…今更何をここまで緊張しているんだろう。
よく見知った――というよりここ数年顔を合わせない日はなかった相手を前に、
一部分だけ冷静な頭がそんなことを思った。
本来2学年上の彼女は一緒に2年生に進級し、きっと裏工作だろうが同じクラスに在籍している。
帰る家も同じだし、共に帰宅部だ。
つまり、揶揄でもなんでもなく四六時中一緒に居ることになる。
そんな彼女を放課後、こうして近所からほど遠い公園に誘ったのには理由があった。
…邪魔は入らないはずだ。誰にも言わずに出てきたし。
ことこの件に関しては、リボーンが邪魔はさせまい。大丈夫。…多分。
不安要素は、むしろ彼女自身だった。
ストレートな好意にすら気づかない、こと恋愛関係においては極端に鈍い人だ。
今だってまだ、オレが好きなのは京子ちゃんだと思っている節がある。
確かに京子ちゃんは初恋の相手だ。今でも良い友人関係は続いている。
…しかし、だ。
ボンゴレ10代目、つまりはオレの花嫁候補として9代目の勅命を受け、
単身不慣れな日本にやってきた彼女――==フォンティーナの存在は、
年を追う毎にオレの中で大きくなっていった。
素直でクール、時々天然。
年齢より幾らか大人びているけど、笑うと幼くなる。
マフィアだし、やっぱりたまに非常識だけど…誰よりも優しくて、だけど自分にも他人にも厳しい人。
とても強い人だけど、でも本当は、外見ほど強くないことも知ってる。
だから、ここ数年相当悩んだけど――決めたのだ。
オレと彼女の場合、一般の学生の恋愛とは少し事情が違う。
これからオレが言おうとしている言葉を彼女が受け入れれば、
そのまま将来に明確かつ多大な影響を及ぼすのだ。
だからこそ悩んだし、責任感の強い彼女のことだから、
自分自身より自分のファミリーのことを考えて受け入れてしまうんじゃないかとか、
実は今でもまだ不安はある。
…だけど、これを言ったら身も蓋もないが、オレだって17歳の健全な男なわけで。
……好きな人が、現状片思いのまま、同じ家で生活しているのを想像してみて欲しい。
………苦行以外の何でもない。
正直、自分のヘタレ根性に感謝したのは後にも先にもこれっきりだと思う。
家には母さんもリボーン達も居るし、休日ともなれば獄寺くん達も集まって賑やかになる。
これもある意味幸運だった。意図的に状況を作らなければ、ふたりきりになることがない。
そんな感じになんとか誤魔化しながら、早3年。…さすがに、限界だ。色んな意味で。
付き合う付き合わない、あるいは結婚するしないはとりあえずおいておくにしても、だ。
こっちが恋愛対象として見ていることは、とにかく伝えなければならない。
…自覚してもらわないと、こっちの身が保たない。本当に。
「――ツナ、どうしたの?」
「へ!?」
突然話掛けられて反射的に顔を上げると、至近距離にさんの顔があった。
…だから、この距離間の無頓着さだけでもなんとかならないものか。
オレに対するこの警戒心の無さは、喜べば良いのか悲しめば良いのか判断に困る。
「何か、悩み事?」
「…悩み事と言えば悩み事かなー…」
元凶はあなたです、さん。
「悩みなら聞くわ。その為に連れて来たんでしょ?」
違う。微妙に違う。
だけどさんはどこまでも本気だ。
「…あの、さぁ…」
「うん?」
「さんって、オレのことどう思ってるの?」
「は?」
…
……
………間違えた。
「…ごめん今の無し」
「ツナは、ツナでしょ?」
違う。そういう意味じゃない。
回りくどい言い方したって絶対通じないってわかってたのに、
よりによってなんで一番ダメな言い方しちゃうかなオレは…!
いや、いや、普通なら察して然るべき言葉だ。
気づかないさんが鈍すぎるだけで。
「…………あの、さぁ。さん…………」
「はい」
「オレは割と、わかりやすい人間だと思うんだよ…」
「うん?」
「物凄くね…わかりやすく伝えてるつもりなんだよね…これでも…」
「何を?」
そこで不思議そうに首を傾げないで欲しい。
一瞬挫けそうになったけど、ここまできて引き下がるわけにはいかない。
「…あのですね、さん」
「はい」
「す、好きです」
「…え?」
あー、もう。
コレ、絶対「私もだよ」とか普通に流されるんだろうなぁ。
違うんだよ、そういう好きじゃないんです。ああ、もう、本当に挫けそう…。
「……」
失敗したなぁ、とか思って待てども、返答がない。
不思議に思って顔を上げて、思わずオレは硬直した。
だって、予想外だ。
耳まで真っ赤にして、さんが立ち尽くしているんだから。
「…え。あれ。何、さん。その反応…」
「~~~ッ…」
真っ赤になったまま、慌てたようにさんは後ろを向いてしまった。
ええと…この反応って…??
