「ぁふ…」
「おはよう、アレンくん。眠そうだね?」
「ぁ、リナリー…おはようございます…」

どう見ても、寝不足以外のなんでもないその様子。
頭を抱えて歩くアレンに、リナリーは苦笑した。

「夜更かし? ダメだよ、明日から任務でしょ?」
「んー…夜更かしと言えば夜更かしですかねー…」

歯切れの悪い言い方をして、アレンは小さく息を吐いた。
そして、おずおずとリナリーに向かって口を開く。

「あの、リナリー。がどこにいるか知りませんか?」
? さっき談話室で不機嫌そうにしてたけど」
「……………」

リナリーが答えた瞬間、ピシリとアレンが硬直する。
その様子に、寝不足の原因を悟ったリナリーは、呆れたように息を吐いた。

「…アレンくん。また何かやったでしょ」
「…はは…た、多分…」
「もう…あんまりを苛めちゃダメよ」
「は、はい…」

リナリーは、それこそを誰よりも大事な家族として慕っている。
下手をすれば自身よりも激怒しそうな彼女の忠告に、アレンは力なく頷いた。

「じゃあ、僕も談話室に行ってみま」
「アレーーーン!!」
「「え?」」

いきなり名前を呼ばれて、アレンはきょとんと目を瞬かせた。
リナリーは聞き慣れない声に、その主を探して視線を巡らせる。
瞬間、小柄な人影がアレンに向かって突っ込んできた。

「うわっ?!」
「アレン! 久しぶりだなっ」
「え…ジャン!?」

懐かしい顔に、アレンは大きく目を瞠った。



迷える恋羊 --- 01




「科学班見習い!?」

突然尋ねてきた小さな客人は、アレンが教団に来る前に出会った科学者志望の少年,ジャンだった。
教団に現れたこともそうだが、彼が科学班見習いの肩書きを手にしたことに、アレンは目を瞠る。

「そ! まー、本部に来られるのはまだまだ先だけどさ。本部室長に挨拶して来いって言われたんだ」
「そっか、それで…凄いじゃないか、ジャン」
「まーな!」

誇らしげに胸を張る姿は、幼い故にどこか微笑ましい。
思わず、アレンはリナリーと顔を見合わせて微笑った。

「今日、科学班見習いの子が来るって聞いてはいたけど…アレンくんの知り合いだったなんてね」
「ええ。教団に来る前、アクマに襲われていたところを偶然助けて…」
「で、怪我してオレに看病されてたんだよな」
「…ジャン。要らないこと言わなくて良いから」

あれは結構情けない思い出なので、出来れば喋らないで欲しい。
リナリーならまだしも、やラビの耳に入ればネタにされるに決まっている。
神田は…ああ、普通に鼻で笑いそうだ。一番腹が立つから、絶対に知られてはいけない。

「あ。神田!」
「…あ?」

そんなことを考えていたアレンは、リナリーの声にハッと顔を上げる。
相変わらず仏頂面で廊下を颯爽と歩く、黒髪の青年。
凄いタイミングだな、とアレンは苦笑した。

「任務から戻ってたのね。おかえりなさい」
「…………なんでここにガキが居んだよ」

挨拶もそこそこに、神田はジロリとジャンを睨めつけた。
ジャンはささっとアレンの後ろに隠れ、それでもじーっと神田を見上げている。

「こんな小さい子にガン飛ばすものじゃないわ、神田。
 それに、この子は立派な関係者よ。科学班の見習いだもの」
「科学班見習いだ?」

もう一度、神田はジャンを見下ろした。
戦いを生業にする彼には、インテリの雰囲気はよく読めない。
幼い子供であっても、やはりこの年齢で科学班見習いになるのだから、優秀な人材なのだろうか。
そんなことを考えながら見下ろす神田を、負けじとジャンは好奇心に輝く目で見上げた。

「……」
「ジャン? 紹介しますよ、この人は」
「アレンってぼんやりしてるようで凄いんだな」
「は?」

いきなり飛び出してきた予想外の一言に、アレンはきょとんと目を瞬かせる。
が、次にジャンの口から飛び出してきた一言に、本気で顔から血の気が引いた。

「美人ふたりを侍らすなんて凄いじゃん! これって両手に花って言うんだろ?」
「「「………………」」」

思わず、三人はその場に凍りついた。
アレンもリナリーも、恐ろしくて神田の方を見る事が出来ない。

「………あ、あのね、ジャン。リナリーは良いんだけど、あの、神田は…」
「………………」

背後で膨らんだ冷たい殺気に、アレンはぞわりと寒気を感じた。
続いて響く、絶対零度の声に、自分の顔色が悪くなっていくのがわかる。

「…ガキ…教育がなってねぇみたいだな…?」

スラリ、と。
音も無く六幻が引き抜かれた。
抜き身の刀身を前に、ジャンは不思議そうに首を傾げる。

「あれ?」
「か、神田! お、お、落ち着いて! 子供の言うことじゃないですかッ?!」
「退け、モヤシ。一緒に斬られたいか」
「いやあのそういうわけにもいかないというかっ」
「退かねぇなら斬る」

