわたし達は、アレンとリナリーが入手した情報から、あるお店の前に来ていた。
――長かったなぁ、ここまで来るのに。
「妓楼の女主人?」
「饅頭屋の店主が言うには、最近、その女主人に出来た恋人がクロス元帥なんだって」
「なんて師匠らしい情報…」
呆れを通り越して苦い表情になっているアレンに、わたし達は苦笑する。
「しかし派手だなぁー」
「ここの港じゃ一番のお店らしいよ」
そりゃあ、店主がアニタさんだもんねぇ…。
実物は相当美人に違いないよ。リナリーもミランダさんも美人だし。
…あれ。なんか悲しくなってきた…。
「ついにクロス元帥を見つけたんか…」
「長かった…」
「てか遠かった…」
「見つけられると思わなかった…」
ひっそり落ち込むわたしに構わず、ラビ達はようやく辿り着いた有力な情報に感激していた。
で、その輪に混ざれないのがひとり。
「…見つけてしまった…」
「…アレン、その本音は胸の奥に仕舞っておきなさいよ」
よっぽど嫌なんだろうなぁ、クロス元帥に会うの。
恩人だし師匠だし、アレンもそれなりには尊敬してるんだろうけど…
…一緒に居たくないんだろうな、多分。
「待てコラ」
店に向かって一歩踏み出したわたし達は、そんな声に呼び止められて立ち止まった。
振り返った先には…
「ウチは一見さんとガキはお断りだよ」
…
……
………迫力満点です、マホジャさん!
「(デ、デカイ…!!)」
「(えっ、ウソ。胸がある!?)」
ボキボキと指を鳴らしながら見下ろしてくるマホジャさんに、アレン達は完全に固まっていた。
いや、『知ってる』はずのわたしもびっくりした。予想以上の迫力です。
「ご、ごめんなさい何かよくわかんないけどごめんなさい!」
「うそだ! 女!?」
おい、それは失礼だぞラビ。
マホジャさんは英語わかるんだから。
あまりの迫力に飲まれていると、アレンとラビがひょいっと持ち上げられる。
アレンはともかく、ラビまで軽々と…すげぇ…。
「「わーーーッ、リナリーーーーー!」」
「仲間を放して! 私達は客じゃないわ!」
悲鳴を上げるアレンとラビを助けようと、リナリーが中国語で声を上げた。
…多分中国語のはずだ。わたしには相変わらず日本語に聞こえるんだが。
「…裏口へお回りください。こちらからは主の部屋へ通じておりませんので」
「!」
マホジャさんから耳打ちされたアレンが、軽く目を瞠る。
スッと舌を出したマホジャさんのそれには、黒い十字架が刻まれていた。
「我らは教団の協力者(サポーター)でございます」
シャラン…と、微かに髪飾りが鳴る音が響く。
衣擦れの音と共に香る、柔らかな優しい香り。
「いらっしゃいませ、エクソシスト様方。
ここの店主の、アニタと申します。はじめまして」
鈴の鳴るような声と、その華やかな美しさに、わたし達は言葉を失った。
例え自分の恋人が彼女に見惚れても何も言えないと思う。
こんな綺麗なひと、滅多にいないよ。眼福だー…!
