※注意※軽く性的表現を含みます。自己の責任でお読み下さい。(推奨15歳以上)



…そうか、そうきたか。
敵とは言え、見事な作戦と言わざるを得ないようね…。

その場に立ち、ドアを見つめながらわたしは唸る。
女が入れない場所――それは男子トイレと男風呂。
ジャンめ。侮りがたし。考えたじゃないか…!

「…まぁ、そんなことで身を引くわたしじゃないけどね!」

大丈夫、このくらい大したことじゃないさ!
と、自分を鼓舞しながら、わたしは足を前に踏み出した。


――いざ、男湯! 人が少ないと良いな!!



…まぁ、正直、自分でも馬鹿だと思った。



迷える恋羊 --- 03




「アレン、背中流してやるよ!」
「ありがとう、ジャン」
「お前ら兄弟みたいさー」

呑気な会話は、和やかな雰囲気を醸し出していた。
ともすればむさ苦しい教団の男湯の雰囲気すら、少し和やかになってきた気がする。
…その乱入者が現れるまでは、だが。

「ちょーーーっと待ったーーーっ!」

大声量で浴場に響き渡る、声。
どう聞いても女の声であり、浴場の入り口に立って居るのは完璧に女性である。


「「「…………………………」」」


突然の乱入者に、アレンもラビも、ジャンまでも硬直した。
周囲からは声にならない悲鳴が上がっているが、乱入してきた女はまったく気にしてない。

普段は流しっぱなしの、肩口を少し過ぎるくらいの黒髪は、今は適当に結ばれていて。
服装も団服ではなく、キャミソールにスカートというラフな出で立ち。
脚も当然、普段のブーツなんて履いてない素足だ。
腿の真ん中より過ぎたくらいまでしか長さの無いスカートで脚を剥き出しでは、目のやり場に非常に困る。

さすがにどう言葉を発して良いかわからなくなっていたアレン達の中、なんとか口を開いたのはラビだった。

「………。お前何やってるんさ」
「アレンの背中を流しに来た!!」
「は?」

即答で返された言葉に、浴場に居た全員の視線が、ある一点に集中する。
…無論、アレンに。

しばらく言葉を発することを忘れたように呆然としていたアレンは、ゆっくりと瞬きをした。
そして、酷く複雑な表情を作って立ち上がる。
そのまま入り口に立つの方へ歩いていくと、がしっとその両肩を掴んで詰め寄った。

「~~~ッ!! 君はいったい何を考えてるんですか!?」
「大丈夫、これ以上は脱がないから!」
「そういう問題じゃないですよッ!! ちょっと来なさいッ」
「え? え? あれ?!」

そのまままるで猫を持ち上げるようにの襟首を掴み、アレンは浴場のドアを乱暴に開けた。
かと思えばふと足を止めて振り返り、怒鳴るように口を開く。

「…ラビッ! ジャンのことを頼みます!!」
「お、おう」

そのまま、騒ぐを叱りつけながら、アレンは彼女を引きずったまま浴場を後にした。
残された一同は、相変わらずわけのわからない名物カップルに、首を傾げたりため息を吐いたり反応は様々だ。

「…あー…も相変わらず何考えてんのかわかんねぇさ…」
「…なぁ」
「ん?」

ふと、ジャンがラビに向かって口を開く。
視線を向けるラビに、ジャンは真剣な顔で尋ねた。

「アレンとあいつ、仲良いのか?」
「んー。まぁ…アレンがベタ惚れだからなぁ、に」

互いにベタ惚れなのかもしれないが、比率的にはアレンの方が上だと、ラビは思う。
ただ基本的に苛めっ子気質なのか、しょっちゅう余計なことを言って怒らせているが。
…ああ、でもそれはお互い様かもしれない。

「なんで? だってあいつ凄い怪しいじゃん!」
「怪しいって」
「妙に情報通って言うか。知ってるはずもないこと知ってたりとか!」
「ああ、それはたまにオレも思うさ」

確かに、は不意に変なことを言う。
最初に出会った時とてそうだ。名乗ってもいないのに名前を言い当てた。
もちろん、「さっきそう呼ばれてたから」と彼女は言っていたが、それでは説明のつかない部分がある。
ちなみにそれには、リナリーや神田は気づいていない。気づいたのは恐らくラビだけだ。
――そう、神田のファーストネーム。
下手をすれば発音は英語の『YOU』に被るその音を、彼女は一度訊いただけで『名前』と判断した。
それはなかなか珍しいことで、どうにも『最初から知っていた』感が、拭えない。
…まぁ今となっては、どうでもいい話かもしれないが。

