さほど女の美醜に興味の無い神威から見ても、目の前にいる女は素直に美しいと思えた。
少し赤みの掛った黒髪は、今は美しく結い上げられ、煌びやかな簪を飾り付けられて。
目にも鮮やかな赤い着物は、滑らかな肌に良く映える。
真っ直ぐに神威を見据える険のある視線と、引き結ばれた紅い唇。
小柄で華奢な体躯でありながら、纏う空気は可憐というよりは妖艶さが強い。
そう。微笑むよりむしろ険のある表情の方が、彼女の艶のある容姿には似合っていた。
その姿は花魁もかくやという艶やかさ。
しかし従順さなど微塵も感じさせない、反抗的な視線。
相手に媚びるくらいならば、舌でも噛みそうな気位の高さ。
抜身の刃のような、美しい、獣。
――この世にただひとりの、夜叉の姫。
「…………人を無言で眺めながらにやにやすんのやめてくれないかなァ」
「ああ、ごめんごめん。眺めてるだけでも楽しかったから、ついね。似合ってるよ、それ」
「嬉しくないよ。なんだよこの恰好」
「花魁」
「だからなんでこれを私に着せた」
「似合うかなぁと思って。さすがに地球産美人は着物が似合う。色気が増すね?」
「あー、はいはい。ありがとよ」
おざなりな返事に、神威は笑う。
実に彼女らしい。褒めても素直に喜ばないあたりが、特に。
「折角だし、お酌でもしてみる?」
「…変な遊び思いつかないで欲しいですホントに…」
そんな憎まれ口を叩きながらも、は衣擦れの音を僅かに立てながら神威の隣に移動する。
膳の上に置かれた徳利を手に取る仕草、差し出された杯に酒を注ぐ所作。
全ての動作が洗練されており、彼女がそれ相応の教養を身に着けているのを感じさせた。
「が花魁だったら、相当高いんだろうね。当時の日輪に張るかな」
「知らないよ、花魁の値段なんて…日輪さんがどんだけ高かったかも興味ないし…」
「だろうね。俺も興味無い」
吉原桃源郷――かつては夜王鳳仙の国、そして今はただ、神威が管轄とする常世の都。
かつての闇に生きた女達の、その苦行など興味は無い。
それはただの戯言に過ぎず、ただ思い出す師の間際の言葉にあった太陽の存在を、朧気に思う。
「…太陽、ね。鳳仙の旦那の言ってたことも、わからなくはない」
「神威…?」
「…だけど、俺は間違わない」
細い腕を掴んで引き寄せ、柔らかな身体を抱きしめる。
華奢な指先を滑り落ちるように徳利が落ち、畳の上を転がって行った。
甘やかな酒の香りに、わずかには顔を顰めた。
「神威、お酒…」
「いい」
神威が短く告げると、は畳を転がる徳利の回収は諦めたらしい。
求められるままに口づけに応じ、ただ大人しく抱かれたままでいる。
それでも、従順に従っているというよりは、仕方ないから従ったふりをしている、とでも表現した方が妥当か。
「…メンドクサイ女」
「…面倒くさい男」
「このまま抱いてたら、その簪で首掻っ切られそうだよね」
「…掻っ切ってあげましょーか?」
「なってないね。床入りの前には簪外すのが花魁の作法だよ」
結い上げられた髪を飾る簪を引き抜き、畳の上に落とす。
しゃらん、と小さな音を立てて転がるそれを、の視線が追った。
その豪奢な簪一本、幾らくらいなのか――などとくだらないことでも考えているのだろう、と神威は苦笑する。
自分だけを見ろと強要すれば、即答で嫌だと返してくるような女。
人が喋っていてもお構いなしに、聞き流して別のことを考えていたりするのも当たり前。
どっちが身勝手、我が儘なのか。だが互いに身勝手同士で釣り合いが取れているのかもしれない。
美しいだけ、従順なだけの女なら、今頃彼女はここで呼吸はしていないだろう。
せいぜい暇潰しに弄んでから、物言わぬ人形として打ち捨てていたに違いない。
だから、彼女はこれで良い。
身勝手で我が儘、人の言うことなんて聞きやしない。
気高く、美しく、時折覗く無防備な仕草が愛おしい、そんな女で在れば良い。
「…無理矢理着せておいて、もう脱がすの?」
「花魁の着物は脱がす為にあるんだよ」
「勝手だなぁ…」
滑らかな肌に口づけると、小さく震える体。
纏う赤を華奢な肩から滑り落とすと、夜闇に映える白い肌が露わになる。
「――は、俺の『月』だよ。
夜兎を嫌い、焦がす太陽なんかじゃない。当たり前にそこにいて、伸ばす手を拒まない月…」
「…月、ね…」
スッと、華奢な指先が頬に触れた。
濡れた黒い瞳が、真っ直ぐ見上げてくる。
情欲を掻き立てる、艶めかしい視線。
誘われるように口づけて、手繰り寄せるように互いの指先を絡める。
「…太陽に嫌われた兎は、…月を、恋うのかしら」
「そうだよ。…綺麗で冷たくて優しい、青い月をね」
――渇くほどに焦がれ、手を伸ばしても届かない、そんな薄情なヒカリなどではなく。
伸ばした指先に、こうしてごく自然に指先を絡めてくれる、そんな――
静かに冴え、渡る――――青い月。
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