目が、本気と書いてマジだ。
冷や汗がどっと吹き出てきて、心臓を強く掴まれたような感覚がする。

「ジャン、逃げるよ!」
「え? 何? あいつ何怒ってんの??」
「ああもういいからとにかく逃げるッ!!」

すみません、後を頼みます!と目でリナリーに告げて、
アレンはジャンの手を握り締め、脱兎の如く走り出した。


+++


「あ~~~…ムカつく」

談話室のソファーの上。
わたしのお気に入りの場所だ。
そこに横になりながら、わたしは今日何度目かのその言葉を吐き出した。

「…、ガラ悪くなってるさ。
 さっきから通り掛かる奴みんな怯えてるぜ?」
「うるせぇ、ほっとけ」
「うわぁ…ユウみたーい…」

失礼な。あそこまで短気じゃない。
だけど言葉遣いというものは感染するらしいから、まぁ多少の影響は貰ってるかもしれないが。

「っていうか、部屋戻ったら?」
「ヤダ」
「即答かい。なんでだよ」
「嫌なもんは嫌だ」
「はー…」

頑なに言い張ると、ラビは諦めたようにため息を吐く。
「で、今日は何なのさ?」と訊いて来る親友兎に、わたしは一言、今の心境を吐き出した。

「…腰が痛いよラビー…」
「は? 腰? ギックリ? まだ若いのに」
「…………怒るよ?」
「ゴメンナサイ怒らないで。…あー、わかった」

ぽむ、と手を打って、ラビは頷いた。
そして、かくんと首を傾げて、はっきりとその言葉を口にする。

「なに、ヤり過ぎ?」
「ハッキリ言うなッ!!」
「痛ッ!?」

わたしは跳ね起き、思いっきり平手でラビの頭を張り飛ばす。
わたしが殴った箇所を押さえて、ラビが不満の声を上げた。

「何も殴ることないだろー!?」
「うるさいうるさい! ラビのバカー!」
「オレに当たるなーッ!」

言い返されて、わたしはぐっと言葉に詰まった。
…八つ当たりの自覚は、そりゃあ、あるけど。

「うぅ…わたしは悪くないわたしは悪くない悪いのはアレンだコノヤロー!」
「あー、はいはい」
「一回だけって言ったのにッ、言ったのにー!」
「…あー。それは男としては不可抗力だろうーなー…」

まぁちっと落ち着けよ、と頭を撫でられた。
それで多少は宥められるのだから、わたしって素直だ…自分で言うのも変だけど。

「…それで怒ってこんなとこで苛々してんの?」
「おう」
「ますます部屋戻れ」
「ヤダ」

首を左右に振ると、呆れたようなため息が降って来た。

「…こんなこと聞かされるオレの身にもなって欲しいさー…」
「は? 何の話?」
「ナンデモアリマセン」

棒読みで返され、わたしは首を傾げる。
動いた瞬間、また腰に鈍い痛みがはしった。

「う…暴れたら余計に腰が」
「おーい、ダイジョブかー? 擦ってやろうか」
「ひゃっ!? やめてやめてくすぐったいーっ」

いきなりスーッと腰を擦られ、わたしは跳ね上がる。
無茶な動きをしたせいで、また鈍い痛みがずんっ、と響いた。
い、痛い…っていうか辛い…ッ!

「…、感度良いなぁ」
「変な言い方すんな! うわあああっ、やめて腰弱いんだってー!」
「へー、弱いんだー?」
「なんですかなんですかその楽しそうな顔はッ! くすぐったいってばーッ!」

くすぐったいのと痛いのとで、わたしはじたばたと暴れる。
暴れると痛いんだけど、ラビは容赦なく長い指でつーっと腰のラインをなぞってくる。
ちょ、これセクハラじゃない?! 今気づいたけどセクハラだよね!?

「こらッ!!」
「痛ッ?!」

ぱこッ、と。
妙に間の抜けた音に顔を視線を向けると、クリップボードを構えたリナリーが立っていた。
なんか怖い表情で。

に何してるのラビッ!!」
「ゴ、ゴメンナサイ…」
「リナリー」

のそりと起き上がると、今度はリナリーの矛先がわたしに向かう。

「もうっ! も無防備過ぎよ!」
「ご、ごめん」

なんでわたしが怒られるんだろう。
酷く理不尽な気分です。ちくしょう、今日は厄日か!

「ところでリナリー、どうしたさ? 戻ってくるの早くない?」
「あ。そう、そうだったわ。大変なの、!」
「なに?」

ソファーに座り直して、わたしは話を聞く体勢を取る。
大変って、何が起こったんだろう。AKUMAが侵入でも…?

