わたしがこの世界に来て、1ヶ月余りが経つ。
見ず知らずの世界――しかも漫画の世界!
こんな場所に放り込まれて、混乱しないわけがなかった。
ここで主人公サイドに拾われた自らの幸運に感謝したよ。ああ、したさ。
…だけど、その感謝した己の行為を後悔するのに、時間は掛からなかった。
「あんたホントにロクデナシですね」
「藪から棒に何を言いやがるんだお前は」
豪奢な屋敷。
一般水準レベルを軽やかに飛び越えたこの屋敷は、当然一般人の家じゃない。
この街一番の富豪の屋敷で、今は20も歳の離れた旦那に先立たれた若い未亡人の所有物。
そして、わたし達の仮の宿でもある。
それを仮の宿にすると決めたのは目の前にいる赤毛で、何故かわたしはそこの使用人制服を着用中です。
いわゆるメイドさんですよ、メイドさん。
なんでわたしがメイドさんですか。って言っても、モップ持ってうろうろしてるだけだけど。
「弟子になれとか言っておいてなんですか、わたしは単なるメイドさんか」
「別にその仕事が嫌なら、他のを探せば良いだろ。
むしろ積極的に他を探せ、なんでオレに張り付いてるんだお前は。邪魔だ」
「冗談言うな。あんた目を離したら何やらかすかわかんないじゃないですか」
「…お前、師を敬う気持ちは無いのか」
「だったら敬われるようなことしてみてくださいよ」
「口の減らない小娘だな」
「余計な世話ですダメ師匠」
一息で合間を空けずに言い合って、わたし達は睨み合った。
正しくは、わたしが一方的に睨んでいるだけだが。…腹立つなぁ、もう。
「、無駄ですよ。師匠は今も昔もこれからもずっとこうです」
そんなわたし達を眺めていたもうひとりが、ため息混じりに口を開く。
なんだその諦め切った言葉は!
弟子達に金稼がせて、自分は美人未亡人といちゃつくだけの師匠で良いと思うのか!
「あんたは諦め良過ぎだよ、アレン! これじゃまるでヒモですよ、ヒモ!!」
「まるで、じゃなくてもう立派なヒモでしょう?」
「あ、そっか。ダメじゃん師匠。最低。女の敵」
「…いちいちムカつくなお前は。性格は悪いし顔も頭も並で、良いのは身体だけか」
「ちょ、それセクハラ! どこ見てんの師匠のスケベ!!」
「他に見るべきモンがねぇだろうが、お前の場合」
「酷ォっ!? ちょっとなんですかわたしの価値ってそれだけ!?」
がなるわたしの肩を、ぽむ、とアレンが妙に優しく叩く。
振り返ると、胡散臭いほどの笑顔に出くわした。
「はエクソシストなんですから、価値云々はどうでも良いじゃないですか」
「…ねぇ、アレン。慰めているような口調だけど、それって肯定?
否定?」
「価値云々はともかく、の性格がアレなのは事実ですし」
「あんたに言われたくないわーっ!?」
可愛い顔してえげつないことを平気で吐いたり、背筋が凍るようなことをさらりと口にしたり。
もはやその笑顔に紳士の優しさを見出すのも難しい、そんなアレンに性格の駄目出しなんてされたくない!
「ったく、うるせぇな。アレン、そいつどっか持って行け」
「わたしは物ですかちょっと!?」
「僕はこれから稼ぎに行くので、の面倒は師匠がみてください」
「なに押し付け合ってんの!?」
この師弟酷くないですか!?
特にアレン! 拾われた当初は物凄く優しくて感激したのに、なにこの扱い!?
「…ねーぇ、アレンちゃん? なんだか最近わたしに対して随分辛辣じゃなーい?!」
「真顔で師匠に歯向かうを見てるとですね、なんか遠慮するの馬鹿らしくなっちゃって」
「え、そこ笑顔で言うトコロ?!」
「虐げられても歯向かうを見てると、生きる希望が沸いてきます」
「爽やかな笑顔とえげつない言葉のギャップが激しいんですけど何この子ーーーッ!?」
なんかもう、まるでわたし、生贄? 生贄なのか、どうなんだアレン!
握り締めた拳を震わせるわたしに、逆にアレンは胡散臭いほど笑顔だった。
「それじゃ、僕は行ってきます。
、師匠が無駄な借金増やさないように、よーく見張っててください」
「ちょっと、アレン…!」
呼び止めても聞こえない振りで、そのままアレンは部屋を出て行く。
ちょ、何あの薄情さ! 兄弟子が聞いて呆れるぞあのモヤシっ子!
「…行っちゃった」
「好き勝手言いやがって、この馬鹿弟子どもが…」
面倒くさそうにそう言って、師匠はテーブルの上に出された紅茶を口に運ぶ。
ついでにいうと、それ、淹れさせられたのわたしです。
「…少しはマシになったな」
「え、ホントですか! …じゃなくて」
いやいや、わたしが学びたいのはお茶の淹れ方じゃないから。
…わたしが師匠――クロス=マリアンに拾われ弟子になったのは、わたしにイノセンスが適合したからだ。
つまり、わたしはエクソシストになった。
然るべき時に備え、わたしは師匠のもとで修行を重ね、ゆくゆくは黒の教団に行くことになる、らしいのだが。
「っていうか今更なんですけどね」
「ん?」
「師匠って何の『師匠』ですか。いったい何を教えてくれてるんですか」
「お前それは真顔で言うことか」
「あとついでになんでわたしだけいっつも「おい」とか「お前」なんですか」
「なんだ、名前で呼んで欲しいのか。普通にそう言えば良いだろ」
「ンなわけありますか片腹痛いですよこの無精ヒゲ」
「お前はオレにどうしろって言うんだこの馬鹿娘」
誰が馬鹿だ。まったく、とことん失礼なひとです本当に。
「師匠は元帥でしょ? それでわたしはエクソシストでしょ?
