「ねー、どこ行くのよぅ」
「部屋に戻る」
「え、やだよ神田の部屋暗くて怖い」
「悪かったな…」

…しまった。微妙に怒った。
でもだって、本当に薄暗くて嫌なんだよぅ、あの部屋…。

「どうせどこか行くなら、もっと遊べる場所行こうよ」
「…その情けない姿を晒して歩き回る気か?」
「はうっ」

情けないとまで言わなくても、良いと思う…。
思わず、わたしは掴まれていない方の手で、自分に生えた猫耳を隠してみた。
…いや、隠れるわけもないんだけどね。

「あのぅ…3日間ずっと部屋に放り込まれてるんでしょうか、わたし…」
「無難だろうな」
「嫌だー! 腐るー! 光合成させてー!?」
「腐るわけねぇだろ! どう頑張っても光合成なんか出来ねぇよ!?」

おい、どこまで冗談通じないんだこいつ。
わたしだって本気で光合成しようなんて思いません。

「それは物の例えだけどっ…ええええ、3日間誰とも会わずに部屋にこもりっきり…??」
「……………俺が一緒にいるだけじゃ不満かこの猫娘」
「ゴメンナサイ。わたし愛されてて嬉しいわ、ユウちゃん!」
「…………………」
「ごめんなさいごめんなさい六幻は仕舞ってーーーーっ!?」

…わたしは本当に、この男に愛されているんでしょうか。
ちょっぴり疑問に思えてきた…。



A HOUSE CAT --- 02




まともな家具も何も無い、備え付けの備品のみの部屋。
当然、座る場所もベッドの上しかないので、わたしはその上に脚を崩して座っていた。
神田はまぁ、自分の部屋だし、普通にベッドに座ってるけれど。

「…しかし、コムイもよく次から次へと、こうも下らないことをやらかすな」
「………人を見ながら言わないで頂きたい」
「他にどこを見るんだよ」
「うぅ…」

神田にしては珍しく正論なので、言い返せない。

「気になってたんだがな」
「う?」
「ソレ、くっ付いてるだけなのか?」

何が、と。
聞き返す前に、尻尾を無造作に掴まれた。
ぞわりと、背筋に妙な寒気がはしる。

「ふにゃっ!?」
「は?」

きょとんと目を瞠る神田の手から、わたしは慌てて尻尾を取り返した。
あああ、びっくりした! 猫が尻尾触られるの嫌がる気持ちがよくわかったッ!

「な、な、なにするんですか神田さんっ」
「おまえこそなんだよ、その反応」

訝しげに言いながら、神田がまた尻尾を掴んだ。
ぞわっと変な感覚が足下からせり上がってきた。マズイ、これはマズイ…ッ

「にゃあああっ!?」
「…おい?」
「ね、猫の尻尾掴んじゃいけません、っておかーさんに教わらなかったのかあんたはッ!!」

再び尻尾を取り戻して、これ以上掴まれないように抱え込んだ。
もうくすぐったいとかそういう次元じゃないよ、これ!

「………」

ベッドの隅で尻尾を抱えて丸くなるわたしを眺めていた神田が、不意に腕を伸ばした。
そして、無言で両耳を掴んでくる。

ぞわっ、と全身の毛が逆立った。

「ぃにゃぁぁぁっ!? 耳もやめてーーっ?!」
「………」

耳を押さえて後ずさると、すぐに壁にぶつかった。
…痛い。まぁ、ベッドの上は狭いんだから、それも当然なんだけど。

「あ、あんた面白がってるでしょっ!?」
「…猫そのものだな」
「だから猫なんだ、って言ってんだろーがッ!!」

毛を逆立てるわたしに対して、神田はそれこそ猫の子を撫でるようにくしゃくしゃと頭を撫でてきた。
心なしか楽しそうに見えるのは、気のせいですか…??

「…あのさぁ」
「あ?」
「…神田って、割と猫好きでしょ…」
「嫌いじゃない」

即答かよ。
うわー、なんだろ。不良が捨て猫拾ってる場面を目撃しちゃった気分。

「わたしは猫じゃありませーん」
「あ? 猫だろ、今は」
「猫じゃないもん人間だもん」
「だから、3日間は猫なんだろ?」

壁にへばりついていると、肩を掴まれて神田の方に引き寄せられて、後ろから抱え込まれる格好になる。
長い指で喉を撫で上げられ、ぞくりと寒気にも似た感覚がせり上がってきた。

「ふにゃぅ…」
「やっぱ猫なんだな。喉撫でるとゴロゴロ言うし」
「…わたしで遊ぶなー…」

もう怒鳴る気力もない。
そのままわたしは、神田の脚を枕にするように体を倒した。

「うぅ…もういいや。お昼寝する」
「あ?」
「猫は一日の大半を寝て過ごす生き物ですー」
「だからってなんで俺を枕にするんだよ」
「…ダメ?」

下から見上げながら、小さく小首を傾げてみる。
一瞬の沈黙の後、神田は舌打ちしてから頷いた。

「…チッ。好きにしろ」
「わーい、神田優しいなー」
「………」

にこにこしながら言うと、いつも以上にぶっきらぼうに「さっさと寝ろ」と言い捨てられた。
うん、でも神田が照れてるのはわかってるよ。照れると素っ気なくなるんだよね、この人。

