「…普通に考えて、入れ替わった…って、取るべきだよね」

手の中で宝珠――イノセンスを転がしながら、わたしは呟いた。

「イノセンスであることに間違いは無いんですよね?」
「うん、適合者が居ないから《声》自体は微弱だけどね。…ってか顔が近い、アレン」

間近にあるアレンの顔を押し退けると、不満そうな声が返ってくる。

「…良いじゃないですか、今更」
「普段のアレンならねッ!」

わたしがそう返したのは、眼前に居るアレンが普段と違うからだ。
秀麗な顔は変わらない。銀と言うよりは白い髪も変わっていない。
ただその姿に、幼さを残した少年らしい可愛らしさは無いのだ。
………落ち着かない。非常に落ち着かない。

「…怖いよぅ」
「失礼ですね、って」

それこそ今更だと思う。
だいたい、神田と入れ替わったなら、まだわたしよりも1歳年下のはず。
…なのになんだろう。育ち過ぎだこいつ。

「…おい、そこの馬鹿ふたり。じゃれてる場合じゃねぇだろ」
「なんですか、神田。嫉妬は醜いですよ」
「違ェよボケモヤシ」

疲れたようにため息を吐きながら、普段より幾分幼い姿の神田がアレンと相変わらずの言い合いを始めた。
わたしがこの《世界》に来たばかりの頃、初任務で赴いた任務地でも似たようなことがあったっけ。
その時も被害を被った神田は、今みたいな反応だった。

「…っていうか神田が可愛いよぅ!」
「~~~ッ! 抱きつくんじゃねぇッ!!」

思わず飛びついたわたしの頭を、神田は間髪入れずに平手で叩いた。
…痛い。でも今の神田なら許してあげても良い。

「神田が15歳の時って小さかったんですね」
「なんだとっ?!」
「仕方ないよ、東洋人は西洋人に比べて造りが小柄なんだから」
「おいッ」
「っていうか、いつまでくっついてるんですか、
 いくら小さくて可愛くても中身は神田ですからね、それ」
「そんなに小さくねぇよ!!」
「そうですか? と同じくらいに見えますけど?」
「~~~ッ!!」

思いっきり見下ろすアレンに、神田は言い返す言葉を必死に探しているのがわかる。
…なんていうか、これは普段から変わってないんだろうけど…、
…………アレン、変な意味で開き直っちゃったなぁ。口喧嘩で神田がアレンに勝てるとも思ってないけど。

「アレンは逆に育ち過ぎだよ…ラビより大きいんじゃない?」
「自分ではわからないんですけどねぇ。そんなに育ってます?」
「育ってますよー…鏡見ればすぐわかるって」

やだねー、無駄に美形なくせに自分の容姿に無頓着で。
ああ、でもわたしの周りって大抵そんなのばっかりか。泣けてくるなぁ。

「…? おい、モヤシ」
「誰がモヤシですか、自分の姿見てから言ってくださいよ。…なんですか?」
「おまえ、左目…?」
「?」

訝しげに顔をしかめた神田の言葉に、わたしもつられてアレンの左目を見る。
不思議そうに首を傾げながら、アレンは自身の左目に左手を沿えた。
その左腕を見て、わたしは目を瞠った。

「…アレン! 左腕!!」
「え…?」

さらに困惑するアレンの、左腕。イノセンスじゃなくて、普通の腕になっている。
そして左目。…傷が、無い。

「ど、どういうこと…?」



Change Crisis!! --- 02




『あー、それは「入れ替わり」というより「反転」だねぇ』

ソルトレージュの向こう側で、コムイさんの呑気な声がそんな言葉を紡いだ。
それにしても、気になる言葉が出てきたな。

「反転…ですか?」
『うん。大人は子供に、子供は大人に、エクソシストは普通の人間に…って具合にね』
「あー」

マイナーと言えばマイナーな展開だけど、無くは無い展開だよなぁ。

「…でもその原理で言うと、性別とか変わりませんか普通」
『…見たかったの? それ』
「………」

ちょっと想像はつかないけど、今でも充分美形なふたりだ。
…きっと、目の当たりにしたら立ち直れない自信がある。

「…女として自信失いそうなので遠慮します」
ちゃん、いい加減その自虐的思考止めようよ?
 大丈夫、ちゃんは可愛いよ。リナリーの次くらいに!』
「うわー、光栄ですけど大嘘ですねそれー。
 違います、そもそもアレンも神田も綺麗なんです。可愛いんじゃないんです」

うん、自分で言っててしっくりきた。
しきりに頷いてると、わたしの後ろに居るアレンと神田が口を挟んでくる。

「…。世間話は帰ってからにしてください」
「おまえいっつも通信長ェんだよ。自重しろ」
「黙らっしゃい無駄美形共」

頭脳労働は全部わたしに押しつけておいて、言いたい放題だなこいつら。
わたしだってそんなに勉強出来る方じゃないんだぞ、もう…。もうここは、わたしの知らない《物語》なんだし。

