「レオくーん?」
「はい、なんでしょうか」
呼ばれた青年は、内心「面倒だなぁ」と思いつつも笑顔で振り返った。
そんな青年の前でにこやかに微笑んでいるのは、全体的に白い印象の青年だった。
「ちょっと頼みがあるんだけど、いーい??」
「は。もちろんです、白蘭様」
「あのね、」
マシマロを手の中で弄びながら、彼――白蘭は、さらりと告げた。
無駄に、笑顔で。
「ちょっとお世話して欲しい人が居るんだよね」
「やっほー! ご機嫌いかがかなちゃーんっ」
「うざい!!」
物凄い勢いで飛んできた雑誌は、見事なまでに白蘭の顔面にヒットした。
たかが雑誌。されど雑誌。
あの速度でぶつかれば、相当痛いだろう。
現に痛みでうずくまる白蘭を、可哀相なものを見るように一瞥してから、
レオナルド=リッピ――グイドは、視線を雑誌を投げつけた人物へと向けた。
長い黒髪と、同じ色の瞳の若い女性。
日本人かと一瞬思うが、顔立ちを見る限り断定は出来ない。
だがグイドは彼女が日本人ではなく、日本人とイタリア人のハーフであることを「知っている」。
「…出会い頭に本を投げつけた挙句、ウザイってそんな」
「ああ、いきなり不愉快なものが視界に入ったのでつい本音が。ごめんなさい、何の罪も無い雑誌さん」
「え、謝るのそっち!?」
おざなりな謝罪は、しかし雑誌そのものに向けられた。
表情ひとつ変えず、しかし気怠げに彼女は首を傾げる。
「それで何しにきたのですか滅茶苦茶ウザイ白蘭さん」
「真顔で棒読みなのに凄い暴言!!」
それでもめげないところは、根性があると誉めるべきか。いっそ馬鹿にすべきか。
聞こえないのを良いことに、グイドは心の中で呟いた。
「ツンデレなところも魅力的だけど、たまには素直なところも見たいなぁ」
「あんた相手にデレた覚えないですけど? 常に100%嘘偽りの無い本音で喋ってますけど?
今この瞬間にもいい加減消えて無くなればいいのにこのマシマロ野郎とか思ってますけど?
…………っていうか死ねよ空気汚すな害虫が」
「うわぁ今までで一番酷いねちゃん!
なに、今日相当ご機嫌ナナメ!? 夢見でも悪かった?」
「夢見なら。ええ、常に最悪だ」
動かなかった表情が、変化する。
「――あんたに奪われてから、夢を見ることなんて無い」
それは、紛うことなき「憎悪」。
大抵が美しいと賛美するであろう容姿から想像することはまずない、酷く鋭く冷たい眼光。
自分に向けられたものではないとわかっているのに、グイドは背筋が凍るような錯覚を覚えた。
生まれながらのマフィア――==フォンティーナは、外見に似合わずその呼称に相応しい。
「――うーん。やっぱ良いなぁ、君。その一途さと冷淡さ、凄く良い」
「近寄るな。鬱陶しい」
その眼光に怯みもせず、白蘭はに手を伸ばす。
射殺しそうなほどに鋭く相手を睨めつけながら、
顎を軽く持ち上げる男の手を払い退けないのは、彼女のプライド故か。
「――無理矢理、君を奪うことも僕には出来るんだよ。そろそろ、態度改めない?」
「…死体を抱く趣味があるなら、やってみれば?」
その言葉を理解するのに、グイドは疎か白蘭も僅かに時間を有した。
「…ははっ、敵わないなぁ! そうだね、死体になった君じゃあ意味が無いや!」
白蘭は楽しそうに笑うが、グイドはそれどころではない。
グイド自身は彼女をさほど詳しく知っているわけではないが、しかし「彼」は違う。
今にも暴走しそうな「彼」をなんとか宥めながら、グイドは響く頭痛と水面下で戦っていた。
「僕はそろそろお暇するよ。じゃあレオくん、よろしくね」
「…は、はぁ…」
一方的な雑談を終えて満足したのか、白蘭は上機嫌で部屋を後にした。
その背を見送り、足音が完全に遠退いたのを確認してから、グイドは息を吐き出し気を緩めた。
…「彼」が暴走しないようにと、切に願いつつ。
+++
「………………………………………演技派ですね、さん」
白蘭の気配が完全に遠退くと、彼は苦い表情で口を開いた。
先程までと纏う空気を変えた「世話役」に、しかし彼女は僅かにも動じない。
「あんたに言われると、さすがに演技力を鼻に掛けたくなってくるわね」
そう応えたの様子には、先程の底冷えのするような冷ややかさはない。
そもそも、彼女が激昂するところなど、彼女の婚約者も見たことがないだろう。
かと言って、彼女が穏やかで決して怒らない、というわけではもちろんないが。
「っていうか、あんたは何怒ってんの?」
「当たり前だ…ッ」
怒りを押し殺し損ねたような声音で彼が言い返したのと、その姿が変化したのはほぼ同時だった。
幾分見慣れた感のある、特徴的な髪型と左右色違いの瞳。
まともにしていれば、とんでもなく美形。そんな男だった。
いや、何をしていても顔の造作は変わらないが。
「僕以外で君に触れて良いのは沢田綱吉だけです!