でもって師弟関係でしょ!?
だったらイノセンスの使い方とか体術とか、そういうの教えてくださいよ!」
「面倒くさい」
「面倒くさい禁止! わたしは何もメイドさんごっこする為にここに来たんじゃありません!」
がなるわたしに一瞥をくれると、師匠はそれはもう盛大にため息を吐いた。
呆れたように眇められた目が、非常に腹立たしいです。
「…メイドってのはな、主の為に身を粉にして働く奉仕のエキスパートだ。
お前みたいな不遜で厚顔無恥な役立たずメイドが居てたまるか、全国のメイドに謝れ」
「なんでそんな熱くメイドを語るんですか!?
良いじゃないですかツンデレメイドだって!」
「お前のどこら辺がツンデレだ。ただの頭の弱い馬鹿娘だろうが」
「弱くないです馬鹿じゃないです!! っていうかなんで師匠がツンデレとか知ってんの!?」
「お前が昨日酒飲みながら延々と語ってたんだろうが!
おかげでこっちは寝不足だ!!」
うっ、とわたしは言葉に詰まって口を噤んだ。
いや、だって。夜中に目が覚めて眠れなくて。
そしたらいつの間にか戻って来てた師匠が、お酒勧めるもんだからつい。
「…でも師匠が寝不足なのは、それこそメイドさんとやらしいことしてたからじゃないの?」
確か、ここの女主人は昨夜不在だったはず。
一族の会合だかなんだかがあって、実家に戻らなきゃいけないとかで。
物凄く、離れ難そうな顔して出て行ったのを記憶してるよ、わたしは。
だけど師匠が帰って来たのは、深夜だった。
「オレがそれで寝不足になるなんて有り得ねェ。だから原因はお前だ」
「え、それ濡れ衣では」
「うるさい。それよりお前、いい加減それ脱げ。お前が着てると萎える」
「ちょ、それ酷過ぎません!? 元気でちょっぴしドジなツンデレ巨乳メイドですよどこが悪いんですか!?」
「………欠点は多々あるが、特にそれを自分で言うところじゃねぇのか」
「メイド服にときめかないなんて、師匠は男失格です!」
「なんだその偏見は。色気のいの字もない奴が何着たって同じだ」
「師匠の前では敢えて色気出さないんですどうですか悔しいですか」
「全然」
「ちょっとーーーッ!?」
何このひと! ホントにムカつく!
ひとのことを身体しか取り得が無いとか暴言吐くくせに、言うに事欠いて色気のいの字も無い!?
「…で。なんで師匠とメイドを語り合わなきゃいけないんですか?」
「さぁな。お前が振ったんだろ」
「こんな知識要らないから修行させてください、修行!
このままだとわたし、アクマに殺されて死んじゃうかもしれないじゃないですか!」
「うるせぇな。イノセンスには個体差があるんだ、オレが教えられることなんか無ェ」
なら何の為の師匠なんだ!!
絶対面倒くさいだけだと思う、このひと。最悪です。
だけどここで引き下がっては、わたしはイノセンスを持ってるってだけでAKUMAに狙われいい迷惑だ。
「じゃあ、体術とか!」
「組み手がしたいのか。なら相手してやる、あっちの部屋に入れ」
「…師匠。そっちここの奥様の寝室です。主が留守中に入って良い場所じゃないです。
いったい何の組み手教える気ですか。あんたが教えられる事はそれだけですかこのロクデナシ」
「そろそろ本気で怒って良いか?」
「嫌ですゴメンナサイ」
師匠が怒ったらどうなるか、想像するだけでも恐ろしいですよ。
…いつもアレンが苦労してるの、知ってるからね!
「…そう言えば、師匠はアレンには容赦ないじゃないですか」
「なんだいきなり」
「いや、なんでかな、と」
「………」
そりゃ、もちろんあれと同じ扱いをされたいわけじゃないれど。
首を傾げるわたしに、師匠は盛大にため息を吐いた。
「…うるせぇな、お前は」
「わぷっ」
いきなり、口元に何かを押しつけられた。
咄嗟に手で掴むと、強い甘い香りがして、思わず目を瞠る。
「…薔薇?」
「やる」
「は?」
「花でも飾って、少しは女らしくしてろ」
「……」
言われた言葉に、目を瞬かせた。
ええと。つまり、どういうこと?
…………わたしが『女』だから、手加減してるって言いたいわけですか?
「お前は馬鹿で性格も口もとことん悪いが、それでも女だ。それを忘れるな」
「…はい」
ちょっと釈然としないけれど、『女の子』として扱われるのは悪い気はしない。
そんなことを思っていると、不意に顎を持ち上げられた。
「…まぁ、磨けば光るだろ」
「は?」
まじまじと見下ろされ、言われた意味深な一言。
…なんなんですかね、もう。このひとホントにわけわかりません。
「ところでこの薔薇、どこから持って来たんですか」
「さっきここのメイドが持って来た」
「…他の女から貰ったもんを人に寄越さないでください!!」
まったく、なんでそう最低なことしか出来ないんですかね!
…そう文句を言いつつも、わたしは押しつけられた薔薇の花大事に抱え直すのだ。
いや、だって花に罪はないし。それに…
男に花貰ったのなんて、生まれて初めてだったから。
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