「…あの、さ」
「ダメ。今はダメ、顔見ないでこっち見ないで…!
ちょっと、なんでそう、脈略もなくそういうこと率直に言っちゃうのツナは…!!」
狼狽えたように早口で一気にそう言うと、真っ赤になった頬を隠すように両手を当てながら、
さんはそのままその場にしゃがみこんでしまう。
「……」
…ええと。
これは、あの、どういう事態?
「…あのぅ、さん…? 大丈夫?」
「ダ、ダメです」
ダメですって言われても。
「…知らなかった。
さんって、こういうのもっと平然としてると思ってた」
「そ、それは逆にツナに言いたい…もっとじたばたしてると思ってたのに…っ」
「いやー…うん、そうなんだけど。さん見てたら、逆に冷静になった」
「ずるい…ッ」
普段は常に冷静な彼女らしくない、盛大に狼狽えた姿。
赤く染まった顔はなかなか戻らないみたいで、声も若干上擦ったままだ。
「ツ、ツナは」
「え?」
「ずっと、京子が、好きなんだと、思ってて、だから」
「あー…」
ああ、やっぱり。
そう思ってるんだろうなぁ、とは思っていたけど。
「でも、ツナはその、優しいから、
フォンティーナの為にって、私を、選ぶんじゃないかとか、考えてて」
「うん?」
「だ、だから、もし、そうだったら、ちゃんと、こと、断ろうと…ッ」
「あのね、さん。オレ、そこまで優しい奴じゃないよ」
なんだか泣きそうな彼女の髪をくしゃりと撫でながら、思わず苦笑した。
見当違いも良い所だ、お互いに。
悩んで悩んで、時間が掛かったのも本当だけど。
何の為に、オレが3年待ったと思ってるんだ。
「今日、弟さんの15歳の誕生日だよね。おめでとう」
「!!」
つまり、今日がタイムリミットだったんだ。
彼女が「マフィアのボス代理」の肩書きから、解放される日。
その意味は、きっと彼女自身の方がよくわかっているはずだ。
「……」
おずおずと、両手を頬から外して、さんはオレの方を見た。
そして、彼女らしくないほど弱い声音で、小さく呟く。
「…私で、良いの…?」
「うん。…さんが良い」
飾らない素直な言葉が、口を衝いて出た。
色々考えてきた言葉なんて、もう忘れてしまった。
ただ、素直に。思った言葉を、口にする。
「…私、奈々さんみたいに料理は上手く作れないわ」
「そう? でも大丈夫だよ、さんが作ったものなら何を出されても食べる」
「お、女の子らしいことなんて、何もわからないのよ。
それに私の方が年上だし、全然平凡じゃないし、どっちかっていうとがさつだし、」
「平凡じゃないのは知ってるよ。お淑やかではないけど、別にがさつでもないと思う。
ああ、歳の差はどうしようもないね。年下、嫌い?」
「~~~ッ!!」
思いっきり、ぶんぶんっと頭を左右に振る。
その必死な仕草がなんだか可愛くて、思わず微笑ってしまった。
「さんがどんな女の子かなんて、オレはちゃんと知ってるよ。
時々非常識で、だけど優しくて、自分にも他人にも厳しくて。
真っ直ぐで強くて…でも本当は、少しだけ弱いさんが、オレは好きなんだ」
「ツ、ナ」
「ねぇ、もう一回聞いても良い?」
まだ赤に染まったままの彼女の頬に、そっと触れる。
恥ずかしそうに、それでもちゃんとオレの方を見ていてくれる彼女に、酷く幸せな気分になった。
「さんは、オレのことどう思ってる?」
少し引きかけていた頬の赤みが、一気に濃くなった。
何度か口を開いたり閉じたりして、落ち着きなくさんは視線を落とす。
「……好き、です……」
消え入りそうなほど細い声で返された、言葉。
嬉しくなって、思わず小柄な彼女の身体を、抱き締めた。
最初に好きになったのは、どっちだろう。
でももう、そんなことは些細なこと。
END
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