「よし! 、デートしよう!」
「はァ?」
藪から棒に言われた言葉に、わたしは思わず呆れたような声を上げた。
これはまったくの無意識だったので、わたしはどうやら心底呆れているらしい。
「え、なにその反応。酷くね?」
「いや、だっていきなり過ぎてわけわかんないよ、ラビ」
「いきなりでも何でも良いじゃん、デートしよ?」
「今、任務中」
そう。
わたしとラビは、現在任務を受けて教団から離れていた。
実はブックマンも同行してるんだけど、今は居ない。
今回の任務で気になる事があるらしく、ひとりで別行動中だ。
「どーせいつもの如く長丁場さ、少しくらい良いだろ減るもんじゃなし」
「いやいや、時間というものは減ってくもんですよラビさん」
有力な情報だとコムイさんが言っていた割に、奇怪もなければAKUMAも居ない。
確かにこの任務、長丁場にはなりそうだが、かと言って今の流れは理解不能です。
「だいたい、デートなんて帰ってからでも出来るでしょーが」
「出来ねぇから言ってるんさッ!!」
「なんで出来ないの? あんたこの仕事の後、すぐ別任務だったっけ?」
「違ーうッ! 問題はお前! お前の方!!
帰ったら絶対アレンとかユウとかリナリーとかと一緒に居んだろはッ」
「あー」
ラビの言わんとしたことをようやく理解して、わたしは間延びした声で返事を返す。
確かに教団に戻ればリナリーとアレンが出迎えてくれるだろうし、神田も任務が無ければそうだろう。
よくよく考えれば、ラビの言う通り二人で出掛ける時間は無いかもしれない。
「そんでどうせすぐにアレンと任務だろ。なんでお前いっつもアレンと一緒なの腹立つさーッ」
「いやいや、それはわたしじゃなくてコムイさんに言おうよ」
「コムイのアホーーっ! 絶対わざとさあの鬼室長ッ!! 愉快犯!!」
「どうしたんだよラビ、ちょっとテンション高過ぎるよ。クールダウン、クールダウン」
窓の外に向かって叫ぶラビの襟首を掴んで、わたしは彼を部屋に引っ込めた。
…まったく恥ずかしい。ご近所迷惑です。
ため息を吐いて椅子に座り直すわたしに、窓から引き剥がしたラビがべったりとくっついてきた。
これはいつものことなので、別段わたしは反応を返さない。
…返さないの、だが。
「だってさー、全然ふたりっきりになれねぇんだもん、ストレス溜まるさー…」
今日は愚痴付きだった。
やれやれ、とわたしは本日何度目かのため息を吐く。
「…でもふたりっきりになったらあんた、やらしいことするでしょ」
「え。ダメなの?!」
「…だからふたりっきりになるのヤなんだよ…」
男ってのは、なんでこうなのでしょうか。
まったく興味を示さないのは困るけれど、ラビの場合はオープン過ぎて困る。
「っていうか、恋人同士ならしても良くね?」
「ムードを大事にしてくれないと嫌なの、ソレが女心なの」
「…………オレが時と場所を考えずに盛ってるとでも言われてるようで嫌なんですけど」
「違うのか」
「違っ! え、むしろなんでそうなった!?」
「外は嫌」
「ンなこと一回しかしてねぇじゃん、それこそ未遂だし謝っただろー!?」
「うるさいです万年発情兎」
耳元で叫ばれるのは、頭に響く。
言い捨ててまたため息を吐く。もう今日だけで何度目だ。いい加減幸せが逃げ出しそう。
「…なー。ってオレに対してキツくない?」
「は? 何言っちゃってんのラビさん。わたしが優しいのは女性にだけですよ?」
視線を戻し、頬杖をつきながらわたしは目を眇める。
わたしの答えが気に入らなかったのか、ラビは心なしか嫌そうな顔をした。
「…なぁ。お前、ホントにオレのこと好きなの?」
「うっわ、ウザっ。やめなよ、そういうこと訊く男、ウザイから」
「泣いて良いデスカ」
「良いデスヨ」
さらりと即答すると、一瞬、変な沈黙が流れる。
さすがに怒ったかなぁ、と視線を向けると、思いっきり後ろから抱きしめられた。
…何故。
「…良いさ良いさー、の分もオレが愛するからー」
「ひとを淡白みたいに言わないでください馬鹿兎」
「お前が淡白じゃないなら何を淡白と言えば良いんさ。ユウだってもうちっと情熱あるぞ」
「神田以下ですかわたしは」
神田より淡白かー。それはちょっと由々しき問題だなぁ…。
こんなところで引き合いに出される神田も神田だけど。
「…わたし、そんなに淡白かなぁ?」
「とってもー。反応薄くて泣きそうさー…」
「そうかなぁ。わたしにとっては普通だけどなぁ」
「…普通の状態でここまで辛辣? お前今までどんな恋愛してきたんさ」
「……………」
失礼な、別に普通です。
…と、言い返しかけてふと気づく。
そういえば、…まともに恋愛なんてしたことないんじゃあるまいか、わたし。
初恋はいつだっけ。ああ、幼稚園で同じ組だった男の子?
