「……だから。なんで私が万事屋の仕事を手伝わなきゃいけないんですか」
目の前には、とある屋敷の蔵。
蔵のくせに万事屋よりでかい。
…金持ちってやつは…いや、良いけどね別に。
「いやー、だって今月ピンチなんだもん。神楽と新八には別の仕事に行って貰ってるからさー」
「それじゃあ銀さんも頑張らないとねぇ。ひとりで」
「こらこらこら」
踵を返した私の襟首を、銀さんは躊躇いもなくひょいっと掴んだ。
身長差のせいで、襟首を掴まれた私はぷらんと宙づりになる。酷い。私は犬猫か。
「もー。離して下さいよぉ」
「蔵掃除だからちゃんにも出来るって」
「やる義理がないです」
「そう言うなって。なぁ、ちゃーん」
「……」
そんな、甘えた声出されても。
仕事熱心なのか自分ひとりでやるのが嫌なだけなのか――まあ後者だろうが。
だけどそもそも、あくせく働かなくても良い方法くらい、あるのだ。まあ無限ではないが。
「…二千万」
「は?」
「二千万。貯めてる分があるでしょ、少し楽しようとか思わないんですか」
「んー。基本的に俺は気ままに生きてっしなァ」
「そうじゃなくて…」
「あのねぇ、ちゃん」
襟首を離されて、くしゃくしゃと頭を撫でられた。
髪がぐちゃぐちゃになるけど、私は銀さんのこの仕草が嫌いじゃない。
…本人には死んでも言ってやらないけど。
「あの金は、お前の為に貯めたんだ。新八も神楽もそう思ってる。
それに手をつけるような真似が出来るかよ。他人に奢らせるのは大好きだけど」
「…でも、さ」
「あー、いいのいいの気にすんな」
なんでもないようにそう言って、銀さんは蔵の扉を開けた。
そして、相変わらず気怠げに私を振り返る。
「と、いうわけで仕事手伝ってちょーだいよ」
「いや、私も仕事があるんですけど。むしろ現在進行形で遅刻してるんですけど」
「つーか、なんであんな男所帯にお前を送り出さなきゃいけないわけ?」
「え? 本音そっち?」
「俺ァ恋人は縛るタイプだって言ったでしょーが」
恋人。
…いや、まぁ、うん…そうなんだけどさ。
なんだろう、この恥ずかしさは。
「ハイ、ちゃんこれ持って」
「…何コレ」
「さぁ? お偉いさん家の蔵の中身なんざ知るかよ」
「わからない物を私に寄越さないでよ…」
渡された荷物を一旦蔵の外に出してから、私は銀さんに続いて中に入る。
それに気づいて、ふと銀さんが思い出したように言った。
「あ、。お前そこ離れる前に、戸の前に何か適当な荷物置いておけよ」
「え? なに?」
銀さんに聞き返したのと、戸が大きな音を立てて閉まるのは、ほぼ同時だった。
小さな日取り窓から入る光だけの、薄暗い空間が出来上がる。
「……あれ? 戸、閉まっちゃった?」
「うん」
「……いや、「うん」じゃねーよ。何してんのよちゃん」
「何が」
首を傾げる私に、銀さんは小さく息を吐いた。
そして、噛んで含めるように口を開く。
「…そこの戸な?」
「うん?」
「この蔵の唯一の出入り口で」
「だから?」
「…………それ、外からしか開かないらしいんだわ」
「は?」
「「………………」」
流れる沈黙。
少し間をおいてから、私はようやく言われた意味を把握した。
「ええええええっ?! それってなに、閉じこめられたってこと!?」
「そうなるな。…ってお前は何しやがるんですか!」
「私のせいかよ!?」
納得いかない! これ絶対私のせいじゃない!!
知ってたのに言わなかった銀さんが悪いじゃないか。なんで私が怒られるわけ!?
「…あー、でも。ここの旦那が後で様子見に来んだろ」
「…良いわねぇ、銀さんは常にマイペースに前向きで」
「あれ? なんか口調に棘が混じってません?」
「ああ、良かった! 銀さんのどうしようもない天パ頭でも皮肉を理解することは出来るのね!」
「オイィィィィ! おまっ、それが恋人に浴びせる言葉!?」
「あらー? 私は銀さん曰くサド娘でしょー?」
「え、なにそれ実は密かに根に持ってんの!?」
別に根に持っちゃいないが。今更だし。
…とりあえず、勝った。
少し満足して、私はガラクタの山へと向き直った。
「まー、出られないなら仕方ない。ちゃんと出来る範囲でお掃除しますかねー」
「は順応性豊かだな、ホント」
「銀さんには負けますヨ。ホラ、さっさと働けこのマダオ」
「誰がマダオですかちょっと」
銀さんはマダオ以外のなんでもないです。
不満そうな声を無視して、私はさっそく掃除に取り掛る。
とはいえ、外に出られないから日干し出来ないし、どうするかなこのガラクタの山…。
ひょいっと荷物を足場にして、上方に積まれているものも確認する。
…わあ、なんだこれ。よくわからんものばっか。この店の旦那、どういう趣味?