なのにあのマシマロ男! べたべたと無遠慮に!!
ああ、もう、今すぐにでも殺したい!」
「あー……色々突っ込みどころ満載の台詞だなー…」
とは言え、は事細やかに突っ込みを入れるほど親切でもない。
そんな彼女の冷静さに我に返ったのか、彼――六道骸は、小さく咳払いをした。
「…失礼。歳甲斐も無く取り乱しました」
「はいはい、あんたが変なのはいつものことです」
「君が沢田綱吉以外には常に横柄なのも変わらなくて何よりですよ」
横柄とは随分だ。
しかし本人は無自覚だが、彼女の他者に対するそれに明白な差があるのは確かである。
無自覚って恐ろしいですね、と骸が呆れたように言っても、は不思議そうに首を傾げるだけだ。
「まあ今更です、それは良いでしょう。
――『計画』が本格的に動き出したようですよ」
「……」
「僕の出番もそろそろです。と言っても、今回も有幻覚での出勤ですがね」
「…勝算は」
「100%です」
さらりと返された言葉に、さすがには苦笑した。
「…相変わらず、大した自信家よねぇ…」
「無論です。その為の布石は、早々に打ってありますからね」
実力に裏付けられた自信。
自分という個体を正確に理解しているからこその、先程の言葉だ。
そういう意味ではこの男、実に恐ろしい。
「君も、そろそろのんびり休憩は終わりでは?」
「幽閉されてる人間にのんびり休憩とはご挨拶ね?」
「おや。思い違いでしょうか?
君は王子様の助けを待つような、可憐なお姫様ではないでしょう?」
からかうような笑いを含む言葉。
可憐じゃなくて悪かったわね、とが苦笑を返すと、
骸は「そう言い返す辺りが可憐じゃないんですよ」と更に言い返された。
結構酷い言動だが、ある意味彼らしい。そして、その意見は実に正確に的を射ている。
「どちらかといえば、王子を助けに塔から飛び降りるようなじゃじゃ馬姫ですよね?」
「ははっ…相変わらず、嫌な奴ね」
言葉とは裏腹に、は笑いながらソファから立ち上がり、扉近くに立つ骸に歩み寄る。
「――部屋を出て左。
パッと見わかりにくいですが、硝子戸が開く様になっています。君なら直感で当てられる」
「…ありがと。あんたのたまに見せるお節介なとこ、結構好きよ」
そう笑って、は軽く爪先立ちになると、骸の頬に掠めるように口づけた。
「良いんですか? 調子に乗りますよ?」
「いやね、頬への口付けは親愛の証よ?
でも、やきもち妬きな私の婚約者には内緒ね」
「心得てます。僕だって命は惜しいですからね?」
敵地ど真ん中で、そんな冗談を言い合ってふたりは笑う。
「うまくやってね、『レオナルド=リッピ』?」
「ご忠告、受け取っておきますよ」
悪巧みをするような――というより悪巧み真っ最中な表情で、ふたりはすれ違う。
骸の姿はグイドに戻り、は勢い良く扉を蹴り開けて部屋を飛び出した。
「――誰か! 捕まえてくれ!!」
慌てたようなその声を聞きながら、
やっぱ演技派だなぁあいつは、などとの思考は呑気だった。
骸に教えられた通り、硝子張りのバルコニーに行き当たる。
直感で硝子の一部を押すと、確かに開いた。
「――まだ逃げ出そうとか考えてたんだ? すっかり騙されちゃったなぁ」
「!」
いくらなんでも、行動早過ぎだろう。
小さく舌打ちして、は振り返る。
実に普通にそこに立っている白蘭の姿に、マドカは思わず頭痛を覚えた。
…まったく、暇なボスも居たものである。
「行っちゃうの?」
「ええ。間抜けな世話役をつけてくれてありがとう。捕虜の世話役には、あの子は優し過ぎたわね」
「うわー、ひっどい。僕のお気に入りなんだよー?
