その日は、別に何も特別な日じゃなかった。
任務もないし、妙な騒動も起こらないし。それはそれは平和な一日だった。
なので、今日はきっと良い夢が見られるに違いない。
そんな平和な気分で微睡んでいた夜。
わたしの部屋のドアが、ノックされた。
「、起きてますか?」
「んー? なぁにー?」
聞き慣れた声に呼ばれて、わたしはガバッと起き上がった。
…珍しい。こんな時間には滅多に遊びに来ないのに。
慌ててドアを開けると、そこには笑顔のアレンが立っていた。
「どしたの、アレン?」
「ゲームしませんか?」
そう言って、アレンはトランプを取り出した。
きょとん、とわたしは目を瞠る。
「…なに、ババ抜き?」
「ポーカーで」
「ヤだよ、アレンはイカサマするから」
「しませんよ」
「嘘つけ」
「なんですかその疑いの目は」
疑うなと言う方が無理だ。
遊びですら、無意識にイカサマやっちゃうような奴が何を言う。
「…賭け事しない?」
「しますよ?」
「なに当然みたいに言いやがるんですか」
「大丈夫です、からお金取ったりしませんから」
「話聞けよ」
本当に、こいつ人の話聞かないのな!
それなりに付き合いは長いけど、清々しいほど変わってない。
「負けたら、勝った方の『お願い』をひとつ、叶えるっていうのはどうですか?」
「…アレン、わたしに何させたいの?」
「最初から負ける気満々ですか」
「だって相手がアレンじゃさぁ…」
それに、もともとゲームは得意じゃない。
その道のプロとまで言われたアレンには、奇跡でも起こらない限り勝てるわけないだろう。
「じゃ、勝ち負け関わらずがイカサマを見抜いたら、の勝ちで良いです」
「あー…それなら…って、イカサマ前提!?」
「さぁ、どうでしょう」
小首を傾げながら、そう言ってアレンはにっこりと微笑んだ。
…胡散臭い。思いっきり笑顔が胡散臭い。
乗せられてるのはわかっているんだけど…結局、わたしはアレンには逆らえないわけで。
渋々、そのよくわからないゲームを許容することになる。
.
.
.
変だな、とは思ったんだ。
いくらゲームに不慣れなわたしだって、このくらいの違和感はわかる。
「…アレン」
「はい?」
返事を待たずに、わたしはカードをパラパラとテーブルの上に散らす。
ハートの10・ジャック・クイーン・キング・エース。つまり、ロイヤルストレートフラッシュ。
…あり得ない。
「これ、どういう意味?」
「ああ、バレました?」
対するアレンは満面の笑顔。
悪びれもないその態度。…なんでこうなのかなこいつはッ!!
「バレないと思ってんのかこのイカサマ師」
「はカード弱いですからね。僕がイカサマして手札をワンペアにしても、勝ってくれなさそうで」
「よし、その喧嘩買った」
どこまで人をおちょくる気か、こいつは!
最弱の手ででもわたしには勝てるってことか。そうなのか!
「っていうか何の余興なのコレ!」
「の『お願い』を叶えようと思っただけですけど」
「なんでだよ」
「今日は、の誕生日なんでしょう?」
言われて、わたしはきょとんと目を瞬かせた。
そして、そのまま首を傾げる。
「…あれ?」
「忘れてたんですか」
「いや、覚えてたけど。なんでアレンが知ってるのかな、って」
「リナリーに聞きました。…焦りましたよ。なんで言わないんですか」
「プレゼント催促してるみたいで嫌だから」
小さいプライドだ。笑いたきゃ笑え。
予想に違わず、アレンは呆れたように小さく息を吐く。
「ひねくれ者」
「人のポリシーに文句つけんなー」
「つけてませんよ」
そうだろうか。「ひねくれ者」って結構暴言じゃないだろうか。
…いや、言うだけ無駄か。
早々に諦めて、わたしはテーブルの上に散らばったカードを手で弄びながら、ため息を吐く。
「…で? なんでこんな回りくどいことしたの?」
「どうせのことですから、僕が真っ向から、
『誕生日だからなんでもお願い聞いてあげますよ』、なんて言っても素直に受け取らないでしょう?」
「…言い切るのはどうよ」
「よく理解してるだけです。せいぜいアホなことを要求して、「冗談」とでも笑って終わらせるでしょうね」
「そんなことは…」
「ないですか?」
「…なくもないけど」
「ほらね」
なに、その子供を諭すような言い方。
わたしがアレンより年上だと言うことを忘れてないですか。
「で。の『お願い』は?」
「え?」
「勝負は流れましたけど、イカサマを見抜いたんですから、の勝ちです」
「あー…」
確かに、そうなるか。
なら、最初からイカサマを見破れそうな手にしたってこと?
…何重の罠だよ。演出に凝り過ぎだ。
「…何でも良いの?」
「はい。僕に出来る範囲なら」
「じゃあ、神田の性別を確認してきて」
「怒りますよ。っていうかどう見ても男でしょうが」
…いけない。アレンは笑顔を崩してないけど、確実に青筋が浮かんでる。
ホント、この手の冗談が通じないんだから。こういうところは子供っぽくて可愛いけど。
「…じゃあ、ねー…」
少し考えてから、わたしは自分の考えに苦笑する。
でも、たまには素直になってみるのもいいかもしれない。
「まず、アレンはわたしの手を取って」
「はい?」
促されるままに、アレンは差し出したわたしの手を取った。
紳士が淑女の手を取る、あのポーズ。妙に様になってるものだから、思わずわたしは笑う。
「そして、アレンはわたしをどう思ってるかを告白するの」
「は?」
「それで、わたしがそれににっこり微笑んで応えたら、」
「…応えたら?」
重ねた手を少し動かして、わたしはアレンの手を手繰り寄せる。
軽く引くと、あまり身長に差のないわたし達の顔の距離が近くなった。
「こうやって、手を引き寄せてキスして」
そう言って微笑うと、少しだけびっくりした顔をして、アレンも微笑んだ。
そして、囁くように名前を呼ばれる。穏やかで、柔らかな声音で。
「――愛してます」
「ん…」
その言葉を、わたしは微笑んで受け止める。
そのまま引き寄せられて、唇を重ねられた。
それは触れるより深く、でも情熱的なものではなく。
まるで、神聖な誓約であるかのような、そんな行為。
「それから?」
「あとはアレンが好きなように」
「それじゃあ、のプレゼントになりませんよ」
「なんでよ?」
にやりと、口角を持ち上げてわたしは笑う。
わかっていて言ってるのは、アレンも気付いてるんだろう。
同じように不遜な笑みを浮かべて、身体ごと引き寄せられた。
「だって、きっと自制出来ないから」
噛み付くように口付けられ、言葉はそれに掬い上げられて声にならない。
それでもわたしは、口付けの合間に囁いた。
「アレンから与えられるものなら、なんでも嬉しいわ」
惚れるのは状態であり、愛するのは行為である。(by ルージュモン)
END
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