「…あー、さん。ひとついいですか」
「なんですかもう! ダラダラしてないでちゃきちゃき動いて下さいよ!」
「いや、お前かなりキワドイ格好してんですけど」
「は?」
「裾が捲れ上がって中身見えてる」
「!!!」
慌てて、私はスカートの裾を抑えた。
ま、真面目に仕事もしないで何考えてんのこの人…ッ!!
「~~~ッ!! 銀さんッ!!!」
「お前さぁ、黒のレースは無いんじゃないの?
前から言ってんだろ。俺は白かピンク、百歩譲っても薄い青が良い」
「銀さんの趣味なんか聞いてませんッ!」
「バッカ、お前コレ重要よ? っていうか上も黒なの?」
「ちょ、どさくさに紛れて何してんですかーっ!?」
荷物の上から引き摺り下ろされて、腕の中に収められた。
ここまではまあ良い。可愛いスキンシップとしよう。
が、しかし――なんで脱がされてますか、私。
「あー…肌白いから、上は黒でも良いかも」
「人様の家の蔵で何しやがるんですかあんたは!!」
「そりゃお前、こんな暗いところにふたりっきり、しかも脱がし易そうな格好されてりゃあ、なぁ?」
「いや、そこ納得いかない! 私ほどガードの堅い女はいませんよ!?」
「どこがだ。お前は常に無防備だろーが。
いつもいつも、俺がどれだけ胃をキリキリさせてると思ってんの?」
失礼です。別に無防備になった覚えはありません。
…ところで、それって嫉妬だろうか。思わず、私は首を傾げた。
「…銀さんいつもマイペースじゃない。そういうの気にしないでしょうが」
「言い切るのはどうよ。なんで伝わんないかねぇ、こんなに愛してるのに」
「…銀さんが言うと胡散臭ェ…」
「オイ」
呆れたように目を眇めて、銀さんはわざとらしくため息を吐いた。
なんですか、その反応。なんか腹立つんですが。
「…俺、なんでこんなサド娘が好きなんだろ」
「マゾなんじゃないの?」
「お前ね…サドであることは認めるんですか」
「銀さんを苛めたいから、認めざるを得ないかなぁって」
「……………」
「……………」
変な沈黙のあと、銀さんは物凄くぎこちなく笑った。
「…ああ、俺、苛められてたんだ?」
「うん」
「…………………」
「あれ。銀さん怒った?」
「怒った。怒ったから、悪い子にお仕置きしようと思います」
「わっ?!」
荷物の端から覗いていた布を床に簡単に広げて、銀さんはころんと私をそこに転がした。
…ってか、これ布じゃなくて着物! しかも結構上物! まずいって、絶対怒られる!
「銀さんこれまずいって怒られるよ」
「あ? お前が怒られろよ」
「はぁ!? 何それやったの銀さんじゃん!」
「俺を怒らせたのはお前だろ」
呆れたように言って、銀さんは転がってる私に圧し掛かると、帯に手を掛けた。
…え。マジで。そういう展開!?
ちょっと待ってなんでそうなったの!?
「…こんなとこで盛るとかあり得ねぇよ、銀さん…」
「盛るとか言うな。照れてるときはちゃんと照れろ」
「んな!? だ、だ、誰が照れてますか呆れてるんですよ!?」
「あー、はいはい」
じたばた暴れてみるが、圧し掛かられてる状態でそんなことしても無駄だった。
あっさり押さえつけられて、器用に帯が解かれる。
なんで片手であっさり解けるわけ!? 銀さん器用過ぎだろおかしいよ!!
「お前が照れてるかどうかなんてな、すぐわかるんだよ。無駄な抵抗すんな」
「なっ、」
「で、こういうこと言うとお前が口答えしなくなんのも知ってる」
「~~~ッ!!」
何度か唇を空回りさせてから、私はぐぐっ、と言葉を飲み込んだ。
反論したいけど、何にも言葉が浮かばない。
く、悔しい…負けた…ッ!!
「き、今日の銀さんは意地悪だ…っ」
「当たり前だろ? 『お仕置き』なんだから」
そう言う割には、声音も視線もどこか優しくて。
悔しさ半分、でも「ああ、敵わないなぁ」と思えてしまった。完全に、今日は私の負けだ。
逸る鼓動に気づかないふりをしながら、私は苦笑するしかなかった。
…で。
店の旦那が様子を見に来てくれたのは、どっぷり日が暮れてからだった。
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