レオくんは」
その言動に、は薄ら寒いものを感じた。
仕組まれた罠か? そんな疑念が脳裏に過ぎる。
レオナルド=リッピの正体…とまではいかないとしても、彼がボンゴレの間諜だと気づいている?
だとしたら…相当、面倒だ。達の「計画」に支障を来たす恐れがある。
探るように睨めつけるの視線をどう受け取ったのか、白蘭は笑顔を崩さず口を開いた。
「そんなとこから出たら、地面に叩きつけられて死んじゃうよ?
死体じゃ意味ないんだけどなぁ。ね、君の旦那さんは死んじゃったんだから、僕のものになりなよ」
「――ああ、ダメね。全然ダメだわ」
どこまで本気なのかわからない白蘭の言葉に、は嗤う。
その瞳に、鋭利さを滲ませながら。
「…確かに、私に助けてくれる王子様は必要ないかもしれないわねぇ…」
「? 何言ってるの?」
「近づかないでくれる? 私の婚約者、顔に似合わず相当なやきもち妬きだから、怒られちゃう」
「だから、死んじゃったでしょ。僕が殺したじゃない。
君のおかげで死体の確認は出来なかったけど、心臓打ち抜かれて生きてたら化け物だろう?」
「そうね――だったら、私も死ぬ気でやらなきゃ嘘よね?」
タンッ、と軽く地を蹴る音が、妙に響いた。
既に開け放たれた硝子戸は、その彼女の行動を阻むことはない。
長い黒髪が風に煽られ、その華奢な体は宙へ投げ出された。
「な…ッ」
さすがに顔色を変えた白蘭がガラス戸へと駆け寄る。
そんな彼を眺めながら、は口角を持ち上げて嗤った。
「さよーなら、また会えたら次は――殺してあげるわね」
そのまま、勢いを殺すことなく彼女の体は下へ下へと急降下していく。
高層ビルから飛び降りるのと、なんら大差は無い、高さ。
何の躊躇いもなく宙へと身を投げ出した彼女の行動に、さすがの白蘭も呆然と下を見つめるしかなかった。
だが、不意に。
彼は肩を震わせる。――笑いを押し殺すように。
「…はっ…あはははははッ!!
最ッ高…なにあれ、あんな女、初めて見た!!」
「白蘭様ッ…すみません、少し目を離した隙に…!」
「ああ、レオくん…いいよいいよ、面白いものが見られた。
良いねぇ…ボンゴレ10代目の寵愛を一身に受けるお姫様かと思えば、とんでもなかった」
駆け寄ってきたグイドに、しかし白蘭は上機嫌だった。
不審そうに顔をしかめ、首を傾げるグイドに気づいているのか否か。
白蘭は楽しくて堪らないというように、嗤いながら硝子戸の下を見つめた。
「下手な守護者より、よほど強い忠誠と敬愛。
死んだ男に操を立ててこの高さから飛び降りるなんて、そうそう出来ないよ」
「自殺…!?」
「まさか! 自殺する人間が、あんな目をするわけない」
――そう。彼女は確かに「また会えたら」と告げた。
死ぬ気など欠片も無い。自分が死ぬとは微塵も思っていない。
この程度の高さなど、大したことは無いとでも言うように。
「良いなぁ。欲しい。ちょっと本気になっちゃった」
「…恐れながら…確かにお綺麗な方でしたが、あのくらいなら、白蘭様であれば他にも…」
「確かに美人さんだけどね、そこはそれ。――あの目が気に入った。
きっと喉を潰そうが手足をもごうが、彼女は僕に屈しない。
ああ、良いなぁ。どんな目に遭っても、彼女は絶対あの目で睨んでくるよ。…凄く欲しい」
――なんて歪な執着だ。
本気で言っているらしい白蘭に、内心でグイドは、そして骸は吐き捨てるように呟いた。
他人のものほど欲しくなる、という性癖を持つ人間は多々居るが。
この男――白蘭のそれは、いっそ病的だった。
+++
「…………師匠や勤め先のせいですっかり免疫出来ましたけどー、
さすがにコレは無いと思うんですよー」
こいつは相変わらずテンション低いな、と。
