とにかく逃げ回っていた。
のんびり出来るはずの休日に、なんだってこんなことをしなきゃいけないのか!
逃げ回っていた矢先、弾丸が頬を掠めた。
顔から血の気が引いたように感じたのは、確実に勘違いではない。
「さすがはリボーンの教え子ね、ツナ。回避能力は一級品だわ」
そう言って微笑んだのはさんで、
……………その手には、当然のようにショットガンが握られていた。
事の起こりは数十分前。
唐突にリボーンが「山に行くぞ」と言い出したことから始まる。
母さんにお弁当を頼んだりレジャーシートを用意したりしていたから、
単にハイキングがしたくなったんだろうと思っていた。リボーンが唐突なのはいつものことだ。
だから山本や獄寺くん達も呼ぼうかと思っていたら、その必要は無いと一方的に言い渡され。
かくしてオレと、そしてさんはリボーンに連れられて、どこだかもよくわからない山中に連れ出された。
いったい何を始める気かと訝しむオレ達に、リボーンが言い放った一言ははっきり言って正気とは思えない。
「よし。今日はを家庭教師に、実践訓練だぞ」
…………本気ですかリボーンさん?
.
.
.
冗談じゃない。
そりゃあ、確かに彼女はマフィアのボス代理で、かなり強いということは知ってる。
勉強にしろ運動にしろ、なんだってオレより確実に優れている人だろう。
でも、だからって。女の子と闘え、なんて。しかも意味も無く。
「逃げ回ってるばっかじゃ訓練になんねーぞ」
「馬鹿言うな! 相手はさんだぞ、攻撃なんか出来るわけないだろ!」
「心配しなくても、の方がお前より強いだろ」
「わかってるよそんなこと!!」
併走してきたリボーンに怒鳴り返して、オレはとにかく必死で走り回った。
良くも悪くも真面目な彼女はリボーンの言葉を忠実に守り、何の躊躇いも無く攻撃を仕掛けてくる。
とはいえ、百発百中の腕を持つ『爆炎の魔女』の異名を取る彼女だ。だいぶ手加減はしているんだと思うが。
「いいか、ツナ。これは実践訓練だ、回避能力を上げるための訓練じゃねーんだぞ」
「そ、そんなこと言ったって…ッ」
「お前の攻撃は、中距離型の攻撃法と相性が悪い。それを克服する為の訓練だ。
同じ中距離型の獄寺じゃあ、お前に攻撃出来ねぇからな。その点、なら容赦ねーぞ」
「そうだろーねっ!!」
リボーンへの尊敬が強い彼女のことだ、その言葉を疑いもしないだろう。
結果、彼女的には手加減をしている、一般的には命懸けの訓練の幕開けとなったわけだ。
遮蔽物の多い森の中だ、攻撃を回避すること自体は、今のツナにはそれほど難しくない。
問題は、この訓練の終了条件が「相手をダウンさせること」であること、だ。
「…無理! 絶対無理!!」
「やる前から泣き事言うな」
「そういう問題じゃないからこれ!」
「安心しろ。この山はボンゴレが買い取った私有地だ、いくらでも暴れていいぞ」
「だからそういう問題じゃないからーーーーっ!?」
ああ、もう! ホントにこいつと話してると疲れる!!
だいたい、いくら強いからって、女の子を訓練相手にすること自体が間違ってるだろ!