でも今になって思えば、あれって恋というよりただ単に「お気に入り」だっただけじゃない??
「…おーい、ー?」
「……どんな……どんな? いや、そもそも恋愛なんて……」
「…ええと。もしかして、。彼氏居ない暦イコール年齢みたいなそんな寂しい青春?」
「ッ!!」
答えより先に、わたしは思いっきりラビの頭を叩いていた。
いや、だって。失礼極まりないんだものその発言。…事実だからっ!!
「~~~っ…な、何も殴ることねぇさ!?」
「あんたが失礼なこと言いやがるからでしょーがッ!」
「って、えー…マジでそうなの…?」
「~~~ッ!!」
「わーーっ!? ストップストップ! 殴るの禁止っ!」
再び拳を振り上げたわたしの手首を掴んで、ラビが必死に止めに掛かる。
かと思ったらこともあろうにこの男、その体制のままけたけた笑い出した。
「…あははははっ」
「何よ何よ笑うことないでしょ!?」
「いや、違くて! そっか、だから反応が変なのか。あー、すっきりした」
「何がッ!?」
妙に晴れやかな表情で言われて、わたしは怒鳴り返す。
そんなわたしを宥めるように、両手首を押さえ込んだまま、ラビはへらりと笑った。
「いいやー? 可愛いなー、って」
「だから何がッ!!」
「慣れてないトコロが」
「なっ」
まともに言葉が出てこない。
何度も口を空回りさせるわたしの顔は、もう耳まで赤くなっているに違いない。
そりゃ慣れてないさ。慣れてないけど! 改めて言われるとなんかムカつく…っ!
悔しいような恥ずかしいような、そんな気分でわたしはラビを睨む。
その視線を受けて何を思ったのか、わたしの手首を掴んだままでラビが立ち上がった。
「と、いうワケで。出掛けるぞー」
「は? どういう流れだ今の!?」
「良いから良いから。何事も経験さー」
「ちょっとラビっ!?」
そのまま腕を引っ張られて、わたしは椅子から立ち上がらされた。
ラビは出掛ける気満々で、わたしを引きずりながら部屋の外へ出てしまう。
「出来る時に思いっきり楽しみたいじゃん。若いうちはさ」
「…なにそれ…オヤジくさい」
「コラ。こんなイイ男つかまえてオヤジくさいはないだろ」
自分で言っちゃうのはどうなんだろう。
そう突っ込んでやろうかと思ったけれど、なんだか楽しそうなラビを見ていたらその気が削がれた。
仕方ないな、と。
苦笑してから、わたしは口を開く。
「…つまんないトコ連れてったら怒るからね?」
「オッケー、任せとけ!」
…まぁ、いいか。
こんなに嬉しそうにされると、わたしも満更じゃない気分になる。
後でブックマンに怒られるかもしれないけど。
お説教を一緒に受けてあげても良いかな、なんて思うくらいには、わたしも楽しんで来ようかと思った。
+++
それから街中を駆けずり回って、気がつけば夕方になっていて。
そこまではまぁ、普通に健全な10代男女のデートと呼べたんだろうけど。
…最後の最後にやりやがったよ、この赤毛兎めは。
「…ベタ過ぎて怒る気にもなれなかったわ」
「嘘付けー…思いっきり怒っただろー…」
怒らないわけがないだろう。
おまえが連れて行こうとしたのは、わたしの世界で言うラブホテルですよ兎さん。
……本気でイノセンスを発動しかけたね、わたしは。
「しょーがねぇじゃん! オレだって健全な18歳の男ですよ!?」
「開き直んなバカッ!! ったく、こんなんじゃ先が思いやられるわ…」
頭を抱えてため息を吐く。
ホント、こんなことじゃあ先が思いやられます。
まぁ…次期《ブックマン》と《異邦人》であるわたし達に、果たして『先』があるのかどうかも、わからないけれど…。