見惚れるわたし達に小さく微笑って、アニタさんはスッと立ち上がった。
その立ち上がり方ひとつにしたって、もう次元の違う美しさだよー…。
「――さっそくで申し訳ないのですが、クロス様はもう、ここにおりません」
静かに告げられた言葉に、一瞬、反応出来なかった。
少ししてからわたしはその言葉の意味を理解したけど、他の面々はそうもいかない。
「「「「「え?」」」」」
「旅立たれました。八日ほど前に。
…そして…海上にて、クロス様を乗せた船はアクマに撃沈されました」
感情を抑えたような、淡々とした、声。
みんなの顔から、表情が落ちた。
「今…なんて…?」
「…八日前、旅立たれたクロス様を乗せた船が、海上にて撃沈されたと申したのです」
聞き返すリナリーに応えたアニタさんから、表情が消えた。
ここで言葉を発せられたのは、ブックマンだけだ。
「確証はおありか?」
「救援信号を受けた他の船が救助に向かいました。
ですが、船も人もどこにも見当たらず…そこには不気味な残骸と、毒の海が広がっていたそうです」
必死に自分を殺して、抑えて、語る言葉が。あまりにも辛い。
わたしは『知っている』。
彼女がどんな想いでクロス元帥を送り出し、そして今、ここに立っているのかを。
「――師匠はどこへ向かったんですか」
思い沈黙の中、アレンが口を開いた。
俯いていたわたし達は、弾かれたように顔を上げる。
「沈んだ船の行き先は、どこだったんですか?」
真っ直ぐなその言葉に、アニタさんは僅かに目を瞠った。
なおも、アレンは言葉を続ける。
「僕の師匠は、そんなことで沈みませんよ」
「………」
目を瞠ったまま、アレンの言葉を聞いていたアニタさんの目に、涙が浮かんだ。
ツ…ッ、と零れ落ちる、雫。
「……そう思う?」
僅かに首を傾げ、そう問うアニタさんの表情に、笑みが浮かんだ。
それはとても弱々しく――だけど、強い意志の芽生えを、感じさせる。
「マホジャ。私の船を出しておくれ」
傍に立つマホジャさんにそう告げて、アニタさんはスッと中国式の礼を取った。
その表情には、先程までの悲壮な色は無い。
凛とした強い瞳で、アニタさんはわたし達を見つめながら、しっかりとした口調で告げた。
「私は母の代より、教団の協力者として陰ながらお力添えしてまいりました。
クロス様を追われるのなら、我らがご案内しましょう。行き先は日本――江戸でございます」
+++
「しっかし、随分な長旅だよなぁ…」
船の貨物整理を手伝いながら、ラビはしみじみとそんな言葉を吐き出した。
貨物の上に座っていたわたしは、軽く首を傾げる。
「ブックマンとその後継なら、もっと色んな所旅してんでしょ??」
「そういう問題でもねぇのよ、。っていうかおまえ退けよ、荷物積めねぇさ」
そう言いながら、ひょいっと持ち上げられた。
…いや、わたしは荷物じゃないんですけど…。
「しかし、まさか日本まで行くことになるとはな…」
「確か日本は、の故郷であるな」
「あー…うん、まぁ」
故郷は故郷だけど、生まれ育った場所じゃない。江戸時代の日本なんてよく知らないよ。
…ええと、知ってることってなんだ。新撰組?
役にも立たない知識だなぁ…。
「なー、。日本ってどんなトコ?」
「あ?」
「やっぱ男はみんなニンジャかサムライで女はゲイシャなの?」
「…ラビ、それつまんないよ。じゃあわたしは芸者さんですか」
にやにやと笑われながら言われて、わたしは笑みを引きつらせた。
わかってて言ってるんだろうな、これは…。間違った日本観の典型みたいなこと言って。
「…あー、には似合ってねぇなぁ」
「うわっ、ひでぇ!?」
「ゲイシャってあれだろ、歌と踊りと楽器で生計立ててる女芸術家だろ?」
「間違ってないけど微妙に違うような…って、なんでわたしに似合わないのよ!」
眦を吊り上げるわたしに、ラビはへらっと笑って見せた。
そして、あっさりと言い放つ。
「にそんな淑やかな仕事が出来るワケねぇさ!」
「てめこの赤毛ウサギーーーーッ!!」
「わー、が怒ったさー」
「いい加減にせんか、ふたりとも!」
逃げ回るラビと、それを追いかけるわたしに、ブックマンの一喝が飛ぶ。
船員さん達がどっと笑い出し、非常にわたしは恥ずかしい思いをすることになった…
…うう、ラビめ…! ヘラヘラ笑ってる場合じゃないっての!
「笑われたじゃんかラビの馬鹿ー!」
「えー? 良いじゃん、も馬鹿だし」
「あんたに言われたくなーいッ」
「アホやっとらんで積み荷を運ばんか、馬鹿者」
また怒られた。
むくれるながら、わたしはふと空を見る。
彼方に、何か見える。
――あの黒いの、なんだ??
「――みんな! アクマが来ます!!」
マストに登っていたアレンが、声を張り上げた。
全員の表情が強張る。
あの、黒い靄のように見えたのが――
「…アクマの、大群…」
呟いた時には、アクマの大群は眼前に迫っていた。
速い。それに、なんて数…!
「なんて数なの!!」
「オレらの足止めか!?」
ラビが槌を構える。
マホジャさんの指示が、船員さん達に飛んだ。
「迎撃用意! 総員、武器を持て!!」
だけど、AKUMAの相手は――わたし達、エクソシストの役目だ。
「ウウ…歯が疼く…!!」
クロウリーの表情が、変化する。
穏和な雰囲気が一変して、好戦的なそれへと。
――イノセンス、発動!!!