「絶対アレンは騙されてるんだ! あいつぼんやりしてるし、人が良いし」
「…えー…?!」
「だからオレが、あいつの正体を暴いてやろうと思ってさ」

意気揚々と拳を突き上げるジャンに、ラビは苦笑した。
正体、ときたか。
の正体を暴く前に、彼はアレンの正体を見ておくべきだと、思う。

「…あー、うん、まぁ…あれだ」
「なんだよ」
「今すぐ風呂上がって、アレンの部屋に行ってみ? アレンの正体がわかるから」
「は? アレンの正体??」

きょとんと首を傾げるジャンに、ラビは深く頷く。
不思議そうにしてはいたが、ラビが重ねて言うと、ジャンはそれに従って浴場を出て行った。
その背を見送りながら、ラビは呟く。

「…ま、このくらいのイヤガラセは許容範囲だろ」

ホント、あいつら揃いも揃ってオレをなんだと思ってんのかね、と。
湯に浸かりながら、ラビは本日何度目かのため息を吐いた。


+++


「…で。一体は何がしたいんですか…?」

アレンの部屋まで引きずられて来たわたしは、ベッドの上に正座させられた。
アレンは既に説教モードだ。理不尽な展開に、わたしはむくれながら言い返す。

「なんだよ、彼女に背中流して貰うのは男のロマンだろ!」
「ふたりきりなら大歓迎ですが、あんな共同浴場でやられても困りますよ!!」


……
………ああ、やっぱり男のロマンなんだ。冗談だったのに。

そのうち変なことを要求されやしないかと、今から不安だ。
…アレンもやっぱ、あのクロス元帥の弟子だからなぁ…怖いなぁ…。

「…今何か嫌なこと考えませんでしたか?」
「滅相もございません」

即答で答えたのに、アレンは胡乱げにわたしを見る。
なんですか。その疑いの目は。

「話を戻しますけど…、ジャンが来てからおかしくないですか?」
「……えーと」
?」
「…いや、なんつーか…」

じーっと見つめてくる銀灰色の目。
逸らしたら負けだと言わんばかりのそれに、根を上げたのはやっぱりわたしだった。

「…わかった、わかったよ。白状する。
 わたしさ、アレンにずーっと黙ってたことがあって。それをジャンが知ってるんだよね」
「……」
「別に今更、隠すようなことじゃないんだけど…やっぱ、勝手に言われるのって癪に障るし。
 だから、常に目の届く場所に居て貰わないとなーって、思って。それで」
「…………ホンットに、馬鹿ですよね。って」

うわ、言うに事欠いて馬鹿って。
心底呆れたように吐き出された暴言に、わたしは苦い表情になる。

「…知ってますよ」
「え?」
「僕とは…僕が教団に来る前に一度、会っている。そうですよね?」

静かに告げられた言葉の意味が、一瞬、頭に入ってこなかった。
徐々にそれを理解して、わたしは目を瞠る。

「…知ってたの!?」
「知ってたというより、気付いたんですよ。任務中、傷を治して貰ったときに。
 ああ、あの時…僕の怪我を治してくれたのは、だったんだ――って」

…あ、そうか。
アレンはわたしと同じ、寄生型の適合者。
常に体内にイノセンスを宿すわたし達は、それ以外の力の干渉に過敏だ。
それに、今のところ…傷を癒す能力のイノセンスは、わたししか持っていない。
ミランダさんの能力は時間を吸い出すものだから、正確には『治癒』とはいえないし。

「…な、なぁんだ…知ってたんだ…」
「気付かれてないと思う方がおかしいですよ、…」
「そうかなぁ」
「そうですよ。自分のイノセンスが特殊だってこと、理解してます?」

…ごもっともです。
呆れたようなアレンの言葉に、もはやぐぅの音も出ない。

「…そっかそっか、じゃあすっかり無駄なことしてた!
 そういうことなら良いや、お風呂入り直して来て良いよ。わたし部屋に戻るから」
「……」

いそいそと正座を崩し、わたしはベッドから脚を降ろす。
…と、両足を降ろす前に、アレンに横から抱きつかれた。

「…あの、アレンさん? わたし、部屋に戻りたいんですが」
…」
「え、なに…っ?」

耳元で名前を呼ばれて、ぞわりと変な感覚が湧き上がってくる。
それで硬直している一瞬の間に、わたしはベッドの上に押し倒されていた。
…ちょっと待ってください、アレンさん。

「……あのぅ。アレン、わたしの話聞いてた…?」
「はい。一応」
「一応かよ! ちょっと退いて!」
「嫌です」
「即答!?」

至近距離で見下ろしてくる、アレンの整った顔に浮かぶのは、笑みだ。
…ただし、無邪気さの欠片も無い種類の。

嫌な予感がして、わたしはまじまじとアレンを見上げた。
警戒した面持ちのわたしににっこりと微笑んで、アレンは指でわたしの唇をゆるりとなぞる。
ぞわりと背筋に何かがはしり、口にしかけた言葉は、そのまま落とされた口付けにすべて持っていかれた。