「んー…ねーぇ?」
「寝るんじゃなかったのか」
「寝るまで付き合いなさいよ」
「…なんだよ。言ってみろ」

このつき合いの良さを見るに、相当甘やかされてるんだろうなぁと自覚はある。
柔らかな手つきで耳を撫でる手が心地よくて、わたしはつい、にこにこしてしまう。

「こうやってさぁ…ふたりでいるの、久々じゃない?」
「ああ、そうかもな」
「いつも賑やかだもんねー、わたし達の周り」
「俺達の、と言うよりおまえの周りだろ。うるせぇのは」
「あはは、うるさいって酷いなぁ」

そこが良いのになぁ、とも思う。
任務上、わたしのパートナーはアレンだし、自然と彼と一緒にいる時間は長くなる。
そこに楽しいことが好きなラビや、わたしを慕ってくれるリナリーが集まってきて、いつも大騒ぎ。
そんな日常はすごく楽しい。楽しいけど。

「任務任務任務でさー、それなりに楽しいけど、神田と一緒にいる時間は極端に少ないよねー」
「仕方ねぇだろ」
「うん、仕方ないね」

わたし達はエクソシストだから。
仕事のスケジュール上、すれ違いが多いのは仕方のないこと。

「だから今はその分甘えようかと思います」
「は、」
「ダメ?」

手を伸ばし、綺麗な長い黒髪に指を絡めて、わたしはもう一度小首を傾げて訊ねる。
戻ってくる答えなんて、聞くまでもない。

「…勝手にしろ、って言っただろ」
「うん。じゃあ、勝手にします」

ああ、まったく、こいつは素直じゃなくて愛しいです。
男の膝枕なんて固くて寝心地悪いけど、今日は我慢してあげましょう。

「…動いてるぞ、尻尾」
「嬉しいからかなぁ」
「動物的だな」
「動物ですからー」

動物って素直だよなぁ。表情どころか全身で感情が読めてしまう。
でもまぁ、たまにはそういうのも悪くないだろう。

「ねー、神田ぁ」
「なんだよ」
「愛してるよー」
「知ってる」
「…そこはせめて「俺も」とでも言えよ」
「言えるかよ。猫相手に」
「うっわ、ひどっ――

抗議を言い終わる前に、覆い被さるようにして触れてきた唇に、声は音にならずに消える。
目を瞠るわたしに、神田が微かに笑ったように見えたのは錯覚じゃないだろう。

「…俺は行動で示すんだ」
「…そっちの方が動物的じゃん」
「良いんだよ。人間だって動物だろ」
「うわー屁理屈ー…」

ねぇ、もっとちゃんとしてよ。
そう笑いながら言うと、神田は「面倒くせェ」と文句を言いながら、わたしを抱き起こす。
その首筋に腕を回して抱きついて、お返しとばかりにわたしは彼に口付けた。


+++


翌日の昼間のこと。
昼食時になっても姿の見えないと神田に気付き、アレンは向かい側に座るラビに訊ねた。

「…で。今日は神田と、どこ行ったんですか?」
「んー? 外で日向ぼっこだってー」

なんかもう、ある意味コムイって天才さ。なんか完璧猫だぜ、猫。
半ば感心したようにそう付け加えたラビだったが、アレンはまともに聞いていない。

「外ですか。ハードですね。神田、大丈夫なんですか」
「…むしろお前が大丈夫じゃねぇさ、ソレ。そもそも心配するのはユウの方なんか」
「まともに経験の無い人は、おとなしくソフトプレイをお薦めしますよ」
「…真顔で言うのやめよーぜ。オレ、別にそういう話キライじゃないけどさ」

が絡むと黒くなるのはなんでかなぁ、と笑みを引きつらせつつ、ラビは声のトーンを少し落とす。
真っ昼間の食堂でするには、少々過激な内容だったからだ。

「まー、ユウ曰く? 『仔猫に手ェ出す程落ちぶれてねェ』だってさ」
「仔猫ねぇ…」

積み上げられた料理を平らげながら、アレンは胡乱げに目を眇めた。

「…随分立派な仔猫ですよね。神田の目にはフィルターが掛かってるんですかね」
「…オレもそれは物凄く思ってるけど、一応言わない方が優しさだと思うんさ」
「………なんていうか、」
「ああ………」


「「過保護だなぁ…」」


まったく同時に呟いて、ふたりは呆れたようなため息を吐き出した。
そして、アレンは食器を置いて席を立つ。

「…じゃあ、ちょっとちょっかいかけに行きましょうか」
「へ?」
「折角任務も無く暇なんですから、面白いことは共有しないと。ねぇ?」
「あ…あはははは…やっぱ機嫌悪いし…」

悪魔の角でも見えてしまいそうな程、含みのある微笑を前に、ラビは乾いた笑いを浮かべる。
いっそアレンとがくっついてくれた方が、世の中平和だったのかもしれない。そんな事を考えながら。






ちょっと疲れたあなたの瞼、優しくキスをしてあげる。



END

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