※『LOVE DOLLS PARANOIA』の設定です。
08.かいぬしのへんかにびんかんです --- 阿伏兎



これは、どういう状況なのだろうか。
今日も今日とて問題児×2の上司共の代わりに仕事を片づけ、
自室に戻って仮眠を取っていただけだった。そう、それだけだったはずだ。
何か僅かに重みを感じて目を開けた瞬間、
自分の上で若い女が四つん這いになっているこの状況の、意味がまったくわからない。

「…………」
「…………」

しかも、無表情だった。
…新手の嫌がらせだろうか。

「………………………。お前さん、何してんだ?」

下手に身動きすれば、色々危険な体制である。
なんとか自分を落ち着かせて、阿伏兎は目の前の見知った女に問いを投げた。

「はい。日夜まともに休まず仕事に励む阿伏兎さんを、慰安しに参りました」
「…は?」

【慰安】
心をなぐさめ、労をねぎらうこと。また、そのような事柄。

普通ならなんとも心打たれる進言なのだが、しかし。
相手がこの、完全にテンポのズレた天然娘では、素直に受け取れない。
確実に、言葉を曲解してここに居る。

「…あー…気持ちは嬉しいが夜も遅いからお前さんは部屋戻れ…ってなんで脱いでんの!?」
「え。…阿伏兎さんは着衣プレイがお好みでしたか。失礼しました」
「ンなこと言ってねぇ! なにその吃驚した顔! こういう時だけ表情豊かだな!?」
「……あ。そうですか、そうですね。脱がすのも込みでプレイなのですよね。失念してました」
「だから違うって! いったい何を誰に吹き込まれて来たんだあの馬鹿夫婦か!?」

大抵、厄介事の発生源はあのバカ提督とその専属秘書だ。
この天然娘に余計なことを吹き込むとしたら、あのふたり以外有り得ない。
だが阿伏兎の予想とは裏腹に、はほとんど変わらない表情のまま首を傾げた。

「わたしが、神威様の命令を聞くとお思いですか?」
「………ああ、うん。そうだな、聞かないな。そもそもあの嬢ちゃんが許さないわな」
「ですから、これは紛うことなく、わたしの意思です」
「…………いや、なんでそうなったんだ?」

まだ少女と言っても通りそうな、可憐な娘。
表情変化は乏しいとは言え、感情が無いわけではない。
多少ズレてはいるが、どんな思考が働いたら夜遅くに男の寝こみを襲うような行動に行きつくのか。

「ですから、日々のお疲れを癒しに」
「だから、それの手段がなんでコレ?」
「古来より、男性のストレス解消法は喧嘩・酒・女です。
 ですが阿伏兎さんには決定的に三番目が足りていません」
「言い切った!?」
「ご安心ください。経験はありませんが、一通りの教育は受けています。
 ある程度以上のご要望にお応え出来ると自負しています」
「真顔でそういうこと言うなって! 若い娘が!!」
「…………もしや、阿伏兎さんは幼女趣味か熟女趣味でいらっしゃいますか?
 そ、それはさすがにわたしにはどうすることも出来ませんので、申し訳ないのですが脳内補完でどうか…」
「お前は俺をどういうキャラにしたいの!? 別に特殊な性癖とかねぇから!」

これがあの秘書官殿なら冗談だろうが、残念なことにの場合はどこまでも本気だ。
……とりあえず、半脱ぎの服を直してくれないだろうか。正直目の毒だ。

「では、何が問題なのでしょうか」
「そこで不思議そうに訊くなよ…。
 。お前さんは別に、娼婦でもなんでもないんだ。こういうことまでしなくて良い」
「酷いことを仰いますね。いくらわたしが非常識でも、阿伏兎さん以外にはこんな真似しません」
「……………はい?」

なにか、物凄い口説き文句を言われた気がして、一瞬阿伏兎の思考が停止した。
その反応をどう受け取ったのか、はぐっと身を乗り出す。
触れ合いそうな程の至近距離で、どこまでも真面目に、彼女は言い放った。

「ただ、わたしが、あなたをお慰めしたいだけなんです。
 誰にでもこんなことをしようなんて、思いません」
「………」
「まぁ、強要されたらすると思いますが」

けろりとして言うことではない。色々台無しである。

「…そこは絶対しないとか絶対嫌だとか言っておけよ。
 そう簡単に自分を安売りするな。強要されたら引っ叩いて逃げろ」
「夜兎相手に、采女のわたしがですか?
 わたしの手の方が折れそうですが。さすがに、命は惜しいです」
「…いやいや、別に鋼鉄で出来てるわけじゃねぇぞ、いくら俺達でも。
 あとそういう問題じゃないからな。こういうとこは嬢ちゃんを見習ってくれ頼む」
「………」

育った環境のせいなのは明白だが、の貞操概念はとんでもなく緩い。
むしろ、無いと言い切っても過言ではないのかもしれない。
だが少し考えてから、はこくりと小さく頷いた。

「…はい。阿伏兎さん以外の方とは、絶対にしません」
「……………」

何か、墓穴を掘ったような気がしたのは、果たして阿伏兎の気のせいなのかどうか。
いつになく真剣な表情になったに、阿伏兎は観念したようにため息を吐き出した。

「……ったく、なんでこんなオッサンが良いのかねお前さんは」
「阿伏兎さんは、まだお若いですよ?」
「…お前は幾つだよ」
「ん…そうですね…神威様よりはひとつふたつ上だと思います」
「…………俺より確実に10は若いだろうが」
「…………やっぱり熟女趣味なのですか?」
「違う。やっぱりってなんだ。そういう意味じゃなくて。
 ……ああ、もう、大人しそうな顔して頑固だなお前さんは」
「そうかもしれません。……で。しないのですか?」
「……しねぇよ。若い女に誘惑されて手ェ出すとか、さすがになけなしのプライドが許さないっての」
「………わたしは、そんなに魅力がないのでしょうか」

さすがに凹んだのか、しょんぼりとは肩を落とした。
白い髪と赤い瞳という、神秘的な容姿を持つ希少種族,采女族の娘。
男を惑わす術を幼い頃から叩き込まれて来た彼女に、女としての魅力がないわけがない。
…いつもながら思うが、は悩むところがとことんズレている。これは育った環境云々より、ただ彼女の性格的な問題だ。

「…そうじゃない。ただこういうのは女に言わせるもんじゃないから、今日のことは忘れろ」
「?」
「………こういうことは、男がリードするもんだ」
「…え…はい…?」

ワンテンポ遅れて意味を把握したのか、夜目にもわかるほどに、の頬に赤みが差した。
実に素直な反応である。ようやく見せた年相応の反応に、何故か阿伏兎は安堵した。

「…とりあえず、今日はもう遅いからここで寝ろ。俺は床で寝るから、ベッドはそのまま使え」
「え? それはいけません。わたしが床で寝ます」
「馬鹿。女にそんな真似させられるか」
「……でしたら、一緒に寝ましょう。このサイズでしたら余裕です」
「!!???」

真顔で何を言い出すのだろうか、この娘は。

「それに、」

思わず固まる阿伏兎に、は控えめでありながら、
それこそ有無を言わせぬ笑顔を浮かべて言い放った。

「疲れた時は、誰かの温もりがあるとぐっすり眠れますよ?」









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