「…あんた、本当にバカね」
呆れきったように目を眇めて言われた言葉に、苦笑するしかなかった。
「医務室にも行かずに、なにやってるの?」
「うん…ごめん」
「で、痛くないの。それ?」
「痛いです」
「……………ホントにバカなんじゃないの?」
彼女は相当怒っているようで、その口から零れる言葉は酷く辛辣だ。
「ごめん。死ぬほど痛いです、助けてください」
「…この、バカボス」
辛辣な言葉を口にしつつも、彼女はちゃんと手当てをしてくれる。
本来、個人の部屋には必要ないはずの包帯や傷薬が、彼女の部屋に常備されているのがその証拠。
「あんたね、その医務室嫌いどうにかしてよ」
「どうしても苦手なんだよ。オレが行くと、無駄に心配かけちゃうし」
「だったら怪我なんてしないことね」
「…ごもっともです」
手馴れた所作で傷薬を塗り、治療していく彼女の指先を目で追う。
綺麗な細い指。だけど決して、おとなしく護られてくれる女の手ではない。
彼女の手は時に銃を握るし、その腕前はオレでは到底及ばない。
「…なぁに? まだ、私が銃を握るのが不満?」
…気づかれてた。
真新しいガーゼや包帯を取り出しながら言われた言葉に、苦笑する。
「…うん。よくわかったね」
「伊達に長い付き合いじゃないでしょう」
ため息混じりに呆れたような響きでもって言われた、言葉。
そういえば、と思う。
彼女とはもう、10年もの付き合いだ。
「相変わらずね。過保護というか、心配性というか、無駄に優しいというか」
「無駄って。酷いね…」
「無駄でしょう。身を護る備えをせずに、この世界で生きていけるわけないじゃない」
普段は穏やかで、虫も殺せないような女性。
だけど、この世界で生まれ育った彼女は、きっと誰よりも、この世界で生きる人間だった。
「あんたの足枷には、なりたくないわ」
「そんな風に思ったことはないよ」
「なるのよ。闘えない女なんて、ただの足枷でしょう」
てきぱきと淀みの無い所作で傷の手当てをしながら、そう語る彼女の声は淡々としていた。
まだ幼い頃から、死んだ両親の分もファミリーを背負ってきた彼女は、この世界をオレ以上に知っている。
そんな一種の諦めにも似た彼女の『常識』が、時々嫌になって仕方が無い。
「10年前…どうして私が、あんたの花嫁候補になったと、思っているの」
「…。それが理由なら、今すぐにでも婚約は解消する」
「ツナ」
「オレはね、」
スッと、手を伸ばす。
綺麗な黒髪に触れ、そのまま白い頬に触れる。
それに合わせる様に、彼女の視線も上がる。
「…君に、危険なことに関わって欲しくないだけ」
「ツナ。私は、この世界で生まれ育ったのよ」
「知ってる。だから余計にそう思うのかもしれない」
包帯を持つ白い手に、触れた。
華奢で柔らかな、綺麗な手。当たり前のように銃を握るなんて思えない程の。
「君の手が、銃を握らなくて済むように。平凡で退屈な幸福を、あげたかった」
「…私、この世界じゃないと生きていけないのよ?」
「うん…わかってる」
「酷い人ね」
「そう、だね」
「…銃の代わりに握るのが包帯だなんて、そっちの方が辛いわ」
真新しい包帯を持つ手が、微かに震えたのが、見えた。
表情は無い。だけど彼女が表情を消すのは、何か感情を隠す時だと知っている。
「…帰りを待っていてくれる人が欲しいなら、…日常をくれる人が欲しいなら…
私となんて、婚約しなければ良かったのに。フォンティーナに義理立てする必要なんて、」
「。それ以上言ったら怒るよ」
少し強い口調で言うと、彼女は口を噤んだ。
包帯を巻く手が止まり、その姿がどこか頼りなく、映る。
「…オレは、この世界が嫌いだよ」
「知ってる」
「血と硝煙が身近の世界なんて、大嫌いだ」
「知ってるわ」
「誰かを傷つける為に振るう拳なんて、嫌なんだよ」
「わかってる…あなたがそういう人だってことは。
…でも、だったらどうして、別の道を選ばなかったの」
凛と顔を上げて、強く、射る様な視線を向けながら。
それでもどこか不安そうな色が、色素の薄い瞳に揺れる。
「選ぼうと思えば、選べたはずでしょう。私のこともそうよ」
「そうだね。だけど、この世界で生きることを、…を選んだのはオレ自身だよ」
この選択を、後悔していないと言えば嘘になるだろう。
この道を選ぶ為に、たくさんの人を巻き込んだ。
たくさんの人を傷つけて、たくさんのものを失って、だけどそれ以上のものを得たとも、思う。
「平凡で平和な日常を失ってでも、が欲しかったんだ」
「…ツナ…」
平凡な生活を選び、平凡な女性を選ぶことも、きっと出来た。
それでも選んだのはこの血と硝煙の世界と、その世界で生きてきた気高く強く、優しい彼女。
「…どこでそんな言い回しを覚えてきたの?」
「…あのね。冷静に返されると恥ずかしくなるから、やめて欲しいんだけど」
「あ、…ごめん」
きょとんとしてから、口元を手で覆う彼女に、思わずため息を吐いた。
このひとは、常に冷静で穏やかな分、真顔でボケたりする天然さんだ。真面目な話をしていても。
「って…いつもそうだよね」
「ごめん。…ツナの言葉は素直過ぎて、その…照れる、から」
「……」
思わず、まじまじと彼女の顔を見つめた。
仄かに頬が赤く染まっているのがなんだか可愛いくて、思わず微笑う。
「…何よ」
「いや、うん。なんとなく、」
「なんとなく?」
「可愛い人だなぁ、って」
「…からかわないの!」
「痛ッ!?」
思いっきりきつく包帯を締められ、痛みに顔をしかめた。
照れ隠しにしたって、思いっきり傷口を締め上げるのは、ちょっと酷いんじゃないかと思う。
「…ツナは時々、タラシの才能があるんじゃないかと思う、私」
「…は時々、物凄く凶暴なんじゃないかって思うよ、オレ」
「「…………」」
思わずじっと見詰め合って、同時に吹き出した。
子供のように笑いながら、笑い過ぎて滲んできた涙を拭う仕草すら、ほぼ同時だ。
「オレ達って、結構馬鹿だよね」
「そうね、馬鹿だね」
「馬鹿同士で丁度良いんじゃない?」
「あら、違うわよ。ツナの馬鹿に付き合える馬鹿が、私しかいないの」
「ああ、なるほど」
楽しそうに微笑う彼女の言葉に妙に納得した。
オレをマフィアに向いていないと言った彼女自身も、マフィアに向いていない。
穏やかで暖かなその笑顔を見ていると、いつもそう思う。
だからこそ、惹かれたのかもしれない。
この世界に染まり切れない者同士だからこそ、一緒にこの世界で生きようと、思ったんだ。
「…あのね、」
「うん?」
そっと耳打ちした言葉に、彼女は顔を真っ赤に染めて俯いた。
それでも握った手を離さないでいてくれるのは、彼女も同じ気持ちだからだと、自惚れても良いだろうか。
今、物凄く君を好きだと想ったんだ。ただ、なんとなく。
END
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