「良いじゃん、オレらはずっとこんな感じでも」
「……」
いつものふざけた調子ではなく、どこか真っ直ぐな言葉。
彼の口から出るには、あまりにも現実味の無いそれに、わたしは思わず足を止める。
「…ずっと?」
「そ。ずーっと」
そう答えて、笑う表情に蔭りは無い。
だけどわたしは、それを鼻で笑い飛ばした。
「嘘つき」
「うわ、酷ッ?!」
「でもしょうがないから、騙されてあげるよ」
「…ははっ」
苦笑して、ラビがわたしの手にそっと触れる。
なんだか遠慮がちなその手を、わたしは何食わぬ顔で握り返した。
「…例えば」
「ん?」
「何度立場が変わっても、名前が変わっても、さ」
手を繋いで、宿までの道をゆっくりと歩き出す。
その歩調に合わせるようにゆっくりと、ラビはほとんど独り言のように呟いた。
「その度のお前に逢って、その度に好きになるんだと、思う」
「………」
「しょーがねぇだろ、惚れてんだからさ。後戻りなんか出来っかよ」
ブックマンとしては失格だな、と。
自嘲気味な言葉とは裏腹に、その横顔は穏やかな笑み。
「だから今は、こうやって繋いだ手がずっと離れなければ良いのに、って思うんさ」
「…バカじゃないの」
繋いだ手に、わたしは僅かに力を込めた。
そんな些細な希望なんて、簡単に叶えてあげられる。
ラビが振り解こうとしても、わたしがずっと繋いでいれば、それで良い。
「わたしは、あんたが《ブックマン》になることを止めたりしない。
でももし、あんたが望むなら…そんなもの、わたしが壊してやる」
「…?」
「でもそれを望まなかったとしても、わたしは一生あんたに付きまとってやるからね!」
ずっと、ずっと、ずっと。
だってわたしは、『知っていて』なお、彼を選んだのだから。
今更後戻りが出来ないのは、わたしも同じ。
だったら気が済むまで、わたしはこの手を握り続けよう。
「」
「…わたしにこれ以上言わせんの?」
「まさか」
じろりと睨め上げると、肩をすくめてそう返される。
宿に着く手前の路地で、ラビは急に立ち止まった。
「…あー、やっぱお前には敵わねぇさ。惚れ直した」
「…ラビ?」
「うん。なんか、さ」
手を繋いでいたのとは逆の腕で、強く肩を引かれ抱きしめられる。
片手は繋がったまま、片腕だけで抱きしめられているのに、その腕から抜け出せない。
「…好きだなぁ、って思った。凄く」
「わたしも好きだよ」
「うん…って、え?」
生返事を返してから、ラビはハッと我に返ったようにわたしを自分から引き剥がした。
そして、まじまじと見下ろしてくる。何、その信じられないものを見るような目。
「ちょ、もう一回! もう一回言って!」
「やだ」
即答で返して、わたしはラビの腕から抜け出す。
宿はもう目と鼻の先だ。このまま置いて行っても、すぐに追いついて来るだろう。
「なんでさ!? ちょっと待て、ーーっ!」
慌てて追いかけてくるラビの声を背に聞きながら、わたしは笑う。
わたしが淡白だとラビは言うけど、そんなことはない。
ただ、わたしの言葉で一喜一憂する、ひどく人間くさいラビを見るのが好きなだけ。
いい加減気づけと思うけれど、ああでも、気づかない方が楽しいかな。
ラビが、出逢う度にわたしを好きになると、言うのなら。
わたしもきっと、出会うたびに彼に恋をするのだろう。
名を変え、立場を変えて。
だけどその度に、わたしはきっとあなたを見つけ出す。
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