計らずしもわたし達は、同時にイノセンスを発動した。
わたしは羽根を広げ、盾を纏って船員さん達をガードする。
アレン達は片っ端から近づいてくるAKUMAを蹴散らしていった。
だけど、数が半端じゃない。
撃ち漏らしも相当な数。だけど、AKUMA達は予想外の行動に出た。
「!? 何だ…?」
「何やってんだ、こいつら…船を通り越してくさ…!?」
AKUMAが、船を通り越していく。
――まずい。奴らの狙いは、陸だ。
「どうして…」
唖然と上を見上げるアレンに、わたしは駆け寄る。
――『知っている』。わたしは、これを『知っている』。
「…アレン…ッ」
「え?」
アレンが振り返る。
頭上に迫る影。――間に合わない!
「うあっ」
「アレン!?」
頭上を通り過ぎたAKUMAが、アレンを攫っていく。
わたしは舌打ちして、唇を噛んだ。『知って』いても意味がない、わたしは何も出来ていない!
「アレン!! …ッ、――伸…」
『あーーーー』
槌を伸ばして追いかけようとしたラビの背後に、別のAKUMAが降り立った。
『エクソシストがいるぞ!』
「!!」
慌てて、ラビは槌を握り直す。
今この状態で、アレンに続きラビまで戦線を離れるわけにはいかない。
『何だ?』
『あっ、スゲ! 人間がいるぞー!!』
降り立ったAKUMAの一体が、アニタさんを見つけて寄っていった。
――いけない。護らないと!
『ギャン!!』
「ナメないで!」
結界装置(タリズマン)で発動した結界に阻まれ、AKUMAが弾き飛ばされる。
だけど、あんなもの――レベル2には大した効果は見込めない。
『こんにゃろろっ~~~!!
そんなもん、レベル2にゃただの時間稼ぎだっつの』
地を蹴って、わたしは飛んだ。
わたしに気付いて近づいてくるAKUMAを盾で弾き飛ばしながら。
『そして後ろガラ空きよーん』
ふざけた口調で言いながら、不気味な人形のような形をしたAKUMAが、アニタさんの背後に迫る。
瞬間、マホジャさんの凄まじい蹴りがAKUMAを弾き飛ばした。
「主には触れさせない」
『こっ…』
『のぉーーーーー!!』
上がる、怒りと殺気を孕む咆吼。
だけどその頃には、わたしはそこに辿り着いていた。
『死ね、人間んーーーー!!』
「――イノセンス第二解放! 切り裂け、《黒金》!!」
着地する寸前に、わたしは刃を纏う腕を大きく振った。
黒い刃はAKUMAを切り裂き、破壊していく。
「ちゃん!」
「アニタさん、マホジャさん! 怪我は!?」
「大丈夫です!」
ふたりの声はしっかりしている。
その声に頷いて、わたしはAKUMA達に向き直った。
派手に動き過ぎたのか、この船に集まってきてしまっているAKUMAも結構な数。
『ここにもいた! エクソシストだ!』
『あ、待てよ! ダメだ、こいつ殺しちゃダメな奴だよ!』
「!?」
AKUMAの言葉に、わたしは目を瞠った。
それは…わたしの、こと?
『伯爵様が殺さないで連れて来いって言ってた奴だ!』
『間違いないよ、羽根付きのエクソシストのメス!』
「……そう」
『はしばらく預けておいてあげる。大事に大事にしてねぇ?』
ロードの言葉が浮かぶ。
『――また会おう、《イヴの娘》』
ティキの音にならない声が、浮かぶ。
――どうやら、伯爵はわたしをご所望だ。
だけど逆に言えば、わたしが殺されることはないということでも、ある。
「――ラビ! クロウリー! ブックマン!
アニタさん達はわたしが護る、アクマは任せた!!」
「りょーかいっ」
「頼むぞ!」
「うむ、任された」
応じる声に、わたしは表情を引き締める。
――本部に連絡をしているリナリーと、連れて行かれたアレンが心配だ。
早く、出来るだけ早く。
このAKUMA共を、破壊しなくては!
「ちゃん…」
「――護ります。絶対に、わたしが護ります!」
――変える。わたしはこの《物語》の未来を変える。
だから誰も、誰一人、犠牲なんて出さないんだ。そう決めたんだ!