「それで、元に戻すにはどうしたら?
 イノセンスを持ち帰ると、多分ふたりがこのまんまなんですけど」
『んー…まぁ、元々あった場所にイノセンスを戻して街を出れば、元には戻るだろうけど…』
「そういうわけにもいきませんよねぇ」

わたし達の今回の任務は、イノセンスの回収だ。
まさかイノセンスをほったらかしにして、教団に戻るわけにもいかない。

『…別にそのままでも良いんじゃない??』
「いや、神田は可愛いからこのままでも良いんですけど、アレンが怖いんでやっぱ困ります」
「可愛いってなんだ!!」
「怖いってどういう意味ですか!?」
「あー、ごめんごめん本音出た。うるさいから離れて離れて」

ぎゃんぎゃん騒ぐふたりにヒラヒラと手を振って、わたしは片方の耳を塞ぐ。
無線の向こうで、コムイさんが笑った気配がした。

『3年経てば同じじゃない』
「いきなり成長されても困ります。コムイさんは現物見てないからそう言えるんです!
 …で。探索部隊の報告書とわたし達の報告をまとめて、そっちで調べてみてくれませんか?」
『うん、わかった。ただ検案事項をいくつも抱えてるから、すぐに出来るかどうかわからないよ?』
「構いません、今のところ生活に支障はないので。
 ただ、今の状態じゃあふたりともアクマとの交戦は不可能ですから、出来れば早めにッ」
『了解。まぁ、少しの間休暇だと思ってのんびり過ごしててね』

とりあえずちゃんがふたりを守ってあげててね、と。
笑い半分で言いながら、コムイさんは一方的に通信を切った。
……守るって。わたしがか。男ふたりを、女のわたしが。
………………………いや、良いんだけど。構わないんだけど。…なんか理不尽。

「…この状態で休暇気分にはなれないんですけど…」
「下手に動いて事態が悪化しても困りますし、仕方ないですよ」
「…チッ」

呑気なアレンと、気怠そうに舌打ちする神田の反応に、わたしは思わずため息を吐いた。
なんだってこう、この組み合わせで集まるとロクな目に遭わないんだろう…。

「…それは良いんですけどねぇ、アレンさん?」
「はい?」
「ナゼ抱きつくのですか」

背後からべったりくっつかれて、わたしは半ば棒読み気味に口を開いた。
日頃スキンシップが過剰なアレンだけど、今日はまた一段と…ごめん、はっきり言うとウザイ。

が小さくて可愛いなぁと思って」
「それ理由になってないよねぇ!? ってか人前! 人前だから自重してッ!!」
「良いじゃないですか、抱き締めてるだけなんだから。神田しか居ませんし」

あんたの中では神田は人の括りじゃないのか。
そんな扱いをされている神田は、関わりたくないと言わんばかりにそっぽ向いていた。

「神田ぁ! なんとか言ってやってこのエセ紳士にッ」
「ッ!! 知るか! なんで俺に抱きつくんだよ!」
「神田! から離れてください!!」
「俺に言うな、こいつに言え!!」

宿の一室は決して狭くはないけれど、神田に抱きつくわたしと、それを引き剥がそうとするアレン、
巻き添えを食った神田の3人で団子状態になって、まともに身動きが取れない状態になった。
…多分、一番身動きが取れないのは神田だろうけれど。

「なんではさっきから神田にくっつくんですか!?」
「だって可愛いから!」
「…おい」
「普段の僕には全然抱きついてくれたりしないじゃないですか!」
「だってそんなことしたら何されるかわかんないじゃない! 神田は変なことしないし」
「……おい」
「何を馬鹿なことを。神田だって男です、何も感じないわけありません」
「………おい」
「バッカ、何言ってんの! 神田はシャイで硬派なサムライボーイだよ? 軟派なエセ英国紳士と一緒にすんな」
「誰が軟派でエセ紳士ですか!? 僕は一筋ですよ、以外の女性には欲情しませんから!!」
「ちょっ、あんたなんてことを大声で言ってくれちゃってんのーーーーー!?」

今すごい真顔だったけど! 何この子!
他に言い方あるだろ!? せめてもう少しオブラートに包むとかッ!

が全然わかってくれないからじゃないですかッ! こんなに愛してるのに!!」
「そっちこそわたしが普段どんだけ恥ずかしい思いをしてるか理解しろーーーっ!?」
「……………いい加減にしろ馬鹿コンビ!!」

わたしとアレンの丁度中間から聞こえた怒鳴り声に、わたし達はぴたりと動きを止めた。
視線を落とすと、わたし達ふたりに潰されている状態の神田が、思いっきり不機嫌そうに眦を吊り上げている。