「~~~ッ…ちょ、アレン…まさか…ッ」
「すみません、生理現象なもので」

笑顔で言うことじゃない!!
足首の辺りからなぞるように脚を撫で上げられ、思わず悲鳴に近い声を上げそうになる。
手が腿の辺りを撫で上げた時点で、さすがにヤバイと危機感を感じた。
わたしは腕に力を込めて、アレンを退かそうと藻掻く。

「バッ…バカ! 昨日したばっかだよ、明日から新しい任務なんだよ!?」
「明日に響かないようにしますから」
「嘘だ! いつもそう言って一回で終わらせてくれないじゃんかッ!!」

わたしの力じゃまったく堪えないのか、アレンが退く気配はない。
必死でじたばたするわたしを見下ろしながら、アレンは腹立たしいほど楽しそうに微笑った。

「それはまぁ、が誘ってくるから?」
「さ…っ!? 誘ってないよ勝手に盛ってんのはそっちだぁッ!」
「酷い言われ様ですね。僕は犬猫じゃありません」

犬猫の方がまだマシです。
そう言ってやろうかと口を開きかけたわたしは、一瞬で言葉を失った。
覆い被さってきたアレンが、首筋に舌を這わせてきたせいで。

「ひぁ…ッ…く、首、舐めんなぁ…ッ」
「弱い場所から攻めるのは当然じゃないですか」

それは捕食者の理論だっ!!
言い返し掛けて、ちくりとした痛みが首筋に来た時点で言葉が出なくなる。
目立つ場所に跡付けるな、って散々言ってんのに…こいつ全然人の話聞いてないっ!!

「だ、だいたいっ…ジャンが戻ってくるでしょーが…!」
「ラビに預けてあるから大丈夫でしょ。…は僕に集中して」
「ひゃ…ッ!?」

直に腰を撫でられて、ぞくりと寒気にも似た感覚が背筋にはしる。
一枚も衣服は脱がされていないのに、素肌の上をアレンの指が器用に這い回る。
ああもう、いっそ纏う布なんて意味が無いんじゃないかとさえ、思えてきた…。

「ッ…やだってば…ッ! わたしが体力無いの知ってるでしょ…っ」
「仕事の話は後にしましょう。ね?」
「ね? じゃないよっ! 人の話聞け…ッ」
「ちょっと黙っててください」

反論するより先に、噛み付くように口付けられた。
貪るような口付けの最中にも、アレンの手は器用にわたしの肌を這い、撫で上げていく。
こっちはせいぜい呼吸するので精一杯で、それを制止する術がない。

本当に容赦の欠片も無いな、こいつは…ッ!
こっちがその気になるように仕向けるつもりか、焦らすように肌を撫でるだけで先には進まない。
それでも繰り返される、舌を吸い上げる激しい口付けに、生理的な涙が滲んでくる。

「ぅ…んっ…ア、レ…ン」

口付けの合間に、なんとか声を発した。
その声を拾い上げ、アレンはようやく口付けを中断する。

「なんですか?」

わたしを見下ろして、声音だけは優しく訊ねながら、アレンは口角を持ち上げて笑う。
唾液に濡れた唇を、舐めながら。
…負かされた感があって、非常にムカついた。

「い、…一回だけ、だからね…ッ」
「…はい」

ほら、やっぱり。
…とでも言いたいのか、余裕の笑みが腹立たしい。殴りたい!
殴りたいのは山々だけど、既にわたしにその気力も力も残っていなかった。
それでも最後の反抗とばかりに、わたしはぷいっと顔を逸らす。
そんなわたしの反応に苦笑しながら、アレンの手がキャミソールをたくし上げた。

――のと同時に、勢い良くドアが開かれる音が、部屋に響く。


「アレン! ちょっと聞きたい事が」


突然の乱入者に、わたしは思わず呼吸を止めて硬直した。
瞬きも忘れて、開け放たれたドアを見る。
ドアを開けた人物も、大きな目を更に大きく瞠って固まっていた。
……見間違うわけもなく、さっき大浴場に置いて来たジャンである。


「「「……………………」」」


気まずい沈黙が流れ、ジャンはそっとドアを閉めた。
遠ざかっていく足音を聞きながら、わたしは軽く混乱してドアとアレンを交互に見る。

「…………ッ!!?」
「…すみません、鍵掛け忘れました…」
「~~~~ッ!!!」

鍵を、掛け忘れた…!?
わたしは震える手で、乱れた衣服を掻き寄せる。
…なんで震えてるかって? 怒りに決まってんだろ…!!