『こいつ連れて帰ったら、伯爵様誉めてくれるかなぁ』
『あったりまえだろー! 捕まえろ!』
「黙れ、雑魚共!! 退けぇぇぇーーーーーーーーーーッ!!」
――発動、《時空斬盾》!
大きく腕を振る。烏合している雑魚共なんて、一振りで視界の中の半分は消し飛ぶだろう。
それに、これだけ派手に暴れてりゃあ、隙を突かれて攻撃される恐れはほぼ皆無。あとはラビ達が片づけてくれる。
無茶でもなんでもいい、とにかく今は、一体でも多くAKUMAを破壊し、アニタさん達を護り切る!!
――わたしは早くこいつらを片づけて、アレンとリナリーの元へ行かなきゃいけないんだから!
+++
――船上から連れて来られた僕は、痛みに顔をしかめた。
上手く身動きが取れないけど、腕は自由に動く。対アクマ武器の銃口を、僕を運んでいるAKUMAに向ける。
さすがにレベル2は装甲が厚いけど、何発も撃ち込めば堪えるだろう。
『このクソエクソシスト、暴れんじゃ…っ――あっ』
『おっとぉ』
ようやく解放されたと思ったら、今度は別のAKUMAに捕らえられる。
今度は、まともに身動きも取れない。
「ぐっ…」
『へへへへ、落とすもんかよ。オメーはオレんだ。ぶっ殺…』
最後まで、その言葉が続けられることはなかった。
目の前で破壊されたAKUMAの頭上で、舞うように動く、漆黒の少女。
「!」
「アレンくん…っ」
必死な表情のリナリーが、僕に向かって手を伸ばしてくる。
反射的に手を伸ばして、差し出された手を取った。
その瞬間に、大きな衝撃音が――響く。
「「!?」」
弾かれたようにそちらに視線を向けると、不思議なモノがそこに浮いていた。
白い――何か。言葉に出来ない。『それ』が何なのか、まったくわからない。
『出たぞぉ!!』
『ギャハハハハハ』
AKUMA達から、歓声にも似た声が上がった。
あれはAKUMA? ――違う。僕の左眼は、あれを映していない。
「何だ、あれ…!?」
呟く声に、返る答えなどない。
ただ呆然とそれを見ていた僕達は、その時、相当無防備だった。
『いっけぇ!!!』
『ブッ殺せやぁッ』
口々に叫びながら、AKUMA達があの白いものに向かって飛んでいく。
その進路上にいた僕達は、AKUMAの移動に巻き込まれる。
「!!」
「きゃあっ」
リナリーが短く悲鳴を上げた。
その時、握っていた手が離れてしまう。
「あっ…」
「リナリー!!!」
顔から血の気が引く。
こんなAKUMAの群の中ではぐれたら、どうなるかわからない。
とも約束した。リナリーを、護らなくては。
「――イノセンス第二解放――《繋累》。
音速の踏技《音枷》――!」
何も無いはずの宙を蹴り、リナリーが飛ぶ。
まるで風のような、速度。
強風に思わず目を閉じている間に、手を取られた。
そのままリナリーに運ばれるようにして、少し離れた地面へ着地する。
…の羽根より、何倍も速かった。
「は、速いねリナリー」
「ごめん、大丈夫だった?」
「うん! それより…」
「!?」
響いた咆吼に、僕達は顔を上げた。
あの白いものに向かって、AKUMA達が一斉に攻撃している…?
「……!!」
「攻撃されてる…!?
まさか、アクマ達はあの白いモノを狙って来たのか…!?」
呆然とその光景を、僕とリナリーは何も出来ずに見上げていた。
「!! あれは…っ」
不意に、何かを見つけたのか、リナリーが目を瞠る。
彼女の視線は、攻撃を受ける白いものを凝視していた。
「スーマン…?」
…スーマン?
人の名前だろうか。
聞き返そうと視線をリナリーに向けると、彼女の顔色は真っ青だった。
「あ…っきゃぁあぁあああああぁぁぁぁぁぁあああッ!!!!!!」
「リナリー!?」
突然悲鳴を上げて、リナリーはその場に崩れ落ちた。
その顔色は蒼白で、表情には恐怖が浮かんでいる。
「どうしたんです、リナリー!?」
「…咎落ち…」
「!?」
リナリーが呟いた言葉は、どこか不吉な響きを孕んでいた。
思わず息を呑む僕の腕の中で、リナリーは震えながら、続けて言葉を紡ぐ。
「し、使徒の…なり…そこない…」
後戻りは許されない、《悲劇》の開幕。
To be continued?
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。