「…君はあれですね」
「…何さ」
「馬鹿でしょ」
「うっさいなぁもう!!」
…う。怒鳴ったら頭が痛くなってきた…。
そんなわたしに心底呆れたようにため息を吐いて、アレンは軽く頭を抱えながら口を開く。
「…地下水路に落ちるエクソシストなんて、聞いたこともありませんよ」
…わかってるよ、うん。確かにわたしはバカですよ。
今日も今日とて仰せつかった任務の為に、地下水路に向かったまでは良かった。
いやでもまさか、あんなところに猫がいるとは思わなかったんだ。
…で、驚いてバランスを崩し、水路に落ちるなんてそれこそ予想外だったんです。
「…わたしが何をしたんだー…」
「ちゃんと足下を確認しないからです。ほら、体温計出して」
「んー…」
緩慢な動きで、わたしは熱を測っていた体温計をアレンに手渡した。
それを受け取ったアレンの表情が、徐々に険しくなる。
「38度2分」
「微熱びねつー…」
「嘘つくんじゃありません。38度で微熱ってどれだけ平熱高いんですか」
しばらく安静にしてなきゃダメですね、と。
説教モードに入ったアレンに一方的に言われて、わたしは不満の声を上げる。
「今日は任務があるんですー…」
「代役をリナリーに頼んでおきました。ちゃんと治せと伝言貰ってますよ」
「…ダメだよー…神田にまた「この軟弱者が」って怒鳴られるよー…」
「本当に軟弱者なんだから仕方ないでしょ」
「ラビに「成長しないなー」って大笑いされるよー…」
「ラビならさっき見舞いに来ましたけど追い出しました。悪戯しそうだから」
「………」
「………」
ことある毎に即答され、わたしは押し黙る。
熱で滲む視界で、それでもアレンを見上げながらわたしは口を開いた。
「…わたしが弱ってるのを良いことに、監禁でもするおつもりデスカ?」
「頭が可哀相なことになってますよ、。…いっそ縄か何かでベッドに括りつけておきましょうか?」
「ゴメンナサイ。それだけはどうぞご勘弁を」
「はい。嫌ならおとなしく寝ててください」
「う~…」
容赦なく言われて、わたしは顔をしかめる。
寒気もするし顔も熱い。頭痛も酷い。風邪の典型的な症状だ。
理由が理由だけに情けないことこの上ないが、それ以上に…
「暇だよー暇だよー…」
「子供ですか君は。薬を飲んで寝ていればちゃんと治りますよ、おとなしくしてなさい」
「だってー…!」
まだ不満の声を上げ続けると、突然手首を押さえつけられた。
恐る恐る見上げると、解いた自分のタイを片手に、アレンはにっこりと怖いほど穏やかに微笑む。
「縛りますよ」
「…………おとなしくしてます」
本気でやりそうだ。シャレにならない。
っていうか、今、既にやる気満々だったよね?
病床の恋人をベッドに縛りつけようなんて、なんて奴。このエセ紳士。
「まだ何か不満でも?」
「…イイエ、ナニモ」
「なんで片言なんですか」
「気にしないで」
わかってて言ってるんだから、相当質が悪いですよこのエセ紳士は。
ため息を吐いて、わたしはシーツを被り直した。
「じゃあ、僕はちょっとコムイさんに用があるから行って来ますけど、ちゃんと寝てるんですよ」
「…アレン、」
咄嗟に、アレンの団服の裾を掴んだ。
驚いたような表情で、アレンが振り返る。
「?」
「行っちゃう、の…?」
「……」
…ほら、熱がある時って、ひとりで居るの寂しいじゃない。
だからわたしに他意は無いんです。きっと多分。
「…、わかっててやってます…?」
「え? 何が?」
「……無意識?」
「??」
ダメだ、何言ってるかわからない。
複雑そうな表情のアレンの言葉がよく理解出来ず、わたしは顔をしかめた。
あー…いよいよ高熱に魘された病人みたくなってきた…あ、もう病人か。
「…わかりました。わかりましたよ、もう…」
「ごめん、わたしにわかるように喋って」
「うるさいです」
「なにその理不尽さ」
顔をしかめると、アレンがため息を吐きながらベッドに腰を下ろした。
「…アレン?」
「狡いですよ。普段はそういう我が儘言わないくせに」
「狡いって何が…」
