長い黒髪を背に流す、制服姿の少女。
他の女子生徒達より少しばかり丈の長いスカートの裾を翻し、彼女は燐の前で立ち止まった。
その落ち着いた雰囲気からみて、上級生だろうか。
燐にとってまるで見覚えのないその女生徒は、彼を見て柔和に微笑んだ。
そして、その笑顔のままで、口を開く。
「奥村燐くん。君に惚れました、血を吸わせてください」
「…………………………………はい?」
奥村燐。15歳。
生まれて初めて受けた告白は、悪意のない打算に彩られた、酷く風変わりなものだった。
…それ以前に、これは、『告白』だったのだろうか?
「ああ、それは高等部2年の さんですね。
下二級の祓魔師で、一言で言えば、そう…和製吸血鬼ですよ」
自分の定位置である、理事長室の椅子の上で、メフィストは楽しそうに目を細めた。
いや、実際に彼は事態を楽しんでいるのだろう。
血相を変えて燐と雪男が理事長室に駆け込んできた時にも、既に事態を把握していたのか平然としていたのだから。
「和製吸血鬼…?」
「ええ、正確にはオニの血脈者で、代々祓魔師を排出してきた名家のお嬢さんですね。
彼女は家の末娘ですが、次期当主の有力候補と言われています。あの若さで大したものです」
「オニってあのオニか? 赤鬼とか青鬼とか」
「それもひとつの側面ですね。正確にはこう書きます」
《隠忍(オニ)》、と。
メフィストは適当な紙に、そう書き記した。
「隠れ忍ぶ者――ヒトより隠れて生きてきたモノ、つまり悪魔憑きの家系ですよ」
「悪魔憑き…」
「ま、君と似たようなものです。
彼女は『先祖還り』と称される程、一族の特徴が色濃く出ているそうですから」
だからこそ、末娘の彼女が『次期当主』なのですよ、と。
その言葉を聞いて、燐はが言い放った「血を吸わせろ」という言葉を思い出す。
「…吸血云々ってのは、その一族の特徴ってわけか?」
「正しくは「特徴のひとつ」ですね。
鬼には様々なタイプがあり、家は退治た鬼の能力を取り込んできていますから」
取り込んだ、というのはそのままの意味なのだろう。
自ら進んで異端の『血』を受け入れ続けた一族。
それはもはや、《ヒト》とは呼べない。
だからこその《隠忍》の呼称。
何か妙な気分になって、燐は居心地悪そうに顔をしかめた。
「じゃ、あいつはたまたま吸血鬼の特徴が出ちまったのか。
…………で、それと俺の血吸わせろってのは何の関係が」
「兄さんに惚れた、って言ってたじゃないか。そのせいじゃないの」
「まったくこれっぽっちも惚れられる覚えがねぇんだよ!
今日初めて会ったんだぞ? 名前も学年すらも知らねぇし、祓魔師だってのも今さっき聞いたぞ!?」
そう。
最大の問題は、そこだった。
見覚えのない女生徒からの、唐突な告白。
漫画なら使い古された展開だが、実際に起こっても戸惑うだけである。
「あれじゃないですか。難儀していたところを通りすがりの奥村くんが助けた、とか。
行く先々でそういうことしてそうですからね、君。そしてところてん式に増える嫁候補」
「さすがにそんなことがあれば顔くらい覚えてるわ! つかなんだよ嫁候補って…」
「…え…じゃあ、ストーカー…?」
「マジで!?」
「兄さんをストーカーするなんて、…なんて物好きな」
「おい」
思わず顔を引きつらせた燐だったが、反論の材料もないので言い返せなかった。
雪男の言動に遠慮がないのは今更だが、結構な暴言である。
「――奥村兄弟は、私を犯罪者にしたいのでしょうか?」
「初対面の相手に血を吸わせろと要求すれば、普通はこうなるんじゃないですかねぇ」
いきなり聞こえた呑気な会話に、燐と雪男は一瞬動きを止めた。
そして、恐る恐る視線を上げる。
そこには、行儀良くちょこんとソファに座った少女が、優雅に紅茶を啜っていた。
「「え、なんで居るの…?」」
「理事長に呼びつけられまして」
「ハイ、私が呼びつけました」
何事もなかったかのようににっこりと微笑むと、少女――は、紅茶のカップをテーブルに戻す。
そして改めて、視線をふたりに――というよりは燐に向けた。
「改めまして、こうしてお話しするのは初めてですね。
正十字学園高等部2年所属、下二級祓魔師のと申します」
深々と頭を下げるその所作は、酷く洗練されていた。
その優雅な仕草は、彼女によく似合う。
だがそれに対して燐より先に、雪男が口を開いた。
「…あの、さん? いったいなんのつもりで兄にちょっかいかけにきたのか知りませんが、」
「お黙んなさいこのメガネ男子が。いくら私より階級上の祓魔師だからって、誰に向かって口きいてますか?
不本意ながらあなたは将来私の義弟になるんですから、お姉さまと呼びなさい。姉の言うこと聞きやがれですよ?」
「はあッ!?」
無茶苦茶な言い分に、いや、なによりその内容に、言われた当人も燐も硬直した。
そんな奥村兄弟の反応に、発言者は実に不思議そうにきょとんと目を瞬かせる。
その三種三様の反応に、ひとり傍観者を決め込んでいたメフィストが楽しそうに笑った。
「おや。これはこれは…さんは奥村くんに求愛しにきたんですか」
「ハイ。一目でわかりました、彼こそこの《鬼狩》の次期当主たる の伴侶に相応しい男です」
「え…えーと…」
なんとか状況を把握しようとしたのか、燐の視線が微妙に泳ぐ。
だが、どうしても答えが出せなかったらしい。
酷く緩慢な動きで雪男に視線を向けて、ぎこちなく首を傾げた。
「…雪男…これは「人生初のモテ期到来!」って喜ぶとこか…?」
「いや、これは喜んじゃダメだろ兄さん。軽く混乱してるね…?」
「余計なこと言うんじゃねーですよ、奥村弟」
「ちょ!? その扱いの差はなんですか!?」
「うっさい黙れ。…そんなわけで、奥村燐くん」
優雅な所作でソファから立ち上がると、は初めて会った時と同じように、燐の前に立った。
だが、優雅だったのはそこまでだ。
ダンッ、と。
スカートの裾から素脚が零れるのも構わず、は燐の座るソファの背もたれに足を着いた。
唖然としている燐の顎を指で掬うように持ち上げ上向かせる。
「――今日から君は、私のモノです」
ニヤリと、口角を持ち上げて浮かべる、妖艶な微笑。
あまりにも一方的なその宣言に、さすがの燐もただ茫然と、を見つめるしか出来なかった。
無邪気で悪魔な押しかけ女房。
To be continued?
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