「神田が暴れてるから、なんとかして!」
「「はぁ!?」」

真面目に話を聞く体勢になっていたわたし達は、リナリーの言葉に目を瞬かせた。


+++


「ちょっと神田ー! あんた何暴れてんのー!?」
「ッ!」

怒りのオーラを纏って、抜き身の六幻を握り締める姿は、はっきり言って怖い。
なんかの怪談みたいだ。なまじ、容姿が良いだけに。

!」
「ぅお!?」

ずかずかと大股で近づいてきた神田が、ガシッとわたしの肩を掴んだ。
八つ当たりでもされるのかと、思わず身構える。

「ど、どしたの神田…」
「モヤシはどこだ」
「は? アレン?」
「あの白髪どこ行った!!」
「わたしが知るわけないでしょ! さっきまで談話室に居たのに!」
「おまえが知らなきゃ誰が知ってんだよ!?」
「えええええ、何その理屈わけわかんないし!」

なんかもう、みんなアレン=わたしみたいな公式作ってないか!?
アレンの行き先ならいつでも把握してるとでも?
ンなわけあるか! わたしは警察犬じゃないんだぞ!


「…あーーーーーーーーーッ!?」


「ぅえ!? なに、今度はなんですかっ?」

いきなり部屋のドアが開かれ、そこから飛び出してきた声にわたしはびくっと跳ね上がった。
ちょっと、誰ですか! 心臓に悪いことをするのはッ!
と、勢い良く振り返った先にいたのは――

「…え。ええ!?」
「あ、あんたあの時のエクソシスト…!?」

わたしを指差して、驚いた顔で固まってる、男の子。
そんな彼を追って、慌てて部屋から出てきたのはアレンだった。

「ちょ、ちょっと隠れてる意味が無……え?
 あれ? とジャンは知り合いなんです」
「ちょーっといらっしゃいクソガキー!」
「うわぁ!? 何すんだテメッ、離せーーーッ!」
「…か、って。ちょっと!?」

アレンの制止の声を無視して、わたしはその男の子を手を引っ掴んで走り出した。


+++


「…ぜぇ…はァ…ぜ、全力疾走はキツ…ッ」
「…………体力無いなら無茶な走り方すんなよ」
「やかましいっ」

怒鳴り返して、わたしはバッと振り返った。
わたしに引っ張られて、一緒に全力疾走するハメになった男の子。
――ジャン。アレンが教団に来る前に知り合った《登場人物》だ。間違いない。

「なんでなんで?! 一話しか登場しないゲストキャラがなんでここに居んの!?」
「は? 何言ってんだよあんた。わけわかんねー」

あーあー、そうですとも! わかんないでしょーね! でもわたしだってわかりませんよ!
なんでこの子がこんなところに居るわけ!? 再登場する予定なんてあったのか!?

「それより! あんたなんでここに居るんだ!」
「そりゃこっちの台詞だー! 部外者立ち入り禁止だよここはっ?!」
「オレは科学班見習いとして、本部室長に挨拶に来たんだよ!」
「は? か、科学班見習い…?」

そういえば。
彼の夢は、父親と同じ科学者になること、だったっけ。

「へー、すごーい。たまねぎのおもちゃ作って喜んでるだけじゃないんだねー」
「へへっ、まーな! …って、なんでそんなことまで知ってんだよ、おまえ怪しいぞ!」
「ぅお、ヤブヘビ!?」

しまった! わたしはあのたまねぎのおもちゃのこと、知らないはずじゃないか!
ますますわたしに不信感を持ったのか、ジャンは胡散臭そうにわたしを眺めている。

「っていうか、わたしがここに居るのはおかしくないじゃない。
 わたしはエクソシストだもの。むしろここが家だし」
「……」

ほらほら、と胸元のローズクロスを指差す。
なんならイノセンスも見せてあげようかと思っていた矢先、探るようにジャンは口を開いた。

「百歩譲ってそうだったとしても、」
「えー心狭ーい」
「オレの話聞けよ! …そうだったとしても、なんでアレンと仲良くなってんだよ」
「は?」

きょとん、と。
わたしは目を瞬かせた。
そんなわたしを睨めつけるような強さで、ジッとジャンは見つめてくる。

「オレは、あんたがアレンを見捨てたのを忘れてない」
「……あのねぇ、ジャン。わたし、ちゃんと治療したじゃないの」
「アレンはぼんやりしてるから騙せてるのかもしれないけど、オレは騙されないぞ!」
「アレンがぼんやり!? どこが!?」

あんた既にアレンに騙されてるよ!
あれのどこが「ぼんやり」だよ、魔王様だよ魔王様!?

表情を引きつらせるわたしに、ジャンはビシッ、と人差し指を突きつけてきた。
そして、まるでそれこそ魔王に挑む新米勇者みたいに意気揚々と、宣言する。

「オレが居る間に、おまえの正体暴いてやるからなッ!」
「ええー……」

今更暴かれたところで、困ることでもないけれど。
…ああ、でも、わたしが知らない間に伝わっちゃうのはなんか嫌だなぁ…。







平和な日常が引っ掻き回されそうな予感に、わたしは深く深くため息をついた。






最高に無意味なバトル開始?



To be continued?

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