のそのそと起き上がろうと腕に力を込めると、逆に肩を押されてシーツの上に戻された。
当然、発熱して気怠い体では抵抗も出来ずに押し倒される。
「…アレン。わたし、病人なんですけど」
「弱ってる相手を捕食するのも結構良いですよね」
「ナチュラルに何言いやがりますか。変態かあんたは」
「失礼な。至ってノーマルです」
にっこりと無害そうに微笑みながら、わたし頬を撫で、口付けを落としてくる。
ギシリと、ふたり分の体重でベッドが軋んだ。
「わたしを殺す気かー…」
「そんなわけないでしょ。
ほら、発熱時は汗を掻くと良いって言うじゃないですか」
「……………無駄な知識ばっか持ちやがって」
触れる唇が唇から頬へ、頬から首筋、鎖骨へと移動していく。
くすぐったさに身を捩るけれど、体が気怠くて動きは緩慢になる。
「…あっつ、ぃ…」
「熱があるんですから当然ですよ」
「感染るよー…」
「良いですよ。感染ったらが看病してくださいね」
「…なんか熱あってもアレンって元気良さそうだよね…」
「どういう意味ですか」
少しだけムッとしたように目を眇めて、噛み付くように口を塞がれる。
頭を固定され、何度も角度を変えて、徐々に激しさを増す口付けに思考が霞んでいく。
「…ぁ…は…っ」
「…なんか、今日はおとなしいですね」
押さえつけておいて、何を言うかこの人は。
じろりと睨め上げながら、わたしはぼそりと呟いた。
「…ばかやろー…38度も熱あったらまともに動けるわけねぇだろー…」
「なるほど。それで任務に出ようとしてたんですか。君は馬鹿ですね」
「……………凄い暴言ですねアレンさん」
「あんまりにも口が悪いのでつい。やめてくださいよ、萎えますよ?」
「いっそ萎えていいー…」
「わかりました。黙らせます」
「何がどうなったらそんな結論…っ」
抗議の声は深い口付けに封じられて、その合間に器用な指先が衣服をはだけていく。
外気に触れて肌が泡立ち、ぞくりと寒気にも似た感覚が全身にはしった。
「うー…スケベ」
「男はみんなそうですよ」
「嘘だー…」
「本当ですってば。だから僕以外には、そういう顔、見せないでくださいね?」
「どんな顔さー…!」
熱い息を吐きながら、滲む生理的な涙ゆるりと指先で拭う。
熱いのは、熱があるから。それだけだ。そう思いたい。
よっぽどわかりやすい表情でもしていたのか、アレンが小さく笑う。
そして、こつんと額を軽くぶつけてきた。
「…その、誘うような表情ですよ」
誰がいつ誘いましたか、誰が。
そんな憎まれ口は、再び落とされた口付けに持って行かれた。
+++
「…で。が治ったと思ったら、今度はアレンが風邪引いたって?」
2日後。
体温計を咥えているアレンを前に、見舞いにきたラビが呆れたように言った。
「お前らベタ過ぎさ」
「ほっといてください」
咥えていた体温計を抜くと、表示されている体温は38度。
見事に、わたしと同じ症状です。
「…アレンも大概、バカだよね」
「恋愛なんて、馬鹿でみっともないくらいが丁度良いんですよ」
はいはい、言っててちょうだい。
そんな気分でため息を吐くと、服の裾を引っ張られた。
「看病してくれます?」
「…一緒には寝ないよ」
「キスまでは?」
「仕方ないなぁ…」
「ありがとう」
ここで無害そうに微笑むんだから、狡い奴だ、まったく。
腕を引かれるままに、わたしはそっとアレンに口付けを落とした。
「…あのさ。お前らオレがいること忘れてる?」
「「…まだ居たの?」」
物凄く嫌そうに声を掛けてきたラビに、わたしとアレンは同時にそう返す。
次のラビの反応は、寸分の狂いもなく予想通りだ。
「うっわ最悪! お前ら揃いも揃って最悪さ!!」
「あはは、冗談だよラビ」
「そうですよ。ちゃんと視界の隅に入ってますから」
「隅かよ! っていうか居るのわかっててやっての!? やっぱ最悪じゃん!!」
好きなだけ風邪引き合ってりゃいいさ!、と。
呆れきったように言われたラビの言葉に、わたし達は同時に吹き出した。
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