――例えば、の話をしよう。
それなりに他愛のない喧嘩もするが、大切で誰にも渡したくないと強く思う、恋人がいるとする。
彼女はそれなりには美人で、女性として魅力的だ。
何より、裏表がなく真っ直ぐな気性は、男女問わず相手を惹きつける。
子供っぽい我が儘さと理不尽さがあるかと思えば、
すべてを包み、許す、年上らしい一面があるのも、彼女の魅力かもしれない。
だから、彼女の周りには人が自然と集まってくる。
…今もほら、彼女の周囲は賑やかだ。
「やっぱりジェリーさんのごはんが一番美味しいよねー!教団に入って一番幸せなのはこれかもッ」
「マジで!? そこは素敵な仲間に会えて、とか言うところだろ!!」
「ンなことより人の飯を勝手に食うな、ッ」
「ケチケチすんなよ、大きくなれないよ!」
「ユウはこれ以上デカくならないんじゃね?」
「あー」
「どういう意味だっ」
…
……
………僕の恋人は、その自覚が足りないって、ものすごく思う。
+++
「…>は自覚が足りないと思います」
「なんですか藪から棒に」
苦虫を噛み潰したような顔で言われて、わたしは首を傾げた。
アレンがあの完璧な笑顔をわたしの前では浮かべないのは、いつものことだけど。
それにしたって不機嫌を隠そうともしないのは、どうかと思う。
「女性として、自覚無さ過ぎですよ!」
「なにそれ喧嘩売ってる!?」
最高に失礼な言葉に、反射的に怒鳴り返した。
女の自覚が無い!? なんて暴言だ。身も心も女ですよ失礼なッ!
むっ、と顔をしかめたわたしに、何故かアレンは深々とため息を吐いた。
そして、噛んで含めるように、ゆっくりと言葉を発する。
「…は僕の恋人、ですよね?」
「……」
「なんで黙るんですか!」
「や、ごめん。あんまり真剣だったからつい」
「「ッ」
怒るのも無理は無いタイミングだった自覚はある。
アレンを怒らせると後が怖いんだけど、でもあの、一瞬浮かべた焦ったような顔!
「あはは、可愛いなぁアレンは」
「~~~ッ!!」
柔らかな白い髪をくしゃくしゃと撫でると、顔を真っ赤にして何か言いたそうに口を空回らせる。
かと思ったら、不機嫌そうにぷいっと顔を逸らされた。
あらら。怒ったというか拗ねた、だね。これは。
なんだか可愛いなぁと思いつつ、損ねた機嫌を直そうと、後ろに回りこんで抱きついてみる。
「…怒った?」
「……」
「アレーン?」
「…胸当たってますよ。押し倒されたいんですか」
「ナチュラルにセクハラ発言すんなよ!?」
「…痛いです」
反射的に頭を張り飛ばすと、不服そうな声が戻ってきた。
まったく…いったい何が気に入らないのやら、この人は。
「で、なに怒ってんの?」
「怒ってません」
「怒ってるじゃん」
「怒ってない」
「怒ってる」
「…しつこいですよ」
「あんたもね」
小さく息を吐いて、わたしはスッとアレンから離れた。
そっちがその気なら、こっちにも考えがある。
「…アレン機嫌悪いし、ラビ達と遊んで来るね」
「ちょ…っ」
慌てたように振り返って、アレンががしっとわたしの手首を掴んだ。
掴んでから、アレンは苦虫を噛み潰したような表情を作り、思いっきり眉間に皺を寄せる。
「……………わかってて言ってます?」
「割と」
「性格悪い…ッ!」
失礼な。アレンに言われたくないです。
ああ、でも、今日はわたしの方が性格悪いかもしれない。
滅多に見れない、余裕のないアレンの反応が楽しくて、わたしは思わずにやにやと笑ってしまう。
「…そうですよ妬きもちですよ! だって…ッ」
そこで一旦言葉を切ると、必死に言葉を探すように口を空回らせる。
口の上手いアレンにしては、珍しい。
「…こんな風に誰かを好きになったのは初めてだから。僕だって不安にもなりますよ…」
「…………」
…
……
………うわ。
な、なんか、凄いこと言われた…。
「は危機感が無さ過ぎる。君は女の子なんですよ?
それに、ラビや神田は…僕より早く、と付き合いがあるわけですし…」
なんだか気恥ずかしくなって、言葉を発せられないわたしの反応を、どう受け取ったのか。
わたしの手を掴んだまま、アレンは俯きがちに視線を落としていく。
「…不安、なんですよ…」
「……」
…不安って。アレンがか。
まじまじと、わたしはアレンの顔を見る。
顔を真っ赤にして、悔しそうに、器用に視線を逸らしている、少し子供っぽい姿。
思わず、わたしはしみじみと呟いた。
「可愛いなぁ、アレンは」
「…それは男にとっては誉め言葉じゃないんですけど」
「でも可愛いんだもん」
「……ちょっと」
「良いじゃない。わたしが可愛くない分アレンが可愛ければ」
「の方が可愛いに決まってるじゃないですか」
さらりと言われた言葉に、今度はわたしは硬直した。
「………」
「………」
しばらく無言の時間が過ぎ、不審気にアレンが顔を上げる。
「…なんで黙るんですか?」
「……」
「顔赤いですよ」
「う、うっさいッ」
言い返して、わたしはパッと手を振り払った。
まずい。顔が熱い。これは絶対、赤くなってる。
「い、いきなり何言うのかなっ」
「誉めたのになんで怒るんですか」
「怒ってないよ!」
「ああ、照れてるんですね」
「そうそうッ…って違うっ!」
「いたたっ…絞まってる絞まってるっ」
照れ隠しにもう一度後ろから抱きついて、ぎゅっと腕に力を込めた。
苦しそうに騒いで、アレンがぺちぺちとわたしの腕を叩くから、少しだけ力を緩めてやる。
こういう時ばっかり、年相応の可愛い顔を見せるんだから、もう…ッ。
「…アレンはたまに、狡いよね」
「どうしてそうなるんですか…」
「狡いよ。だって…」
…だって、普段は意地悪なくせに。
ふとした瞬間に、優しいことを言うから。
「…だって、普段はまともに女扱いしないくせに。不安なのはいつもわたしの方だよ」
「は? ……してますよ!」
「してないよ!」
パッと抱きついていた腕を解いて、わたしは強く言い返した。
アレンが複雑そうな顔をして、「例えば?」と顔だけわたしの方を振り返りながら訊いてくる。
「…すぐ怒鳴るし!」
「それは男女関係ないと思います」
「……遠慮ないし!」
「遠慮も配慮も要らないと言ったのはだし、
実際はそれなりにしてると思うんですけど」
「……」
「……」
「…い、意地悪だしッ!!」
「ああ、その自覚はあります」
「あんのかよ!」
じゃあ天然的にサドいわけじゃないんだ!
