10.ていきてきにけづくろいをしてあげましょう --- ユーリ=ローウェル



宿の一室。
仲間たちが思い思いに街へ繰り出している今、ユーリとは部屋に居た。
名目上は怪我をしたユーリは安静に、は看病を、ということではあったが。
実際は、少し違う。

「……なぁ、可愛い幼馴染さんよ」
「なにかしら、可愛くない幼馴染さん」

躊躇いがちに声を掛けたユーリに対して、の声音はやや冷たい。
元々が騒がしい程快活な彼女なので、その冷やかさは常の状態ではなかった。
一瞬、ユーリは黙るべきか迷う。
だがしかし、不機嫌な彼女と長時間部屋に取り残された今、色々と限界だった。

「…なんで俺は、お前の髪をブラッシングしてるんだろーか」
「何か文句があるの」
「…いや、アリマセン」

にべもない。
…話は少し戻るが、ユーリは先日、ザウデ不落宮崩壊の際に行方不明になった。
デュークに助けられて事なきを得たのだが、怪我をして戻ってきた彼には始終冷たい。

いや、冷たいというのは語弊がある。とにかく不機嫌なのだ。
傷は既に治癒術で塞がっているというのに、彼が何かしようとすると力づくで止めに掛る。

そして今日はと言えば、他の面々に買い出しを任せてユーリを部屋に押し込め、
自分は監視として居座り――何故かヘアブラシを投げつけてきて、髪を梳けと言われて今に至る。

「…いつまで俺はお前の髪を梳かしてりゃいいわけ…? 意味あるのかこれ…」
「ユーリはこういう単調な作業は嫌いだものね。
 …しばらくやってなさいよ。お仕置きにはちょうどいいわ。意味はそれだけよ」
「だから…散々謝ったんだからいい加減許せよ。お前、最近怒りっぽいぞ」
「お黙んなさい。怒らせているのはどこの誰?
 …何度言ったらわかるの。下町で呑気に過ごしていた時とは違うのよ、単独行動しないで」

淡々とした口調だが、その端々には抑えられない怒りの色が見え隠れしていた。
周囲が若いせいで目立たないが、は直情的な性格だ。
抑えなければいけない程に鬱憤が溜まっているのかと、爆発した時を想像してユーリは顔を引きつらせる。

「あんたが一人で突っ走る度に、どれだけエステルやカロル達が心配して右往左往してると思う?
 年長者としての自覚を持ちなさい。リタの方がしっかりしてるくらいだわ」
「…しょーがねぇだろ。性分だよ」
「せめて反省の素振りくらい見せてくれないかしら? 私に説教させないでよ」
「…なんていうか、まぁ…お前がいるから俺は無茶出来るっつーか。
 信頼できる相手がいるってのは良いよな。好き勝手出来て」
「…最後のが本音ね?
 良い事言ってるようで全然良い事言ってないわよ!…って、人の髪で遊ばないでなにしてんの!」
「いや単調で退屈だったからつい」

腰まで届く若草色の髪だ、遊び甲斐のある長さなので色々な結い方をしていたら、さすがにバレた。
真面目に話を聞いていないと判断したのか、はキッと眦を釣り上げてユーリを振り返る。
そしてそのまま、彼の胸ぐらを掴んでベッドに叩きつけた。
殴られないだけましだろうが、なんだってこの幼馴染はこうも気が立っているのだろうか。

「………痛ェよ、。俺、一応怪我人なんだけど」
「………うるさい。傷ならとっくに塞いだでしょう。
 勝手に行方不明になって勝手に怪我してたあんたなんか知らないわ」
「…まぁ、確かに自業自得だけどよ」
「…ユーリ」
「ん?」

胸ぐらを掴んでいた手が外れて、は仰向けに転がっているユーリの上に頭を落とした。

「…お願いだから、ひとりで危ないことしないで。
 あの子達を巻き込みたくないなら、せめて私には言って」

また泣くのだろうか、と思っていたユーリの予想に反して、彼女は泣かなかったが。
泣き出しそうな雰囲気を察して、ユーリはの髪を撫でる。

「お前を巻き込むのは嫌なんだ、って言ったら納得するか?」
「しないわ」
「だろうなぁ…可愛くない女」
「悪かったわね」
「いいよ慣れたよ、お前が可愛かったのはガキの頃だけだ」
「悪かったわねッ!」

泣いているよりは、怒ってる方がよほど良い。
そう思いながら、ユーリは苦笑する。自分も大概ガキだが、も子供だ。

「ホント、護り甲斐の無い女。大人しく護られろとか言う気はないが、
 もう少しくらい女らしく、こう、しおらしくは出来ないかねぇ」
「ご冗談…そんなの、私らしくないじゃないの」
「それもそうだ。…でもこれは由々しき問題だと思わないか」
「何が」

訝しげに、が視線を上げる。
これだけの至近距離でまったくそこに気が回らない辺り、心配なのはこいつの方だ、と。
内心ユーリは苦く思いながらも、表面上はからかうように唇の端を持ち上げて笑った。

「年頃の男女が抱き合ってベッドの上に転がってるのに、色気のいの字も無い」
「~~~~ッ!!」

言われた瞬間、ようやく自分達の体勢に気付いたらしい。
跳ね起きたは、顔を真っ赤にして怒鳴った。

「なんてこと言うのよ!」
「押し倒してきたのはお前だろうが」
「押し倒してなんかないッ!」
「じゃあさっきまでのはなんだったんだろうな?」
「知りません!!
 どうしていつもそう、話を混ぜっ返すのよ…! 私は、真剣に話してるのに!」
「え? 照れるから」
「だいたい――――…はい?」

きょとん、と。
呆けた様な表情で、は首を傾げた。

「お前が一生懸命過ぎて照れる。なんか恥ずかしくなる」
「な、な、そ、ん、なこと、なんっ…」
「お前が照れてどうするよ」
「なんなの意味わかんないんだけど!? 照れるとか言って顔色一つ変えてないじゃない!!」
「お前が過剰反応し過ぎなんじゃねぇか?」
「~~~~ッ!!」

言葉がでない、という状況らしい。
必死に何か言い返そうとしているだったが、まともに声も出ないようで、唇を何度も空回りさせた。


「なによ!?」
「俺は、お前が思ってる以上にお前に甘えてんだよ」

腕を掴んで引き寄せれば、構えていなかったの体は簡単に傾いだ。
腕の中に納まる華奢な身体を抱き締めると、途端には硬直する。直前の会話のせいで。

「俺が無茶すんのを許せとは言わないから、むしろこうやって叱ってくれよ。
 そうしたら、突っ走る度合いも調整出来るからさ」
「な、なにその勝手な言いぐさ…」
「お前はずっと、俺を甘やかして、叱り飛ばしてくれれば、良いんだよ」

はたして、その言葉の意味を、彼女は正確に受け取ったのだろうか。
何度か何か言い返そうと口を開いたり閉じたりを繰り返していたが、
やがて諦めたように、耳まで赤く染めながら黙り込むのだった。









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