自分のことは棚に上げて、は自分を見下ろす少年を見上げた。
奇妙なカエルの帽子を被った少年とは、は顔見知りだ。
もっとも、初対面だったとしても彼の毒舌に遠慮はなかっただろうが。
「普通、あの高さから飛び降りますかー? ミーが居なかったらどうする気だったんですー?」
「…んー…まぁ、骸が手引きしてくれた時点で、フランがいるかなぁとは思ってた」
「……度胸があるのは結構ですけどー。
面倒見るミーの身にもなってくださいねー、ネーサン」
呆れたように言われた言葉に、しかしは頷くより先に自身の体を見下ろした。
確かにあの高さから落ちて潰れるどころか骨に異常ひとつないが、それは木がクッションになったからだ。
証拠に、細かな擦り傷切り傷は無数にあった。
「…つっても、私、傷だらけじゃない」
「むしろその程度で済んでることを喜んでくださーい。
師匠といいクロームネーサンといいネーサンといい、無茶し過ぎなんですよーわかってますー?」
確かに、彼――フランの言葉にも一理あるが。
おざなりに差し出された彼の手を取って立ち上がり、は軽く裾を払う。
「はいはい。…じゃ、ちょっと痛み止めお願い」
「…あんまりオススメしませんよー? あとの反動大きいんでー」
「わかってるわよ、身を以って経験済みだわ」
「…ミーから離れたら、継続してあげませんけどいいですかー?」
小首を傾げながら言われた言葉に、一応、は問い返してみた。
「それは「継続できない」の?「継続しない」の?」
「疲れるのはイヤなんですー」
「…ああ、そう…後者なんだ…」
骸が「可愛いげのない弟子」と称したのが、実によくわかる一言である。
「OK、それで手を打ちましょう。とりあえずヴァリアーの本拠地まで連れてって」
「了解ですー。…人使い荒いですねー、いっそ潰れちゃえば良かったのに」
ぼそりと吐かれた毒に、は場違いなほど柔らかく微笑み、心持ち低い声音で言い放った。
「聞こえてるわよフラン? ……………殺そうか?」
「はーいごめんなさーい。
ホントに10代目以外には辛辣だよこのネーサン最悪ー」
「とりあえずヴァリアーの本拠地着いたら殺すから覚悟なさい」
「わーん嘘です冗談ですー」
どうだか。
まったく抑揚の変わらないフランの口調に、はため息を吐く。
術師にカテゴリされる人種は総じて、いまいち何を考えているかわかりづらい。
が、フランはその中でも郡を抜いていると、思う。
「あんたの上司ほどじゃないけど、私、結構気は短いわよ?」
「まさかー。あ、でも気は長いけど根に持つタイプですよねー、ネーサンはー」
「黙りなさいおチビ。さっさと行くわよ」
相手に緊張感がないせいで忘れがちだが、今はまだ敵陣真っ只中である。
フランが性格はどうあれ、優秀な術師であることはも認めるところだが、
過信し過ぎるのも相手がミルフィオーレならば危険だろう。
気を取り直すかのように、は空を仰ぎ見る。
どこまでも広く、自由で、だからこそ全てを受け入れ包容する空。
僅かに目を細め、その空の青さを目に焼き付ける。
彼女の胸中に過ぎるのは、敵への憎悪か。
それとも「大空」と謳われた彼への思慕か。
多少興味を持ちつつも、フランはそれを尋ねるほど無粋ではない。
「――私はすぐにでも、日本に戻らなきゃいけないんだから」
そう言ってフランを振り返った彼女の表情は、気高く。
その瞳はどこまでも真っ直ぐで。
だから余計な詮索めいた言葉など口にせず、フランはただ頷いた。
動き出すそれは、君の知らない物語。
To be continued?
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。