「俺を間に挟んで痴話喧嘩始めんじゃねェよ!!」
「「あ」」

猫が毛を逆立てているかのような反応をする神田から、わたしとアレンはささっと離れた。
今にも抜刀しそうな勢いです。…あ、でも今は六幻は発動出来ないし心配ないか。

「ったく…人を巻き込むんじゃねぇよ。勝手にやってろ」
「あー…神田ーー…」

苛立たしげに言い捨て、神田は確実にサイズの合っていない団服を引きずりながら立ち上がった。
その後ろ姿をなんとなしに眺めつつ、わたしはアレンの袖を引いた。

「…ねぇ、アレン」
「はい?」
「さっきはごめんね、言い過ぎた」
「いえ、僕も言い過ぎました。ごめんなさい」

お互いに謝罪の言葉を口にしつつ、視線は前を向いたままだ。

「でね、ちょっと聞いてくれる?」
「なんですか?」
「…今の神田にさぁ…わたしの団服着せたら可愛いと思わない?」
「は!?」

わたしの一言に、足を止めて神田が振り返った。
顔色が悪くなった神田とは対照的に、アレンはそれはもう楽しそうににっこりと微笑む。

「あー、それは面白そうですねー」
「なっ?!」
「でしょー? 絶対可愛いと思うんだよねー」
「~~~ッ!?」

もう言葉も出ないらしい。
珍しく呆然と立ち竦む神田をビシッと指さして、わたしは口を開く。

「よーし、アレン! 神田を確保!!」
「はい」
「ちょっと待ておまえらなんなんだいきなり!?」

アレンに猫の子のように持ち上げられて、ようやく我に返った神田が怒鳴り散らす。
だけど、対するアレンは余裕綽々の笑みだ。

「何って。純粋なイヤガラセですよ?」
「笑顔で言うことかテメェ!?」

うんうん、普通は笑顔では言わないよね。っていうか本人には言わないよね。
そう思いつつも、わたしは同じ様な笑顔で椅子に掛けて置いた自分の団服を手に取った。

「身長的には大丈夫だと思うけど、肩幅大丈夫かなぁ」
「大丈夫じゃないですか?
 思ったより神田は華奢みたいだし、そもそも団服って大きめに作ってあるでしょ」
「離せ! オイコラ、モヤシッ!」
「アレンです」
「今は神田の方がモヤシっ子だよー。大人しくしててねー」

暴れる神田にそう言うと、ますます眦が吊り上がった。
さすがにわたしが着替えさせたら可哀想なので、アレンが神田を押さえながら器用に着替えさせるわけですが、
…………なんでそんな手慣れてるのか、非常に気になるんですけどアレンさん。

で慣れてますから」
「心の中を読むな! …え、待って。わたし着替えさせられた記憶無いよ!?」
「寝起き最悪のひとが何を寝言言ってんですか」

さらりと返されて、わたしは思わず絶句した。
…それは、つまり、どういうことですか?
朝、寝ぼけてる間に、アレンに着替えさせられてるってこと?

……
………うん、訊かなかったことにしよう。

「ツインテールにしてみようか。リナリーっぽく」
、それはリナリーに失礼です」
「どういう意味だ。じゃあリボンー」
「こら、やめろ! 触んなッ!!」

アレンに押さえ込まれてもまだ暴れる神田の髪に、わたしはリボンを結んでみる。
うーん…神田に臙脂色は似合わないかもしれない。これしかないから仕方ないか。

「よし、出来た!」

わたしの言葉を合図にしたように、アレンが神田から手を離した。
当の神田は暴れ疲れたのか、気力が無くなったかのようにその場に座り込む。


「………」
「………」


神田を見つめながら、わたしとアレンは思わずその場に硬直した。
言葉も出てこなかったし、笑いすら出てこない。

「なんなんだテメェら! 笑いたきゃ笑え!!」
「…いや、」
「うん…」

そのまま、わたしとアレンは顔を見合わせた。

「…どうしよう、アレン。思ったより可愛く仕上がってしまった」
「…どうすんですか、これ。思ったより笑えないんですけど」
「テメェらなぁ!?」

ギリギリ、と六幻を握り締めながら神田の表情がどんどん険しくなっていく。
だけど今の神田には六幻は抜けないし、なにより、この格好じゃあ可愛いだけだ。

「…あー…また女としての自信が失われたー…」
「そんなことで落ち込まないで下さい。は美人じゃないけど、可愛いから大丈夫ですよ」
「………トドメ刺すんじゃねーですよ、アレンさん」

なにその苦し紛れの誉め言葉。
どうせ美人とか綺麗とかそういう形容詞、似合わないですよ。


……
………まぁ、アレンに美人とか言われたら、逆に嘘臭くて凹むから、いいけど。

「…あー、いいなぁ神田。可愛いくて。成長すれば美人だし」
「……………………………ブッた斬るぞ」

低く呟いて、神田は私の団服を脱ぎ捨てた。
あ、酷い。せめて畳んで欲しいです。

「可愛いのになんで脱いじゃうかなぁ」
「折角飾り付けたのになんですか、ノリの悪い」

口々に不満を言うわたし達を一瞥して、神田は苛立たしげに息を吐いた。
そして、吐き捨てた台詞は、どこかで訊いたような一言。






「…この、災厄コンビが」






頭にリボン付けながら言う台詞じゃないと思う。



To be continued?

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