「アレンのバカーーーーーッ!!」

…そう怒鳴って、わたしがアレンを渾身の力でぶん殴ったのは言うまでも無い。


+++


「じゃ、オレそろそろ行くよ!」
「気をつけてね、ジャンくん」
「本部に配属される科学者になれるように頑張れよー」
「あったりまえだろ!」

翌日。
すっかりリナリーやラビと仲良くなったのか、彼らのそんな遣り取りが微笑ましい。
あれだけ腹立ててた神田も、一応見送りに来てる。結構丸くなったよなぁ、性格が…。
…リナリーに引っ張られて来ただけかもしれないけど。

「あ。アレン!」
「ん? なに?」

袖を引っ張られ、アレンが普段通りの穏やかな笑顔で応対した。
が、次にジャンの口から飛び出てきた言葉に、その笑顔は崩されることになる。

「どんな事情があっても、女を泣かせるのはダメな男だって親父が言ってたぞ!」
「ぶっ!?」

い、いきなり何を言い出すのですかこのお子様は!?

「ちょ、待っ…なんでいきなりそんなこと!?」
「だって昨日泣かせてただろ。そいつのこと」
「え、わ、わたし!?」

指を指されて、わたしは変なひっくり返ったような声を上げた。

昨日って。
昨日って。
あ、あ、あれのことかーーーーー…っ!!

ちょ、そこは見なかった振りをする場面だろ!
あ、でも子供にはわかんないかそんなこと!?

「あ、あのねぇジャン…」

軽く混乱して言葉が出てこないわたしの代わりに、アレンが口を開く。
思いっきり、冷や汗をかきながら。

「…アレンくん」
「モヤシ…」

地の底から響くような声で、リナリーと神田がアレンを呼んだ。
呼ばれた当人でもないのに、わたしはぞわりと悪寒を感じる。

「どういうこと…?」
「どういうことだ…?」
「え、あ、あの、どうしたんですかリナリーも神田もっ」

黒いオーラが見える…。
笑顔なんだけど明らかに怒っているリナリーと、凶悪な面構えになってる神田。
ふたりとも、なまじ一般水準を軽く上回る美形であるが故に、一種のホラーみたいになっていた。

「私の大事なを泣かせたの…?」
「てめぇ、に何しやがった…?」
「ふ、ふたりとも顔が怖いです武器は仕舞ってくださいッ!?」

じりじりと後ずさるアレンに向けて、神田が六幻を引き抜く。
それだけならいつもの光景だけど、更にはリナリーがイノセンスを発動させた。
…あ。アレンの顔色が悪くなった。

「…うわー…悲惨ー…」
「まー、アレンは自業自得さね」

うんうん、とわたしとラビは頷き合った。
ちょっと最近、リナリーと神田が怒りっぽい気がするけど、まぁこれもある意味愛されてる証拠だろう。
…お母さんがふたり、って感じだけど。おかしいな、わたしが一番年上のはずでは。

「おい!」
「ん?」

首を傾げるわたしに、ジャンが声を掛けてきた。
振り返ると、ジャンは生意気な笑みを浮かべて口を開く。

「オレが本部に来るまで、せいぜいアレンと仲良くやれよな!
 おまえら変人同士で、結構お似合いだぜ!」
「まー。ナマイキねー! さっさと帰れー!」

言い返すと、わたしとジャンは顔を見合わせ、同時に吹き出した。
しばらく涙が出るほど笑い合っていたけど、ジャンが先に立ち直る。

「じゃ、またな! !」
「うん! 頑張れよ、少年!」

あんたもな!、と。
笑顔で生意気なことを言い残して、ジャンは元気に手を振りながら帰って行った。

うん、生意気だけど良い子じゃないですか。
昨日のあれは、まぁ、穴があったら入りたい程の失態だったけど。
誤解が解けたから、まぁ、結果オーライ…か?

「あー、嵐が去った! さて、そろそろコムイさんのトコに行かないと」
「ああ、達は今日から任務だっけな」
「そうそう。長丁場になりそうだから、気合入れて行かないとね」

じゃあ行ってきます、と。
わたしが手を振ると、ラビも笑顔で「いってらっしゃーい」と見送ってくれた。
…かと思ったら、ハッと我に返ったような表情を作る。

「…、忘れ物」
「ん?」
「アレンは?」
「いりません」

にっこり微笑んでそれだけ言い捨て、わたしはさっさと背を向けた。
後ろから聴こえたのは、派手な喧嘩の音と、ラビの呆れたような一言。



「…また怒らせたな、アレンの奴…」






嵐は去ってまた嵐。



END

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