「――ツナ。反撃の機会を窺がうにしても、時間を掛け過ぎよ」
「うわわわわっ!?」
轟音を立てて、目の前に大木が倒れてきた。
その倒れた大木に足を掛けた彼女は、やってることとは裏腹に常と変わらない笑顔だった。
「ショットガンで木を倒すとはな。なかなかやるな、」
「非常識にも程があるよ!! 何これ現実!?」
「良いから闘え」
「待て! 死ぬ気弾は待てー!?」
こっちの必死の願いも虚しく、死ぬ気弾は撃ち込まれた。
一度死んだ感覚がして、すぐに思考がクリアになっていく。
「やっと本気になってくれたのね」
「…。本気か?」
「実践は本気でやらなきゃ意味がないでしょう?」
「――わかった。早めに、終わらせよう」
告げた言葉に呼応するように、彼女は木の幹を蹴って眼前に迫る。
打ち出される弾丸を避け、足場を移動させながら、オレは一撃で彼女の動きを封じるタイミングを計っていた。
「特殊弾の力を使っても、やることは同じなの?」
そう静かに告げて、一気に間合いを詰められた。
本来、中距離型の攻撃方法を持つ人間は間合いを詰めては来ないが、彼女はある種特別だ。
至近距離で撃ち出された弾丸を避ければ、そこに勢い良く蹴りを叩き込まれる。
咄嗟に手で受け止めた一撃は重い。靴に鉄か何かが仕込まれている。
「よく反応出来たわね。さすが、あのヴァリアーを倒しただけはある…」
満足そうに微笑い、彼女は体を反らすと地に両手を着き、その反動を利用して思いっきり蹴り上げてくる。
この一瞬でショットガンをホルスターに戻したのだから、その速度はかなりのものだ。
流石にこの一撃を食らうのはまずい、と反射的に避けた。
多分、それが悪かった。
勢いをつけたままの彼女の小さな体が、オレの後方に転がっていく。
――まさかその先が崖になっていたなんて、その瞬間までふたりとも気付いていなかったのだ。
「ッ!」
「…ッ」
咄嗟に、腕を伸ばしていた。
間に合ったのは奇跡だと思う。この瞬間は自分を誉めてやりたい。
彼女の細い腕を掴んだまま、オレは彼女と一緒に崖の下へと滑り落ちていった。
+++
「…ナ。ツナ、」
「…う…」
「ツナ、しっかりして」
「…え?」
気が付くと、目の前に心配そうな表情をしたさんがいた。
それこそ鼻先が触れる程の、ものすごい至近距離で。
咄嗟に横に転がったのは、認めたくないが超直感というやつかもしれない。
…頭打ったけど。
「~~~ッ!!」
「あ、」
「…い、痛い…」
「急に動くからよ。どうして横に転がるの?」
どうして、って。
普通に起き上がったら顔がぶつかるじゃないか。
そう返したかったけれど、彼女は本気で不思議そうにしていたから、口を噤んだ。
距離感とか、全然自覚していないんだろうな。これは。
答えの代わりに曖昧に笑って、体を起こそうと力を込めた。
瞬間、鈍い痛みが全身にはしって、思わず顔をしかめる。
「崖から落ちたのよ、無理しないで。…ごめんなさい。崖があるって気付かなくて」
「だ、大丈夫…さんが助けてくれたの?」
「…え?」
きょとんと目を瞠って、彼女は小首を傾げた。
その反応に、逆にこっちの方が頭の中に疑問符を浮かべることになる。
「何言ってるの、ツナ」
「へ?」
「ツナが私を助けてくれたんじゃない」
「……そ、そうだっけ?」
言われて、必死に記憶の糸を辿るが思い当たる節がない。
思わず首を傾げたオレに、彼女はますます不思議そうな顔をする。
「無意識だったの?」
「…そう、かも」
「そう。…どうして?」
「ど、どうして、って」
「あなたは守られる立場に居るのに、どうして」
「ええと…覚えてないのにこう言うのもなんだけど…さんを助けるのに、理由が必要なの?」
「え?」
何気なく出てきた言葉で、他意はなかった。
だから大きく目を瞠る彼女の反応に、自分が相当恥ずかしいことを言ったことに、気付く。
「…な、何言ってんだろオレっ? ご、ごめん今の聞かなかったことに」
「ツナ」
「は、はい!」
静かに名前を呼ばれて、反射的に姿勢を正した。
軽く首を傾げたまま、彼女は柔らかく微笑む。
「…ありがとう」
「え…」
「あなたが、ボンゴレの10代目で良かった」
「え、あの、さん…?」
どういう意味、と。
そう訊こうとして、口を開き掛けた瞬間――、
「…で。続きはどうすんだ?」
そんな冷静な声が、上から降ってきた。
反射的に顔を上げると、木の幹にへばりついた巨大カブトムシの姿が。
……振り返った奴の顔は、間違いようもなくリボーンだった。
「うわぁぁぁっ!? リリリリリボーン!? お前いつから居たの!?」
「ずっと居たぞ。この程度も見破れないようじゃ、まだまだだな」
完全に木と同化してた奴が何を言う。
相変わらずよくわからない変装姿で、リボーンはオレ達の眼前に降りてきた。
そんなリボーンの登場に驚きもせず、さんはしゃがんでリボーンと目線を合わせる。
「リボーン、私の負けよ。闘いの最中に庇われるなんてね」
「え? え??」
「まぁ、がそう言うなら仕方ねーな」
「あ、あの」
「じゃ、ママンが持たせてくれた弁当を食うぞ」
「そうね。少しのんびりしてから帰りましょう、ツナ」
面白いくらい同時に言われて、オレは返す言葉を失い目を瞬かせる。
そんなことはお構いなしに、ふたりはレジャーシートを広げたりお弁当を広げたりと忙しそうだ。
結局リボーンの暇潰しだったんだろうなぁ、と改めて思ってため息を吐いた。
…だけど。
「ありがとう」、と彼女に言われた言葉が、なんだか気恥ずかしくて。
顔が火照るのを、抑えられなかった。
何気ない君の言葉が、こんなにも。
END
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