…あれ? どっちにしろ問題ありじゃないかそれ…?
思わず唸るわたしに、アレンが小さく笑った。
スッと手が伸びてきて、わたしの頬に触れる。
反応を返すより先にそのまま引き寄せられて、軽く唇が触れた。
「…が可愛いから、悪いんですよ」
「~~~ッ!!」
少し意地の悪い笑みで言われて、わたしは言葉を失って唇を空回らせる。
…ああ、さっきと立場が逆転した。
悔しいさにため息を吐きつつ、せめてもの反抗とばかりにぼそりと呟いた。
「…タラシ」
「言うに事欠いてそれですか」
「その慣れた感じがなんかイヤー…」
「はいはい、照れ隠しはそのくらいにしておいてください」
「だから照れ隠しじゃないからーッ」
「わかったから。謝りますから、そろそろ機嫌を直して」
くすくす、と。
意地悪く笑いながら、わたしの手を取って指先に口付ける。
………だからなんでいちいち、やることがイヤラシイのか。この子は。
「…前言撤回。やっぱ可愛くナイ」
「それはどうも。僕は撤回しませんよ、は可愛いです」
「だからそういうこと普通に言わないでってば…ッ」
言い返しはするけど、まぁ…
…可愛いと言われて、嬉しくないわけはないし。
相手が好きな相手なら、尚更だ。
あーあー、自分はすっかり機嫌が直ったのか、嬉しそうにしちゃって…。
にこにこしているアレンを横目に、わたしは小さく息を吐いて、されるがままに口付けを受け入れる。
ちょっと体勢的にやりにくいんだけど、アレンはお構いなしだ。
ほんと、子供っぽいのか大人びてるのか、よくわからない――。
「…………もしもーし、おふたりさーん」
…ん?
棒読み気味な第三者の声に、わたしとアレンはゆっくりとその方向へ視線を移した。
視線の先には、引きつった笑顔のラビと、不機嫌全開の神田と、困った顔で微笑んでいるリナリーの姿が。
「そういうことは部屋でやってくんないかなぁ?
ここ談話室だから。人目あり過ぎだから。むしろオレもユウもキレる寸前だからね今」
「………………」
「「あれ?」」
同時に呟いて、わたしとアレンは首を傾げた。
そのまったく同じ動作すら気に入らなかったのか、いきなり神田が立ち上がる。
「……ッ!」
「ほーら、ユウがキレたさー」
ラビの棒読みセリフの合間に、神田は不機嫌を隠そうともしない表情で、無言のまま六幻を引き抜いた。
ギラリと鈍く輝く刀身に、わたし達はぎょっと目を瞠る。
「いやだからっていきなり無言で抜刀はないと思うんですけどッ?!」
「何か言いながら抜刀しても怖いと思うよアレンっ」
「てめぇら言いたい事はそれだけかーーーーっ!!」
「「うわああああっ!?」」
六幻を振り回す神田から、わたしとアレンは手を繋いだまま逃げ回る。
「! なんとかしてくださいッ」
「なんでわたしに言うの!?」
「神田の扱いはお手の物でしょう!?」
「あそこまでキレてたらどうしようも出来ないわーーーっ!」
あああ、談話室の観葉植物さん達が無惨な姿になっていくんだけど!
次はわたし達がこれと同じ目に遭うのか!? 冗談じゃないッ!!
なんで怒ってるのかいまいちよくわからないけど、生命の危機だ。
既に談話室では狭すぎて逃げ回れない。わたし達は、そのまま談話室から飛び出した。
.
.
.
「…ラビも結構意地悪ね?」
「止めもしないリナリーもな」
「だって。ねぇ?」
「なぁ?」
顔を見合わせて、ラビとリナリーはこっそり笑った。
視界の端では、仲良く逃げ回るふたりと、完全にキレた神田の鬼ごっこが展開している。
「露骨にを独占されたら、ちょっと面白くないわよね?」
「そうそう、ちょっとくらい意地悪したくもなるよなー?」
ねー? と言い合って、ふたりは呑気に笑う。
目の前で繰り広げられている鬼ごっこが、この後大事に発展することは想像がつくが…
それもまた楽しいかもしれない――と思う程度には、今日も彼らの日常は平和だった。
ある日のケンカ、いつもの恋心。
END
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。